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山田 武

偽善者と帝国散策 その04



 一人の純粋な青年を騙す魔法の言葉。
 存在しないはずの場所、知られていないはずの世界を伝えてみる。


「そこには、あらゆる物が存在する。むしろ無い物を探す方が難しい。少なくとも、新鮮な食材であればゴロゴロと見つかる」

「……本当にあるのか?」

「嘘かどうか、証明する気はない。だが、これを食べてくれ」


 便利な[インベントリ]を操作し、今度は料理を提供する。
 さすがは屋台をやる料理人というだけあって、すぐに眼の色を変えた。


「コイツは……!」

「お前なら、分かってくれるだろ? これにどういった価値があるのかよ」

「…………」


 言葉を発する暇があるなら、今の彼には料理を見る方が充実な時間なのだろう。
 眼で見て鼻で味わい、耳で聴く──三感を使って調べられたその料理は、どれ一つを取ろうとも、地球の高級料理に劣らない。

 やがて男は、自前の箸を用意してソレを口の中に入れる。
 するとどうだろうか、複雑な表情で喜びを示し、すぐに悲しみの表情へ切り替わった。


「なんなんだよ、これ」

「見ての通り──卵焼きだったが?」

「……信じらんねぇ、本当にSランクの卵焼きがあるなんて」


 貴重な素材をふんだんに使って、最上級のスキルを使って料理すれば……そりゃあ何度もSランクが出るだろう。

 しかし、シンプルな素材でそれを成すのは同じ条件でも難しい。
 料理人の腕もそうだが、何より素材の味を完全に理解しなければ出せないからだ。


「使用した卵は、迷宮でドロップした品。そして、それをそのまま使って料理した。新鮮さ? ああ、一週間冷蔵庫のような魔道具で冷やしていた物だ」

「マジかよ……」

「ああ、マジだ。それでもその味だ、だからそれを求める奴が居る」


 迷宮都市の屋台に、『ユニーク』の奴らが来ることは把握している。
 ずいぶんと散財しているようだが、かなりピンチの奴も居たらしいな。


「迷宮都市、それは迷い込む場所。そして、望んだ者を永住させる理想郷……お前には、俗世を捨てる覚悟が、料理にこの世界でのすべてを賭ける気概はあるのか?」

「……まだ、信じらんねぇ。だが、たしかにその料理は本物だった」

「だろうな。俺はお前の屋台に並ぶ奴らを見て、もっと高みを見た。誰もがその料理に幸悦し、身分なんて関係なく幸せを振り撒けるような場所を」

「…………」


 それはとても難しい問題だ。
 特に、帝国なんて場所でそれを実行すれば間違いなく殺されるだろう。
 だからこそ、偽善者は燃えた。


「捨てる覚悟はあるか? 正直、ロクなことなんて一つも無い」

「だが、料理の腕は確実に上がるだろ?」

「そりゃあもちろん」

「──なら、俺の答えは決まってる。たとえ悪魔に魂は売ろうとも、この腕だけは絶対に渡さねぇ。そして、絶対にあのとき以上の料理を作る! それが俺の目的だ」


 こうしてまた、夢を追う馬鹿者が一人迷宮都市へと呑まれていった。
 だが悲嘆することはない、その先で成功する者もいるのだから。


「禊だけ済ませて、一度行ってみるか。誓約で、迷宮都市の存在が吐けないようにするんだが……問題ないよな?」

「ああ、俺は上手い料理が作れれば、あとはどうでもいいさ」

「なら、話は早い。ようこそ、新人君」


 そして、新たな挑戦者が加わった。


  ◆   □   ◆   □   ◆


 一時間程度で迷宮に入る前の処理を済ませて、残りは迷宮都市側のスタッフに任せておくことにした。
 すでに『ユニーク』を交え、プレイヤーがどのような説明をすれば正しく理解できるのかを決めてあるので、納得はすると思う。


「これで料理面はクリアか。アイツの手伝いとして、奴隷を数人派遣できれば成功だ」


 わざわざスカウトしたのも、奴隷生活で美味い料理が食いたいと願うようになった者たちのためだ。
 プレイヤーなら、毎日営業するはずもないので上手く利用できるということである。


「他の夢は……どうしようか?」


 俺だって、実業家というわけじゃない。
 あくまで奴隷の夢……というか、今を生きるための目的を与えるため、他者の夢を利用しているだけだ。

 だが、踏み躙りたいわけじゃない。
 できるなら、共に分かり合えるような関係になってもらいたい、というのが本音だ。


「帝国への復讐、というやつはさすがに叶えられないし……被害が半端ないから」


 やれるにはやれるが、それをしても本当の意味で幸せになれる奴って一人もいないし。
 言った奴だって、そこまで本気じゃないって感じだったしな……意味が無いんだから。


「帝国内に、面白いモノでもあれば盛り上がるんだけど……主人公みたいな奴が、とっくに見つけているか」


 運命だか導きだか、表現はともかく歩けばイベントに当たるような輩だ。
 俺の行動が少し遅れれば、ハーフの少女もヒロインにする主人公が居たかもしれない。
 ……まあ、帝国が遠かったのも、それと出会わなかった理由の一因だろう。


「さて、次はどこに行こうか……アンダーな場所でいいか」


 堂々と街を闊歩して、都合のいい展開にはならないだろう。
 あくまで非合法な活動で、運なんて介在しない状況でもないと俺が求めるナニカは手に入らないか。

 ──そんなこんなで、次は帝国の闇へ向かうのだった。



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