異世界転移~俺は人生を異世界、この世界でやり直す~

じんむ

提案

 どこからか水の滴り落ちる音。
 土で固められたこの空間はヒンヤリとしていて、夏では良い避暑地になりそうだ。逆に冬にこんな所に来た時には非常に辛い事だろう。

 タラッタリア地下牢。城の丁度下あたりか、牢屋はおおよそ八個、隣に一つ、前に二つ。他の四つは一枚壁を隔てた向こう側にあるようだ。キアラは恐らくそちら側にいる。
 見張りは唯一の出口である金属の扉の前に一名のみ。まぁここは一時的な牢屋だからな。見張り側の都合がつけばダスクレーステの地下牢獄に収監されて本格的な投獄となるだろう。そこには見張りがわんさかいるに違いない。

 さて、それにしても参ったぞ。まさかこんな魔力を封じるような文明の利器が存在したとはな。
 四肢に取り付けられた輪に装飾は無く、甚だ簡素なデザイン。そのくせしっかりと役割を果たしてるもんだからとても憎たらしい。
 そして目の前の鉄格子。魔力の込められたこれはたぶん金づちを百回叩きつけても壊れないだろう。
 正直脱獄とかいけるんじゃないのかなとか思ってたけどそんな事は無かった。魔術を扱えるならまだ可能性はあっただろう。でもそれができないんじゃ俺はただの人間で普通の鉄格子すら破壊できない。

 剣も無い、鎧も無い、指輪も無い。マジどうすんだよこれ。人生やり直すどころか悪化させてるじゃなえかよ……。
 しっかしメールタットを後にする頃くらいから薄々感じてはいたけど、まさか本当にマルテルが噛んでいたとはなぁ。

「はぁ……」

 思わずため息が漏れる。
 八畳分ほどはありそうな牢屋内は一応自由に動くことが出来るので、適当に歩き回ってみる。
 どこか抜け穴は無いかなと探ってみても当然あるはずが無い。
 何を思うでもなく牢屋に手をかけてみる。

「出してくれぇぇぇえええ! 俺は無実だぁぁあああ!!」

 俺の叫び声が空しく空間に響き渡る。
 あまりの暇さ加減についついやってしまった事だった。ほらよくあるだろ、無罪の人が叫ぶアニメのシーン? せっかくの機会だから再現してみたかった。

「何を馬鹿げたことをやっているのだアキヒサ・テンデル」

 見ると、扉の向こうからスーザンがあきれた様子でこちらに歩いて来ていた。てかやっぱり馬鹿に見えたんだなさっきの行動。

「いやだってあまりに暇でさ……。それより、お前守護長なんだろ関所の。こんなところに来てて大丈夫なのか?」
「これからすぐに戻る」
「お、わざわざ愛しの俺に会いに来てくれたのか」
「何をたわけた事を。まぁ別にそういう意味は無いがただ話をしにきたというのなら間違ってはいない」

 予想外な事にスーザンは俺のからかいに乗ることなく淡々と話す。

「すまない」

 突如、スーザンこちらに頭を下げてきた。

「なんで謝るんだ?」
「貴様が嘘をつくような人間ではないと分かっている。だから隊長が嘘をついたという発言を私は疑っているわけでは無いのだ。だがいかんせん、他の隊員を納得させることができなかった」

 一応話はしてくれたのか……。ちょっと安心というかホッとした。

「まぁ頭を上げてくれ」

 言うと、スーザンの視線がこちらへ向く。

「お前はきっちりと守護長の役目を果たしただけだ。だから謝る事は無い。当然な判断だ。それに、そう言ってくれただけでけっこう助かった」

 誰からも信用されないのは流石の俺でもちょっときつかった。騎士団の団員はとくに接点は無くても仲間だし、とくにスーザンなんか同期の友達だ。

「すまない……」

 スーザンが再度言う。
 まぁこの子の性格上、いいって言ってもそう簡単に納得はできないか……。その気持ちは俺も分かる。

「だから大丈夫だって。まぁそうだな、そこまで申し訳なく思うなら、言える事だけでいい。お前らがこれからどう動くつもりか教えてくれないか。一応死線を乗り越えてきた身として軽い忠告くらいならできるかもしれない」

 代償としての情報。これがあればスーザンも納得できるだろう。
 スーザンはしばらく考え込む様子を見せるが、やがて頷いた。

「先ほど、マルテルが王は死んだと発表したらしく、近いうちに戴冠式を執り行うとの事だ。それを踏まえて二日後、我々はウィンクルム王の名の元、王と共に王都に向かって進軍する。王都に到着すれば王に出ていただき、王都の民へマルテルの陰謀を説明していただく、という手はずになっている」
「なるほど……」

