終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第六章24 月下の戦いⅥ

「願わくば、死した後の世界では……安寧がありますように……」

 名も知らぬ死した街での死闘。

 この街に住まう紳士服に身を包んだ初老の男性・クロウとの戦いは、航大と英霊・ブリュンヒルデの連携によって幕を下ろそうとしていた。『刀』に似た片刃の刀剣を自在に操り、生きる屍である『アンデット』の特性をフルに活用したクロウとの戦いは壮絶なものであり、女神と英霊の力を身に着けた航大たちでさえ簡単には決着をつけることは出来なかった。

「…………」

 全身の至る部分から鮮血を溢れさせ、苦悶の表情を共に沈むクロウを見て、航大の表情は全く晴れることがない。

 救える命があったのではないか?
 苦しまず、最期を迎えることが出来たのではないか?

 まだ戦いの結末に慣れることのない心優しき少年は、眼前で潰えようとする命を前に今にも泣き出しそうな表情を浮かべるのであった。少年には知る由もない物語があって、理不尽に散らされた命が見せる最後の灯火。それはあまりにも寂しく、悲しいものであり、救えるもの全てを救いたいと願う少年には厳しすぎる現実であった。

「……航大」

「あ、ユイか……そうか、もうブリュンヒルデは戻ったんだな」

 袖を引っ張ってくる存在があり、そちらへ目を向けるとそこには白髪を垂らす『ユイ』が立っていた。その身体には甲冑の鎧は身につけておらず、航大が異界から召喚した英霊とのシンクロが途切れていることを証明していた。

「……航大、辛そう。大丈夫?」

「あぁ……俺は大丈夫だ……」

 倒れ伏すクロウの姿を見て、航大が沈痛な表情を浮かべており、それを見たユイは眉をハの字に曲げて心配そうな様子を見せている。

「どうしてこんなことに……」

「…………」

「この人は悪い人じゃない……それなのに……」

 夥しい量の鮮血と共に沈むクロウは航大の言葉に反応を見せることはない。

 生きる屍であるアンデットへと姿を変えたクロウも、全身の血液を喪失することで真の意味で死を遂げることが出来た。不死身のイメージが持たれがちな存在ではあるが、この世界では血液の喪失が機能停止の一端を担っているらしかった。

「街を破壊するだけじゃなくて、そこに住んでいた人までこんな風にするなんて……俺は許せない……」

「……うん。私も、そう思う」

「これ以上、同じ悲しみを生んじゃいけない。そのためなら、俺はどんな戦いにだって勝ってみせる」

 名も知らぬ死した街を見つめながら、航大は決意を新たにする。
 異様な静寂を切り裂くようにして、航大たちの鼓膜を凄まじい轟音が震わせる。

「この音……ライガたちか……ッ!?」

「……そうみたい。すごい力を感じる」

「様子を見に行こう」

「……うん」

 同じ街の遠方から聞こえてくる轟音。
 そこでは今まさに命を賭けた戦いが勃発しているのであった。

◆◆◆◆◆

 時は少し遡り、名も知らぬ街の中心部でのこと。

 航大とユイが初老の男・クロウとの戦いを選択し、残されたライガ、リエル、シルヴィアの三人は少し離れた場所でライガたちもまた壮絶なる戦いに身を投じていた。

「くっそッ、なんだよコイツッ!」

「ライガッ、そっち行ったよッ!」

 瓦礫が散乱する街の中をライガとユイの二人が走り抜ける。

 二人ともその額には大粒の汗が浮かんでおり、更に身体のあちこちには小さな裂傷が幾つも刻まれている。鮮血が零れることも気にした様子はなく、ライガとシルヴィアの表情には焦燥感が浮かんでおり、その視線は自分の後方へと向けられている。

「――――ッ!」

 静かな街を咆哮が駆け抜けていく。
 その直後、ライガとシルヴィアの後方から凄まじい破壊の音が轟く。

「やべッ、また来たぞッ!」

「もぅ、しつこいんだからーッ!」

 月明かりが差す街の中を疾走する二人を追いかける存在があった。それは二本の足で立ち、二本の腕を持っている。その全身には隆々とした筋肉が覆っており人間に近い姿形をしていた。

 しかし、その存在はライガたちよりも遥かに背丈が高く、それはおおよそ『人間』と呼ぶにはあまりにも相応しくないと言えた。

「アイツ、あんな形してたか?」

「んな訳ないでしょッ! 最初はちゃんと人間だったはず」

「だよなぁ……どうしてあんな風に……」

 後ろをチラッと振り返れば、ライガたちを追いかける異形の存在があった。

 その存在はかつてライガたちと同じ人間であったことは間違いない。紳士服に身を包んだ男・クロウは異形の存在を『オリバー』と呼んでいた。更にオリバーはクロウの息子であり、今は崩壊した死した街を統べる存在であったとされる。

「危ないッ、ライガッ!」

「またか……ッ」

 幾度となく咆哮がライガたちの鼓膜を刺激する。

 瓦礫が崩壊する音が聞こえたと思った直後、ライガとシルヴィアの足元を巨大な影が覆い始める。それはオリバーが投擲した瓦礫であり、巨大な塊となった瓦礫は凄まじい速度でライガたちを押し潰そうとしている。

