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山田 武

偽善者と過去のセッスランス 後篇



「あれは……限界だな。いくら超人的な力を持っていても人は人。いちおうでも邪神の瘴気に耐えれた方が凄いぞ」

「父上は、最期の最期まで戦っていたのか。私は途中で力尽きたというのに……」

「そう落ち込むことでもないさ。視た限り、ウィーの父親はかなり瘴気への耐性があったみたいだ。これは何度も戦い抜いて鍛え上げたもの。半分ぐらいしか生きていないウィーにそれをやれとは誰も言わない」


 もともと国王は、エリートと言っても過言ではない程に凄まじい肉体を持っていた。
 それは赤色の世界に存在する選ばれし者に匹敵する、英雄の類いの力だ。

 ──だがそれでも、耐えきるのは難しい。

 経験と意志でこれまで症状を捻じ伏せてきたようだが……ここで体が拒絶を起こした。


「瘴気への耐性が欲しいなら、ウィーの望む方法で習得を手伝おう。今はこの続きに集中してくれよ」

「……ああ」

「国は終わり、先代は死ぬ。最期がどうなるか──再生だ」


 いったん止めていた夢幻の世界が動きだすと──王の顔から血が流れでる。


『……ゴボッ』

『それが人間という愚かな種族の証! 偉大なる祝福を身に受けることもできず! ただただ自滅する! これが愚か以外の何なんだろうね!』


 高笑いする男。
 瘴気に溢れたこの場は、奴の独壇場。

 男は強くしぶとく、王は弱く衰弱する。
 黒炎が渦巻く瘴気の世界の中で、それでも王は必死に抗う。


『……まだ、終わっ、てない!』


 振るわれた剣は、轟ッ! と唸りを上げて辺りへ暴風を齎す。
 ただの剣圧で炎を一時的に吹き飛ばし、最後の賭けに出る王。

 炎が戻る前に男を斬れば王の勝ち。
 それまで粘り、王が瘴気に完全に侵されれば男の勝ち。


『人間と言う生き物は、最後の最期まで抗おうと動くんだね。だけど、ドラゴンを相手にゴブリンがどれだけ攻撃しても意味が無いみたいに、どんな攻撃も無意味なんだよ!』

『うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!』


 裂帛を上げて剣を振り回す王。
 火事場の馬鹿力と言うべきか、これまでの動きをはるかに上回る勢いで翻弄していく。


『負けない! 負けるわけにはいかない! 守るべき国を! 愛すべき民を! 慈しむげき家族を! ──“限界突破リミットブレイク”!』


 そしてスキルの発動を紡ぎ、肉体の限界を超えた動きを行っていく。
 痛覚は麻痺し、脳内に大量のアドレナリンが生成される。

 血が滲むほどに剣を握り締め、体中のエネルギーを籠めていった。


『──“極斬撃アルティスラッシュ”!』


 王剣術の武技──“極斬撃”。
 放たれるのはたった一度の払い。
 だがそこに籠められるのは、これまでに王が振るい続けた剣の想いすべてが籠められている。


『くっ……魔物たちよ!』


 さすがに不味いと感じた男は、膨大な数の魔物をこの場に呼び寄せる。
 だが、炎が遠くに吹き飛ばされてしまったためか、そう魔物は多くない。


『これで、トドメだぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』


 裂孔の限りを尽くし、放つ一撃。
 その結末を、俺たちはすでに知っている。





『ふっははっ! お、驚かせやがって! 人間はやはり愚かな者だもの。じゃ、邪神様の加護を授かった超越者に勝てると思うな!』

『…………』

 すでに限界突破の制限時間も過ぎ、王は満身創痍の状態だ。
 それでも意志の力だけで体を動かし、魔物たちを捌いているのだから異常とも言える。

 最初は慌てふためいていた男も、自分を殺す可能性を失くした王にニヤニヤとしながら近づいていく。


『んー? 何か言いたそうだねー? いいんだよ、死ぬ前に訊いてあげるよー』

『…………った』


 小さく呟く王。
 だがその声は男に届けるものではなく、独り言のようなものだ。

 それからも王は何度か呟いていく。
 一つとして、それが男に届くことは無かったが。

「それじゃあ、音声補正を施します。しっかりと聞いてくださいね」


 だがここは夢幻の世界。
 それぐらいのことは簡単にできる。

 ウィーに王の言葉が伝わるよう、ボリュームを弄ると──


『ウィーゼル……すまなかった』

「父上……」

『この宝剣に賭けてまた会う。あのとき、そう誓ったのだがな』


 死の間際、呟いたのは一人娘への謝罪。
 奥さんはすでに他界しているらしく、妻の分まで娘を育てようと頑張っていたらしい。


『宝剣は王家に渡る。そういった呪いが施されているらしいからな。握っている限り、再会できると思ったのだが……届けられるのは剣だけか』

「届きましたよ、父上。この宝剣も、父上の想いも!」

『……耳も使いものにならないか。愛しい娘がここに居るようだ』


 王様、見えているんじゃないだろうかと疑いたくなる……しかし、これは過去の記録であって再現では無い。
 事実、男はいつまでもボソボソと呟く王に苛立ちを感じ始めている……自分で言っていいと言っておきながら。


『ウィーゼル。お前はいつか、この国を取り戻そうとするだろうか。お前のことだ、頼れる仲間と共にコイツも倒すのはなんとなくだが頭に浮かぶ。──そこに、心から頼れる者はいるか?』

「はい、居ますよ」


 俺の方を見ながら、そう応えるウィー。
 聞こえたか聞こえてないのか。王はその返答に笑みを浮かべて、最期の言葉を続けて述べていく。


『女性であれば何も言わない……が、男ならばアンデッドとして蘇ってでも阻むだろう。ウィーゼルの認めた者だ、少し捻くれてはいるが芯が真っ直ぐな者だと思う』

「……あのさ、特に未来が視えるとかそういうスキルを持ってないよな」

「そういった話を聞いたことはない」


 なら、父だからできたってことだな。
 そして、最期に一言。


『仇なんて討たずとも構わない。だが、どうか民たちに救いを齎してやってほしい。この事態を防げなかったことに民は被害者でしかないのだ。安息の地を、安住の場所を用意してほしい。……リンゼル、今向かうぞ』

「父上!?」


 音声はカットするが、男が魔力を練り上げて魔法を使おうとしている。
 死ぬことが分かったのか、どうやら亡き妻の幻影を見ているようだ。


『せめて最後に、ウィーゼルの花嫁姿が見たかった──』

「ち、父上!?」


 違った意味で悲鳴を上げるウィー。

 しかし、ここで夢幻の世界は解除される。
 この先は……見ても吐き気がするような記憶しか残ってないからな。


(しかし……少し記憶以上に映像が再生できたな。魂の残滓は無くとも、想いだけは残留思念として残っていたのか?)


 少なくとも最後の部分、あそこは初耳だ。



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