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山田 武

偽善者と鬼ごっこ 後篇



 講師の姿を写し取った影は、ゆっくりと獲物を探していく。
 制限されたスキルは使用せず、まるでこのゲームを楽しむかのように。

「それじゃあ、少しずつ増えてくぞー」

 講師がそう言うと、影の後ろには一つの影が出来上がる。
 寸分違わずそっくりな影は、最初から歩いていた影の背中から這い出すようにして出現した。

「最初のが一号君で、次のが二号君だ。だんだんと数が増えてくけど、胸の辺りに書いてある数字で何号君かが分かるから、しっかりと覚えておけよ」

 影が一歩を踏む毎に、黒色の集団はネズミ算式に増殖していく。
 一人が二人、二人が四人、四人が八人、八人が十六人……。

 魔力や気配を極限まで薄めた生徒たちは、その光景を見ることもできず、ただ必死に隠れていた。
 彼らが講師と同等の存在なら、見ようとする意思だけで場所がバレる。

 ならば、もっとも自分が見つかることなくそれを知る方法は――。


「はい、一人タッチ♪ あ、影の数は鬼が増えるごとに減らしておいてやるよ」

「ギャーー!!」


 誰かが捕まる瞬間――つまり、新たな鬼ぎせいしゃが現れたことを読み取るという方法だ。

 ゲーム中は、講師の持ち物によってゲーム中心の小世界が構築される。
 そのため、普段悲鳴を上げないような物静かな者でも、マコーレ君もビックリな驚声を上げてしまう。

 賢い生徒は、そうして悲鳴を上げる仲間たちの声を頼りに状況を把握する。
 悲鳴が上がる分、最強の鬼は減っていく。
 ただ、待つしかないのだ……自分自身が生き延びるためには。

 そうしている内にも、悲鳴は何度も上がり続け――ついには、分身した影の数を上回る数へと至った。


「なんだか隠れ鬼みたいになってきたが、もう出てきても問題ないぞ。俺のコピーは一号君以外にもう居ない――さあ、ここからが屍鬼の始まりだ!」


 その言葉に限界まで気配や魔力を薄めた索敵を行い、講師の言葉に嘘偽りがないことを確かめる。

 こうしたゲームを始めた当初、そうしたブラフに騙されることが多々あったためだ。
 索敵には、たしかに講師と同じ気配を持つ影の反応は一つしかなく、その周囲を不用意に歩き回っている鬼役の存在が確認できる。
 しかし、影にも隠れることが可能だ。

 それに、講師は言った。

 ――「俺のコピー」は、と。

 たしかに一号君と呼ばれる影は、講師の生みだしたコピーであろう。
 しかしそのコピーが作成した影を、講師自身のコピーと定義付けて良いのだろうか。
 それは、講師の影のコピーではないか。

 そうして悩む間にも、うろつく鬼役になった生徒たちによって更に鬼役が増えていく。

「えっと……経過時間は三分。丁度俺のカップ麺ができたぐらいだぞー」

 生徒たちのことは気にせず、講師は影の調整と同時に調理を行っていたカップ麺の蓋を剥がし、ズズッと啜っていく。

 暴力的なまでの香ばしい香りが周囲に漂っていき、鬼役は職務を放棄してその匂いを嗅ぎ、子役は隠形を解いてしまう者がいた程である……それも計算の内なのだが。

 それからも講師の妨害(嫌がらせ)は続き、七感(視・嗅・味・触・聴・魔・勘)を揺さぶられ続けた生徒達は、次々と子役から鬼役へと役職変えジョブチェンジを行っていく。
 必至に耐え続ける生徒たちだが──。



「はーい、しゅーりょー! みんなー、一度スタート位置に戻ってこーい!!」

 講師がそう言って生徒たちを呼び集めたとき、参加者の中に子役のままでいられた者の数は――。

「えー、今回の屍鬼ですが……生き残れたのは――たった一人です」



 その言葉に、静寂が訪れる。
 ……一人だけいたのだ。
 この過酷なゲームを乗り越えて、講師からのご褒美を頂ける者が。
 その者の名前を、生徒たちは諦念の意を感じながら待つ。

 そして、その名が明かされる。


「その者の名前は……メルスだ! わーい、生き残れた!!」

『ハァ……』


 いつものパターンであった。
 このゲーム、一度も講師が参加してはいけないとは明言されていなかった。
 嫌がらせをする講師に対抗しようと、全員が鬼役になった後は講師を追いかけ回そうともした。

 だがしかし、それでもなお、講師は全てを敵に回しても生き残り、最後まで生き延びてしまうのだ。

 今までも、こうしたパターンの終わり方が何度か存在した。
 最初はブーイングをしていたのだが、どれだけ追い掛けても届かず、自分のスキルが成長していることだけを実感させて来る微妙な感謝と苛立ちの感情から、こうしてスルーを行うようになったのだ。

「みんなの隠形の腕も上達してたし、俺の隠形を見破る腕も上がってた。追いかけるために身体強化系の技を使って、熟練度もかなり挙げられた。おいおい、まさにWinWinじゃないか! なのにどうしたんだよお前たち。どうしてそんなにつまんなさそうな顔をしてるんだ?」

「先生、いつもこのパターンですよね? 先生が一人勝ちして、腹立たしくなろうとしても成長してるから文句も言えず、血の涙を流して授業は終了……いい加減に他の人も生き残らせてくださいよ!」

