終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~
第五章94 【幕間】束の間の休息<リエルとの時間1>
「ふむ、良い天気じゃな。これこそまさに、絶好のデート日和というものじゃッ!」
「ふわぁ……そうだな……」
航大たち一行がハイラント王国へと帰還した翌日の朝。
帰還の途中で半ば無理矢理な形で結ばれた約束を果たすため、航大は隣を歩く瑠璃色の髪をご機嫌な様子で揺らす少女・リエルと共にハイラント王国の城下町へと繰り出していた。
度重なる戦いと緊張の連続に晒された航大にとって、王城の一室で眠る時間はとても久しぶりだった。温かい食事、ふかふかのベッドと航大はあらゆる緊張から開放された一夜を過ごすことが出来たのであった。
「……主様、本当になにもなかったんじゃな?」
「あ、あぁ……アイツはいつもああだから……何もなかったぞ?」
「ふむ……それならば、儂は主様の言葉を信じるだけじゃが」
リエルがジト目になりながら投げつけてきたのには理由がある。
朝、まだ眠る航大の部屋にリエルは現れた。一番最初に航大とデートできる権利を得たのだ、彼女はずっとこの瞬間を楽しみにしていたのである。だからこそ、朝早くに航大を起こして一秒でも長い時間を共に過ごそうと画策していた。
そしてまだ航大が夢の中に堕ちている中、部屋を訪れたリエルはそこで衝撃的な光景を目のあたりにすることとなったのだ。
「それにしても、いつも一緒のベッドで寝ているのか……やはり、儂が傍についているべきだったようじゃな……」
「え、なにか言ったか?」
「いや、なんでもないぞ。少々、これからの戦い方について思いを馳せていただけじゃ」
「た、戦い?」
「ふふっ、楽しみにしているんじゃぞ、主様」
朝早くに航大が眠る部屋を訪れたリエルが見たもの、それは半裸の格好をしたユイが航大の身体にしがみついている光景だった。ハイラント王国の王女であるシャーリーは、しっかり航大とユイの二人にそれぞれ専用の部屋を分け与えていたはずだった。しかし、ユイは夜遅くに自らの部屋を抜け出し、そして航大が眠る部屋、それもベッドの中へと侵入を果たしたのだった。
これが一度目ではないことをリエルは知らないのだが、その真実を彼女に伝えるのは得策ではないことを航大は本能的に理解していた。
「さてさて、少々小腹が空かぬか?」
「あ、あぁ……朝飯も食べてないしな。なにか食うか?」
「うむ。ちょうどいいところに、朝早くでも開いている店があるようじゃぞ?」
「ふむふむ……軽食もありそうだし、そこで朝飯にするか」
「そうと決まれば早速いくのじゃッ! 時間は有限だからのッ!」
リエルに与えられた時間はおよそ三時間。この時間を過ぎたならば、航大は次のシルヴィアとデートをするために王城へと戻らなければならない。だからこそ、リエルは朝早くに航大を叩き起こすことで少しでも長い時間を得ようとしていたのだった。
「いらっしゃいませーッ! 美味しい朝ごはんが自慢の喫茶・ハイラントへようこそーッ!」
朝食を取るために手っ取り早く近くの店に入った航大とリエル。
そんな二人を出迎えるのは、太腿を大胆に露出した短いスカートが印象的なメイド服に身を包んだ少女なのであった。
「えっと……子供……?」
「むっ……子供じゃありませんーッ! 私、こう見えても立派な大人なんですッ!」
「いや、どう見てもリエルと同年代にしか見えないんだが……」
「主様、それはどういう意味じゃ? 儂だって立派な大人なんじゃぞッ!?」
「いーえ、この娘よりも私のほうが大人です! ほら、胸だって結構あるんですからッ!」
メイド服に身を包んだ喫茶店の店員だと思われる少女は、航大と隣に立つリエルを見るなり語気を強めて大人であることを再度アピールする。ちなみに、彼女が自信満々に見せつけてくる胸部は悲しいほどに真っ平らである。
彼女が着ているメイド服は短いスカートに目が行きがちではあるが、胸元もそこそこの露出が見られる。この服を巨乳な女性が来たのならば、胸の谷間がこれでもかと強調されることは間違いなく、そんな素晴らしい服をちんちくりんな少女が着ていることが残念でならない。
「……お客様、今すっごい失礼なことを考えませんでした?」
「えっ、なんのことだ?」
「まぁいいです。とにかく分かって頂けましたか? 私は大人であるということがッ!」
「はぁ……よく分からないけど分かったよ」
これ以上、話を続けたとしても厄介な事態になると察した航大は、話を切り上げるために適当な返事をする。この手のタイプは適当でも認めてしまえば気が済むはずだ。
「ふふん、分かればいいんです、分かれば」
「いや、儂は全く理解しておらんぞッ!」
「……えっ?」
航大の返事で納得しかけたはずの少女だったのだが、それに待ったをかける声が航大の隣からけたたましく響き渡った。
「おい、リエルッ……お前、なんのつもりだよ……」
「ここで負けを認めてしまったら、儂がこの小娘よりも……子供ということになってしまうッ!」
「負けって……年齢的に考えて、お前のほうが大人ってのは間違いないんだから、ここくらいは退いてやれよ……」
極端に凹凸の少ないメイド服を見せつける少女に対して、これまた同じように凹凸の少ない身体が印象的なリエルが真っ向からぶつかっていく。
「なにコソコソと話してるんですかッ、こうなったら……私と勝負ですッ!」
「ふん、この儂と勝負をすると?」
「ぐぬぬッ、余裕そうな素振りが大人っぽい……でも、マイカは負けませんッ!」
