異世界転移~俺は人生を異世界、この世界でやり直す~

じんむ

明光

「それでは今日は解散」
「イ、イエス!」

 いつものようにミーティングが終わった。見ながそろそろと部屋に出ていく。いつもなら騒がしくなる空間も今は息をひそめていた。皆が下を向いてるかのような錯覚すら覚えるほどだ。窓に叩きつける雨音がより一層際立って聞こえる。

 二日前の鉱脈調査以来、この三番隊にどことなく影が差していた。いや、全体ではなく俺の周り、と言った方が適切だろうか。ただ少し話す人がいても控えめに、いつもの返事も控えめになっているのは確かだった。先輩方は時々俺らには声をかけ、慰めの言葉をかけてくれる。気を遣ってくれているのだろう。

 ……そういう仕事なんだから仕方がない。そう言われればそれまでだ。返す言葉も無い。ただそれでもやはりあの鉱脈調査の出来事は俺らにとって大きな打撃となったのだ。

 ハイリが現れて間もなく駆けつけてきたバリクさんが、あの亡骸の残留魔力とやらで身元の確認をしたところ、ファルク・ボゼーと一致したと言っていた。
 その事を団長に知らせたところ、元々あと二日は調査にあたる予定だったが、帰還命令が出た。ファルクについてはバリクさんの判断でディベスト山に手厚く葬った。
 俺的には持ち帰ってやりたかったが、バリクさんの事だから何か考えがあったのだろう。親族の人もいなかったみたいだし。

 ちなみに俺の元へ到達するまですでに生きたシノビ達の姿は無かったらしい。ほとんどが退散していたという事だ。

 しかしただただ無常。これが現実だ。

「はぁ……」

 ため息の先。そこではバリクさんが窓から外を眺めていた。

「大丈夫ですか?」
「アキヒサ君……どうしたんだい?」
「けっこう辛そうにしてらしたので」
「ハハ……アキヒサ君にはそう見えたかい?」

 そう見えた? 他にどう見えるというのだろう。

「……いや、実際辛いのは確かだよ。部下の一人が帰らぬ人になってしまったんだからね」
「まぁ、そりゃそうですよね……」

 死、というものは元いた世界ではどこか抽象的で、遠いもののように思っていた。だがこの世界に来てまさかこうも簡単に遭遇するとは。今になって思う。俺はあいつを救う事ができなかったのか、と。

「ごめんよアキヒサ君。隊長である僕がしっかりしないといけないのに。それに、誰より辛いのはアキヒサ君だろう? 何せあんなに仲が良さそうにしてたからね」
「そう、見えましたか」

 確かに、なんだかんだあれはあれで一つの友達としての形だったのかもしれない。

「そうだな……今はちょっと大変かもしれないけど、人生はほんとに色々あるよ。山だってあれば谷だってある。でもだからと言って決して立ち止まらないでほしい。進んでいたらそのうち良い事があるから」

 バリクさん一通り言い終えると、ばつが悪そうに指で頭を掻き笑う。

「なんて言ってね」

 この人はどうしようもなく良い人だ。自分もまた辛いはずなのにそれでもなお俺の事を気遣って励ましてくれる。なるほど、でもその通りだ。バリクさんの言う通り、人生なんて山あり谷ありの超ハードゲーなんだよな。

「いや、ありがとうございます。おかげで少し気が楽になりました」
「そう言ってくれると嬉しいよ」

 バリクさんは俺の反応を見てか、心なし安堵の表情を見せると、制服のポケットから光る疎通石を取り出した。

「ごめん、僕はちょっと用があるから行くね」
「はい、ありがとうございます」

 扉の向こうに立ち去る大きな背中を見送り、自分の部屋に戻ることにした。




 少し向こう。歩いているのはスーザンだ。しかしいつも前を向く凛々しい雰囲気ではなく、その目線は若干下を向いていた。

「おう」
「アキヒサ・テンデルか……」

 ファルクには色々ちょっかいをかけられ、害虫呼ばわりしていたスーザンでもやはり辛いらしい。

「……私は誰かを守るために騎士団に入ったのだ。それがこの有り様はなんだ。仲間の一人も守ってやれんというのか」
「スーザン……」
「奴はとことん気に障る事を言ってきた。それでもやはり大切な仲間なのだ」

 ハッと我に返ったかのように顔を上げると、すまないとだけ言って、声をかける間もなくそそくさと立ち去って行く。その拳は力強く握られていた。

 それからしばらく本部内を歩き回り、簡易的な書庫で時間をつぶした後、三番隊の宿舎に戻った。
 エントランスホールの椅子にはティミーが座っていた。傍らにはミアが立っている。たださして会話が弾んでるわけでもなさそうだ。

