終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~
第六章14 死の街
「さて、街を飛び出したはいいけど、アスカが居る王城とやらにはどれくらいで着くんだ……?」
炎獄の女神・アスカの手によって崩壊した田舎町・レント。
かつて魔竜という巨悪から世界を救世した女神を相手に、航大たちは必死に戦ったが、しかし相手が見せる重圧を前に敗北を喫することとなってしまった。
女神・アスカが途中で攻撃を辞めたことによって、助かった形となった航大たち一行だが、すぐさま次なる行動へと移っていく。
『……王城で待つ』
南方地域を恐怖に陥れた炎獄の女神・アスカが残した言葉である。
闇の魔力をその身に纏い、圧倒的なまでの力を見せつけた炎髪の少女は、最後にそんな声音を残して姿を消した。戦いの決着を『王城』と呼ばれる場所でつけようということであり、航大たちはその提案に乗っかろうとしていた。
レントの街では女神の力を前に苦杯をなめた航大たちだが、ここで後退する訳にはいかないのだ。何故ならば、ここで航大たちが止めなければ、南方地域を襲う悲劇が続くことを確信しているからである。
田舎街・レントでは多くの人々が業炎に包まれた命を落とした。
炎に身を焼かれ、怨嗟の叫びを上げて絶命していったのだ。
氷獄の女神・シュナとシンクロした航大はレントの街を溶けぬ氷に包んだ。
家屋も業炎も、苦しむ人々も、その全てを瞬間的に凍結させた航大は、命が焼け落ちるその時まで苦しむ人々を救いたかったのである。女神が放った炎は対象の命が尽きるまで勢いを止めることはない。
永遠にも似た時間を炎に焼かれて過ごすなんて、それは想像を絶する苦しみであることは間違いない。航大は少しでも苦しみの時間が緩和されるようにと願って、レントの街を一瞬にして氷漬けにしたのであった。
「…………」
その後、女神が姿を消してレントは異様な静寂に包まれることとなった。
戦いの残滓はあまりにも色濃く残り続けており、ライガとシルヴィアの避難誘導によって助かった数十人の住人たちも、自分が住まう街の変わりように絶句するしかなかった。
一瞬にして平穏な時を奪われた住民たちは、炎獄の女神・アスカを追う航大たちに涙ながらの懇願を投げかける。
必ず彼女の凶行を止めて欲しい。
これ以上の被害を食い止めて欲しいとの願いを受け、航大たちは再びの旅に出る。
向かうは南方地域の最果てに存在すると言われる、炎獄の女神・アスカが根城にしている『王城』である。そこで彼女は航大たちを待っているのだろう。
様々な想いを抱いて、航大たちは前に進んでいくのであった。
「カガリは何か知ってるか?」
『うーん、そうだねぇ……多分、今いる場所からだと二日くらいは掛かるかもしれないね』
「二日か……」
レントの街を飛び出した航大たち一行は、代わり映えのしない草原をひたすら南下していた。頭上には快晴の空が広がっており、少し汗ばむくらいの温暖な気候を全身に感じながら南の果てを目指している。
アスカが待つと言われる王城は南の果てに存在しているとされ、しかしそこまでの道程は長く険しいものであった。
『しかも、南方の果てなんかすっごい劣悪な環境だよ』
「劣悪な環境……」
『そうそう。活発な火山地帯が広がってるからね。もし、僕たちが通る時に噴火でも始まったら……王城へ辿り着くのは至難の業になるだろうね』
「……それも、アスカが防御を張ってるってことなのか?」
『まぁ、その考えで間違ってはないかな。僕が暴風を展開していたように、アスカは炎の力で人を寄せ付けないようにしている』
「マジかよ……風はなんとかなったけど、火山の炎なんてどうすればいいんだ……」
『そこは私の力を使ってください』
カガリから南方地域の過酷な環境を聞いて絶望する航大に救いの手を差し伸べたのは、この地方から真逆の北方地帯で息づいてきた氷獄の女神・シュナだった。
「シュナ、なにかいい案があるのか?」
『火山地帯では私の力を使えば、炎の中でもある程度は進むことができると思います』
「なるほど。火がすごいんだったら、氷の力で自分たちを守ればいいってことか」
『そうですね。しかしそれでも、火砕流が発生して、それに飲み込まれるようなことがあれば……無事では済まないかもしれません』
「火砕流……マグマってことか……え、そんなのがあるの?」
