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海沼偲

『エリーゼの興国』 その4


 この集落はとても平和でした。争いもなくみんなが笑顔で平和に暮らしていました。だから、戦うための武器というものをこの集落はもっていません。そんなものがなくても生きていくことが出来たから。それよりも、もっと大切なものがあったから。だから、エリーゼが長のこの集落には戦うための力はありません。
 それは蛮族が来たからと言ってすぐに変わるものではありませんでした。その事実を聞いて、どんなに楽観的な人ですら思うことでしょう。勝てるわけがないと。この時、集落の全員がおもったことでしょう。

「ば、蛮族……っ!」

 エリーゼはそのあまりの出来事に固まってしまいました。それを見かねたオオカミがエリーゼの服の袖を嚙んで引っ張りました。

「お、オオカミさん……」

 エリーゼはすがるような声で言いました。

「俺はみんなに避難指示を出してくるから!」

 と、男は部屋から駆け出すようにして出ていきました。

「安心しろ」

 と、ここまで声を出さなかったオオカミも男がいなくなったことでようやく言葉を発することが出来るようになりました。そのために、すぐさまエリーゼを安心させようとしました。

「オオカミさん……」
「安心しろエリーゼ。俺がいる」
「うん、そうだよね」

 エリーゼはオオカミを抱きしめてようやく心が落ち着きました。今のエリーゼは程よく緊張感を残しながらもリラックスできています。

「どうするの?」

 エリーゼはオオカミに解決策を聞きました。

「……エリーゼ」
「なに?」

 オオカミは言いづらそうにエリーゼのことを見ていました。それを見たエリーゼはあえて気づかないふりをしました。それが、オオカミのためになるのだろうとエリーゼが信じたためです。

「エリーゼ。お前たちは人をまとめて逃げろ」
「オオカミさんは?」
「……」
「オオカミさんは?」
「……」
「ねえ」
「……残る」

 エリーゼが想定していたことの中で最も最悪な答えが返ってきてしまいました。

「なんで!」
「俺が残って蛮族どもを残らず殺す。そうすれば、お前たちに被害が出ることはない」
「でも、オオカミさんが危ないよ!」
「それは承知だ」
「わかってないよ!」

 エリーゼは怒鳴ります。しかし、オオカミの決意は固く、エリーゼの言葉ではどうしようもありません。
 エリーゼも何度も説得しましたが、結局オオカミは敵集落に残ることは変わりませんでした。

「だったらわたしも残るよ」
「なんでだ!」
「オオカミさんを一人にできない!」
「お前は戦えないだろ! そんな奴は足手まといなんだ!」
「でも! でも……」

 エリーゼはわかっていました。オオカミは所詮動物。獣でしかありません。人間を守るためには犠牲になるというのは至極まともなことなのです。しかし、エリーゼはオオカミが人間ということも知っています。だからこそ、エリーゼはどうしようもない心を置ける場所がないのです。

「安心しろ。どこかに行ったりしないといっただろう?」
「うん……」
「まだ人間に戻ってすらいないのに、こんなところで死ねるわけがないだろう」
「うん……」
「だから、信じろ」
「…………うん」

 エリーゼは無理やりにでもオオカミのことを信じて部屋を後にしました。
 そのあと、エリーゼは人々をまとめ上げて蛮族とは逆方向へと向かいました。エリーゼは最後まで集落の方を見つめていましたが、オオカミがどうなったのかエリーゼはわかりませんでした。

 それからしばらくの後、エリーゼは元の集落があった場所へと戻ってきていました。オオカミが最後にどうなったのか、それを知る責任があるのだと、エリーゼはつらい足取りを無理やり進めてきました。

「オオカミさん……」

 エリーゼは元の集落を出た後も、オオカミさんが人間に戻れるように良い政治を行ってきました。そのため、すぐさま復興し、今度は蛮族が来てもすぐに追い払えるような力も付けました。エリーゼの集落はオオカミに誇れるものとなったのです。
 エリーゼは元の姿をわずかに残している集落を歩き回りながらオオカミの姿を探しました。
 しかし、どんなに探してもオオカミの姿は見当たりません。

「オオカミさん……どこ……」

 と、歩いていると、一人の男と出会いました。

「あなたは……」
「エリーゼか?」
「え?」
「エリーゼなのか?」

 エリーゼには目の前の男に面識はありません。しかし、彼女の直観が自分の探している人が彼だと告げていました。

「オオ……カミさん?」
「ああ、そうだ」

 エリーゼはすぐに男に抱きつきました。そして、ただ男の胸の中で泣き続けました。その涙にぬれた顔を男は優し気な瞳で見つめ続けていました。

○  ○  ○

 幕は下りる。話は終わり、現実へと帰ってくる。
 俺たちはただ拍手だけをし続けた。

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