異世界転移~俺は人生を異世界、この世界でやり直す~

じんむ

静寂な教会

「教会に泊まるのは、今日かい?」

 メールタットを出て馬を走らせ続けていると、突如大寒波が押し寄せてきた。
 だめだこれ、寒すぎて口が開かん。

「ちょっとそこツッコむところだよー?」
「そんなくっそ寒いネタになんでツッコまなきゃならないんだよ……」
「ツッコむ人間はさ、どんなにつまらないボケでも面白くしていかなきゃならないと思うんだよね」
「俺はツッコみ担当じゃないしそもそも俺ら漫才師じゃないよな?」
「おお、それだよそれ! あとはもう少し元気に!」
「何を目指してんだよお前は……」

 どうでもいいやり取りをしつつ、ほとんど陽が落ちた空の下、街道を走る。
 でもそういえば確かに宿泊場所は考えてなかった。確かにここを行けばそのうち教会はあったと思うけど、大丈夫かな。まぁ服は変えてるし、そもそもここまで情報が行き届いてるかも分からない、一回泊まってみるのもありか……。

「とりあえず、今日は教会に泊まってみるか」
「りょーかい!」

 あえて先ほどの寒い発言については言及しないでおく。
 しばらく馬の蹄の音に耳を傾けていると、やがて石造りの建物が見えてきた。
 やがて建物の前まで来ると、十字架と共に模様が設えられた看板を確認できたので、隣にあった馬小屋に馬をつなげる。
 そのまま教会の中に入ると、黒い修道服を着たシスターが出迎えてくれた。

「ご宿泊の方ですか?」
「はい」
「部屋はこちらになりますので案内いたします」
「ありがとうございます」

 どうやら怪しまれている様子は無さそうだな。良かった。
 内心ホッとしつつ礼拝堂を歩いていると、シスターがおもむろに口を開いた。

「もう数日でしょうか、騎士団の方が来てからはすっかり旅のお方も来なくなって、こうして案内するのも久しぶりの事の気がします」
「え、騎士団もここに来たんですか?」

 一瞬、間が開く。
 しまったな、何でこんな事聞いたんだよ俺……。絶対怪しまれてるんじゃないのかこれ。
 嫌な汗を背中に感じつつも次の言葉を待つと、どうやら杞憂だったようで、シスターは何事も無く話を続けてくれた。

「……ええ。騎士団の方が何名か、あともう一人、お子様もいらっしゃいましたね?」
「お子様?」

 キアラが聞き返す。

「はい。騎士団の方は少し休ませていただきたいですが、王都のお偉いなのでくれぐれも無礼の無いようにお願いしますと言われました。どうにも訳あって王都からタラッタリアまで行かなくてはならなくなったので護衛していたらしいです」
「護衛、ですか……」

 王都の偉いのって誰だろ? まぁそこそこ有名な家は何個かあった気がするけど……いちいちそんな貴族なんて把握してないしな。これについてはタラッタリアに行けば分かるか。

「こちらになります。神のご加護があらんことを」

 気付けば泊まる部屋まで来ていたらしい。
 シスターはそう言うと、元来た道を戻って行った

「人いないねぇ」

 キアラが言うので部屋の中をを見渡してみる。壁の両側で八台づつ配置されたベッドがあるこの場所には、俺とキアラの二人しかいなかった。だいぶ前に別の教会ではあったが泊まった時には床で寝てる人もいただけに、かなりこの空間は広く感じる。

「まぁ、そのうち増えるんじゃないのか?」

 もうだいぶ昔か、王都に行く途中教会で止まった時はもうちょっと遅い時間に人が増えてきたからな。

「そっかー。まぁ、あまり多くない方がいいけどね」

 困ったような笑みを浮かべるキアラ。どうやらこいつもあのむさ苦しい教会を体験したことがあるらしい。
 とりあえずベッドに腰を掛けると、しばらく静かな時間が流れる。
 少しして、気になる事があったので聞いてみる事にした。

「そういえば転生したんだよなキアラ、どんな感じだったんだ?」
「ああうん。そうだね……」

 キアラは少しうつむき加減になる。

「……悪い、忘れてくれ」

 興味本位で聞くべき事じゃなかった。転生という事は死んだという事。俺みたいなクズな残念脳ならまだしも、キアラ、いやあかりみたいな普通の女の子の未来は、まだまだ希望に満ち溢れていたはずだ。家族も友人も何もかも置いてきてしまったという事は辛くないはずが無い。

「いやいいよ。もうそこらへんは割り切ったし、それに新しい家族もできたからねっ。異世界ライフもけっこう満喫してるし」

 明るいトーンで話しながら見せてくれる笑顔に少し安心する。

「昔勧めてくれた本あるよね? 確か『異世界転生、俺は人生を異世界、この世界やり直す』だっけ?」
「ああ確かに勧めたな……」

 あの時は隠れオタやってたからな。なんでも包み隠さず話せる相手ってあかりくらいしかいなかったんだよ。興味なんて無いはずなのに熱心に話を聞いてくれたよなぁ……。

「主人公がトラックに轢かれて転生。まさにそんな感じでね、紫の景色の中誰か女の人が語り掛けてきて”何故ここにいるのかは知らぬが、この場所に落ちた以上見過ごすわけにはいかない、私の世界に招くにあたって何か欲しい力は無いか”ってね」
「ほう」