「ここは私に任せてッ! 光の一閃、全ての悪を葬り去れ――聖なる剣輝シャイニング・ブレイドッ!」

 逃げの一手だったライガたちだが、迫る瓦礫を前にして走る向きを変えると迎撃の体勢を整えていく。まず最初に飛び出していくのは金色の髪を揺らす剣姫・シルヴィアであり、聖なる力を受けて輝く両刃剣を振り下ろすことで光の斬撃を放っていく。

「――――ッ!」

 眩い輝きが街中を包み、その少し後に再びの轟音が響く。

 シルヴィアの一撃によってオリバーが投げた瓦礫は粉々に粉砕され、ライガたちへの直撃を回避する。しかし、一息つく暇もなく、オリバーは咆哮を上げると両足で高く宙へ飛ぶと通常の人間の何倍も筋肉によって膨れ上がった拳を振り下ろす。

「神剣・ボルカニカ、お前が持つ力を解き放て――烈風風牙ッ!」

 シルヴィアがすぐに体勢を立て直すことが難しいのならば、次はライガが前に出て彼女を援護する。覆い被さるような巨体を自在に操るオリバーに対して、ライガもまた暴風を纏った大剣・ボルカニカを振るっていく。

「「――――ッ!」」

 剣と拳が衝突し、オリバーとライガを中心とした広範囲に渡って衝撃が駆け抜けていく。純粋な力と力のぶつかり合い。周囲の瓦礫が吹き飛び、かろうじて形を保っていた家屋が倒壊していく様を見て、二つの存在がぶつかった衝撃が容易に推測することができる。

「ぐああぁあぁーーーーッ!」

 噴煙が立ち込める中、苦悶の声音と共に吹き飛ばされてくるのはライガだった。

「ライガッ!」

「くっそッ……ダメだこりゃ、力勝負じゃ勝てねぇッ……」

 地面を転がり、その身体に新たな傷を刻みつけたライガは悔しげに表情を歪ませると、すぐさま立ち上がって体勢を整える。

「はぁ、はあぁ……やべぇな、コレ……腕が痺れてやがる……」

「まぁ、それくらいで済んでラッキーとも言えるね」

「リエルの奴、なにしてんだよッ……」

「……ライガ、リエルを待つことも大事だけど、自分たちの心配もした方がいいかもしれない」

「んだよ、それ……どういう意味――」

 オリバーはまだ噴煙の中に姿を消している。

 街中は何度目か分からない静寂に包まれる中で、シルヴィアの緊張感を孕んだ声音がライガの鼓膜を震わせた。彼女の言葉にまだ何かあるのかと苛立ちを隠せないライガだったが、自分たちが置かれている状況を把握するなり絶句してしまう。

「マジかよ、いつのまに囲まれてたんだ?」

「このアンデットたちに人間の命令なんてものがあるとは思えない。屍としての本能がそうさせてるんじゃないの?」

「コイツら、元はこの街で暮らしてた人たちなんだろ……吹き飛ばす訳にも……いかねぇよな……」

「航大ならどうするか……それが答えなんだけど?」

「…………」

 痛む身体に鞭を打って立ち上がるライガは、シルヴィアと背中合わせになると全方面を囲む無数のアンデットたちに言葉を無くす。一体や十体、百体、もっとそれ以上のアンデットたちが航大とシルヴィアをいつの間にか取り囲んでいた。

 魔獣にも似た姿に変化してしまったオリバーとは違い、ライガたちを取り囲んでいるのはそのままの人間に近いアンデットたちであった。身体のどこかが腐敗していたり、欠損さえしていなければそこら辺にいる人間と変わりがない姿をしているアンデットたちは、何か言葉を発することもなく紅蓮に輝く瞳でライガとシルヴィアたちを見つめている。

「――――」

 噴煙の中から咆哮が木霊する。

 そして煙を斬り裂いて出て来るのはオリバーであり、ライガたちを取り囲むアンデットたちと同じように紅蓮に輝く瞳で状況を瞬時に把握する。

「これはピンチかも……」

「まぁ、そういうことだろうな……」

 リエルは不在。
 ライガとシルヴィアは甚大なる力を持ったオリバーとの戦いによる疲弊と蓄積されたダメージの存在。

 そして逃げ道を塞がれた絶体絶命な状況。

「何人かは仕方ねぇだろ、コレ……」

「私もそう思う……」

 オリバーが大きな一步を踏み出す。

 月明かりを受けて鈍色に輝く鋭利な爪が地面に食い込み、元は綺麗に舗装されていた道をいとも容易く壊す。オリバーが一步を踏み出す度に地面が僅かに揺れているような錯覚が襲ってきて、時間の経過と共にライガたちの緊張感も増していく。

「やるしかねぇ。俺たちはこんなところで立ち止まってる暇はねぇんだ」

「それなら、しっかりと戦う……そういうことでいいんだね?」

「あぁ、航大への説明は俺がする……」

「……分かった。全力で行くよ」

 出来ることならば、アンデットとなった人たちも助けたい。

 それは航大と同じ考えであることは間違いなく、ライガとシルヴィアも出来る限りその意志を尊重したいと考えていた。しかし、状況が状況であるからこそライガたちは苦渋の選択をしなければならなかった。

「本気出して負けるなよ?」

「ふん、それはこっちの台詞」

 死した街を舞台にしたもう一つの戦い。

 それは圧倒的な力を持つ異形の存在と、街に済んでいたアンデットたちと共に終局へと道程を進んでいくのであった。

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