『そんなの当たり前じゃないか、航大くん。南方地域の果てには、マグマで出来た川が存在するって話だよ』
シュナの言葉で希望が見出だせた航大だったが、カガリの言葉で再び絶望へと突き落とされる。
「おい、航大……なんか物騒な話をしてるけど、そんなに南の方はやばいのか?」
「あー、うん……そうだなぁ……まぁ、俺もよく分かってなくてさ……もうちょっと詳しく聞いてみるよ」
航大は今、地竜を操舵しているライガの隣に座って女神たちと話をしている。
後ろを向けばリエルたちが乗っている客車があるのだが、そちらでこの会話をしようとは思わず、気付けばライガの隣に座っていたといった感じである。
「そんな場所、越えていけるのかよ……」
『まぁ、なんとかするしかないんだけどね。さっきシュナが言ってたけど、火山が噴火しなければ、道もあるし大丈夫だとは思うよ。灼熱はシュナの力を使って守護結界を展開すれば大丈夫だと思うし』
「なるほど。ちなみに、火山が噴火した場合は?」
『その時は………………うん、その時考えよう』
「……おい」
まだ見ぬ南の果て。
そこで待ち受ける地獄を航大たちはまだ知らない。
一筋縄ではいかないことを理解していながらも、航大たちは進み続けるしかないのだ。
「お、何か見えてきたな」
女神との会話に花を咲かせていると、隣からそんなライガの声が聞こえてきた。
それに釣られて航大も前方に視線を向けると、うっすらと遠くに広がる何かを見つけることができた。
「あれは……街、か?」
「あぁ、そうだろうな。だけど、様子が変だ……」
「煙、か……」
前方に見えてきたのは中規模の街だった。
田舎街・レントよりも大きいのは明らかであり、しかしその街は遠目から見ても分かるように異変が満ちていた。
「原型を留めてないな、アレ……」
「アスカの仕業ってことか……」
快晴の空に立ち込めるのは噴煙である。
近づくほどに詳細な状況を窺い知ることができるようになり、数多く存在している家屋の全てが既に焼け落ちてしまっている。異常なのは街全体がそのような状況であることであり、炎獄の女神・アスカは中規模の街であっても、等しく全てを焼き払ったのである。
「どうする、航大。立ち寄るか?」
「急ぎたいのは山々だが、もしかしたら生き残りがいるかもしれない。ちょっと、立ち寄ってみよう」
自分の言葉ではあるが、航大はあの状況で生き残っている人間が存在しないことを察してはいる。これまでの話を聞いても炎獄の女神・アスカは全ての人間をその炎に飲み込んできた。
「……了解」
ライガもまた航大と同じ考えを持っているのは間違いない。
しかし、彼もまたあるかもしれない可能性を信じて地竜に行き先を伝える。
まっすぐに南下していた地竜は僅かに進行方向を修正して、黒煙が立ち込める街へと向かうのであった。
◆◆◆◆◆
「うっ……これはひでぇな……」
「あぁ、全部焼けちまってる……」
航大たちが焼失した街を発見してからしばらくの時間が経過した。
地竜が行先を変えたことを察したリエルたちもまた、客車から降りて街の探索を手伝っている。航大とライガ、そしてシルヴィアの三人チームと、リエルとユイの二人チームに分かれて捜索を続けているが、今のところ一切の収穫はない。
見渡すばかり焼け落ちた家屋が広がっているばかりであり、原型を留めているものすら一切存在してはいない。
徹底的に焼き尽くされた証拠であり、焦げ臭い匂いと、何かが腐った不快な匂いが充満している。
「こんな酷いことを……」
航大とライガの二人と一緒に捜索しているシルヴィアもまた、鼻腔を刺激する匂いと眼前に広がる光景に表情を顰める。よく目を凝らせば地面に転がっている人間が見える。全身を業炎で焼き尽くされた人間だったそれは、今では温暖な気候もあって腐りきっている有様である。
「……とにかく生存者がいないか探そう」
「よし、探すぞッ!」
沈む気持ちを奮い立たせ、航大たち一行は探索を続ける。
そこに何も残ってはいないことを理解していたとしても、無駄な時間であることを承知していたとしても、航大たちは探索をやめることはない。
彼らは探索をしたという事実が欲しかっただけである。
業炎に焼かれ、生命が存在しないことを察していながらも、無視して素通りすることはできなかった。自分たちは捜索をした、その大義名分のために焼け落ちて死んだ街を歩き回るのであった。
