AllFreeOnline〜才能は凡人な最強プレイヤーが、VRMMOで偽善者を自称します

山田 武

偽善者と月の乙女 その15



「陳腐な舞踏会じゃないか、大衆受けしない実につまらない踊りだ。音楽の一つや二つ、入れた方が盛り上がるかな」

 大悪魔の大剣は一度もメルスに当たっていない。巧みなステップで剣の軌道を、最小の動きのみでヒラリと躱していた。

 魔武具『アルカナ』に嵌められる六つの属性核――あるときは珠として、あるときは環として形を変えた武具と共にある。
 その力を解放したことにより、大悪魔の放つ斬撃は強化されていた。
 風と光の力で光速で運ばれ、火と闇にの力で少しでも掠った相手を衰弱させる。
 水と土の力は魔法として発起し、メルスをその場に縛り付けようと大気中の水分や地面に干渉していた。

 だが、それらも含めて回避されている。
 剣を最小限の動きで避けて付与された効果全てを魔力で相殺、捕まえようとする魔法はスキルで固めて封じていた。

 傍から観ればメルスはただ剣を避けているだけだ。大悪魔もメルスも高度な隠蔽技術を用いて戦いに臨んでいる。
 故に気付ける者は両者のみで少女たちはその動きを完全には見切れていない。

 そのことも含めてメルスはこの戦いを闘いと考え、大悪魔にそう話す。
 大悪魔は余裕そうなメルスの振る舞いに苛立ちつつも自身の持ち得る能力を駆使してメルスを攻め立てる。

「剣戟をやれば音もでるだろうが……つまらないし、俺が歌おうか――"聖歌"」

 意味もなく歌い出すメルス。
 だが、その歌は人々の心を洗う神聖な歌として周囲に広がる。
 アカペラ、そして奏でるのは邪神へ捧げる愛の讃歌。
 歌詞自体は:言之葉:で複雑な言語にしているので誰も内容に気づいていない。

「や、止めろ! 聖歌など、ボクには通用しないぞ!」

「それならどうしてそのことを説明するのかな? 貴様の強化を拒もうと、弱体化を望まぬ者などこの場にはいないだろう」

「チッ、なら無理矢理止めてあげるよ!」

 聖歌が放つ神聖な力が大悪魔を弱らせるものの、魔力による身体強化を行ってそれを補い戦闘を続行する。
 だが、どこまでも余裕なメルスはいっさいの攻撃を受けずに歌を奏で続けた。

 歌を歌おうにも歌詞がなくなる。
 そのときになってようやく"聖歌"は効力を失った。

「~~♪ まあ、これくらいにしておくか。それより貴様、そろそろ諦めないか? 俺は寛大だから抵抗のチャンスを与えたが、貴様という奴は……それをいっこうに使えていないじゃないか」

「黙れ、黙れ黙れ黙れ!」

「そうだな、終わりにしようか。お前が黙れば強引に契約に持ち込むことも容易い」

 メルスは一冊の本を取り出し、パラパラとページを捲っていく。
 ページ一枚一枚に内包された強力な魔力の奔流は、この場に倒れ伏している上級悪魔をはるかに超えていた。

 大悪魔は自身の内に秘められた魔力を全て解放して身体強化や魔武具への魔力の注入を行っていく。ページ一枚に負ける魔力量ではない……だが、永く生きてきた直観が危険を知らせた。

「そうだ、全力でかかってこい。死地を超えた己の限界を絞り出し、それを超越する力で捻じ伏せる。それこそが――【傲慢】だ!」

 メルスの叫びに呼応し、風も吹いていない状況でマントがはためく。銀色の瞳が鈍く光り、同時に髪色が変化していった。
 白と黒が五分五分で生えていたが、白色がゆっくりと黒色に侵食されていく。──最後には純粋な黒髪だけが残った。

「ふぅ、悪魔じゃなくて幻魔だが……それでも構わないか。(妖魔化)発動」

 額から刺々しい角が生え、瞳孔が紅く変化する――それは、人ならざる者への変貌。。
 遠くで観ていた少女たちも、その変化に驚き戸惑う。

 それには気づかず、メルスは拳を構える。
 大悪魔はその姿が何を意味するかはっきりと理解した。

「幻魔族……にしては(人化)の気配が全く無かったね。妖魔にもなれるってことは、かなり上位みたいだけど」

「俺が人だろうと幻魔だろうと、貴様には関係ないだろう。敗北は経験を生み、勝利は全てを得る。貴様の罪はその経験すらも奪われる、最高の断罪だ」

「まだ言うか――"ヘルフレイム"!」

 魔力を使った(無詠唱)、掌から生み出されたのは全てを燃やす地獄の劫火。
 魂の残滓すら残さずその炎はメルスを燃やし尽くそうとする――が、それは決して叶わない。

「"奪魔掌"、すべてが無駄だ。……だが、お蔭で必要な魔力が集まった。褒美に免罪にしてやりたいところだが、扱いを軽くするのが精一杯だろうか」

「なっ! (地獄魔法)の一つだぞ、どうして無効化できる!」

「……まったく、できるからやっただけだ」

 時間がもったいない、と言わんばかりに適当な回答を述べる。
 大悪魔が放った"ヘルフレイム"、それを現在のプレイヤーに放ったとして――防ぎ切れる者はほぼいないだろう。

「ひっ……く、来るな! 来るな来るな来るな来るな来るなぁあああああ!」

「堕ちたか。どうした大悪魔、望んでいた恐怖と絶望が今手に入ったんだろ?」

 大剣は未だに握り締めているが大悪魔から戦闘への意欲は完全に消え失せた。メルスが使った能力、その一端を知ることでようやく察したからだ。
 ――自分の眼前にいる存在が、自らとは異なり超越した力を宿していることに。

「ア、アイツらだって、ボクを小癪な手でしか縛れなかった。なのに……なのに君は、どうしてそこまでの力を……。ボクは、あの娘の願いを叶えるため──」

「知らねぇよ、細かいことは後で聞いてやるからさ……今は、ちょっと寝ていろ」

 メルスが本を摩りながら何かを呟くと、闘技場内で倒れていた悪魔共々大悪魔は本の中に吸い込まれていく。
 抗うことはできない……いや、しない。
 瞳を濁らせた虚ろな眼でただ何もすることもなく、この場から消え去った。

 そして残ったのは──メルスと少女たちだけである。


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