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山田 武

偽善者と月の乙女 その16



「さて、お疲れ様。鑑賞会はお楽しみいただけただろうか? それもこれにて閉幕、お前らはもう帰っていいぞ」

 開かれた本を閉じて何もない空間に手を入れて仕舞ったメルス。指を鳴らして少女たちにそう告げると、彼女たちの近くに魔方陣が展開される。

「行き先は『始まりの町』だ。嫌なら変更するけど……どこが良い?」

「寝言は寝て言ってください、メルス。それよりも早く続きをしましょう」

「……へー、まだやるのか。何が目的なのかは知らないが、さっきまでと違って優しくはできないぞ?」

 現在のメルスは、すでに【傲慢】な状態を解除している。瞳の色は銀色のままだが、それは因子が作用した影響で銀色に変色したからだ。
 ノリとテンションだけで【傲慢】になった際の自分を演じているメルス、そこに明確な理由など存在しない。

 クラーレはメルスの言葉など気にせず、自身へ大悪魔と闘った際に使用したバフをかけていく。
 パーティーメンバーも、クラーレにアイテムや魔法、スキルで補助を行う。

独り・・で挑もうとは、俺に勝てるとでも?」

「……一人で・・勝てるとは思いません。ですのでルールを変えてください――一攻撃を当てたら勝ち、ただし結界は無しとね」

「…………まあ、それでいいか。何度最後の闘いをやっているか分からないけど、これでようやく終わりを迎えられるみたいだ」

 縛りの内容を確認し、結界を解除する。
 耐物耐魔耐状態異常耐熱耐電耐水耐波動耐腐敗耐侵蝕耐転移耐干渉……ありとあらゆる結界を消したメルスだが、変わることのない余裕を保っている。

 また、本当に必要な結界は予め闘技場の外側に張っていた。メルス自身に掛けていた偽装用の結界は失われたが、スキルで同様の偽装を施しているので問題ない。

(結界を隠しても良かったけど、親身に応えるのも偽善者の務めってもんだよな)

「全部解除したぞ。だが、それすれば勝てるのか――っと、不意打ちか」

「分かっているじゃないですか。最初から全力でいきます――疾ッ!」

「それ、もう回復職じゃないよね!? ……まあ、避ければいいんだが」

 卓越した棒捌きで戦う彼女を誰が回復職と理解できるだろうか。――格好は司祭のままだが、それでは僧兵である。

 ツッコミに素を戻してしまったメルス。
 一瞬で冷静に戻ると、神眼をいっさい使わず鍛え上げられた経験のみでそれを避け続けていく。
 身体能力にかなりの制限を科していようとも、眷属たちとともに積んだ経験は残る。
 高速で放たれた連撃を掠ることなく避け続けると、拳に嵌めた籠手に力を籠める。

「"真空突き"」

「りゅ、"流水円避"!」

 ジャブのように軽く放たれた空気弾。
 だがその勢いは凄まじく、大砲のように強大な一撃と化していた。
 クラーレは(棍術)の武技を使い、自身を中心に円を描くようにしてそれを回避する。

「"円天打"!」

「"蹴り上げ"」

 その回転を軸に薙ぐように棒を振るう。
 メルスはそれを屈んで避けて後方に回転しながら足技を繰り出す。
 顎を狙って放たれたが、一瞬だけ身体強化の効果を高めてそれをどうにか躱す。
 だが、完全には上手くいかずクラーレの顔に切り傷ができる。

「"ヒール"、酷いことをしますね。乙女の柔肌に傷をつけるなんて……メルスにはしっかり責任を取ってもらわないと」

「俺は偽善者、責任という言葉はあんまり好きじゃないんだ。勝手気ままに善行を振るうのが最高なんだよ」

「なら義務です」

「ならってなんだよ……。宗教的だろうと道徳的だろうと論理的社会的法的義務だろうとお断りだ。それぞれ微妙に意味が違うが、一部は責任とイコールになってるぞ」

 のらりくらりと言葉を交わしていく。
 どれだけクラーレが語りかけようと、メルスが意見を肯定することはなかった。

「……うるさいですね、黙ってダメージを受けて敗北してくれた方がどれだけ楽だったんでしょうか」

「生憎だが、女にいたぶられて興奮する性癖は持ち合わせていないんだ。というより、痛いのは嫌いなんだよ」

「そうですか――では、仕方ありません」

 クラーレは意味深なため息を吐く。
 演技であるのがバレバレだったため、ふりだと思ったメルスは燻し気な目を向ける。

「なんだ? 奥の手でもあるのか? それならそれを潰して俺の完全勝利だ」

「ええ、これがわたしたちの最後の一手……受けてくださいね」

「……たち?」

 メルスが首を傾げてるとクラーレは片腕を上にかざす。空高く掲げたその掌には――複雑な文様が刻まれていた。

「――ぁっ」

「霊呪を以って命ずる! すぐにこの場へと馳せ参じよ!」

「やっべぇ――! ぇええええええええ!」

 メルスの絶叫は途中で掻き消えるが、再び闘技場内で木霊する――ただ、声質を丸っきり変えて。
 声の発生源は、クラーレのすぐ近く。
 黒と白が混同した髪、異なる色を持つ瞳。
 金の刺繍がされた黒いマントを羽織ったポニーテールの少女――メルであった。

 メルスがかつてクラーレに刻んだ紋様。
 それにメルへの命令権が与えられていた。
 メルスだろうと抗えない強制性を持たせることで、自身に課した制限を一時的に無効化できるようにしてあった――今回はそれが仇となる。

 人を呪わば穴二つ、命令を行う呪いを他者に刻んだ罪が、今彼(女)に襲いかかるのだ。


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