魔法陣を描いたら転生~龍の森出身の規格外魔術師~

黒眼鏡 洸

16 スライムエンペラー

 草を踏む音が鳴る。

 それは森に入ってから、いつも聞いてきた音だが今は少し違う。

 俺が踏む音に続いて、別の踏む音が耳に届く。

 その音はすぐ後ろから聞こえてくる。

 これが2週間以上も前の話だったなら、俺は警戒をして魔法を放っているところだが、今は違う。

 何故なら、俺の後ろにいる存在はこの森で誰よりも信頼できる仲間――相棒なのだから。

「アカネ」

「ガウッ」

 俺が名前を呼べば、呼ばれることを待っていたかのように俺の横まで駆けてくる。

 その顔は憎たらしいほどに可愛く、どこまでも頼もしい。

 俺の、世界で一番の使い魔だ。

 木の葉から漏れ出す光を浴びて、俺とアカネは森の奥へと、深い場所へと進む。

 何があるのか、何が待っているのかは分からない。

 ただその先に答えがあって、俺はそこへ行かなければならない……そんな気がしていた。





 ***





「ガウッ!」

「どうした?」

「ガウッ! ガウッ!」

 俺の横を歩いていたアカネが、突然止まって吠える。

 俺の問いに答えるように、アカネは右前辺りに向かって威嚇するように吠え続けている。

 魔獣ってことか。

 アカネは俺よりも索敵能力が高い。そのため、アカネには魔獣を見つけ次第、知らせるように教えている。

 俺はいつでも魔法を放てる態勢で待ち構える。

 それを見たアカネも同じように戦闘態勢へと変わる。

 ボニョっん、カサカサ、ボニョっん、カサカサ。

 ん?

 ボニョっん、カサカサ、ボニョっん、カサカサ。

 ん???

 なんだ、この腑抜けた音は……?

「ボヨンッ!」

「ガウッ!」

「え?」

 俺たちの目の前に現れたのはデカイデカイ半透明の、ゼリーを思わせる物体だった。

「スライムキング……いや、この大きさはスライムエンペラーか!」

 『スライムエンペラー』はスライム(最下級)系の上位魔獣で、階級は最上級上位だ。

 その特徴は心臓の代わりに核と呼ばれる器官が存在し、その核を破壊しない限り死ぬことはない。

 たとえ絶級の魔法を食らわせたとしても、核が破壊されていなければ復活できるのだ。

 これだけを聞けば最強の魔獣にも思えるが、通常のスライム(最下級)はのろく、攻撃力もない。

 しかし、最上級となれば流石に手強いだろう。

 油断せずに核を狙う。

「アカネ!」

「ガウッ」

 アカネも問題なさそうだ。

「行くぞっ」

「ガウッ!」

 まずは牽制。

「火よ!」

「ガウッ!」

 俺はスライムエンペラーに向けて魔法陣を展開し、アカネも同じように魔法陣を展開している。

 2つ並んだ魔法陣からは“火の槍”と“雷の槍”が、敵に向かって一直線に飛び出す。

 スライムエンペラーに加速した2本の槍が突き刺さるが、それを物ともせずに体の中へと取り込んでしまう。

 全然効いてない……これは厄介だな。

「アカネ、俺があいつの核を剥き出すから、それを破壊してくれ」

「ガウッ」

 アカネは冷静に俺の指示を聞く。

 こう言ったところも、アカネを信頼できる点の1つだ。

 俺は右手に魔法を意識して、スライムエンペラーのもとへと駆け出す。

 スライムエンペラーは俺たちを確認すると警戒することもなく、ただドシリと待ち構えている。

「くらぇー! 切断よ!」 『スラッシュバースト』

 俺はスライムエンペラーに右手を当て、切断魔法を使う。

 触れた先に魔法陣が現れ、スライムエンペラーの体を断つと同時に次の魔法陣が現れ、果てしない連続切断がスライムエンペラーを襲う。

 いけぇー!!

 スライムエンペラーの体は削がれては戻り、削がれては戻りを繰り返しているが、一向に核らしきものが確認できない。

 くっ、ダメか。

 俺は魔法を中断し、アカネのいる後方へと一旦下がる。

「ダメだった……あいつの核がどこにあるか分からない」

「ガウッ……」

 どうやらアカネにもスライムエンペラーの核がどこにあるかまでは分からないらしい。

 しょうがない。こうなったら力技で行くしかない。

 てか、今のも割と力技な気がするけど……細かいことは気にしない!

「アカネ、作戦Bだ」

「が、ガウ?」

「氷漬けにして、砕く!」

「ガウッ!」

 あの大きさ(豪邸1つ分くらい)を凍らせるとなると、時間が必要になるな。

「時間稼ぎを任せてもいいか?」

「ガウッ!」

 アカネはその言葉を待っていたかのように、俺の顔を見るや否やスライムエンペラーに向かって駆け出した。

 本当に頼もしいなぁ……よしっ!

 俺は魔法を使うべくイメージを、魔力を高める。

「求めるは氷。絶対零度の氷雪よ、全てを凍てよ」

 俺が詠唱を終えるのを察知したアカネが、スライムエンペラーから素早く離れる。

 スライムエンペラーの下には、スライムエンペラーよりも大きい魔法陣が展開され、そこからは冷気が漏れ出している。

 流石のスライムエンペラーも危険を感じたようだが、もう遅い。

『アブソリュートブリザード』

 その一言をトリガーに魔法が発動する。

 それは一瞬の出来事。

 先ほどまで体をふるふるとさせていたスライムエンペラーは、動くことのない氷像へとその姿を変える。

 俺はスライムエンペラーまで近づく。

「ん? ……わかった、一緒にやるか」

「ガウッ」

 側にやってきたアカネもトドメを刺すと言っている。

 俺とアカネはお互いの顔を見て頷き、スライムエンペラーを砕いた。

 粉々に砕け散った結晶は差し込む光によって輝く。

 俺は氷魔法の練習をしていたあの日を思い出し、少し懐かしく感じた。





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