異世界転移~俺は人生を異世界、この世界でやり直す~

じんむ

真相

 王都がセキガンに急襲された日、スーザンはバリクさんのこんなやり取りをしていたらしい。

「ちょっといいかい」

 スーザンが王都の正門を見張っていたところ、バリクさんが声をかけてきた。

「どうされたのでしょうか隊長」
「これからここにいる皆で城の方に出向いてほしいんだ」

 突然告げられる言葉にスーザンは戸惑いを隠せなかったようだ。
 まぁ座ろうかとバリクさんが近くの席を勧めるの従い席に着く。丸テーブルの先には真剣な眼差しのバリクさんがいた。

「それでは門の守りが……そもそも何のために?」

 スーザンの問いかけに対し、バリクさんは何かを決心したようにゆっくりと頷く。

「うん、その事なんだけど……。その前にまず言っておくと、僕は黒ローブの組織とつながっててね」
「いきなり何を……隊長の言っていることが理解できないのですが」

 スーザンがこう言うのも無理はないだろう。そもそもいきなり騎士団の隊長に重犯罪組織とつながっていると言われてはいそうですかと言う方がおかしな話だ。

「言葉のままの意味だよ」

 しかしあまりに真剣なバリクさんの眼差しにスーザンは息を呑む。
 信じざるを得なかった。バリクさんは無意味な嘘をつく人ではないのは騎士団だけでなく誰の目から見ても分かる事で、しかもその表情には一点の笑みも無い。

「だとすれば……私は貴方を捕えねばならない」

 スーザンが槍に手をかけた。
 理解できる行動だ。騎士団は犯罪者の取り締まりも仕事としているのだから。

「まぁ待って、僕はあっち側とも通じてるけど、その前に騎士団だ」
「と言いますと?」
「僕はあくまで騎士団側の人間だよ」

 表情を和らげたバリクさんのその言葉にスーザンは少し警戒を解き、槍をまた元の位置に立てかける。

「それで、あんまり時間が無いから詳しい事は伏せておくけど単刀直入に言うよ、今から城に向かって王と王太子を誘拐してほしいんだ」
「王と王太子を誘拐?」

 あまりにも突飛な発言だ。話が見えない。

「うん、黒ローブに捕らわれる前にね」
「どういうことですか?」
「これから黒ローブの組織がここに来る。隊長である僕はこれから部下をどこかへ追いやり、それを中に入れる手はずなんだ」
「何を……そんな事は許されるはずが無い!」

 勢いよく立ち上がるスーザン。彼女の正義感が身体をそのように動かしたのだろう。

「頼むスーザン。これは王国を守るために必要な事なんだ。真面目なスーザンなら分かってくれるはずだ」
「ならばここで迎え撃てばいいかと!」
「無理だ」

 ばっさりと言いきられてしまった。

「何故……でしょうか」

 バリクさんのその強い眼差しに射すくめられ、スーザンは少し控えめに質問すると席に着いた。

「黒ローブの組織は怪術という強力な力を持っている。どんなものか分かるかい? 光を見せるだけで相手を様々な状態に陥れてしまうんだ。例えばそれは『乱』。人間の視覚を乱す、まぁこの大陸で言う魔術みたいなものだよ、力を持っていてね。術にかけられたら最後、身体の制御がきかなくなってまともに戦えなくなる」
「そのような魔術が……?」

 そんな魔術生まれてこの方一回も聞いた事が無い。

「そうだよ。他にも色々ある。もっとひどいのは『恐』だね。あれを受ければまず勝ち目は無いと思った方がいい。人に恐怖を植え付け戦意、あるいは正常な思考判断を根こそぎ奪ってしまう。確かに光さえ見なければなんとも無いよ、でもスーザン、君に目を閉じながら戦うなんて芸当はできるかい?」
「……恐らく、できません」
「しかも、彼ら武芸にも優れているからね。もし仮にそんな芸当ができてもまず勝てる相手じゃないよ」

 バリクさんがここまで言う相手だ。もはやスーザンにその力を疑う余地は無かった。

「簡単に勝てる相手ではないという事は分かりました。ですが黒ローブの組織が何故王や王太子を捕えるに来るのです?」
「殺すためだよ。王家はたぶん皆殺しさ。そして政権を乗っ取るつもりでいる」
「なっ……」

 衝撃的な発言にスーザンは言葉を失う。

「しかし城には五番隊と六番隊がいるはずでは……」
「恐らく、全滅だろうね。さっきも言った通り怪術の力は大きい」
「放っておいてもいいのでしょうか!?」
「変に何か伝えたら怪しまれる」
「ですが!」
「スーザン」

 なおも言い募ろうとするスーザンにバリクさんが咎めるように名を呼ぶ。

「忘れちゃいけないよ。僕たちは騎士団。一番優先されるべきは王国の事だ。そのためなら己を犠牲にする覚悟が必要だよ。自分たちの事は二の次だ」
「……そうでした。申し訳ありません、考えが甘かったです」
「いやいいんだ。僕も知ってて何もできないのは悔しいからね」

