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山田 武

偽善者と赤ずきん その15


「毎度毎度のことだが、俺って何やってんだろうな……」


 さて、赤ずきんの物語もそろそろ閉幕の時だろうか。

 もともと、『赤ずきん』とは知らない人についてっちゃ駄目だよ、という教訓を学ぶための物語であり、決して食べられることに関しては回避不可能であった。

 実際、作者によっては食べられたまま救われずに終わる……なんて話もある。

 この世界では、赤ずきんが魔力を持っていたり狼男が餓えていたりといろいろ小さな違いはあるが、本来はその話と似た終わり方で幕を閉じていた。

 永遠に餓えた狼男が膨大な魔力を持つ少女の肉を欲し、その先に見つけたのは絶望。
 自身の才能に蓋を閉じたままの赤ずきんを食べようと、結局腹は満たされない。

 過去と向き合い、自分の体質を改善しようと努めることで……ようやくその腹は満たされるのだ。


「──おっ、どうやら起きたみたいだな」

「俺ぁ、いったい……」

「記憶がまだ混濁してるか? 姫様を喰い続けたクソ女神のループ、その一部始終をついでにぶっこんでみた。もともと【貪食】なんて代物を中途半端に使ってたみたいだし、そのお蔭で読み込みも早くいったんだがな」

「思い……だした」


 記憶の世界で現れた少年は、まさに彼の抗体とも言えるべき存在だ。

 忘れようとした記憶は一つの所へ纏まり、そのまま封印されていた。
 俺はそれが解放される手助けをし、見事あの状況を創りだしたというわけだ。


「お前の元へ戻ろうとする記憶を、先に人の形にして具現化する。それにちょいちょいっと細工をしてお前と対面させて……認識を改めさせたって寸法だ」

「…………」

「もともとアッチのお前は、行ったきた所業に対する罪悪感やら責任感を押し付けられていた奴だしな。なら、こうするのが一番なんだ──ドブゥ!」

「…………」

「え、なんで無言? それ、一番やられて怖い奴だから!」


 ゲシゲシと俺を蹴り倒し、踏み付けてくる狼男。

 なんだかリオンのときを懐かしく思えてくるが、美少女にやられるのとイケメン・・・・にやられるのとでは興奮の度合いが違う。

 ──そう、イケメンだった!
 どいつもこいつも、この世界の男共はナイスフェイスな奴らばっかじゃねぇか!

 眷属……特殊な状況下に置かれてなかったら、絶対こういうイケメンとつきあうぐらいの美少女ばっかりだしなー。

 俺のモブ顔じゃ、道端でバッタリ少女を見つけてもイベントフラグは立たないな。


「メル君!? というか、まだ生きてた!!」

「……ッ!」
「あっ」


 そうして蹴られ続けていると、遠くから赤ずきんがやってくる。

 姿は未だに少年のままなので、傍から観れば悪いのは完全に狼男の方だろう。

 せっかく救った狼男が再び殺されるのも少し嫌なので、即座に赤ずきんの元へ移動し、説得を開始する。


「ひ、姫様落ち着いて。わけがあるから、これからちゃんと説明しますので!」

「うん、分かってるよ……でも、先に退治をしておこうね」

「姫様っ!?」


 精霊たちが集まって、赤ずきんの命令に従おうとしている。

 慌てて精霊魔法でそれを止めさせ、もう一度説得に──行こうとしたそのとき、狼男が動きだす。


「……え?」
「ふーん」


 五体投地の構え──即ち土下座。
 尻尾を股の下に潜らせ、狼男は赤ずきんに向けてそれを行う。


「すまねぇ! 俺は、俺はお前に取り返しも付かねぇことをしていた!」


 まあ、そこからは必死に謝罪。
 ただし自分の過去が云々という、同情を買われそうなことはいっさい言わなかった。

 ただ真摯に、己の罪だけを話していた。


「え、えっと……どういうこと?」


 さすがに赤ずきんも気が引けている。

 そりゃそうだろう、一度は殺そうとした相手がなぜか生きていて仲間を蹴っているかと思えば、自分に気づいて土下座をしているんだから。


「ようするに、ごめんなさいと言うわけですね。姫様、どうされますか?」

「ど、どうされますかって……」

「彼のしてきたことは、本来許されるべきことではありません。姫様が動いたからこそ、事態は何かが起こる前に解決しましたが……すでに、犠牲者は出ているんですよ」

「…………」


 沈黙を貫く狼男。
 反論する気もなく、完全に責任をこっちに押しつけてますよ。

 どれだけ丁寧な言葉で装飾しようと、そのことに変わりはない。


「うーん…………よし、決めた!」


 悩んだ末に、赤ずきんは狼男を裁く。
 ゆっくりと五体投地中の彼に近づき──それを告げる。


「許してあげる、なんて上から言うわけにいかないね……えっと、メル君、もっと優しい言い方ってないかな?」

「いいよいいよ、といった感じでは?」

「じゃあそれで──いいよいいよ、別に。ワタシもおばあさんも、今はまだ何もされてない。メル君のせいかな? 他の未来? ってものを見たように話してたのは」

「まあ、似たようなものです」

「そっか。けど、まだ貴方は何もしていないもんね。殺そうとしたワタシが言うことじゃないんだけど……気にしてないよ」


 バッと顔を上げようとする狼男。
 しかし頭は上がらず、上から圧力のようなものがかかる。


「よしよし、頑張ったんだね」

「…………悪かった。俺ぁ、俺ぁこんな奴を喰おうとしてたのか」

「はいはい、今は泣いちゃおうね。ワタシもメル君も、見えてないから」


 啜り泣く声が、狼男から聞こえてくる。
 赤ずきんはその間、ずっと優しく頭を撫でていた。



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