話の途中で名前が判明したが、自分のことをマイカと呼ぶメイド服を着た少女は、その瞳にいっぱいの闘志を燃やしながらリエルを睨みつける。対するリエルもまた、瞳を燃やしながら少しでも優位な立場を確保しようとしている。
「はあぁ……お前たちなぁ、勝負とは言ってもどうやって――」
「その勝負、私に任せて頂きましょうッ!」
「おわぁッ!?」
睨み合うリエルとマイカの間に入ってきたのは、これまた喫茶店の店員である初老の男性だった。この店では男性店員は執事の格好をしているようであり、ビッシリと決まった執事服に身を纏う男性は、その瞳を爛々と輝かせて勝負の場を取り持とうとしていた。
「いや、アンタは誰……?」
「ふっ、私はこの店の店長をしておりまして、あの少女は私の娘でございます」
「父親かよッ、てか店長なのッ!?」
「はい。その認識で間違っておりません」
「間違っておりませんって……アンタ、娘になんて格好させてんだよ……」
「ふむっ、私は娘が最高に輝ける場所、服装を用意しているだけに過ぎません。ああやって自分を大人だと信じてやまない姿に胸が打たれませんか?」
「は、はぁ……」
「貴方が連れておられます、娘さんにしては大き過ぎますね……妹さんもまた、すごくいい……」
「いや、アイツは妹ですらないんで……てか、似てないでしょ……どう考えても……」
「マイカに負けずとも劣らない子供っぷり……たまりませんなぁ……」
「ダメだコイツ、早く何とかしないと……」
「で、勝負とはどうするんじゃ?」
勝負に乗り気といった様子のリエルは退治するマイカを睨みつけながら勝負の方法を確認する。これはもう、決着がつくまでてこでも動かないと判断した航大はため息を漏らしつつも、勝負の行方を見守ることを決める。
「ふふ、勝負の方法はとても簡単でございます。幸い、ここは少女たちが可愛らしい衣服を纏ってお客様をおもてなしする場所。この場所にふさわしい勝負方法がございます」
リエルの問いかけに執事服を着た初老の男性は満面の笑みを浮かべながら、流暢に言葉を発する。
「勝負はどれだけ可憐に、そして可愛らしく接客ができるか……喫茶メイド総選挙でございます」
一切の笑みを崩すことなく、初老の男性は酷くご満悦な様子でそう高らかに宣言するのであった。
◆◆◆◆◆
「う、うぅ……まさか、こんな勝負になるとは……」
「はぁ……だからやめておけって言ったのに……」
「こ、こっちを見るでない主様ッ……こ、こんな恥ずかしい格好をしている儂を見るなぁッ!」
「……ふむ、まぁ悪くはないんじゃないか? きっと、リエルならいい勝負ができると思うぜ?」
「――――ッ!」
初老の男性が決定した勝負。
それは喫茶・ハイラントを舞台にしたメイド総選挙である。ルールは至って単純で、参加者は定められた時間を喫茶店のメイド店員として過ごし、その接客態度や可愛らしさを存分に発揮してもらう。そして、制限を過ぎた後は客による投票タイムが始まり、そこで最も多くの票を獲得したメイドが優勝となる。
参加者はリエル、喫茶店の店員であるマイカ、他に店の従業員である少女たちが何人か参加することとなった。
短い時間とはいえ店の店員として働くこととなるので、リエルもメイド服を着ることとなったのだが、更衣室から出てきたリエルは先ほどからずっと頬を真っ赤に染めて、これでもかと大胆に露出した太腿を隠そうと短いスカートの裾を引っ張っている。
「……マジで案外、悪くないな」
「こ、こっちを……見るなぁ……」
この店のメイド服にはいくつかのパターンがある。
マイカやリエルが着ているのは、フリルが満載のミニスカートに胸元も大胆に見せつける男を挑発するタイプのエロさと可愛さが両立したメイド服である。
別のタイプとしては、ロングスカートが印象的な清楚で大人しい印象を与える、航大が生きていた世界ではイギリス王朝などでよく見られたゴシックタイプのものがある。
店の特徴として若い少女はミニスカタイプ、大人な女性はゴシックタイプという分け方をしているらしく、これは間違いなく店主の趣味による強制的な制服の決定といえるところなのだろう。
もじもじと身体をくねらせて、少しでも自分の露出を軽減させようとするリエルだが、下を隠せば上が無防備に、上を隠せば下が無防備にという動作をずっと繰り返している。
「ふふん、それくらいで恥ずかしがっているようじゃ、このマイカ様には勝てないんですからねッ!」
「ぐ、ぐぬぬ……ッ!?」
「ふっふーん、この服を恥ずかしがるなんて、マイカは遥か昔に克服しましたッ!」
「うーん、幼いころから洗脳されてるんだなぁ……」
更衣室の前で身動きが取れないリエルの前に現れたのは、今回の戦いにおいて最大のライバルとなる少女・マイカだった。彼女は普段の仕事服でもあるミニスカメイド服を完璧に着こなしており、傷一つない太腿、悲しいくらいに凹凸のない胸元を晒したとしても、その態度には一切の変化は見られない。
まぁ、毎日それを着て仕事をしているのだから当然なことかもしれないのだが、対するリエルは状況が全く違う。彼女が北方の氷都市で賢者として山に篭っている中で、こんな恥ずかしい衣服に身を包んだ経験があるはずもなく、普通の人間であるならば恥ずかしがるのは変なことではない。
対極な反応を見せるリエルとマイカを見て、航大はそんなことに思いを馳せる。
「そんな様子では勝負になりませんねッ、負けても恨みっこはなしですからッ!」
王者の貫禄とでもいうのだろうか、マイカは余裕な笑みを浮かべて最後に鼻を鳴らすとこの場から立ち去っていく。王者たるその背中を見送る中で、航大も思わず感嘆のため息を漏らす。