 少し強引な気もするけど、マルテルを貶めるには一番良い方法かもしれない。タイミングも上々だ。
 ただ、王が死んだと発表したっていうのはちょっと厄介だな。

「分かっている。だからこそ王と王太子の事はこちら側で厳重に警備している」

 スーザンは俺の言いたいことを理解したようで、後から付け足す。
 なるほど、やっぱりそういう事だったか。

「……俺から言わせてみればその計画、失敗する可能性大だ」

 思ったことを率直に言う。

「何故だ?」
「お前らは怪術師を甘く見過ぎている。聞いた感じ、この計画はあまり怪術師の事を考慮していないように思えた。王都に向かうまでの道中奴らが打って出てきたらどうするつもりだ? 言っとくけど、相手は騎士団を全滅させた敵だぞ?」
「セキガンか……たしかに奴の力は強大なのだろう、だがこちらは副団長率いる精鋭の精鋭がそろっている。それと、言ってなかったが現在このタラッタリアでは義勇兵も多く集まってきているのだ。騎士団の少数精鋭には無かった数が補われた。怪術師と言ってもこれだけの量が相手では……」
「甘い」

 甘すぎる。いやでもそうなるか、奴らも外見ならただの人間だからな。そんな奴らが数名いたところでたいしたことないと思うのも無理はないだろう。

「しかしならばどうすればいいというのだ? このままだと国が二分して、恐らく他国からの干渉も受ける。となれば大陸中を揺るがす戦争にもなりかねない。だからこそ早急に対処せねば」
「二日後は早すぎる。せめて怪術師の弱点か何かを見つけてからにしろ。今言える確実な事実は目を閉じて最初から光を見なければ影響を受けないという事。だったら目を閉じて戦う事が出来るようになってからとかいう風にな」
「それはあまりにも非現実的だ」
「まぁ、そうだよな……」

 とやかく言ったのはいいけど、いかんせん怪術師には穴が無さ過ぎる。でも今なんの対策も無しに行って上手くいくとは思えない。

「確か今、魔術研究員が何名かここにいるという事を聞いたな……。怪術もまた術なのであれば何かしら魔術と通じる部分は無いのだろうか……」

 ふと、スーザンのつぶやきがある事を思い出させる。
 キアラが言っていた、どうやら怪術師は雷属性に弱いらしいと。
 銀髪の奴が言ったという情報で、どうにも胡散臭くはあるが、だったらどうやってかつて魔術を覚えた弥国人と怪術師の闘争で前者が勝てたのか。それはやっぱり魔術が何かしら怪術に対して強い部分があったという事なんだろう。それが雷属性であった、という可能性も大きくあるんじゃないのか?

「どうしたのだアキヒサ・テンデル」

 どうやら少し考え込んでしまっていたらしい。とりあえずこれについて伝えてみるのもありか。

「なぁ、タラッタリアに魔術の研究員、いるんだよな?」
「ああ。そう聞いた」
「だったら怪術と魔術の因果関係を調べさせてみたらどうだ」
「調べさせると言っても情報が無い。怪術師の一人でも生け捕りにできていればまだ可能性はあったかもしれないが……」
「雷系統」

 急にそのワードを口にしたせいか、スーザンが訝し気にこちらの様子を窺う。

「これはとあるとこから仕入れた情報なんだけど、どうにも怪術師は天属性雷系統に弱いらしいんだ。正直言えばこれは確実性には欠ける情報だ。でも調べてみる価値はあると思う。確かに被検体はいないかもしれない、とは言ってもこの雷属性に弱いという情報を頼りにすれば、系統の特徴から逆算して怪術について、いくつかの可能性に絞る事は出来る気がするんだ。まぁ前提が根拠なしの情報だからこれを使うこと自体賭けになるんだけども……」

 伝えるだけ伝えると、スーザンの表情が少し晴れた気がした。

「なるほど……その考えは無かったぞアキヒサ・テンデル!」
「まぁそりゃお前らは雷系統に弱いとかいう話なんて聞いた事無かっただろうからな」

 もし聞いてたら俺じゃなくても誰かが考えについてたに違いない。

「いや十分だ。すぐに報告に行く。ただ貴様の考え、という事はすまないが伏せる事になるのだが……」

 スーザンが少し遠慮がちにこちらを見つめる。
 どうやらそれでもいいかとこちらに尋ねているらしい。相変わらずスーザンは真面目だな。真面目すぎる気もするけど。

「当然だ。罪人のたわごとなんて知ったら相手にしてくれないだろうよ。あと、これは賭けだ。失敗しても俺を恨まないでくれよ」
「分かった。息災でな、アキヒサ・テンデル」
「あ、待ってくれスーザン」

 去っていこうとするスーザンを呼び止める。一つ聞きたいことがあったからだ。

「なんで俺の事なんか信じてくれるんだ?」

 なんとなく気になった。別に深い意味は無い。
 スーザンはたいして間を置くことなく答えてくれた。

「ティミーが言っていたからな、アキは信用に値すると。だいぶ前、私が貴様の事をただのケダモノだと勘違いした時、散々ティミーが貴様の事を弁護してくれていたのだ。しかし……今思い出してもあの褒めっぷりりには私も……........ったぞ」

 最後はうまい事聞き取れなかったが、ようはこうしてスーザンと話せているのはティミーのおかげだったらしい。ケダモノと勘違いした時と言えば確か部屋決めの時だったか……。てかなに、俺そんなレベルまでスーザンの評価さがりかけてたの? マジ危なかったんだな……。それでも害虫認定よりはまだマシか。

「そうか、悪かったな引き止めて」
「問題ない。もしすべてが丸く収まった時にはティミーも交えて語り合おうではないか」
「おう」

 スーザンは軽くこちらを向いてほほ笑むと、重々しい鉄の扉の向こうへ歩いていった。




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