終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~
第六章29 月下が照らす終焉
「……リエル、まだ戦えるか?」
「……また、時間を稼ぐことができればじゃな。さっきの魔法で魔力が枯渇気味じゃ」
「今の私たちに時間を稼ぐ余裕があるとでも?」
「ピンチ、って奴じゃな」
月明かりが照らす死した街での激闘。
それは激しい戦いの残滓を確かに刻みながら、静かに終幕へと突き進む。
名も知らぬ街は破壊の限りを尽くされており、視界に映る全てが元の原型を留めてはいない。家屋はもちろん、生い茂る木々たちも、そこに住まう人々も、全てが業炎に包まれた結果に命を落とすこととなった。
命を落とした人間は『アンデット』と呼ばれる異形の存在に変わり果ててしまい、安寧すら与えられることなく永遠の時を彷徨うこととなる。
凄惨たる破壊の現実。
この状況を作り出したのは、かつて世界を混沌に陥れた魔竜を撃退し、世界に平和をもたらした『女神』と呼ばれる存在の一人だった。
炎獄の女神・アスカ。
彼女が何故、罪もない人々を襲ったのか、それは謎に包まれている状況ではあり、航大たち一行は速やかに行動を開始する必要があった。しかし、そんな彼らの前に立ち塞がったのは、女神によって命を蹂躙された死した街の住民であった。
「…………」
魔獣にも似た姿に変化したのは、この街を統べる存在である『オリバー』という名の青年であった。彼もまた女神の手によって命を落とし、アンデットへと存在を変えた。周囲を徘徊するアンデットとは違い、彼の場合は全身の筋肉を異常なほどに隆起させ、見上げるほどの巨体を持って立ち塞がる。
オリバーとの激闘に突入するライガたちであったが、三人の連携を生かすことによって彼を追い詰めることに成功した。確実な勝利が目前に迫っていたはずの戦いは、しかしオリバーの人智を超えたタフネスさの前に一転してしまう。
「さっきの魔法、もう一発打てば勝てるんじゃね?」
「それが出来るのならば、こんなにピンチな状況には陥らんじゃろうな」
「だよなぁ……」
「本当にどうするのよ……このままじゃ、こっちは反撃することすら出来ない……」
ライガの言葉にため息混じりで答えるのはリエルである。
彼女はこの戦いにおいて、オリバーに対して唯一と言っていい致命傷を与えた人物である。北方の賢者という名は伊達ではなく、準備に時間を要したがそれでも強烈な一撃を見舞うことに成功していた。
しかし、そんなリエルの一撃を持ってしても、オリバーを倒すまでには至らなかった。
巨体を自らの鮮血で濡らすオリバーは、紅蓮の瞳でライガたちをしっかりと見据えながらも、月明かりの下で健在していた。
ライガ、シルヴィア、リエルの三人は激戦の影響によってこれ以上の継戦は難しい状況である。勝利を目前にしながらの状況を前にして、ライガたちは絶体絶命のピンチに陥ってしまう。
「…………」
身動きが取れないライガ、シルヴィア、リエルを紅蓮の瞳でしっかりと捉えながら、オリバーはゆっくりとした足取りで近づいてくる。オリバーが一步を踏み出す度に、大地が僅かに揺れる感覚が襲ってきて、それは時間が経過するごとに大きなものへと変わっていく。
強大な魔法を使役した結果、リエルは魔力を使い果たしてしまっている。
オリバーの鮮血に含まれる毒を取り込んでしまったライガとシルヴィアの二人は毒が身体に回り、立っていることすらやっとな状態である。
「マジでどうするよ……いよいよ時間がねぇぞ……」
「…………」
ライガの声音に応える者はいない。
全員が全員、この絶望的な状況を脱するための手段を模索している。
しかし、自らがこれ以上の戦闘に耐えられないのであれば、自力でどうにかすることは出来ない。迫るオリバーを前にして、ライガたちは為す術がない。
「…………」
手を伸ばせばライガたちに触れられる距離にまで接近するオリバー。
彼は紅蓮の瞳を光らせてじっくりとライガたちを観察している。
「…………」
異様な静寂がライガ、シルヴィア、リエルの三人を包む。
