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海沼偲

『エリーゼの興国』 その1

 エリーゼはとても貧しい集落に住んでいる娘でした。
 エリーゼの両親は病気がちで家の仕事は全てエリーゼが行っておりました。
 今日もエリーゼは朝早くから夜遅くまで働き続けることでしょう。
 ある日、エリーゼは近くの川へと水を汲みに行くと、獣唸り声が聞こえました。近くの草むらがガサゴソと音を立てて、そこから顔を見せたのは一匹のオオカミでした。
 オオカミは牙をむき出しにしながら唸り声を上げます。しかし、エリーゼにはそのオオカミが自分のことを襲ってくることはないだろうと思いました。

「なぜ逃げたりしない」

 オオカミはエリーゼのことを訝しむように見つめながらそう質問をしてきました。
 エリーゼはオオカミがしゃべりだしたことに少し驚きましたが、それ以上に親近感というものが湧いてしまいました。おしゃべりが出来るのなら、このオオカミは悪いオオカミではないのだろうと、エリーゼは思いました。

「あなたは他のオオカミみたいに怖くないからですよ」
「こんなに睨み付けているのにか?」
「はい」

 それを言うと、オオカミは諦めたように溜息を吐き、睨み付けるのをやめました。それを見たエリーゼはとても楽しそうにニコニコしています。

「オオカミさん」
「なんだ?」
「わたしとお話ししましょう?」
「なんでだ?」

 エリーゼはオオカミが人間とお話をしたいから自分の前に出てきたと思っていました。だから、そう提案したのですが、オオカミにはその気がないようでした。
 それを感じ取ったエリーゼはしばらく考え込むと、何かを思いついたのか顔をパッと明るくさせました。

「わたし、オオカミさんとお話がしたいの? ねえ、いいでしょ?」

 そこで思いついた案というのが自分が話したいからという理由でオオカミと話をするということでした。
 それを聞いたオオカミは呆れたように溜息を吐き出しまいました。

「なんで、おれなんかと話したがるのだ」
「んー……楽しそうだから」

 エリーゼは特に話したいと思う理由はありませんでした。ただ、直観でこのオオカミと話してみたいと思っただけです。

「はあ、少しだけだぞ」

 しかし、そう言ったオオカミの口元が嬉しそうに歪んでいたのをエリーゼは見逃しませんでした。

「オオカミさん、ありがとう!」

 なので、エリーゼはオオカミに抱きつきました。

「な、なにをしているんだ! おれは男だぞ! 女がそう簡単に男に抱きつくな!」

 オオカミは慌てたように怒鳴りました。しかし、エリーゼは効く耳を持たずに抱きついたままでいます。

「は、はあ、放してくれ……」

 オオカミは力が抜けたような声でそう懇願していました。
 それからというもの、エリーゼは毎日水を川へ汲みに行ってはオオカミと会話を楽しみました。
 最初は面倒くさそうに話していたオオカミも、エリーゼには心を開いたのか会話の端々に上機嫌な心が現れ始めていました。
 それからしばらくたつと、エリーゼとオオカミが仲がいいということが集落中に広まっていき、オオカミはエリーゼと一緒なら集落の中に入るようになりました。
 そこでは、オオカミは決して口を開こうとはしませんが、エリーゼの手伝いをこなすようになりました。

「……なあ、エリーゼ」

 ある日のことです。オオカミがとても言いづらそうな顔をしていました。それに気づいたエリーゼは心配そうにオオカミを見つめます。

「どうしたの? 何か嫌なことでもあったの?」
「いや……そうではないんだ。ただ……」

 オオカミは最後の一歩が踏み込めないようなそんな恐怖と戦っている。エリーゼは何となくそう思いました。

「どうしたの?」

 その心配が口調にも出たようで、エリーゼの声の調子は今までのどの時よりも弱々しいものとなっていました。

「…………。うーん。実は……おれは人間なんだ」

 と、オオカミは口をやっとの思いで開きました。ただ、その発言の内容はあまりにも突拍子のないことでエリーゼは固まってしまいます。

「えーっと……」

 しかし、エリーゼはオオカミの真剣な表情からオオカミが噓を言っているわけではないということが伝わってきました。だから、変なことを言ってオオカミを傷つけてはならないとエリーゼは思いました。

「じゃあ、どうして今はオオカミなの?」
「……呪いだよ」

 オオカミは言いました。
 自分は昔はとある集落の長をしていたと。その時自分があまりにも悪政を働いたせいで集落はダメになってしまった。その時、魔女のお婆さんが自分の目の前にやってきた、罰としてオオカミの体に変えられてしまったと。この呪いを解くには、今までの罪を反省し、新たな集落を作り、その集落を善きものとする必要があると。

「おれはオオカミだ。どうやって人の集落を作ればいい。オオカミの話を聞いて人なんか集まるわけないだろう」

 そういうとオオカミは顔を伏せて嗚咽を漏らし始めました。
 それをただ静かに聞いていた、エリーゼはある覚悟を決めました。そして、その覚悟の意思を表すかのようにエリーゼは力強く立ち上がりました。

「わたしがやるよ」
「……なに?」
「わたしがとっても素晴らしい集落を作るの! そうすれば、オオカミさんの呪いが解けるよ!」
「それにおれは関わってないじゃないか」
「じゃあ、オオカミさんの助言でわたしが動くの! そうすれば、オオカミさんの政治で集落が出来るんだよ! そうだよ! 名案だよ!」

 エリーゼのいうことはあまりにも突拍子のないことでした。ですが、エリーゼの決意にあふれた瞳を見たオオカミはなんとなくそれに賭けてみたくなりました。

「……そうか。わかった。よろしく頼むぞ。エリーゼ」
「うん! まかせて!」

 一人と一匹はにっこりと笑い合いました。

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