異世界転移~俺は人生を異世界、この世界でやり直す~
怪術師
「ほら飲みな」
差し出された緑がかった液体の入ったカップからは湯気が立ち登る。
「あいにく酒は切らしててねぇ? これで我慢してくれるかい?」
「いや、酒は飲めないんでお構いなく」
未成年だもんな俺。
意外と良心的なプライズだったので、とりあえず傷物転移石は購入しておいたところ、どうせ暇だからという事で居住スペースに半ば強引に案内され今に至る。
目の前にはあの黒く長かった髪をまとめ、姉御っぽい店主の女の人が座り、横にはティミーがじっと緑がかった液体と睨めっこしている。
確かにこの色の飲み物は珍しいからな。ただ、俺にとっては割となじみ深い色だ。
「これって緑茶ですか?」
実際、名称は分からないがとりあえず聞いてみる。
「おや、よく分かるね。弥国特産のお茶さ。この大陸じゃまったく無いからねぇ」
名称は元いた世界と同じらしい。なんか感動する。だって水とか紅茶しか飲んでないもんなここに来てから。
どれと一口飲んでみる。口の中に広がるほのかな苦み。身体だけでなく心も温めてくれるかのようだ。ああ、これだ。やっぱ俺日本人だなぁ。
「はっ……!」
うわっ、飲みやがったコイツ! みたいに驚愕した表情しないでくれるかなティミーさん。なんかいけない物飲んでる気がするからさ。
「どうだい? 客人用だからちぃと値段も張るやつだよ?」
「美味しいです。ティミーも飲んでみろよ」
「う、うん……!」
そんな力むなって、毒とかが入ってるわけじゃ……ないよな? え、ないよね?
今までのこの女店主の挙動を思い出し、今になって不安感がこみ上げてきた。これでもし毒が入ってたら共倒れだ!
心の叫びもむなしくティミーは緑茶に口をつける。
……まぁいいや、毒なんて無いだろ。考えすぎだよな。もう気絶したらその時はその時だ。
「苦い……でもなんだか美味しい」
「おっ、あんたらわかるねぇ?」
女店主は上機嫌のようだし、とりあえず毒も回ってなさそうなので安心する。
「そういえばまだ自己紹介してなかったね。あたいはハルだよ。分かってるとは思うけど弥国出身さ」
そうだよ、この人そういえば髪が真っ黒なんだよな。丁度いい、ちょっとだけ聞いてみるか。
「あのすみません、少し質問いいですか?」
「お、なんでもよこして来な」
「ありがとうございます」
黒ローブの組織は恐らく弥国人が深く関与しているはずだ。
「弥国に眼が青く光る魔術ってあるんですか?」
その正体、あわよくば攻略法も聞いてみようと訊ねたところ、この女店主――ハルさんは目を細める。
「魔術……じゃないけどね、ただ眼が青く光るってのには思い当たる節はあるよ」
来た、たぶんそれだ!
「その事です。その事について教えてくれませんか?」
「あ、ああ。まぁいいけど……」
少し食い気味になってしまったせいか若干ハルさんは戸惑っている様子だ。でもいい、少しでも情報は貰いたい。
「たぶんそれは怪術師だね」
「怪術師?」
「ああ。弥国では忌み嫌われる存在でもある」
忌み嫌われてる?
「どうしてまたそんな?」
「そりゃあいつらが鬼の子だからさ。目を光らせて何かしでかすってのも気味が悪いしね」
「はあ……?」
答えになってない気がするんだけど気のせいだろうか?
