魔法陣を描いたら転生~龍の森出身の規格外魔術師~

黒眼鏡 洸

サイドストーリー7 左手に見えたもの






 『終わりなき森』――――ここに入ったらが最後、二度とその者は帰ってくることはない……





 終わりなき森の前にまず、“犯龍の儀”について説明しなければならない。

 “犯龍の儀”とは掟を破り、罪を犯した者――犯龍――を裁くためのものであり、それは死刑と同等の、集落で一番重い刑罰だ。

 この刑罰が下されることは数百年に一度あるかないかで、それほどこの刑罰は重大な罪にのみ下される。

 最強とも言われる龍人族が生き残れないほどの環境だ。

 最上級以上の魔獣がひしめくその森は強者のみが存在することを許される。



 そんな森の中で一人の人族は、相棒の白狼と共に生きるか死ぬかの戦いを日々繰り広げていた――――





 ***





「なんで……どうして……?」

 わからなかった。

 なぜ、ユーリくんがそんな場所にいるのか。

 どうして、ユーリくんがそんな目に遭わなければならないのか。

「ねぇ……なんでよ……なんでよ! 答えろっ!」

 わたしは、膝をつきニタニタと笑うその男に言い放つ。

 全身が焼けるように熱く、そして頭は不思議なほどに冷たかった。

 わたしの中に生まれる“黒い”何かは、刻々とわたしの心を蝕んでいく。

 今にでも殴り飛ばしたい。そう思う気持ちを必死に抑えつけて拳を握りこむ。

「はは……あはは! あいつが悪いんだ。俺様を馬鹿にして……人族のくせに英雄を気取りやがってさ!」

 ダメだった。

 わたしの手はやつの頬を打つ。

 好きな人を、大切な人を馬鹿にされることがこれ程までに腹立たしく、許せないとは思わなかった。

「許さない……お前を絶対に許さない」

「……」

「わたしの大切な人を返して! お願いだから、ユーリくんを返してよ………………」

 崩れ落ちるように座り込むわたしの背中をアーテルさんが抱きしめる。

 こぼれ落ちるものを抑えようとしても全然だめで、余計に溢れてしまう。

 一度流れたものを簡単には止められない。

 背中から「ユーリ……」と小さな泣き声で、何度も何度もアーテルさんが呟く。

 わたしたちの心はボロボロだった。

「ボス、お前は龍人ではない。心を悪魔に売った魔物と変わりない! ……長として、ボスを集落から永久追放とし、犯龍の儀を命じる」

「おいおい……まてよ。俺様は愚かな人族を集落から追い出した救世主だぜ? その俺様がなんであの人族と同じ、あの森に行かなきゃならねんだよ! ふざけるな!」

「……いい加減にしろ。お前が行かないと言うのなら、私がお前の首を切り落とす」

 アーテルさんは立ち上がり、その手には魔法陣が展開されていた。

「や、やめろ! お、俺様はまだ死にたくない! ……そ、そうだ! おい、助けてくれよ! いるんだろ? なぁ! おい!」

 ボスは突然、誰かを探すようにあたりを見渡して叫び出す。

 その時だった。

 アーテルさんとボスの間に闇が生れ、一人の女性が現れる。

「誰だ!」

 アーテルさんは反射的に後ろへと飛ぶと、魔法陣を展開している手を謎の女性へと向ける。

「人に名前を尋ねるときは、まず自分からだと教えてもらわなかったのかしら? まぁ、いいわ。私はエビルよ、よろしくね」

 エビルと名乗る女性は友好的な態度、というわけではなく嫌悪を示すような顔でわたしたちを見る。

「お主……龍人か?」

「それがどうかした?」

「……まさか!?」

 長はそこで何かを考えているようで、黙ってしまう。

 どうしたら……ユーリくん、わたしはどうしたらいいの?

 ここにいるはずもない人にわたしは嘆く。

「今日はそんなことを話しに来たわけではないの」

 エビルは突然、ニヤリと笑ってから再び口を開く。

「もうすぐよ! あの方がお目覚めになる! そうすれば、この世界は全て私たちのものになる!」

「何のことだ!」

 アーテルさんは今すぐにでも放てそうな魔法をエビルに向けながら問いただす。

 その顔には普段では見ることのない焦りが肌で感じ取れるほどに出ていた。

「今はまだ秘密よ……と、その子は私がもらっていくわね」

 エビルはボスの腕を掴むと、私の顔を見る。

「あなたのボーイフレンドはあの方には邪魔なのよ。あなたには悪いけど諦めてちょうだい、ふふっ」

「待って!」

 アーテルさんが呼び止めるより先に、再び闇がエビルとボスを包み込んで消え去る。

 ただ残ったのは、行き場を失った怒りと悲しみ……そして、わからないものへの恐怖だった。

「長」

「あぁ、わかっている。アーテルよ、武龍団幹部を集めよ!」

「はい!」



 わたしの世界から何かが崩れそうになる。

 崩れているというのに、その音はやけに静かでそれが正常なのかと錯覚してしまう。

 でも、いやだ。

 わたしはそれを必死に止めようとするが、どうやっても止まってはくれない。

 手でおさえて、足でおさえて、体すべてを使ってもダメだった。

 おさえることをやめれば、少し楽になった。

 もうだめだ、諦めようとそう思ったそのとき――――

「……指輪」

 左手に嵌められた、祝福の龍石からもらったあの指輪がわたしの目に映る。

 そうだ……そうだ! そうだよ!

「ユーリくんは生きてるっ!」

「それは本当か!」

「はい! ほら、見てくださいこの指輪を!」

 わたしは頬に流れている雫を拭って、アーテルさんに左手の指輪を見せる。

「この指輪がどうしたんだ?」

「これは祝福の龍石からもらった指輪で、ユーリくんもこれと同じものをつけています。この指輪はどんなに離れていてもお互いの魔力を感じ取ることが出来るんです!」

「まさか」

「そのまさかです! ユーリくんの魔力をこの指輪から感じ取れます!」

「本当なのか? 本当に……ユーリは……よかった、よかった」

 アーテルさんは胸に手を当て、堪え切れない気持ちを大粒の涙に変える。

 つられて、わたしも少しだけ涙を零す。



 ユーリくん……絶対に、絶対に生きて帰ってきて。



 龍神様、どうかユーリくんをお守り下さい――――





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