魔法陣を描いたら転生~龍の森出身の規格外魔術師~

黒眼鏡 洸

25 麒麟

 何だ、あれは……。

 それはまるで、中国神話に出てくる伝説の霊獣『麒麟キリン』に似た魔獣だった。

 龍の頭、牛の尾、馬のひづめをもち、鹿のような形をしている。大きさは5メートルを超えていて、群青色の姿をしている。

 魔眼を通して見える魔力は、青をどこまでも深くしたような色だ。

 ただ漏れ出ているだけの魔力で俺の体は強張り、本能が危険だと訴えかけてくる。

 その魔獣は、いくつもの青を混ぜ合わせたような眼で俺を見定め、先程よりもより濃い殺気を放つ。

 俺は思念魔法を使いアカネに話しかける。

(大丈夫か?)

(うん、ユーリは?)

(大丈夫だ、それにしてもあの魔獣はなんだ?)

(わからない……でも怒ってる)

(怒ってる?)

(あの大きな木を守ってるのかも)

 アカネには魔獣としてわかる部分があるのか言葉に重みがあった。

 再び、麒麟・・を見る。

 巨樹を背に、俺たちと対立し構えている麒麟は、重く濃い魔力と殺気を放ちながらも、その中に気高さがあるように感じた。

 どうすれば俺たちが敵ではないとわかってもらえるか。

 ひとまず、このままやられているだけでは駄目だ。

 俺は焦る気持ちを落ち着かせるように、ゆっくりと深く息を吐き出し、そして吸い込む。

 全身に魔力を巡らせ、精神を統一する。

 互いの一手が決まったと同時に戦いは始まった。

「アカネは援護に集中してくれ!」

「ガウッ!」(わかった!)

 アカネは即座に俺から距離を取り、後方で魔法を放てるように構えている。

 俺は結界魔法をアカネに残し、自身は雷魔法と強化魔法で強化する。

 目の前にいる麒麟から存在感が消えたと思った次の瞬間、麒麟は俺の眼前で前脚を振り上げていた。

 理性よりも本能が体を動かし、俺は麒麟の攻撃をギリギリのところで避けていた。

 しかし、麒麟の攻撃は終わらない。

 俺は無理に反撃することはせず、回避を優先に麒麟の注意を引きつける。

 大振りの攻撃を避け、その時にできた一瞬の隙を見逃さない。

「転移!」

 俺は転移魔法を使い麒麟の視界から消える。

 事前に話したわけではないが、アカネは麒麟に向かって絶級の魔法を放つ。

 常日頃から一緒に過ごしている相棒であり、家族だからこそできる連携だ。

 俺は麒麟の様子を見る。

 アカネの魔法は確実に麒麟へと直撃していたが、何かおかしい。

 全く乱れのない魔力が、俺の魔眼を通して見える。

 いや、少しずつ魔力が膨れている。

 気づいた時には遅かった。

「アカ――――」



『グァーン!!』



 手を伸ばした先に一本の光が通り過ぎた。

 一瞬のことのはずが、俺の眼は鮮明にそのことを脳に焼き付ける。

 全身が凍った。氷風呂に漬け込まれ、体の熱を瞬く間に奪っていくように凍った。

 嘘だろ?

 現実を理解することが、これほどまでに恐ろしい。

 俺の創り出した結界は意味をなすことなく砕け散り、アカネは白く柔らかな毛を真っ赤に染めて倒れていた。

 頬に伝うものが涙だとわかったのは、怒りというほのおが凍った体を溶かした頃だった。

 ピキピキとひび割れる音がする。

 これは俺の中で鳴っている。

 この感覚は久しぶりだった。

 限界リミットがはずれる音だ。

 俺の中にある魔力の塊がひび割れて、そこから魔力が溢れ出す。

 前に狂暴竜バーサークドラゴンからセレーナを守った時も同じだった。

 しかし、前とは違う点がある。

 あの時よりも魔力が増え、溢れ出す量が比べものにならない。

 でも、そんなことはどうでもいい。

「転移」

 アカネの側にくる。

 俺はそっとアカネの白い毛を撫でた。

 微かにアカネの魔力を感じる。

 溢れ出す魔力を降り注ぐように、俺は治癒魔法をアカネに施す。

 外傷は治せたが、即死の攻撃を受けてもなお生き抜いた代償か、アカネの魔力はゼロに近かった。

 このままでは危険だ。

 アカネに血を飲まさなければ……

「邪魔するな」

 近づいてきた麒麟に、俺は威嚇するように低い声を放つ。

 俺の“魔力解放”で警戒態勢に入っていた麒麟は、何もしてこない俺にシビレを切らしたのか再び戦闘態勢に戻る。

 どうやら俺の話など聞く気はないらしい。

「ごめん、アカネ。少しだけ待っていてくれ」

 俺は麒麟に向き合う。

 ただその時に、地に叩きつけるかのような殺気というプレッシャーを麒麟にぶつける。

 麒麟はほんの少したじろぐ。

『一瞬で終わらせる』

 その言葉と同時に、麒麟の四方八方に20近くの魔法陣を展開させる。

 麒麟の足元にある魔法陣からは、黒い鎖や植物の根や蔓が飛び出して麒麟に巻きつく。

 暴れる麒麟の足を土が掴むと、上から滝のような水が降り注ぐ。その直後、冷気が麒麟を襲い全身を氷漬けにされる。

 これ以上麒麟になすすべはないと思ったが、麒麟の動きを止めた氷が徐々に溶け始める。

 湯気をあげる麒麟は、その身の色を群青から真紅に変えて、まるで怒りを表しているかのようにも見える。

「グァー!」

 しかし、そんなことはどうでもいい。

 俺は魔法に攻撃を続ける。

 降り注ぐ雷撃、噛みつく蒼炎、数千の光の矢、様々な魔法を放つ。

 麒麟は致命傷になる攻撃だけを避けながら、攻撃の嵐を何とか耐え抜く。

 だが、ダメージは目に見えていた。

 数えることのできない傷と、回復のためか魔力は乱れに乱れ急速に流れている。

 何よりも真紅の姿が再び群青の姿に戻っていた。

 実を言えば、俺もタイムリミットが近づいていた。

 短時間とは言え、攻撃に大量の魔力を消耗したのは事実だ。

 魔力解放の状態での魔力の消耗は、通常の状態の数倍は消耗する。

『グァァアッ!!』

 麒麟が咆える。

 その姿は手負いだと思えないほど、この場を震撼させる覇気を感じさせた。

 お互いに、これが最後の一撃だろう。



「求めるは火。紅蓮の悪魔よ、禁忌の焔となりて焼き尽くせ」
『プロメテウスバーン』




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