「まぁでも、怪術師自体本当に存在するか疑問だけどねあたいとしちゃ。何せ生まれてこのかた一度も会ったことがないからさ。まぁ昔、地元の隣の村に怪術師が出ただとか聞いた事があるけど、じじばばが叫んでいただけだからねぇ」
なるほど、怪術師はうようよいるわけでは無いらしい。この分じゃ攻略法なんて知らないだろうな。まぁ一応聞いてみよう。
「もしハルさん身近で現れたらどうやって対処するんですか?」
ハルさんはしばらく考えるように腕を組むと、やがて声を発する。
「……そうだねぇ。やっぱり寝首を掻くってところじゃないかい?」
「なるほど……ありがとうございます」
やっぱりろくな情報は得られなかったな。ただ、あの黒ローブの組織が弥国の人間で、恐らく怪術師じゃないかという事が分かった。帰ったらバリクさんに一応伝えておくか。
「ところであんたら、騎士団なんだね?」
「え、ああはい」
恰好は基本、制服だからな騎士団は。
「そうかい。実はあたいの……」
「おいおふくろ、なんで鍵閉めてんだよ! 開けるぞ!」
聞きなれた声と共にバキリと鈍い音が耳に届いてきた。
「ハイリ! あんたまた壊したね!? いい加減……」
「いいだろ! 酒買って来てやったんだからよ!」
「許す!」
えーっと……ハイリ? てか今ハイリって言ったよね。
居住スペースへの入口から樽を抱えたハイリが姿を現すと、何かこの世ならざる物を目撃したかのようにこちらを見た。
「アキ、ティミー……!」
ハイリは若干張り気味に声を発すると、酒樽を置き、飛んでこちらにやって来て、俺らの襟を掴むと、文字通り店からつまみ出した。
「いやぁ、あぶなかったぜ」
ひと狩り終わったぜみたいな雰囲気で言われてもな。
「なに、ハルさんてハイリのお母さんだったの?」
だとしたらかなり綺麗な人だ。でも確か誰かに似てると思ったんだよ。
「まぁな……。ったく、アキ達も無茶するぜ」
「何がだよ?」
お茶貰ったから無茶ではないよ? ……ごめんなんでもない。
「お前、あのまま家にいたらどうなってたと思う? たぶん明日の朝まで幽閉だ」
「え、幽閉?」
「おう。おふくろは人の事が好きすぎてよ、それ自体悪い事じゃないんだけどな、もてなしがひどいんだなこれが。これまで何人の人を潰してきたか……」
何それどこの武勇伝? ハルさん人潰すの?
「てなわけでだいぶ前、お前らを家に呼ばなかったんだ」
「なるほど……」
宿探しの時か。
「おいハイリ、大事な客人だよ? もしかして知り合いだったのかい?」
店の中からハルさんの呼ぶ声がする。
「おい、二人とも、早く逃げろ!」
「お、おう」
ハイリに背中を押され、確かに潰されたくは無かったのでそのまま表通りまで走っていった。
******
ハルさんの店から逃げた後、とりあえず怪術師とやらについて一応報告しようと騎士団本部の傍まで来たところ、どうにもいつもと様子が違う。別に何が違うというわけでは無いのだが、どことなく静かというか……。あれ、やっぱり別に変らないんじゃね?
「あれ、アキ行かないの?」
どうやら足を止めていたらしい。ティミーが少し先でこちらの様子を窺っている。
「あ、いや悪い」
歩こうと足を一歩踏み出した時、門から何人かの衛兵に囲まれた長身で厳かな雰囲気を醸し出した中年の男と、十七八くらいと思われる、キザったらしい男が出てきた。どちらも黒の服で身を包み、何かと権力を持っていそうだ。
やがてこちらに向かってくるその一団から衛兵の一人が飛び出してきた。
この恰好……王国軍か。
「道を開けられよ」
「え、あ、はい」
別にこの道狭くないんだから横通れよ……。
若干納得いかないものの、権力にはできるだけ屈するべきだと思うので脇にどける。
「チッ、グレンジャーの犬が」
去り際、若い方の男がそんな言葉を吐いてきた。わざわざこっちが道開けてやったのにその言いぐさはちょっと腹立つな。
「失礼、犬と言いましても扱いをぞんざいにしたのなら思い切り噛みつかれますよ?」
「ア、アキやめようよ……」
ティミーが傍らで慌てているが気にしない。とりあえず何か言ってやらないと気が済まない。