「ぐ、ぐ、ぐぬぬぅ……」
「まぁまぁ、リエル……負けたって死ぬ訳じゃないんだし……気楽にいこうぜ?」
「――ぬ」
「ぬ?」
「儂は絶対に負けぬッ!」
何かが吹っ切れたのか、リエルは両手を天に突き上げて吠える。
どうして彼女がそこまで意固地になるのかは航大にも不明なのだが、彼女が見せる並々ならぬ闘志に思わずため息を漏らす。
「主様、見ているがいいッ、数百年の時を生きるこの儂が……あんな小娘に負けるはずがないのじゃッ!」
決意と覚悟を決めたのか、リエルは鼻息を荒くしながら勝負の舞台である喫茶店のホールを目指してずんずんと歩きだす。
「お、おう……頑張れ……」
血気盛んな様子を見せるリエルの背中に、航大は小さく応援の言葉を投げかけることしか出来ないのであった。
◆◆◆◆◆
「さぁ、お集まりの皆様ッ、この度は喫茶・ハイラントにお越しいただき誠にありがとうございます。常日頃とお店を愛用してくださっておりますお客様に、この度は特別イベントをお楽しみいただきましょうッ!」
喫茶・ハイラントのホール。
普段ならば、メイド服を着た少女たちが闊歩する仕事場なのだが、この日はいつもと雰囲気が違っていた。観客であり店の客である年齢は様々な街の人間が発する熱狂と、普段は和気藹々とした雰囲気を出しているメイド服に身を包んだ少女たちが醸し出すのは異様な緊張感である。
「今日はこちらに並ぶ喫茶・ハイラントが自信を持ってお送りいたしますメイドたちが最高のおもてなしをさせていただきます、お客様には一人一票、最高のメイドを投票していただきたいと思います」
その言葉に航大は手元に視線を落とす。
そこには簡易的な紙が握られており、最終的にこの紙に名前を書いて投票をするらしい。
「開催を宣言する前に、選挙の華を飾る少女たちのご紹介をしましょう」
興奮した様子の店主は高らかに声音を張り上げると、右手を広げて少女たちにホールへの入場を合図する。
「――――ッ!」
一人、また一人と姿を見せるメイド服に身を包んだ少女たちが現れるにつれて、大盛況となった店内からは男たちの野太い歓声が響き渡る。
「――――ッ!!」
数々の少女たちが登場する中で、一際大きな歓声が上がる瞬間があった。
それはこの店の看板メイドでもあるマイカの登場であった。彼女が姿を見せるなり、客の男たちは凄まじい熱気を孕んだ歓声を上げる。この状況だけで彼女が普段からどれほど客たちに愛されているのかが窺い知れる。
「すごい歓声だな……リエルの奴、大丈夫なのか……?」
「おや、一人足りませんね……」
凄まじい歓声を目の当たりにして心配する航大だが、しかし彼が心配する張本人の姿が見えてこない。イベントの主催でもある店主の男性も現れない最後のメイドに首を傾げる。
「……アイツ、なにしてんだ?」
姿を現さない最後のメイド。それは鳴り物入りでイベントに参加した北方の賢者・リエルだった。開催の直前に覚悟を決めたはずの少女だったのだが、この期に及んで姿を見せていない。
「まさか逃げたとかじゃ……」
「もぉ、あの娘ったらなにしてるんですかッ!」
混乱する現場において、怒気を孕んだ声音を上げるのはメイド選挙において優勝の筆頭候補であるミニスカメイド少女・マイカだった。彼女はこの選挙において、どちらが大人なのかをリエルと争っていた。
自分に喧嘩を売ったリエルが棄権するのが許せないのか、怒り心頭といった様子で声を荒げる。
「そこに居るのは分かってるんですよッ、早く出てきなさいーーーいッ!」
「ちょ、ちょっとッ……待つんじゃッ……心の準備というものがッ……」
「そんな格好をしておいて、今更なに言ってんのよッ……」
従業員専用のドアまで歩いて行くと、マイカは怒号と共に誰かを引っ張り出そうとする。
「い・い・か・らッ! 早く出てくるッ!」
「ひいいぃッ……」
マイカの怒号と少女の悲鳴と共に最後のメイドが会場に姿を見せる。
「おおおぉぉぉ……」
短く切り揃えた瑠璃色の髪を揺らし、マイカと似たタイプのミニスカメイド服に身を包んだリエルが姿を見せると、会場に居た男性陣たちが思わずため息を漏らした。
元々、リエルは顔立ちが良い部類に入る人物である。彼女の外見年齢は十と少しいったくらいであるが、年相応の可愛らしさを併せ持っている。贔屓目に見なくとも、そこら辺の女子よりかは圧倒的に可愛い部類に入ると航大は思っている。
そんなリエルが登場したことによって、マイカ登場の熱気に包まれていた会場の空気に変化が現れる。
「青髪美少女……」
「しかも、可愛い……」
「マイカちゃんに引けを取らないロリメイド……」
会場のあちこちから聞こえてくるリエルを賞賛する声たち。
今、店内に存在する全ての人間がリエルに視線を注いでいるのだ。
「う、うぅ……恥ずかしい……恥ずかしい……のじゃ」
これ以上はないほどに赤面したリエルは、両手でスカートの裾を力いっぱいに握りしめて俯いたまま。
「ふむ、最後の参加者も無事に登場したところで……お客様、少女たちが織りなす至福の時をお楽しみくださいませ」
役者が揃い、ようやく今ここに喫茶・ハイラント主催のメイド総選挙が始まるのであった。
◆◆◆◆◆
「お帰りなさいませ、ご主人様~~~ッ♪」
メイドたちによる熱き戦いが始まってしばらくの時間が経過した。
喫茶・ハイラントはいつも以上の熱気に包まれており、少しでも票を集めようとメイドたちが接客を続けている。
その中でも圧倒的な勢いをもってして接客を続けているのが看板メイド・マイカだった。小柄な身体と愛嬌のある顔立ちを活かして店内に笑顔を振りまいている。完全にこの店での戦い方を知っている熟練の動きであり、男性客たちは少しでもマイカに振り向いてもらおうと必死な様子をみせている。
