初心者がVRMMOをやります(仮)

神無乃愛

現実世界にて<報道の行方>


 納品がてら、町に行く日を保は千沙に伝えていた。
 美玖にプレゼントする「最後のパソコン」の依頼を受けるためだ。

 どんな理由があるにせよ、孫一人を失うのは辛いだろう。
「ばあさん、待たせた」
「いいのよ。ジャッジ君は仕事もあったんでしょ?」
「俺の場合はフリーだからそれなりに時間を作れるんだ」
「……そう、だったわね。夫が他界したばかりの頃はまだお勤めしてたんだっけ」
「ううん。少し前。じいさんが色々手を貸してくれたから、俺はフリーでやっていけるようになるまで早かったし」
 今となっては懐かしい話である。
「……様子、聞いていいかしら?」
 誰が聞いているとも分からない中で、美玖の名前は出せない。それがルールだった。
「やっと正気に戻ったよ。これから色んな意味でリハビリ。だから丁度いい祝いだと思う」
 その言葉に千沙は寂しげに笑っていた。
「結局、あたしはあの子に何にもしてやれなかった。助けることも、笑顔にすることも出来かかった。だからね、会ったらあの子に笑顔を取り戻してくれた人たちにお礼を言おうと思ってたの。……ジャッジ君、ありがとう。それから他の皆さんにもお礼を伝えておいて。あたしは『TabTapS!あのゲーム』には繋がない。それがけじめよ」
 それは違うと、言いたくても言えなかった。どれくらいの葛藤があったかなど、入院中にみた時よりもやつれているのだ。察するなというほうが無理だろう。
「繋いでくださいよ。マープルさん。あの子のためにも」
「良平先生、何やってんですか」
 いきなり入ってきた良平に、保は悪態をついた。
「マープルさんと待ち合わせはお前だけじゃないっての。……これが書類です」
「ありがとう。これにあたしの判を押せばいいのね?」
「はい」
 退学手続きのための書類だと気付いたのは、良平が鞄にしまう直前だった。
「大学にいける年齢になるまでには、ある程度のリハビリが終わっているでしょう」
「ありがとう。でもね、代理人の方に言われたの。たとえ会ったとしても声をかけちゃいけないって。娘たちにばれると大変だからって」
 その瞬間、良平は頭をかいていた。
「法律的なことは俺も分かりませんけど、懐いている人を離すってのはどうなんだろう?」
「俺も思います」
 良平の言葉に保は同意した。
「ふふっ。ありがとう。二人が言ってくれるだけでだいぶ助かるわ。あの子をよろしくお願いします。あたしが出来なかった分、あの子を笑顔にして幸せにしてくだ……」
「マープルさん、ストップ。この馬鹿が暴走するから、それ以上は言わないでください。十六になったら結婚してもいいと、取っちまいますよ」
「って言うか、しますよ」
「保! 待て!!」
「え?砂○け婆様も何にも言ってきませんが」
「……お義父さんが驚いてたぞ。つか、それ本人に……」
「俺があの人に声かけるときはいつもそうですが」
 それがどうしたという。
「お前って時々怖いもの知らずだよな」
 良平の言葉に保はにっこり笑った。現在、保が怖いのは、美玖を失うことである。それ以外は怖いとは思わない。
「あの方、楽しんでますよ」
 それは自信をもって言える。何人もの偏屈な経営者と話をしてきた保の勘だ。
「……それは置いとく」
 投げやりに良平が返してきた。
「誰か立会人がいれば、あたしは会えるって言うだけでほっとしてるの。今生の別れじゃないって。いつかあの子が幸せになって笑えるようになればいいの」
 少しだけ明るくなった表情で千沙が言う。
「ばあさん。無理すんなよ。ばあさんにまで何かあったらイッセンとリリアーヌたちも心配するんだぞ」
「あ、俺たちも心配しますからね。俺の義両親、『目指せマープルさん』なんですから」
「ふふふ。ありがとう。そう言ってくれる人たちは多いのよ。やっぱり嬉しいわね。
 でもね、あの子を見て思ったの。昔一緒にやった人たちで、ああなっていなくなった人たちも多いんだろうなって」
 さすがに長い年月をゲームに費やした人の台詞は違った。
「夫の機転で、あたしたち家族は助かったの。でも、昔のゲームみたいに思った人たちは多かったんじゃないかって。普通のヘッドギアですら、最初は高いって思ったもの。それなのに医療用のヘッドギアを夫は人数分買ってきたのよ?」
 一人二人とかではなく、人数分。その言葉に度肝を抜かれたのは保だけではないらしい。
「『脳波とかを計測するゲームだ。変な機械を使ったら危ない』って。家計を預かる身としては一言物申したけど、正しかったのね」
 美玖の様子を見ていればそれは分かるだろう。
 そして、美玖に起きた事件は全国的に報道されている。虐待とVRMMOの「忌むべき事件」として。
 ただ、購入した電気屋も、ヘッドギアの製造会社も、ゲームの運営会社もそれを否定している。あくまで、あの状態で無理矢理破壊してまで取ろうとしたのが悪いのだと。
 全てのテストを行うことで、それは実証され、「悪質な事件」へと変わりつつある。

 今後尚更、VR用ヘッドギアをつけているときに起きた事件は、罪が重くされると報道している局もあった。

 今まで起きたことのない事件なだけに、警察も検察も大わらわだとも伝えている。

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