「お前、僕を誰だと……!」
「やめなさい」
若い男の声を遮ると、厳かな男はこちらに近づいてきた。
「身内の非礼を詫びよう。これはほんの謝礼だよ」
その男が懐から取り出すのは袋だ。
「中には十万エルが入っている。そこのお嬢さんにも同じだけ渡させてもらおう」
「な……」
十万って一か月の給料の五割じゃないか……。いや、そんな事はどうでもいい。なんにせよこんな野郎から受け取る金は無い。
「いりませんよそんなの」
「おや、ならいいのだがね」
子馬鹿にしたような表情が若干神経を刺激する。落ち着け俺。ここで何かしたらたぶん解雇ものだ。
「行くぞ」
男は身を翻すと、衛兵に合図を出しどこかへ去っていった。
「気に食わない野郎だな」
「確かにあまり気分は良くないかも」
終わった事を考えても仕方が無いので、とりあえず本部内へと入る事にした。
差し出された緑がかった液体の入ったカップからは湯気が立ち登る。
「あいにく酒は切らしててねぇ? これで我慢してくれるかい?」
「いや、酒は飲めないんでお構いなく」
未成年だもんな俺。
意外と良心的なプライズだったので、とりあえず傷物転移石は購入しておいたところ、どうせ暇だからという事で居住スペースに半ば強引に案内され今に至る。
目の前にはあの黒く長かった髪をまとめ、姉御っぽい店主の女の人が座り、横にはティミーがじっと緑がかった液体と睨めっこしている。
確かにこの色の飲み物は珍しいからな。ただ、俺にとっては割となじみ深い色だ。
「これって緑茶ですか?」
実際、名称は分からないがとりあえず聞いてみる。
「おや、よく分かるね。弥国特産のお茶さ。この大陸じゃまったく無いからねぇ」
名称は元いた世界と同じらしい。なんか感動する。だって水とか紅茶しか飲んでないもんなここに来てから。
どれと一口飲んでみる。口の中に広がるほのかな苦み。身体だけでなく心も温めてくれるかのようだ。ああ、これだ。やっぱ俺日本人だなぁ。
「はっ……!」
うわっ、飲みやがったコイツ! みたいに驚愕した表情しないでくれるかなティミーさん。なんかいけない物飲んでる気がするからさ。
「どうだい? 客人用だからちぃと値段も張るやつだよ?」
「美味しいです。ティミーも飲んでみろよ」
「う、うん……!」
そんな力むなって、毒とかが入ってるわけじゃ……ないよな? え、ないよね?
今までのこの女店主の挙動を思い出し、今になって不安感がこみ上げてきた。これでもし毒が入ってたら共倒れだ!
心の叫びもむなしくティミーは緑茶に口をつける。
……まぁいいや、毒なんて無いだろ。考えすぎだよな。もう気絶したらその時はその時だ。
「苦い……でもなんだか美味しい」
「おっ、あんたらわかるねぇ?」
女店主は上機嫌のようだし、とりあえず毒も回ってなさそうなので安心する。
「そういえばまだ自己紹介してなかったね。あたいはハルだよ。分かってるとは思うけど弥国出身さ」
そうだよ、この人そういえば髪が真っ黒なんだよな。丁度いい、ちょっとだけ聞いてみるか。
「あのすみません、少し質問いいですか?」
「お、なんでもよこして来な」
「ありがとうございます」
黒ローブの組織は恐らく弥国人が深く関与しているはずだ。
「弥国に眼が青く光る魔術ってあるんですか?」
その正体、あわよくば攻略法も聞いてみようと訊ねたところ、この女店主――ハルさんは目を細める。
「魔術……じゃないけどね、ただ眼が青く光るってのには思い当たる節はあるよ」
来た、たぶんそれだ!
「その事です。その事について教えてくれませんか?」
「あ、ああ。まぁいいけど……」
少し食い気味になってしまったせいか若干ハルさんは戸惑っている様子だ。でもいい、少しでも情報は貰いたい。
「たぶんそれは怪術師だね」
「怪術師?」
「ああ。弥国では忌み嫌われる存在でもある」
忌み嫌われてる?
「どうしてまたそんな?」
「そりゃあいつらが鬼の子だからさ。目を光らせて何かしでかすってのも気味が悪いしね」
「はあ……?」
答えになってない気がするんだけど気のせいだろうか?