「すごいな、これ……圧倒的じゃないか……」
あちこちに走り回るマイカを見ながら、航大は彼女が持つ影響力に感服している。
この店において、マイカという存在が主人公なのである。他のメイド少女たちもルックスレベルはとても高い。しかし、喫茶・ハイラントにおいてはどう足掻いても主役にはなれない。
マイカという存在が客たちの視線を独り占めにしてしまうため、他の少女たちは同じ土俵に上がることすら許されないのだ。
「こうなるとリエルはキツイだろうなぁ……ってか、アイツはどこに……?」
選挙は始まったばかりである。
しかし、既に選挙の行方は決まりかけてしまっている。
彼女に勝ちたいのならば、リエルもそろそろ仕掛けないといけないのだが、リエルの姿が見えてこない。
「…………主、様」
「うぉッ!?」
「うぅ……儂はどうしたらいいのじゃ……?」
キョロキョロと周囲を見渡している航大の背後から、消え入りそうな声音と共にリエルが姿を現した。
やはり他と比べて露出の多いミニスカメイド服が恥ずかしいのか、リエルは航大の背後でしゃがみこんで少しでも周囲に露出しないように務めている。
「お、お前なぁ……そんなところで隠れてるだけじゃ勝てないぞ?」
「そ、そんなこと言われても……儂だって恥ずかしいんじゃぞッ……」
リエルは目尻に涙をためて小動物のように身体を震わせる。
ユイやシルヴィアと火花を散らすときの勢いはどこへいったのか、今のリエルは完全に牙を剥かれた獣といった状態である。
「でもさ、このままじゃ勝てないんだぞ?」
「…………」
「いいのか? 負けを認めるのか?」
「そ、それは……」
「まぁ、お前がそれでいいってなら、俺は別にいいんだけどな。それにしても惜しいなー、リエルのその格好めっちゃ可愛いのに」
「か、か、可愛いッ……!?」
ぼんっと音がするほどにリエルの頬が休息に赤面化していく。
「あ、主様は……メイド服が……好きなのか……?」
「ん? あぁ、メイド服は好きだぜ。可愛いし」
「そ、それを儂が着ても可愛いのか……?」
「あぁ、めちゃくちゃ可愛いと思うぜ。てか、この店でマイカに勝てる可能性があるのは……リエル、お前だけだと思うぞ?」
「――――」
航大の言葉にリエルの瞳が目一杯に見開かれる。
「……分かった。儂はやるッ!」
「おぉ?」
「そ、そこで見てるんじゃぞ……ご、ご主人様ッ!」
相変わらず頬を染めてはいるが、リエルは再び決意を新たにして立ち上がるとマイカが独占するホールへと歩みを進めていく。
「おっ、きたきたッ!」
「最後に出てきた娘か……俺、あの子が気になってたんだよなぁー」
「うんうん、マイカとはタイプは違うが……ああいう全力で恥ずかしがってる感じが……こう、グッとくるよな」
リエルがホールに姿を見せるなり、マイカの独壇場となっていた現場の空気が変化する。マイカに集められた視線がリエルへと集中し、観客たち全員がリエルの姿を目で追う。
「うぅ……恥ずかしい……けど、やらねば……」
ビシビシと視線が突き刺さるのを感じながらも、リエルは逃げ出さないで戦うことを選択する。自分が慕う男の子が可愛いと言って背中を押してくれたのだ、ここで戦わずして負ける訳にはいかない。
だからこそ、リエルは自分ができることをしっかりとやりきろうと心を決めるのだ。
「え、えっと……お、お帰り……なさいませ……ご、ご、ご主人様……」
「あ、あぁ……」
「えと、えっと……お飲み物、お持ちします、か……?」
潤んだ瞳。
震える声音。
小動物のように小さい身体から伸びる赤みがかった白い肌。
元気いっぱいに接客をして笑顔を振りまくマイカとは真逆をいく接客態度に、客たちはぽかーんと口を開けてしまう。
「い、いい……」
「あぁ……マイカちゃんの元気な感じもいいけど……」
「あんなに初々しいメイド……初めてみた……」
リエルが見せるのは不慣れな手つきで接客する姿だった。
ただ水を運ぶだけでも危ういその姿に、どうしてか客たちの視線は無意識の内に釘付けにされてしまう。それは客だけではなく、共に働く他のメイドたちも同様だった。
全員がリエルの不慣れな接客の一挙手一投足に集中する。
それほどまでに、瑠璃色の髪を揺らす少女の存在はこの喫茶店において異質なのであった。
「ご、ご主人様……お水、おまたせしました……」
「あぁ、ありがとう……」
「あ、あの……次はこっちでッ!」
「いや、次はこっちだッ!」
「いやいや、こっちのテーブルもッ!」
「え、ええぇ……?」
たどたどしい様子をみせるリエルに、客たちの心が確かに動かされている。
仕事に慣れたマイカたちとは違い、メイドとしてまだ未熟であるリエルは客たちに父親にも似た感情を思い出させていた。リエルの動きに釘付けとなっている客たちは、愛娘の成長を見守るかのような様子で、あれこれとリエルを助けようとしている。
マイカ一色に染まっていた喫茶店のホールは、瑠璃色の髪を揺らす少女の登場で大きな変化を見せようとしているのだった。
「ふっ、やるじゃない……あの娘……」
客の視線を独り占めにするリエルを見て、マイカも諦めた訳ではない。
彼女もリエルを自分の地位を揺るがすライバルとして認めて、勝負に勝つために貪欲に行動を開始する。
ハイラント王国の城下町。そこに存在する喫茶店での戦いは、時間の経過と共に白熱していくのであった。
◆◆◆◆◆