全員の視線が眼前のオリバーに注がれており、その一挙手一投足に注目をせざるを得ない。ライガたちの命運はオリバーが見せる次の行動に全てが掛かっているのだ。
「お、おい……なんだよ、この時間……?」
「それ、私に聞く……?」
ピリピリと肌を突き刺すような緊張感に包まれ、生唾を飲む音が脳内に響く。
三人を見下ろすようにしてオリバーは立ち尽くすばかりであり、しかし静寂の時は予想外の形で崩れ去ることとなった。
「……ドウしテ、コンナ、こと、に」
「喋った……?」
滑舌は悪く、注視していなければ聞き取れないような声音ではあるものの、オリバーは確かにその口を開いた。抑揚がなく、感情を察することは難しいが、その瞳が僅かに薄くなったのと、眉が顰められたことから悲しげな感情というものが視界を通して伝わってくる。
オリバーはがっくりと項垂れた状態でライガたちを見つめ続けると、更に言葉を続ける。
「ワタシは、タダ、ヘイワな街ヲ、作りタカッタ……」
「…………」
「モウ、それも、叶ワヌ夢ト、ナッテシマッタ……」
「…………」
「カンシャしたい、望マヌ身体トなったワタシに、終焉をクレタ」
「終焉って……」
オリバーの悲しげな声音にライガが反応を返す。
近くでよく見れば、オリバーの身体には凄惨たる戦いの残滓が色濃く残っており、こうして話をしている間にも、刻まれた傷口から止め処なく鮮血が溢れ出している。
人間としての正気を取り戻しつつあるオリバーは、ライガたちに鮮血が到達しないようにしっかりと立ち位置を調整している。その事実を理解したライガたちの表情が徐々に歪んでいく。
どうしてこんなことになってしまったのだろうか。
女神によって突如として平和な生活を破壊され、更に人間としての最期すら許されない。
今、ライガたちの眼前に立つのは魔獣でもなければ、アンデットでもない、姿形は異形のものであったとしても、オリバーという名の青年なのである。
「…………」
溢れ出す鮮血はオリバーの最期がすぐ近くにまで迫っていることを如実に現していた。
彼もまたライガたちを襲う意志を見せることはなく、最後に残された時間で会話しているのだ。
「街ハ、コンナコトになってシマッタガ、これでヨウヤク、終わりを迎エルことが、できる」
「アンタ、最後まで……」
「最後に、ヒトツだけ、頼みがアル……」
「……頼み?」
オリバーと会話をしているのはライガである。
彼は悲痛な最期を遂げようとしているオリバーと言葉を交わすことで、非情な現実に対して強い怒りを覚えていた。なんら罪もない人間に与える最期としては、あまりにも残酷だからである。
「コノ悲劇を、繰り返させナイデ欲しい……頼む……」
「おい、オリバーッ!」
その言葉を最後にオリバーの瞳がゆっくりと閉じられる。
紅蓮の瞳が瞼の裏に隠された時、オリバーは全身の力を弛緩させて背後へと倒れゆく。今、この瞬間に死した街で徘徊することを余儀なくされた一人の青年の命が潰えた。
「…………」
オリバーという名の青年と交わした言葉が、ライガたちの肩に重くのしかかる。
誰よりもこの街を愛し、誰よりも平和を願った青年の想いをライガたちはしっかりと受け取ることとなった。
これ以上、同じ悲劇を繰り返してはならない。
相手が女神であろうが関係はない。
彼女が破壊の衝動に従い、殺戮を繰り返そうとするのであれば、ライガたちはそれを己の命を持ってして止めなければならない。死した街での戦いを経て、ライガ、シルヴィア、リエルの三人はそんな想いを強くすることとなった。
「……止めなくちゃならねぇ。俺たちが絶対に」
「そうだね。同じ悲しみは繰り返させない」
「うむ。彼の想いを背負って戦わなければならないの」
自らが流す鮮血の海に沈むオリバーを見て、ライガたちは強く決意する。
これから先に待ち受けるは、更に過酷な戦いであることは間違いない。
全員が無事に帰還できる保障もない。
それでもライガたちは前へ進む。
数多の絶望と悲しみを背負って、彼らは進まなくてはならない。