 代表して言い放った生徒の言葉に、全員がうんうんと頷いた。

「……って言われてもな~。俺の授業って結構優しいだろ?」

『そ、それは――』

「なんだ? お前たちはフェニ先生の殺戮武闘がお好みか? リョク先生の模擬戦の授業が好きか? それとも、レミル先生の武芸が良いか? どれもこれもお前ら死にかけてるだろうが。俺の授業が一番スキルアップできると自負してるぞ~」

「……確かに、フェニ先生はたまにアレだけど」「リョク先生も環境を灼熱とか極寒にしなければね……」「レミル先生は……うん、優しいけど真剣だからな。謝りながら殺られるのが妙にクるわ」

 生徒たちは、講師の提示した別の講師たちによる授業を思い返す。
 どれも確かに役立つのだが……限界を超えた先にしか授業終了の鐘ゴールは存在しなかった。

「一方俺は? お前達に役立つスキルを教えて、しかも全員が進んで修練に励んでくれているぞ。いやー、講師冥利に尽きるな~!」

 その言葉を、拳を強く握り締めて耐える。
 間違ってはいない、たしかに自分たちは報酬のために懸命に努力した。

 したのだが……何なんだろうか、この瀬無せない気持ちは。

 キーンコーン カーンコーン

「よし、本日の授業はこれまで。次にここに来たら……お前たちのやりたいゲームで決着つけてやるからさ。はい、解散! 俺は今から理事長と話し合ってくるわ」

 講師はそう言って、直ぐにその場から去っていく。
 そうした直後、この場には別の講師たちが一気に雪崩れ込んでくる。

「みんな、あの方はどちらへ!?」

「えーと、理事長の所に行くって言ってましたよ」

「くそっ、遅かったか。おい、早く理事長のいる階層に急ぐぞ!」

 ドタバタドタバタ。
 足音も慌ただしく、講師たちはダンジョンの奥深くへと向かうため、転送魔法陣の敷かれた部屋に急いで向かった。

 彼らは溜まりに溜まった最初の講師への質問をするために、授業終了後に彼の元へと駆けつけようとしている。
 ――だがそれも叶わず、いつもその答えを知るために四苦八苦する可哀想な者たちだ。

 彼の持つ異界の知識が、彼らの知識欲を激しく揺さぶってしまったのだから仕方ない。
 生徒たちはそんな講師たちを見て、同情を含んだ笑みを浮かべるのだ。

  ◆   □   ◆   □   ◆

「おや、メルス様。こんな所に一体何のご用でしょうか?」

「いやー、少し追われててな。ここに匿ってもらいたくて」

『迷宮学校』の最深部には、理事長室が存在する。
 そこには一柱のフロアマスターが存在し、その迷宮の守護神として君臨していた。

 そんな場所に、先ほどの講師が現れる。
 理事長である迷宮主は立ち上がり、最高位の礼を行い彼を出迎える。

 二人はソファに向き合うように座り、話を続ける。

「それはそれは、メルス様も彼らの質問に答えて差し上げれば宜しいですのに」

「アイツら、俺より頭良いんだもん。俺よりグーとかに質問した方が分かるのに、どうして俺に質問するんだよ」

「眷属の皆様がたが、メルス様に質問するように促しているからでは?」

「……いつの間に。あとで自分で答えるように指示しておくか」

 講師はこの世界とは異なる世界に生まれ、こちらの世界に飛ばされた転移者だ。
 彼が有する異界の知識は、彼の配下であり家族である眷属と呼ばれる存在に共有され、日々研究がおこなわれている。

 そのため、眷属の中には彼以上に彼の世界の理を識る者が多く、彼がわざわざ講師たちの質問に対応する必要もないのだ。
 それでも講師に質問することに、特別な意味があることを本人は知らない。


「ま、今は話を本題に戻そう――そろそろ名前を授けようと思ってな」

「ほ、本当ですか!!」

 ガタッとソファを倒して立ち上がり、講師に問う理事長。
 ソファが倒れるという現象はあまり起きないのだが……それほどまでに、理事長の歓喜の意が強かったのだ。

「本当本当。今まではいろいろと考えるところがあって名付けをしてなかったけどな、飛ばされた先で俺も敗北を知ったし、心機一転な気分で名前を与え続けているのさ」

「それは……おめでとうございます?」

 どういたしまして、と講師は答え、ソファに深く腰掛ける。

 理事長がそう言うのには、学校設立時に講師といろいろと話し合ったからなのだが……そこはカットする。

「うん、じゃあ名前を授けよう。運営の問題もあって一人ずつしかできなくて困ってるんだよ。『――――』これからも頼むぞ」

「『――――』ですか……これからの生、しかとその名を刻んで生きていきます』

「ま、気楽にしてくれよ。名付けの影響で進化とそれに伴う睡眠があるが、授業もあるし少し遅れてくるようにした。俺が去ったら放課後ぐらいに眠気を感じるだろうから、そうなった始めてくれ」

「分かりました」

 講師が去ると、理事長は早速迷宮内に居る者へ連絡を行う。



 ピンポンパンポーン
≪全生徒、並びに講師へと通達します。本日この私――『サージュ』は迷宮改変を行うため、学校の機能が一時期停止します。
 転送魔方陣は起動しなくなるので、全員放課後はすぐに学校を出るように≫

 放課後、スリープモードへの移行を始め、迷宮主はさらなる進化を遂げることになる。

 そして翌日、『迷宮学校』の教室には新たにプロジェクターが設置されたという。


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