「お集まりの皆様、お待たせ致しました。喫茶・ハイラントにて開催させて頂きましたメイド選挙……その結果を発表したいと思います」
「――――ッ!」
メイドたちによる熱き戦いが今、その幕を下ろそうとしていた。
喫茶店の店主でもある執事服を着た初老の男性が発する言葉に、メイドたちの働きっぷりを見守ってきた観客たちからも盛大な歓声が上がる。熱き戦いを繰り広げたリエルたちは今、控室に戻って結果発表の時を待っている。
「それではまず、十二票を獲得したメイドから発表したいと思います」
集計された紙を持つ店主は、まず下位から発表を始めていく。
名前が読み上げられると、控室からそのメイドが出てきて割れんばかりの歓声の中で優雅に一礼をする。彼女たちは下位ながらもその表情は晴れやかであり、会場の熱気に当てられて航大もまた、他の客たちと同じように歓声を上げてしまっている。
「続きまして、第三位の発表となります」
「まだだ、まだリエルの名前は出るなよ……」
発表は続く。
一人、また一人と名前を呼ばれていき徐々に上位陣へと近づいていく。
幸い、まだリエルの名前は上がっていない。日々、店でメイドとして働くライバルたちが居る中で、リエルの名前がまだ呼ばれていないのは奇跡といっても過言ではない。
とりあえずここで名前を呼ばれなければ準優勝は確定する状況に、固唾を呑んで状況を見守る航大が握る拳にも力が入る。
「第三位は……喫茶・ハイラントで長年メイド長として務める――サリナッ!」
「――――ッ!」
やや興奮気味な様子で名前を宣言する初老の男性。
僅かに遅れて再びの歓声が店中を包み込む。
「リエルじゃなかった……ということは……最後は一騎打ちか……」
呼ばれた名前がリエルではなかった。
つまり、残すはリエルとマイカの一騎打ちということになる。
まさか飛び入り参加となったリエルが最期まで残るとは思っていなかった航大は、奇跡を願って強く拳を握りしめる。
「さぁさぁ、お集まりの皆様……いよいよ雌雄が決する時がやってまいりましたッ!」
「―――――ッ!」
何度目か分からない歓声が渦巻く中、ついに優勝が決しようとしていた。
気付けば航大もこの戦いに夢中になっている一人であり、初老の男性が読み上げようとする名前を聴き逃してなるものかと全神経を集中させていく。
「第一回、喫茶・ハイラントメイド選挙……熱き戦いを制したのは――」
「…………」
もったいぶる言い方をする男性の声音に、航大は生唾を飲んで運命の瞬間を待つ。
「元気印で皆様に笑顔を届ける、喫茶・ハイラントの看板メイド――マイカッ!」
「――――ッ!!」
この日一番の完成が店の中を包み込む。
今、この瞬間リエルの二位が確定し、そしてマイカとの勝負に破れてしまったことが確定した。愕然とする航大はがっくりと肩を落とし、そして静かに目を閉じようとした――。
「しかし、皆様ッ! 驚くにはまだ早い」
「……えっ?」
勝負は決したかのように思われた。
しかし、凄まじい喧騒は結果発表をする店主の声によって一瞬にして霧散する。
「この結末にはまだ、続きがあります。此度のメイド選挙……第一位はもうひとり存在しますッ!」
「な、なんだってええええぇぇぇッ!?」
航大も混じって結果発表を見守る全員が声を揃える。
「同票、全くの同票にて看板メイド・マイカと共に堂々の一位に名乗り出たのは……本日飛び入り参加の新米メイド――リエル・レイネルッ!」
「――――ッ!!」
初老の男性の声が響き渡り、喫茶・ハイラントは今までにない凄まじい歓声に包まれるのであった。
◆◆◆◆◆
「はぁ……まさか、同じ一位だなんて……さすがに予想外でした……」
「い、いや……儂もまさかあそこまでいくとは……」
喧騒も過ぎ去り、航大とリエルは興奮冷め止まぬ中で喫茶・ハイラントの入口前に存在していた。そろそろ店を出ようとすう航大たちを見送るのは、リエルと壮絶な戦いを繰り広げた看板メイド・マイカだった。
「貴方、中々見どころがありますね。どうですか? この店で私と一緒に働いてみません?」
「い、いや……それは遠慮しておくとしよう……」
「それは残念ですね。まぁ、気が変わったらいつでも来てください。その時は、今日の決着をつけさせて頂きますからッ!」
戦いが終わり、満足げな笑みを共に手を差し出してくるマイカ。
「うむ、もしその時が来たのならば、その時はよろしく頼むぞ」
差し出される手をリエルはガッチリと掴む。
美しき友情の姿を目の当たりにして、航大は思わず涙ぐんでしまう。
「それじゃ、儂らは行くとしよう……あぁ、主様」
「え、あ、おう……」
リエルに手を捕まれ、そうして航大たちは再び城下町の喧騒へと紛れ込んでいく。
「主様、最後にもう一つだけ……行きたいところがあるんじゃ。儂の我儘に付き合ってくれるか?」
「……あぁ、優勝のご褒美だ。どこまでも付き合ってやるよ」
航大の返事にリエルはニコッと笑みを浮かべる。
その笑みは、数百年の時を生きても変わらない彼女の本心からの笑みだと、航大は信じて疑わないのであった。
「ふわぁ……そうだな……」
航大たち一行がハイラント王国へと帰還した翌日の朝。
帰還の途中で半ば無理矢理な形で結ばれた約束を果たすため、航大は隣を歩く瑠璃色の髪をご機嫌な様子で揺らす少女・リエルと共にハイラント王国の城下町へと繰り出していた。
度重なる戦いと緊張の連続に晒された航大にとって、王城の一室で眠る時間はとても久しぶりだった。温かい食事、ふかふかのベッドと航大はあらゆる緊張から開放された一夜を過ごすことが出来たのであった。
「……主様、本当になにもなかったんじゃな?」
