老舗MMO(人生)が終わって俺の人生がはじまった件

穴の空いた靴下

278話 ズレ

「これは立派な馬車をお持ちですなー」

 竈を組んで食事の準備をしていると戦士風の男が寄ってくる。
 あとから来た一団の護衛役の男だ。

「皆さんも巡礼ですか? もう何か所か回られているのかな?」

「いえ、次の目的地のウーノの街が初めての巡礼地となります」

 その発言を聞くとその男は少しにやりとする。

「なるほどなるほど、それではここを利用する時の約束事をよくお知りではないですな?」

「約束事ですか……」

「休憩所を利用する旅人は夜の見張りを交代で出すのですが、基本的に巡礼の割符が少ないところが出すのが通例になっていましてな。あちらの集団は2か所、私たちが3か所ということで、あなた方のパーティから見張りを出していただけるとありがたいのだが……」

 なるほど彼らは夜の見張りをユキムラ達に押し付けたいみたいだ。

「ああ、いいですよー。今晩はぐっすりお眠りください!」

「お、おお! それは頼もしい! それでは任せましたぞ! ではでは」

 用事が済めばそそくさと自分たちの場所へと戻っていく。
 すでに魔物除けを置いた以上見張りの必要もないのだけども、建前上GUでも何体か見回らせとけばいいだろう。ユキムラは意にも介していなかった。
 ユキムラの興味は目の前でコトコトといい音をさせている飯盒はんごうと野菜スープ、それに網焼きで焼いた肉や魚達だ。
 星空の美しい野外でのキャンプ料理。
 囲むは長い旅を共に過ごしてきた仲間たち。
 ユキムラは本当に幸せでいっぱいだ。

「ユキムラちゃん、ちょっと私も作ってみたのよー」

 ヴァリィは自分のアイテムボックスからブランデーを取り出す。
 複数の種類を混ぜ合わせたブレンドにヴァリィははまっていた。
 グラスにゆっくりとブランデーを注ぐ。
 琥珀色の美しい液体がグラスの中を滑るように広がっていく。

「いい香りだ、見た目も美しいし、それじゃぁかんぱーい!」

 ユキムラの乾杯の合図で皆、果実酒やブランデーを口にする。

「あーー、最初の口当たりはすっきりしているのに、口に含むとすごい香りだね……
 余韻も長く……これは美味しい!」

「でしょー! 自信作なのよー」

「なんか、外でこうして食べると本当においしいですね!」

「ソーカねーちゃん、あまり食べすぎないでね、もっとほしかったらストックから出してね」

「うん、わかってるわよぉー」

 すでにソーカの手にはアイテムボックスから取り出したカレーが山盛りで持たれている。
 バーべキューでつくったものはみんなでゆっくりと楽しんだ。

 と、白狼隊からすれば何のことはない日常。
 むしろ、普段のキャンピングカーのキッチンを使えない分、少し不便ってぐらいの食事である。
 それでも、巡礼の旅をしているほかのメンツからすれば異質な一画だ。
 まず、馬車からの照明からしておかしい。
 普通は焚火の明かりで、それに群がる蟲に悩まされながらの食事、今日はなぜか虫が少ない。
 それが、煌々と昼の様に明るい光の下で楽しそうに食事をしている。
 しかもテーブルに椅子を使ってだ。
 さらに明らかに作った量よりも多い料理が次から次へと出てくる。
 香ってくる香りは嗅いだこともないような食欲を刺激するまるで町の食堂で食べるような料理の数々。
 さらには氷にガラスのグラス。さらに様々な酒。
 旅においては必要最低限の水を持ち歩き、こういった休憩所で補充しながら細々と旅を続けるものだ。
 白狼隊は、ついついそんな常識から逸脱した行動を気が付かずにとってしまっている。
 レンでさえ、これくらい我慢していれば問題がないだろうと思ってしまっている。
 慣れというものは恐ろしい……

「師匠……なんか、みんなこっちを見てません?」 

「あれ? アルテス教って別に肉とか魚とかもいいよね?
 お酒も問題ないよね?」

「悪行以外は特に禁じられていないはずだと思いますけど……」

「あ、師匠あれじゃないですか? 夜の見張りを引き受けたのに酒盛りしてるから……」

「あ、そっか! そうだよなー引き受けたのにこれじゃぁ怒るのも無理ないか。
 ちょっと説明してくるね」

「いいわよユキムラちゃん私が行ってくるわぁ~」

 ヴァリィが立ち上がって最初にユキムラ達に夜の見張りを頼んできたパーティの場所へと向かう。
 ユキムラはきっと説明に必要になるであろうGUの起動の準備を始める。

「ユキムラちゃん、私たち……もう常識知らずになっちゃってたわ……」

 ヴァリィが事情を聞いて戻ってきた。
 その内容は一同を驚かせた……
 そして、選択を迫られる。
 今後も一般的なレベルの旅をしていくのか、それか、ある程度の品質を維持するのか……

「悩むまでもないよね……」

「そうですね……そもそも、目立たないなんて不可能ですよ、僕たちもうレベル2000とかなんですから……」

「食事食べられないのは困ります!」

 一番必死だったのはソーカだったかもしれない。

 こうしてユキムラ達は自分達がアイテムボックス持ちであることを告げる。
 正直たまには持ってる人もいるものだ、それを無理して隠す必要もないし、そこまで悩むことでもなかった。
 なぜ、そこで迷ってGUは迷いなく出すのか……そこに疑問を持ってほしかった。
 結局動き出したGUに恐れおののく人々の説得に、すっかり日は暮れて夜が訪れるまでかかってしまいましたとさ……


 

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