「二人ともそんなところで何してるんだ?」
「別に何もしてないわ」
「そうかい」

 なんとなく二人に加わったものの沈黙が辺りを支配する。二人ともそれぞれ何か葛藤があるのだろう。ただそれで俺は何を言うことが出来るのだろう。
 しばらく気まずい時間を過ごしていると、スーザンが寮の中に入って来た。ひどく濡れている。

「おま、どうしたんだ?」
「精進しないといけないからな」
「精進って……」

 まさかこの雨の中で鍛錬か何かしてたのか? こんな事してたら逆に身体が弱るだろう。
 駄目だ、いけないこのままじゃ。なんとかしないと。

「なぁ皆」

 三人の少女の目線がこちらへと向く。

「あえて突きつけるが、俺らの仲間、ファルクは死んだ。これは紛れも無い事実だ」

 三人の眼には動揺の色が見て取れる。そんな中意外な事にもティミーが口を開いた。

「……今言う事じゃないと思うな」

 その一言に一瞬心が打たれる。何故ならその言葉には明らかな嫌悪が籠っていたからだ。
 でも違う。このままじゃだめだ。何が駄目かって分からないけど駄目だ。

「その、なんだ……」

 うまく言葉に言い表せない。でも何か言わないと。

「い、いつまでも後ろを向いてたら明日が見えなくなるだろ!」

 ……なんて事だ。人間、思考が止まったらこうも臭い言葉を平気で言ってしまうのか。言いたいことはそんな感じだけどやっぱこれもなんか違う!
 ああでも言っちゃったからにはなんとかつないでいかないと……クッ、もうどうとでもなれ!

「たぶんファルクなら俺にこう言ってくるぞ! うっわーアキちんいつまでうじうじしてんの? きっもちわりぃ! ってな! 確かにその通りだ。後ろなんか向いてたって何も始まらない。人間前を向くことでこそ未来が切り開かれていくんだよ! どんな困難があっても乗り越え、そして人は強くなるんだ!」

 なんだこれ! なんでこんな言葉しか浮かばないのかな俺!?

「確かに、今はちょっと大変かもしれない。でも人生はほんとに色々ある! 山だってあれば谷だってある! でも立ち止まらず進めばきっといい事があるに違いないんだ! だから……」

 何も考えず勢いだけで話したのと、羞恥の嵐が襲い掛かってくるので、思わず言葉に詰まる。しかも最後とかバリクさんの受け売りだし……。

 でもまぁ、言いたいことは言った。たぶんこれが言いたかったことだ。いつも俺は後ろを向いて生きてきた。だからこそ停滞したんじゃないだろうか? 人生からドロップアウトしたんじゃないだろうか? 無論、それだけじゃないだろう。異常なまでの傲りと自尊心もまたそれに拍車をかけていたに違いない。
 だが今はそんなヘマはしない。

「だから、前を向いて行こう!」

 沈黙。あー、やっぱ駄目でした?

「プフッ」

 割と本気で今の事を後悔しそうになっていた時、ふとどこからか空気が漏れるような音が聞こえた。
 音の出どころ見れば、俺から少し顔を背けて肩を小刻みに揺らすミアの姿がある。

「なんだよミア……」
「い、いや……アキがいきなり演説するから……ふ、不思議よね……人の言葉でここまで鳥肌が立ったのは初めてよ……」

 ツインテールのを髪をかき分け、ミアがでんとこちらに身体を向ける。

「それでも、確かにその通りね! 過去の事をうじうじと、私らしくなかったわ。確かに同じ組織に所属するしかも同年代の人間がいなくなったのは悲しい。どうにか助ける事ができたんじゃないかとも思ってたわ。でも終わってしまったものは仕方が無い。元に戻らないのよね。そんなどうしようもない事を考える暇があったらまだ長い未来について考える、そっちの方がよっぽど大事だわ!」

 ミアがビシリと指をさし、堂々と腰に手を当てたたずむ。

「ふふっ」

 今度はティミーの声だ。

「な、何よティミー!」
「だ、だって、ミアちゃんも色々言ってるなって……」
「なっ……! う、うるさいわね!? べ、別に、その……」

 ミアが顔を真っ赤にさせるのを眺め、ティミーはさらに愉快そうに笑いだす。

「ミ、ミア様……」
「な、何よスーザンまで……」

 一呼吸置いて。

「なんと素晴らしいお方なのだ! 私め、何があろうと一生ついて参ります!」
「ちょ、だ、だからそういうのいいって言ってるでしょ!?」

 前に傅き、深々と頭を下げるスーザンに、ミアはまたもや顔を紅潮させあたふたとする。
 その光景に俺も自然と口が緩んでくるのが分かるのだった。





 

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