「あ、あぁ……アイツはいつもああだから……何もなかったぞ?」
「ふむ……それならば、儂は主様の言葉を信じるだけじゃが」
リエルがジト目になりながら投げつけてきたのには理由がある。
朝、まだ眠る航大の部屋にリエルは現れた。一番最初に航大とデートできる権利を得たのだ、彼女はずっとこの瞬間を楽しみにしていたのである。だからこそ、朝早くに航大を起こして一秒でも長い時間を共に過ごそうと画策していた。
そしてまだ航大が夢の中に堕ちている中、部屋を訪れたリエルはそこで衝撃的な光景を目のあたりにすることとなったのだ。
「それにしても、いつも一緒のベッドで寝ているのか……やはり、儂が傍についているべきだったようじゃな……」
「え、なにか言ったか?」
「いや、なんでもないぞ。少々、これからの戦い方について思いを馳せていただけじゃ」
「た、戦い?」
「ふふっ、楽しみにしているんじゃぞ、主様」
朝早くに航大が眠る部屋を訪れたリエルが見たもの、それは半裸の格好をしたユイが航大の身体にしがみついている光景だった。ハイラント王国の王女であるシャーリーは、しっかり航大とユイの二人にそれぞれ専用の部屋を分け与えていたはずだった。しかし、ユイは夜遅くに自らの部屋を抜け出し、そして航大が眠る部屋、それもベッドの中へと侵入を果たしたのだった。
これが一度目ではないことをリエルは知らないのだが、その真実を彼女に伝えるのは得策ではないことを航大は本能的に理解していた。
「さてさて、少々小腹が空かぬか?」
「あ、あぁ……朝飯も食べてないしな。なにか食うか?」
「うむ。ちょうどいいところに、朝早くでも開いている店があるようじゃぞ?」
「ふむふむ……軽食もありそうだし、そこで朝飯にするか」
「そうと決まれば早速いくのじゃッ! 時間は有限だからのッ!」
リエルに与えられた時間はおよそ三時間。この時間を過ぎたならば、航大は次のシルヴィアとデートをするために王城へと戻らなければならない。だからこそ、リエルは朝早くに航大を叩き起こすことで少しでも長い時間を得ようとしていたのだった。
「いらっしゃいませーッ! 美味しい朝ごはんが自慢の喫茶・ハイラントへようこそーッ!」
朝食を取るために手っ取り早く近くの店に入った航大とリエル。
そんな二人を出迎えるのは、太腿を大胆に露出した短いスカートが印象的なメイド服に身を包んだ少女なのであった。
「えっと……子供……?」
「むっ……子供じゃありませんーッ! 私、こう見えても立派な大人なんですッ!」
「いや、どう見てもリエルと同年代にしか見えないんだが……」
「主様、それはどういう意味じゃ? 儂だって立派な大人なんじゃぞッ!?」
「いーえ、この娘よりも私のほうが大人です! ほら、胸だって結構あるんですからッ!」
メイド服に身を包んだ喫茶店の店員だと思われる少女は、航大と隣に立つリエルを見るなり語気を強めて大人であることを再度アピールする。ちなみに、彼女が自信満々に見せつけてくる胸部は悲しいほどに真っ平らである。
彼女が着ているメイド服は短いスカートに目が行きがちではあるが、胸元もそこそこの露出が見られる。この服を巨乳な女性が来たのならば、胸の谷間がこれでもかと強調されることは間違いなく、そんな素晴らしい服をちんちくりんな少女が着ていることが残念でならない。
「……お客様、今すっごい失礼なことを考えませんでした?」
「えっ、なんのことだ?」
「まぁいいです。とにかく分かって頂けましたか? 私は大人であるということがッ!」
「はぁ……よく分からないけど分かったよ」
これ以上、話を続けたとしても厄介な事態になると察した航大は、話を切り上げるために適当な返事をする。この手のタイプは適当でも認めてしまえば気が済むはずだ。
「ふふん、分かればいいんです、分かれば」
「いや、儂は全く理解しておらんぞッ!」
「……えっ?」
航大の返事で納得しかけたはずの少女だったのだが、それに待ったをかける声が航大の隣からけたたましく響き渡った。
「おい、リエルッ……お前、なんのつもりだよ……」
「ここで負けを認めてしまったら、儂がこの小娘よりも……子供ということになってしまうッ!」
「負けって……年齢的に考えて、お前のほうが大人ってのは間違いないんだから、ここくらいは退いてやれよ……」
極端に凹凸の少ないメイド服を見せつける少女に対して、これまた同じように凹凸の少ない身体が印象的なリエルが真っ向からぶつかっていく。
「なにコソコソと話してるんですかッ、こうなったら……私と勝負ですッ!」
「ふん、この儂と勝負をすると?」
「ぐぬぬッ、余裕そうな素振りが大人っぽい……でも、マイカは負けませんッ!」
話の途中で名前が判明したが、自分のことをマイカと呼ぶメイド服を着た少女は、その瞳にいっぱいの闘志を燃やしながらリエルを睨みつける。対するリエルもまた、瞳を燃やしながら少しでも優位な立場を確保しようとしている。
「はあぁ……お前たちなぁ、勝負とは言ってもどうやって――」
「その勝負、私に任せて頂きましょうッ!」
「おわぁッ!?」
睨み合うリエルとマイカの間に入ってきたのは、これまた喫茶店の店員である初老の男性だった。この店では男性店員は執事の格好をしているようであり、ビッシリと決まった執事服に身を纏う男性は、その瞳を爛々と輝かせて勝負の場を取り持とうとしていた。
「いや、アンタは誰……?」
「ふっ、私はこの店の店長をしておりまして、あの少女は私の娘でございます」
「父親かよッ、てか店長なのッ!?」
「はい。その認識で間違っておりません」
「間違っておりませんって……アンタ、娘になんて格好させてんだよ……」