「まぁでも、怪術師自体本当に存在するか疑問だけどねあたいとしちゃ。何せ生まれてこのかた一度も会ったことがないからさ。まぁ昔、地元の隣の村に怪術師が出ただとか聞いた事があるけど、じじばばが叫んでいただけだからねぇ」
なるほど、怪術師はうようよいるわけでは無いらしい。この分じゃ攻略法なんて知らないだろうな。まぁ一応聞いてみよう。
「もしハルさん身近で現れたらどうやって対処するんですか?」
ハルさんはしばらく考えるように腕を組むと、やがて声を発する。
「……そうだねぇ。やっぱり寝首を掻くってところじゃないかい?」
「なるほど……ありがとうございます」
やっぱりろくな情報は得られなかったな。ただ、あの黒ローブの組織が弥国の人間で、恐らく怪術師じゃないかという事が分かった。帰ったらバリクさんに一応伝えておくか。
「ところであんたら、騎士団なんだね?」
「え、ああはい」
恰好は基本、制服だからな騎士団は。
「そうかい。実はあたいの……」
「おいおふくろ、なんで鍵閉めてんだよ! 開けるぞ!」
聞きなれた声と共にバキリと鈍い音が耳に届いてきた。
「ハイリ! あんたまた壊したね!? いい加減……」
「いいだろ! 酒買って来てやったんだからよ!」
「許す!」
えーっと……ハイリ? てか今ハイリって言ったよね。
居住スペースへの入口から樽を抱えたハイリが姿を現すと、何かこの世ならざる物を目撃したかのようにこちらを見た。
「アキ、ティミー……!」
ハイリは若干張り気味に声を発すると、酒樽を置き、飛んでこちらにやって来て、俺らの襟を掴むと、文字通り店からつまみ出した。
「いやぁ、あぶなかったぜ」
ひと狩り終わったぜみたいな雰囲気で言われてもな。
「なに、ハルさんてハイリのお母さんだったの?」
だとしたらかなり綺麗な人だ。でも確か誰かに似てると思ったんだよ。
「まぁな……。ったく、アキ達も無茶するぜ」
「何がだよ?」
お茶貰ったから無茶ではないよ? ……ごめんなんでもない。
「お前、あのまま家にいたらどうなってたと思う? たぶん明日の朝まで幽閉だ」
「え、幽閉?」
「おう。おふくろは人の事が好きすぎてよ、それ自体悪い事じゃないんだけどな、もてなしがひどいんだなこれが。これまで何人の人を潰してきたか……」
何それどこの武勇伝? ハルさん人潰すの?
「てなわけでだいぶ前、お前らを家に呼ばなかったんだ」
「なるほど……」
宿探しの時か。
「おいハイリ、大事な客人だよ? もしかして知り合いだったのかい?」
店の中からハルさんの呼ぶ声がする。
「おい、二人とも、早く逃げろ!」
「お、おう」
ハイリに背中を押され、確かに潰されたくは無かったのでそのまま表通りまで走っていった。
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ハルさんの店から逃げた後、とりあえず怪術師とやらについて一応報告しようと騎士団本部の傍まで来たところ、どうにもいつもと様子が違う。別に何が違うというわけでは無いのだが、どことなく静かというか……。あれ、やっぱり別に変らないんじゃね?
「あれ、アキ行かないの?」
どうやら足を止めていたらしい。ティミーが少し先でこちらの様子を窺っている。
「あ、いや悪い」
歩こうと足を一歩踏み出した時、門から何人かの衛兵に囲まれた長身で厳かな雰囲気を醸し出した中年の男と、十七八くらいと思われる、キザったらしい男が出てきた。どちらも黒の服で身を包み、何かと権力を持っていそうだ。
やがてこちらに向かってくるその一団から衛兵の一人が飛び出してきた。
この恰好……王国軍か。
「道を開けられよ」
「え、あ、はい」
別にこの道狭くないんだから横通れよ……。
若干納得いかないものの、権力にはできるだけ屈するべきだと思うので脇にどける。
「チッ、グレンジャーの犬が」
去り際、若い方の男がそんな言葉を吐いてきた。わざわざこっちが道開けてやったのにその言いぐさはちょっと腹立つな。
「失礼、犬と言いましても扱いをぞんざいにしたのなら思い切り噛みつかれますよ?」
「ア、アキやめようよ……」
ティミーが傍らで慌てているが気にしない。とりあえず何か言ってやらないと気が済まない。
「お前、僕を誰だと……!」
「やめなさい」
若い男の声を遮ると、厳かな男はこちらに近づいてきた。
「身内の非礼を詫びよう。これはほんの謝礼だよ」
その男が懐から取り出すのは袋だ。
「中には十万エルが入っている。そこのお嬢さんにも同じだけ渡させてもらおう」
「な……」
十万って一か月の給料の五割じゃないか……。いや、そんな事はどうでもいい。なんにせよこんな野郎から受け取る金は無い。
「いりませんよそんなの」
「おや、ならいいのだがね」
子馬鹿にしたような表情が若干神経を刺激する。落ち着け俺。ここで何かしたらたぶん解雇ものだ。
「行くぞ」
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