近づく終末の時へ向けて、時は刻一刻と時間を刻むのであった。
「……また、時間を稼ぐことができればじゃな。さっきの魔法で魔力が枯渇気味じゃ」
「今の私たちに時間を稼ぐ余裕があるとでも?」
「ピンチ、って奴じゃな」
月明かりが照らす死した街での激闘。
それは激しい戦いの残滓を確かに刻みながら、静かに終幕へと突き進む。
名も知らぬ街は破壊の限りを尽くされており、視界に映る全てが元の原型を留めてはいない。家屋はもちろん、生い茂る木々たちも、そこに住まう人々も、全てが業炎に包まれた結果に命を落とすこととなった。
命を落とした人間は『アンデット』と呼ばれる異形の存在に変わり果ててしまい、安寧すら与えられることなく永遠の時を彷徨うこととなる。
凄惨たる破壊の現実。
この状況を作り出したのは、かつて世界を混沌に陥れた魔竜を撃退し、世界に平和をもたらした『女神』と呼ばれる存在の一人だった。
炎獄の女神・アスカ。
彼女が何故、罪もない人々を襲ったのか、それは謎に包まれている状況ではあり、航大たち一行は速やかに行動を開始する必要があった。しかし、そんな彼らの前に立ち塞がったのは、女神によって命を蹂躙された死した街の住民であった。
「…………」
魔獣にも似た姿に変化したのは、この街を統べる存在である『オリバー』という名の青年であった。彼もまた女神の手によって命を落とし、アンデットへと存在を変えた。周囲を徘徊するアンデットとは違い、彼の場合は全身の筋肉を異常なほどに隆起させ、見上げるほどの巨体を持って立ち塞がる。
オリバーとの激闘に突入するライガたちであったが、三人の連携を生かすことによって彼を追い詰めることに成功した。確実な勝利が目前に迫っていたはずの戦いは、しかしオリバーの人智を超えたタフネスさの前に一転してしまう。
「さっきの魔法、もう一発打てば勝てるんじゃね?」
「それが出来るのならば、こんなにピンチな状況には陥らんじゃろうな」
「だよなぁ……」
「本当にどうするのよ……このままじゃ、こっちは反撃することすら出来ない……」
ライガの言葉にため息混じりで答えるのはリエルである。
彼女はこの戦いにおいて、オリバーに対して唯一と言っていい致命傷を与えた人物である。北方の賢者という名は伊達ではなく、準備に時間を要したがそれでも強烈な一撃を見舞うことに成功していた。
しかし、そんなリエルの一撃を持ってしても、オリバーを倒すまでには至らなかった。
巨体を自らの鮮血で濡らすオリバーは、紅蓮の瞳でライガたちをしっかりと見据えながらも、月明かりの下で健在していた。
ライガ、シルヴィア、リエルの三人は激戦の影響によってこれ以上の継戦は難しい状況である。勝利を目前にしながらの状況を前にして、ライガたちは絶体絶命のピンチに陥ってしまう。
「…………」
身動きが取れないライガ、シルヴィア、リエルを紅蓮の瞳でしっかりと捉えながら、オリバーはゆっくりとした足取りで近づいてくる。オリバーが一步を踏み出す度に、大地が僅かに揺れる感覚が襲ってきて、それは時間が経過するごとに大きなものへと変わっていく。
強大な魔法を使役した結果、リエルは魔力を使い果たしてしまっている。
オリバーの鮮血に含まれる毒を取り込んでしまったライガとシルヴィアの二人は毒が身体に回り、立っていることすらやっとな状態である。
「マジでどうするよ……いよいよ時間がねぇぞ……」
「…………」
ライガの声音に応える者はいない。
全員が全員、この絶望的な状況を脱するための手段を模索している。
しかし、自らがこれ以上の戦闘に耐えられないのであれば、自力でどうにかすることは出来ない。迫るオリバーを前にして、ライガたちは為す術がない。
「…………」
手を伸ばせばライガたちに触れられる距離にまで接近するオリバー。
彼は紅蓮の瞳を光らせてじっくりとライガたちを観察している。
「…………」
異様な静寂がライガ、シルヴィア、リエルの三人を包む。
全員の視線が眼前のオリバーに注がれており、その一挙手一投足に注目をせざるを得ない。ライガたちの命運はオリバーが見せる次の行動に全てが掛かっているのだ。