「ふむっ、私は娘が最高に輝ける場所、服装を用意しているだけに過ぎません。ああやって自分を大人だと信じてやまない姿に胸が打たれませんか?」
「は、はぁ……」
「貴方が連れておられます、娘さんにしては大き過ぎますね……妹さんもまた、すごくいい……」
「いや、アイツは妹ですらないんで……てか、似てないでしょ……どう考えても……」
「マイカに負けずとも劣らない子供っぷり……たまりませんなぁ……」
「ダメだコイツ、早く何とかしないと……」
「で、勝負とはどうするんじゃ?」
勝負に乗り気といった様子のリエルは退治するマイカを睨みつけながら勝負の方法を確認する。これはもう、決着がつくまでてこでも動かないと判断した航大はため息を漏らしつつも、勝負の行方を見守ることを決める。
「ふふ、勝負の方法はとても簡単でございます。幸い、ここは少女たちが可愛らしい衣服を纏ってお客様をおもてなしする場所。この場所にふさわしい勝負方法がございます」
リエルの問いかけに執事服を着た初老の男性は満面の笑みを浮かべながら、流暢に言葉を発する。
「勝負はどれだけ可憐に、そして可愛らしく接客ができるか……喫茶メイド総選挙でございます」
一切の笑みを崩すことなく、初老の男性は酷くご満悦な様子でそう高らかに宣言するのであった。
◆◆◆◆◆
「う、うぅ……まさか、こんな勝負になるとは……」
「はぁ……だからやめておけって言ったのに……」
「こ、こっちを見るでない主様ッ……こ、こんな恥ずかしい格好をしている儂を見るなぁッ!」
「……ふむ、まぁ悪くはないんじゃないか? きっと、リエルならいい勝負ができると思うぜ?」
「――――ッ!」
初老の男性が決定した勝負。
それは喫茶・ハイラントを舞台にしたメイド総選挙である。ルールは至って単純で、参加者は定められた時間を喫茶店のメイド店員として過ごし、その接客態度や可愛らしさを存分に発揮してもらう。そして、制限を過ぎた後は客による投票タイムが始まり、そこで最も多くの票を獲得したメイドが優勝となる。
参加者はリエル、喫茶店の店員であるマイカ、他に店の従業員である少女たちが何人か参加することとなった。
短い時間とはいえ店の店員として働くこととなるので、リエルもメイド服を着ることとなったのだが、更衣室から出てきたリエルは先ほどからずっと頬を真っ赤に染めて、これでもかと大胆に露出した太腿を隠そうと短いスカートの裾を引っ張っている。
「……マジで案外、悪くないな」
「こ、こっちを……見るなぁ……」
この店のメイド服にはいくつかのパターンがある。
マイカやリエルが着ているのは、フリルが満載のミニスカートに胸元も大胆に見せつける男を挑発するタイプのエロさと可愛さが両立したメイド服である。
別のタイプとしては、ロングスカートが印象的な清楚で大人しい印象を与える、航大が生きていた世界ではイギリス王朝などでよく見られたゴシックタイプのものがある。
店の特徴として若い少女はミニスカタイプ、大人な女性はゴシックタイプという分け方をしているらしく、これは間違いなく店主の趣味による強制的な制服の決定といえるところなのだろう。
もじもじと身体をくねらせて、少しでも自分の露出を軽減させようとするリエルだが、下を隠せば上が無防備に、上を隠せば下が無防備にという動作をずっと繰り返している。
「ふふん、それくらいで恥ずかしがっているようじゃ、このマイカ様には勝てないんですからねッ!」
「ぐ、ぐぬぬ……ッ!?」
「ふっふーん、この服を恥ずかしがるなんて、マイカは遥か昔に克服しましたッ!」
「うーん、幼いころから洗脳されてるんだなぁ……」
更衣室の前で身動きが取れないリエルの前に現れたのは、今回の戦いにおいて最大のライバルとなる少女・マイカだった。彼女は普段の仕事服でもあるミニスカメイド服を完璧に着こなしており、傷一つない太腿、悲しいくらいに凹凸のない胸元を晒したとしても、その態度には一切の変化は見られない。
まぁ、毎日それを着て仕事をしているのだから当然なことかもしれないのだが、対するリエルは状況が全く違う。彼女が北方の氷都市で賢者として山に篭っている中で、こんな恥ずかしい衣服に身を包んだ経験があるはずもなく、普通の人間であるならば恥ずかしがるのは変なことではない。
対極な反応を見せるリエルとマイカを見て、航大はそんなことに思いを馳せる。
「そんな様子では勝負になりませんねッ、負けても恨みっこはなしですからッ!」
王者の貫禄とでもいうのだろうか、マイカは余裕な笑みを浮かべて最後に鼻を鳴らすとこの場から立ち去っていく。王者たるその背中を見送る中で、航大も思わず感嘆のため息を漏らす。
「ぐ、ぐ、ぐぬぬぅ……」
「まぁまぁ、リエル……負けたって死ぬ訳じゃないんだし……気楽にいこうぜ?」
「――ぬ」
「ぬ?」
「儂は絶対に負けぬッ!」
何かが吹っ切れたのか、リエルは両手を天に突き上げて吠える。
どうして彼女がそこまで意固地になるのかは航大にも不明なのだが、彼女が見せる並々ならぬ闘志に思わずため息を漏らす。
「主様、見ているがいいッ、数百年の時を生きるこの儂が……あんな小娘に負けるはずがないのじゃッ!」
決意と覚悟を決めたのか、リエルは鼻息を荒くしながら勝負の舞台である喫茶店のホールを目指してずんずんと歩きだす。
「お、おう……頑張れ……」
血気盛んな様子を見せるリエルの背中に、航大は小さく応援の言葉を投げかけることしか出来ないのであった。
◆◆◆◆◆