 少し言葉がきつくなってしまったのを気にしてか、その口調は優しくなっていた。

「……しかし、そんな方法で民衆が付いてくるとは思えません、非倫理的かつ血筋もまったくの正統では無い」

 スーザンの指摘にバリクさんが少し間を置き口を開く。

「そこでマルテル家だよ」
「マルテル家? 王家の分家のですか?」
「そう。ここで話しておくけど、マルテル家頭首カルテリオ・マルテルも黒ローブの組織とつながっているんだ」

 王家の分家が犯罪組織とつながっている、スーザンはそんな耳を疑う事実に思わず聞き返す。

「それは、本当なのでしょうか?」
「本当だよ。そもそもこれから起こる事全てはカルテリオによる画策だ。王権を握るためのね」

 まさかそんな事があるとは。しかしまだ引っかかる点はある。

「なるほど……ですが、王権を握るにもグレンジャー家がいるのでは? 同じ分家として黙ってはいないでしょう」
「いや、王権はマルテルに行く」
「何故そう言い切れるのでしょうか?」
「グレンジャーはこれから起こる出来事のせいでほぼ確実に失墜するからだよ」

 放たれた言葉に息を呑むスーザン。バリクさんはそのまま話を続ける。

「まだ言ってなかったけど、これから起こる出来事は王家殺害だけじゃない。もう一つ、魔術研究所から魔物が解き放たれる」
「それは、止めなくては! 民に被害が出るではないですか!」

 またしても立ち上がろうとするスーザンをバリクさんは手で制す。

「駄目だ、怪しまれて勘付かれるかも知れない。誘拐を成功させるには相手にシナリオ通りに動いていると思ってもらわなきゃいけない。一応これについては僕の方で被害を極力抑えるよう迅速に他隊員に連絡する。そのための配置は既にしてあるから」

 スーザンは何か言いたそうにするが、やがて諦めたように呟く。

「……分かりました」

 もし仮にここで相手の予定を崩せば何事も起こらないかもしれない。だが同時に、相手の予定を知っているこちらも、何が起きるのかまったく把握できなくなるという事だ。バリクさんはその相手の動きを考慮した上でスーザン達に今回の誘拐の件を伝えたのだ。一時の感情でそれをわざわざ潰すわけにはいかない、そう考えての事だった。

「気持ちは分かるよ」
「ありがとうございます。続けてください」

 バリクさんは頷くと話を再開する。

「魔物が解き放たれれば人は恐怖する。そして恐怖は怒りに代わり、騎士団の方へと向く事になるだろう。何せ、人は騎士団がいれば安全というある種の固定概念が植え付けられている。よく言えば信頼されてるわけなんだけどね。信頼が大きければ大きいほど人は裏切られたとき腹が立つもの、加えて研究所は騎士団が警備しているしね。ほぼ確実に騎士団に対する負の感情が芽生え、それを治めるグレンジャーに対しても同等の感情を抱くだろう。これが失墜の第一の理由」

 そして第二、と続ける。

「正直魔物の解放についてはスパイス程度だ。最大の失墜の決定打はこのタイミングで騎士団が敗北して怪術師に王が殺されることにある。恐らく騎士団は黒ローブの組織が城に籠ったとあれば何かしら策を打って奪還を試みるだろう。でも相手が怪術師だ。確実に負ける。考えてみて? 得体のしれない犯罪組織に国の長が殺されるという事は、平和な世の中を崩される事と同等の意味を持つ。今まで平和に暮らしてた人にとってはどうしようもない恐怖だろうね。そしてその感情はやっぱりこの事態を防げなかった騎士団へと向き、グレンジャーへと向く」
「なるほど……」

 つまり簡単にまとめると、民衆は今まで大きな信頼を寄せていた騎士団から裏切られ、騎士団に対して怒りと言った負の感情を持つ。
 そしてその騎士団を治めるグレンジャー家は責任を言及され失墜。

「ついでに言っておくと、騎士団が敗北した後、カルテリオがここまで軍を進めてくる予定だ。彼はあらかじめ黒ローブの組織と話を合わせてて、何の滞りも無く王城を奪還できるように仕組んでる。ようは形式上は討ち果たして民の信用を勝ち取るため芝居を打つわけだね」

 なるほど、それならば確実に民衆はマルテルを支持する。恐怖のどん底から救い出させてくれた英雄として。
 そしてそんなカルテリオが王になればグレンジャーを徹底的に叩いていくのだろう。王を守れなかった不届きもの、逆賊と言って。

「だからこそスーザンに王と王太子を誘拐してほしいんだ。王家の人間が存在すればマルテルより正統な血筋がいる事になるからね。民衆も馬鹿じゃない、その二人が現れてマルテルがその復権を拒むようなら当然マルテルを支持する者はいなくなるだろう」
「そういう事でしたか……承知しました、王国のため、微力ながら誘拐を成し遂げます」
「スーザンならそう言ってくれると思ったよ。ありがとう」

 その後、バリクさんはあらかじめマルテルによって聞かされていた地下通路の事をスーザンに教え、王、王太子の誘拐を遂行させたという事だ――――

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