「お、おい……なんだよ、この時間……?」
「それ、私に聞く……?」
ピリピリと肌を突き刺すような緊張感に包まれ、生唾を飲む音が脳内に響く。
三人を見下ろすようにしてオリバーは立ち尽くすばかりであり、しかし静寂の時は予想外の形で崩れ去ることとなった。
「……ドウしテ、コンナ、こと、に」
「喋った……?」
滑舌は悪く、注視していなければ聞き取れないような声音ではあるものの、オリバーは確かにその口を開いた。抑揚がなく、感情を察することは難しいが、その瞳が僅かに薄くなったのと、眉が顰められたことから悲しげな感情というものが視界を通して伝わってくる。
オリバーはがっくりと項垂れた状態でライガたちを見つめ続けると、更に言葉を続ける。
「ワタシは、タダ、ヘイワな街ヲ、作りタカッタ……」
「…………」
「モウ、それも、叶ワヌ夢ト、ナッテシマッタ……」
「…………」
「カンシャしたい、望マヌ身体トなったワタシに、終焉をクレタ」
「終焉って……」
オリバーの悲しげな声音にライガが反応を返す。
近くでよく見れば、オリバーの身体には凄惨たる戦いの残滓が色濃く残っており、こうして話をしている間にも、刻まれた傷口から止め処なく鮮血が溢れ出している。
人間としての正気を取り戻しつつあるオリバーは、ライガたちに鮮血が到達しないようにしっかりと立ち位置を調整している。その事実を理解したライガたちの表情が徐々に歪んでいく。
どうしてこんなことになってしまったのだろうか。
女神によって突如として平和な生活を破壊され、更に人間としての最期すら許されない。
今、ライガたちの眼前に立つのは魔獣でもなければ、アンデットでもない、姿形は異形のものであったとしても、オリバーという名の青年なのである。
「…………」
溢れ出す鮮血はオリバーの最期がすぐ近くにまで迫っていることを如実に現していた。
彼もまたライガたちを襲う意志を見せることはなく、最後に残された時間で会話しているのだ。
「街ハ、コンナコトになってシマッタガ、これでヨウヤク、終わりを迎エルことが、できる」
「アンタ、最後まで……」
「最後に、ヒトツだけ、頼みがアル……」
「……頼み?」
オリバーと会話をしているのはライガである。
彼は悲痛な最期を遂げようとしているオリバーと言葉を交わすことで、非情な現実に対して強い怒りを覚えていた。なんら罪もない人間に与える最期としては、あまりにも残酷だからである。
「コノ悲劇を、繰り返させナイデ欲しい……頼む……」
「おい、オリバーッ!」
その言葉を最後にオリバーの瞳がゆっくりと閉じられる。
紅蓮の瞳が瞼の裏に隠された時、オリバーは全身の力を弛緩させて背後へと倒れゆく。今、この瞬間に死した街で徘徊することを余儀なくされた一人の青年の命が潰えた。
「…………」
オリバーという名の青年と交わした言葉が、ライガたちの肩に重くのしかかる。
誰よりもこの街を愛し、誰よりも平和を願った青年の想いをライガたちはしっかりと受け取ることとなった。
これ以上、同じ悲劇を繰り返してはならない。
相手が女神であろうが関係はない。
彼女が破壊の衝動に従い、殺戮を繰り返そうとするのであれば、ライガたちはそれを己の命を持ってして止めなければならない。死した街での戦いを経て、ライガ、シルヴィア、リエルの三人はそんな想いを強くすることとなった。
「……止めなくちゃならねぇ。俺たちが絶対に」
「そうだね。同じ悲しみは繰り返させない」
「うむ。彼の想いを背負って戦わなければならないの」
自らが流す鮮血の海に沈むオリバーを見て、ライガたちは強く決意する。
これから先に待ち受けるは、更に過酷な戦いであることは間違いない。
全員が無事に帰還できる保障もない。
それでもライガたちは前へ進む。
数多の絶望と悲しみを背負って、彼らは進まなくてはならない。
近づく終末の時へ向けて、時は刻一刻と時間を刻むのであった。
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