炎獄の女神・アスカの手によって崩壊した田舎町・レント。
かつて魔竜という巨悪から世界を救世した女神を相手に、航大たちは必死に戦ったが、しかし相手が見せる重圧を前に敗北を喫することとなってしまった。
女神・アスカが途中で攻撃を辞めたことによって、助かった形となった航大たち一行だが、すぐさま次なる行動へと移っていく。
『……王城で待つ』
南方地域を恐怖に陥れた炎獄の女神・アスカが残した言葉である。
闇の魔力をその身に纏い、圧倒的なまでの力を見せつけた炎髪の少女は、最後にそんな声音を残して姿を消した。戦いの決着を『王城』と呼ばれる場所でつけようということであり、航大たちはその提案に乗っかろうとしていた。
レントの街では女神の力を前に苦杯をなめた航大たちだが、ここで後退する訳にはいかないのだ。何故ならば、ここで航大たちが止めなければ、南方地域を襲う悲劇が続くことを確信しているからである。
田舎街・レントでは多くの人々が業炎に包まれた命を落とした。
炎に身を焼かれ、怨嗟の叫びを上げて絶命していったのだ。
氷獄の女神・シュナとシンクロした航大はレントの街を溶けぬ氷に包んだ。
家屋も業炎も、苦しむ人々も、その全てを瞬間的に凍結させた航大は、命が焼け落ちるその時まで苦しむ人々を救いたかったのである。女神が放った炎は対象の命が尽きるまで勢いを止めることはない。
永遠にも似た時間を炎に焼かれて過ごすなんて、それは想像を絶する苦しみであることは間違いない。航大は少しでも苦しみの時間が緩和されるようにと願って、レントの街を一瞬にして氷漬けにしたのであった。
「…………」
その後、女神が姿を消してレントは異様な静寂に包まれることとなった。
戦いの残滓はあまりにも色濃く残り続けており、ライガとシルヴィアの避難誘導によって助かった数十人の住人たちも、自分が住まう街の変わりように絶句するしかなかった。
一瞬にして平穏な時を奪われた住民たちは、炎獄の女神・アスカを追う航大たちに涙ながらの懇願を投げかける。
必ず彼女の凶行を止めて欲しい。
これ以上の被害を食い止めて欲しいとの願いを受け、航大たちは再びの旅に出る。
向かうは南方地域の最果てに存在すると言われる、炎獄の女神・アスカが根城にしている『王城』である。そこで彼女は航大たちを待っているのだろう。
様々な想いを抱いて、航大たちは前に進んでいくのであった。
「カガリは何か知ってるか?」
『うーん、そうだねぇ……多分、今いる場所からだと二日くらいは掛かるかもしれないね』
「二日か……」
レントの街を飛び出した航大たち一行は、代わり映えのしない草原をひたすら南下していた。頭上には快晴の空が広がっており、少し汗ばむくらいの温暖な気候を全身に感じながら南の果てを目指している。
アスカが待つと言われる王城は南の果てに存在しているとされ、しかしそこまでの道程は長く険しいものであった。
『しかも、南方の果てなんかすっごい劣悪な環境だよ』
「劣悪な環境……」
『そうそう。活発な火山地帯が広がってるからね。もし、僕たちが通る時に噴火でも始まったら……王城へ辿り着くのは至難の業になるだろうね』
「……それも、アスカが防御を張ってるってことなのか?」
『まぁ、その考えで間違ってはないかな。僕が暴風を展開していたように、アスカは炎の力で人を寄せ付けないようにしている』
「マジかよ……風はなんとかなったけど、火山の炎なんてどうすればいいんだ……」
『そこは私の力を使ってください』
カガリから南方地域の過酷な環境を聞いて絶望する航大に救いの手を差し伸べたのは、この地方から真逆の北方地帯で息づいてきた氷獄の女神・シュナだった。
「シュナ、なにかいい案があるのか?」
『火山地帯では私の力を使えば、炎の中でもある程度は進むことができると思います』
「なるほど。火がすごいんだったら、氷の力で自分たちを守ればいいってことか」
『そうですね。しかしそれでも、火砕流が発生して、それに飲み込まれるようなことがあれば……無事では済まないかもしれません』
「火砕流……マグマってことか……え、そんなのがあるの?」
『そんなの当たり前じゃないか、航大くん。南方地域の果てには、マグマで出来た川が存在するって話だよ』
シュナの言葉で希望が見出だせた航大だったが、カガリの言葉で再び絶望へと突き落とされる。