 本当に何か貰えるのかよ。てか神様って本当に存在するんだな。いやそもそもそれが神かどうかは分からないけど、まぁ神くらしかありえないだろう。

「その時どうにも浮遊感というか、立ってるかどうかも分からなくて、なんか体そのものが無くってる気がしたからとりあえず心の中で”とにかく身体を動かせるようになりたい”って思ったら……お察し?」
「お前の凄まじい運動能力はその時得たって事か」
「たぶんね~。コリンも最初びっくりしてたみたいだよ、元気になった姉ちゃんが英雄になった! って」
「ん? どういう事だ」

 転生ってなんでコリンの名前が出てくるんだろう。弟はまだ生まれてないんじゃないのか?

「この身体には元々別の持ち主、それこそ本物の『キアラ』が入ってたみたい。コリン達が言うにはもう死んだと思った目覚めたんだって」
「え?」
「『キアラ』は死んで、その身体に私が入ったって感じ。……まぁそうは言っても、今からだいたい八年前かな? なんというか目が覚めたら、思い出した感じ? になったんだけどね。私は元々別世界であかりという人間であり、コリン達とも家族だ。二つの記憶が内在してるというかなんというか……ああでも完全に『キアラ』の記憶があったわけじゃなくてけっこう欠落もあったり……この感じについてはちょっと説明しにくいんだよねぇ。『キアラ』の意思は無いけど多少の記憶はある、って言っても分かんないかぁ」

 うーむと唸りながらもどう説明しようか考えあぐねているようだ。
 この感覚については転生体験した当の本人しかわかないのだろう。俺の場合は転生なのか転移なのかよく分からないものの、とにかく子供ではあるけど俺自身の身体でこの世界に来ただけであって、別の身体を授かったってわけじゃないからな。たぶん。

 ともあれ、だいたいあかりがどういう事になったのかは把握した。
 元々この世界には『キアラ』という少女がいて、何があったのかその少女は死に、その魂は消え去った。そこへあかりの魂が身体に入った。つまりこういう事だろう。
 でもそうなるとあれだよな、魂と言う概念は本当に存在する事になるのか……。だとすればそれはどういう物なんだろ? いやまぁ別にどうでもいいけど。

「やっぱこの感覚は説明しがたいなぁ。とにかく、死んだ辛い、生きれて嬉しい。二つ同時にそういう考えが頭の中にでてきたり記憶がごちゃごりゃになったりで最初はけっこう大変だったよ。まぁ、今じゃもう完全に慣れたんだけどねっ」
「ほほう……」

 転生ライフも色々と大変だったようだ。

「ま、そんな感じかな~。私の転生記は」
「なるほどな……でもごめん、余計な事喋らせたよな?」
「全然おっけーだよ! それよりアキの場合どんな風にこの世界に来たの? 姿も子供の頃と同じだし、けっこう気になってたんだよねぇ」
「え、ああ。俺のはよく分からないんだけど、トラックが来てるやばい、ってなったらいきなり暗転して気付いたら森の中にいた。子供の姿なのに気付いたのはちょっと後になるんだけどな」

 一通り話し終えると、束の間の沈黙が訪れる。
 あれ、他に何か言わなきゃならない感じ? ああでも確かに世界移動した割には簡潔な説明になったな。

「え、それだけなの?」
「おう。なんていうか、ほんとにそれだけなんだよ。でも確かに、よくよく考えれば謎だよな……」

 神にあったわけでもなければ、天使にあったわけでもない。気付いたら異世界にいた。

「そんなに強いのは神様に会ったからじゃないの?」
「え、別に俺そんな強くないだろ?」

 けっこう苦戦してる気がするんだよな色々と。深層魔術もどっかいったし。
 あ、いやでもカルロスには勝ったから多少はできるのか、自分で言うのはなんだけど。

「あれだ、無自覚チート! 気付いてないのかもしれないけど、アキの魔力量相当だよ? あり得ないくらい」
「え、そんなに凄いの俺」
「うん。最初会った時もけっこうあったけど、それ以上にどんどん上がってるよね? ていうか不帰の森にいた時からもまた上がってると思う……」
「マジかよ」

 うーん、にわかに信じがたい。自分の魔力量なんて逐一確認しないからというかあんまり確認できる術がないから何とも言えないけど。

「気のせいじゃないのか? そもそも人の魔力なんてそうそう感じられるもんでもないだろ」
「感じられるから凄いんだよアキのは……」

 呆れ気味に言われた。
 まぁ、なんか本当に魔力あるのに無い無い言っても返って嫌味っぽくなるからやめよう。

「まぁそういうんならそうなのかもな。確かに最近は魔力切れなんてまぁ起きないし」
「羨ましい限りですなぁ」
「そりゃどうも」

 俺からしたらキアラのその身体能力の方がすごい羨ましいけど。

「神様に会わないでこの強さかぁ……まぁなんでか分からないけど、とにかくトラックに轢かれなかったんだよね? 良かったじゃん! あれいったいよぉ~?」
「お、おう……それについては何とも言えないわ……」

 嬉々と言い放つキアラにただただ苦い笑みが零れた。


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