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山田 武

偽善者と一回戦第七試合 後篇



 槍と拳がぶつかり、金属同士が衝突したような甲高い音が鳴り響く。
 魔力を籠めた拳は極限まで強化され、槍と打ち合えるだけの硬度を誇る。

 まだまだ余裕のある二人は、そうした衝突の中でも悠々と会話を行っていた。

「全方位への一斉放射……力で押し通すにもほどがあるぞ」

「どうしようもなく愚かであったからこそ、己はあの地に居たのだ。今さら知恵の一つや二つ授かろうと、本質は変わらん」

「……そうであったな。だが、先の一撃は見事であった。吾が吾のままであったのなら、アレで敗北していただろう」

 かつてのネロマンテは、呪骨王と呼ばれる不死族の中でも邪に近い存在だった。
 神聖な力に対する耐性は極めて低く、先ほどの一撃を浴びていれば即退場となっていただろう。

 だが、今のネロマンテは聖骨王。
 相反する聖属性の力を、完全な形で身に宿した稀有な存在。
 自身の中に流れる聖気で身を包み、聖属性の防御魔法を構築することで先の攻撃を乗り切ったのだ。

「ところで、ネロは武器を選ばぬのか? 拳以外にも使えるのだろう」

「使わないだけだ。だが、魔拳はこれまでも使ってきた慣れ親しんだ戦闘手段。チャルに習い、腕を高めているぞ」

 骨しか無かった頃は、重い物を持つことができず拳を磨いていた。
 武器を持つためには魔力で筋力を強化する必要があり、それをするぐらいならば拳で直接殴った方がいいと考える……かなり脳筋的な思考であった。

 成長し、魔力で強化せずとも武器が握れるようになった頃には(拳術)を習得していたため武器を必要とせず、己が作製したアンデッドを相手に時々腕を磨いていた。

「“魔流拳マジックナックル”」

 血液が循環するように、ネロマンテの魔力が滑らかに流動していく。
 それらは両拳に集中し、クエラムの槍を砕くだけの力を発揮する。

「“多連突きマルチトラスト”!」

 クエラムは槍を構えると、何度も何度も高速で前に突きだす。
 武技の補正で加速したその突きは、二つの拳では捌き切ることができない。

 ──故に、数を増やした。

「“死者之衣ネクロス”」

 ネロマンテの言葉に呼応し、背中から数本の禍々しい腕が現れ槍に対処し始める。
 聖気が籠められた槍だったため、一撃くらうごとに腕は消えていく。

 それでも自身の魔力を腕まで伸ばし、損傷が自分に及ばないように捌く。
 避けるという選択肢はなく、全力で防ぐ事だけを考えた。

「“肉体変質”」

 だが畳みかけるように、クエラムは己を改造して攻め手を増やす。

 ネロマンテと同様に背中から腕が生える。
 だが腕の先は手ではなく、鋭い槍のような形をしていた。

「終わりだ──“五月雨突きサミダレヅキ”」

 武技は槍状の腕まで影響を及ぼし、これまでの何十倍もの槍がネロマンテを襲う。
 すでに“死者之衣”は効力を失っており、防ぐ術は自身の両拳しか存在しない。

「まだだっ──“聖者之衣セイント”!」

 拳で時間を稼ぎ、次の能力を発動する。
 先ほどの禍々しさが無い、神々しさすら感じる腕がネロマンテの背中から新たに生みだされた。

「“流星砲拳メテオナックル”!」

 星の軌跡を描くように、次々と槍に向けて聖なる拳が飛んでいく。
 眩い光が槍に向かい、ぶつかり、閃光を辺りに走らせる。

 ボロボロと破壊され、砕け散るのは……両者の背中に取り付けられた腕だった。

「くっ……これでも駄目か」

「そろそろ、諦めるのだな」

「息も絶え絶えだぞ?」

「お前こそ、汗が噴き出ているではないか」


『……くくくっ、ふはははっ!』


 互いに見栄を張るが、魔力も精神力も底を尽きかけている。
 それでも弱音を吐かず、そんな姿も見せずに虚勢だけで相手に向けて戦闘維持の姿勢を見せていた。

「これが最後だ──“肉体変質”」

「……ああ、決着をつけようではないか──“魔纏化・生死セイシマトイ”」

 腕と槍を魔力の線で繋ぎ、最大限に槍の性能を発揮できるようにするクエラム。
 生死魔法の魔力を直接身に纏い、自身の性質をより発揮できるようにするネロマンテ。

 己の全力を槍と拳に注ぎ込み、究極の一撃とも呼べる技を放つ瞬間を待つ。



 そして、互いに力強く地面を蹴りだし──武技を叫ぶ。

「“天過牟槍エイミングトラスト”!」
「“覇砕拳デストロイナックル”」

 そして、互いに舞台の端で静止する。
 クエラムの手に槍は無く、ネロマンテの拳に魔力は宿っていない。

「カハッ!」

 ──クエラムは、血を吐きだした。
 腹部にくっきりと拳の跡が残り、痛々しさが外から分かるほどに刻まれている。

「ゴボッ!」

 ──ネロマンテもまた、口から血を零す。
 槍は霊体をも貫く性質を持ち、アンデッドであるはずのネロマンテを体の髄まで貫通していた。

「……そうか、そうであったか。やはりアンデッドあるな、お前は」

「……くくっ、そう僻むな。いずれアンデッドにしてやろう。魔獣にして聖獣であるクエラムであれば、そう才がある」

 軽口を叩いていると、バタンッと地に伏せる──クエラム。
 ネロマンテはそんな彼女を見下ろし、一歩一歩を噛み締めて近づいていく。

「遠慮しておく。……メルスは己の触り心地が気に入っている。アンデッドになってしまえば質が変わってしまう」

「ふっ、なんともつまらない理由で断られたものだ。昔の吾であれば、無理にでも押し切ろうとしたが……変わったものだ」

 かつての自分と今の自分を重ね、明らかに異なっていることにふと笑みを零す。

 欲しいものは、どんな手を使っても手に入れようとした。
 だが今、欲しい者は自分から手を伸ばさなければ届かない。
 日々努力しなければ、自分を求めてはくれない。

「だから勝ち、認めさせよう。お前の分も、しっかりと勝ち進もう」

「頼んだぞ、ネロ」

 食い込んだ“覇砕拳”が体の内側を完全に破壊しつくし、クエラムは粒子と化して舞台から強制退場させられる。

 残ったのは一人、勝者は定まった。


≪試合終了! 勝者──ネロマンテ選手!≫


 その言葉を聞くと、彼女は舞台をスッと降りるのだった。


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