「おい、航大……なんか物騒な話をしてるけど、そんなに南の方はやばいのか?」
「あー、うん……そうだなぁ……まぁ、俺もよく分かってなくてさ……もうちょっと詳しく聞いてみるよ」
航大は今、地竜を操舵しているライガの隣に座って女神たちと話をしている。
後ろを向けばリエルたちが乗っている客車があるのだが、そちらでこの会話をしようとは思わず、気付けばライガの隣に座っていたといった感じである。
「そんな場所、越えていけるのかよ……」
『まぁ、なんとかするしかないんだけどね。さっきシュナが言ってたけど、火山が噴火しなければ、道もあるし大丈夫だとは思うよ。灼熱はシュナの力を使って守護結界を展開すれば大丈夫だと思うし』
「なるほど。ちなみに、火山が噴火した場合は?」
『その時は………………うん、その時考えよう』
「……おい」
まだ見ぬ南の果て。
そこで待ち受ける地獄を航大たちはまだ知らない。
一筋縄ではいかないことを理解していながらも、航大たちは進み続けるしかないのだ。
「お、何か見えてきたな」
女神との会話に花を咲かせていると、隣からそんなライガの声が聞こえてきた。
それに釣られて航大も前方に視線を向けると、うっすらと遠くに広がる何かを見つけることができた。
「あれは……街、か?」
「あぁ、そうだろうな。だけど、様子が変だ……」
「煙、か……」
前方に見えてきたのは中規模の街だった。
田舎街・レントよりも大きいのは明らかであり、しかしその街は遠目から見ても分かるように異変が満ちていた。
「原型を留めてないな、アレ……」
「アスカの仕業ってことか……」
快晴の空に立ち込めるのは噴煙である。
近づくほどに詳細な状況を窺い知ることができるようになり、数多く存在している家屋の全てが既に焼け落ちてしまっている。異常なのは街全体がそのような状況であることであり、炎獄の女神・アスカは中規模の街であっても、等しく全てを焼き払ったのである。
「どうする、航大。立ち寄るか?」
「急ぎたいのは山々だが、もしかしたら生き残りがいるかもしれない。ちょっと、立ち寄ってみよう」
自分の言葉ではあるが、航大はあの状況で生き残っている人間が存在しないことを察してはいる。これまでの話を聞いても炎獄の女神・アスカは全ての人間をその炎に飲み込んできた。
「……了解」
ライガもまた航大と同じ考えを持っているのは間違いない。
しかし、彼もまたあるかもしれない可能性を信じて地竜に行き先を伝える。
まっすぐに南下していた地竜は僅かに進行方向を修正して、黒煙が立ち込める街へと向かうのであった。
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「うっ……これはひでぇな……」
「あぁ、全部焼けちまってる……」
航大たちが焼失した街を発見してからしばらくの時間が経過した。
地竜が行先を変えたことを察したリエルたちもまた、客車から降りて街の探索を手伝っている。航大とライガ、そしてシルヴィアの三人チームと、リエルとユイの二人チームに分かれて捜索を続けているが、今のところ一切の収穫はない。
見渡すばかり焼け落ちた家屋が広がっているばかりであり、原型を留めているものすら一切存在してはいない。
徹底的に焼き尽くされた証拠であり、焦げ臭い匂いと、何かが腐った不快な匂いが充満している。
「こんな酷いことを……」
航大とライガの二人と一緒に捜索しているシルヴィアもまた、鼻腔を刺激する匂いと眼前に広がる光景に表情を顰める。よく目を凝らせば地面に転がっている人間が見える。全身を業炎で焼き尽くされた人間だったそれは、今では温暖な気候もあって腐りきっている有様である。
「……とにかく生存者がいないか探そう」
「よし、探すぞッ!」
沈む気持ちを奮い立たせ、航大たち一行は探索を続ける。
そこに何も残ってはいないことを理解していたとしても、無駄な時間であることを承知していたとしても、航大たちは探索をやめることはない。
彼らは探索をしたという事実が欲しかっただけである。
業炎に焼かれ、生命が存在しないことを察していながらも、無視して素通りすることはできなかった。自分たちは捜索をした、その大義名分のために焼け落ちて死んだ街を歩き回るのであった。
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