「さぁ、お集まりの皆様ッ、この度は喫茶・ハイラントにお越しいただき誠にありがとうございます。常日頃とお店を愛用してくださっておりますお客様に、この度は特別イベントをお楽しみいただきましょうッ!」
喫茶・ハイラントのホール。
普段ならば、メイド服を着た少女たちが闊歩する仕事場なのだが、この日はいつもと雰囲気が違っていた。観客であり店の客である年齢は様々な街の人間が発する熱狂と、普段は和気藹々とした雰囲気を出しているメイド服に身を包んだ少女たちが醸し出すのは異様な緊張感である。
「今日はこちらに並ぶ喫茶・ハイラントが自信を持ってお送りいたしますメイドたちが最高のおもてなしをさせていただきます、お客様には一人一票、最高のメイドを投票していただきたいと思います」
その言葉に航大は手元に視線を落とす。
そこには簡易的な紙が握られており、最終的にこの紙に名前を書いて投票をするらしい。
「開催を宣言する前に、選挙の華を飾る少女たちのご紹介をしましょう」
興奮した様子の店主は高らかに声音を張り上げると、右手を広げて少女たちにホールへの入場を合図する。
「――――ッ!」
一人、また一人と姿を見せるメイド服に身を包んだ少女たちが現れるにつれて、大盛況となった店内からは男たちの野太い歓声が響き渡る。
「――――ッ!!」
数々の少女たちが登場する中で、一際大きな歓声が上がる瞬間があった。
それはこの店の看板メイドでもあるマイカの登場であった。彼女が姿を見せるなり、客の男たちは凄まじい熱気を孕んだ歓声を上げる。この状況だけで彼女が普段からどれほど客たちに愛されているのかが窺い知れる。
「すごい歓声だな……リエルの奴、大丈夫なのか……?」
「おや、一人足りませんね……」
凄まじい歓声を目の当たりにして心配する航大だが、しかし彼が心配する張本人の姿が見えてこない。イベントの主催でもある店主の男性も現れない最後のメイドに首を傾げる。
「……アイツ、なにしてんだ?」
姿を現さない最後のメイド。それは鳴り物入りでイベントに参加した北方の賢者・リエルだった。開催の直前に覚悟を決めたはずの少女だったのだが、この期に及んで姿を見せていない。
「まさか逃げたとかじゃ……」
「もぉ、あの娘ったらなにしてるんですかッ!」
混乱する現場において、怒気を孕んだ声音を上げるのはメイド選挙において優勝の筆頭候補であるミニスカメイド少女・マイカだった。彼女はこの選挙において、どちらが大人なのかをリエルと争っていた。
自分に喧嘩を売ったリエルが棄権するのが許せないのか、怒り心頭といった様子で声を荒げる。
「そこに居るのは分かってるんですよッ、早く出てきなさいーーーいッ!」
「ちょ、ちょっとッ……待つんじゃッ……心の準備というものがッ……」
「そんな格好をしておいて、今更なに言ってんのよッ……」
従業員専用のドアまで歩いて行くと、マイカは怒号と共に誰かを引っ張り出そうとする。
「い・い・か・らッ! 早く出てくるッ!」
「ひいいぃッ……」
マイカの怒号と少女の悲鳴と共に最後のメイドが会場に姿を見せる。
「おおおぉぉぉ……」
短く切り揃えた瑠璃色の髪を揺らし、マイカと似たタイプのミニスカメイド服に身を包んだリエルが姿を見せると、会場に居た男性陣たちが思わずため息を漏らした。
元々、リエルは顔立ちが良い部類に入る人物である。彼女の外見年齢は十と少しいったくらいであるが、年相応の可愛らしさを併せ持っている。贔屓目に見なくとも、そこら辺の女子よりかは圧倒的に可愛い部類に入ると航大は思っている。
そんなリエルが登場したことによって、マイカ登場の熱気に包まれていた会場の空気に変化が現れる。
「青髪美少女……」
「しかも、可愛い……」
「マイカちゃんに引けを取らないロリメイド……」
会場のあちこちから聞こえてくるリエルを賞賛する声たち。
今、店内に存在する全ての人間がリエルに視線を注いでいるのだ。
「う、うぅ……恥ずかしい……恥ずかしい……のじゃ」
これ以上はないほどに赤面したリエルは、両手でスカートの裾を力いっぱいに握りしめて俯いたまま。
「ふむ、最後の参加者も無事に登場したところで……お客様、少女たちが織りなす至福の時をお楽しみくださいませ」
役者が揃い、ようやく今ここに喫茶・ハイラント主催のメイド総選挙が始まるのであった。
◆◆◆◆◆
「お帰りなさいませ、ご主人様~~~ッ♪」
メイドたちによる熱き戦いが始まってしばらくの時間が経過した。
喫茶・ハイラントはいつも以上の熱気に包まれており、少しでも票を集めようとメイドたちが接客を続けている。
その中でも圧倒的な勢いをもってして接客を続けているのが看板メイド・マイカだった。小柄な身体と愛嬌のある顔立ちを活かして店内に笑顔を振りまいている。完全にこの店での戦い方を知っている熟練の動きであり、男性客たちは少しでもマイカに振り向いてもらおうと必死な様子をみせている。
「すごいな、これ……圧倒的じゃないか……」
あちこちに走り回るマイカを見ながら、航大は彼女が持つ影響力に感服している。
この店において、マイカという存在が主人公なのである。他のメイド少女たちもルックスレベルはとても高い。しかし、喫茶・ハイラントにおいてはどう足掻いても主役にはなれない。
マイカという存在が客たちの視線を独り占めにしてしまうため、他の少女たちは同じ土俵に上がることすら許されないのだ。
「こうなるとリエルはキツイだろうなぁ……ってか、アイツはどこに……?」
選挙は始まったばかりである。
しかし、既に選挙の行方は決まりかけてしまっている。
彼女に勝ちたいのならば、リエルもそろそろ仕掛けないといけないのだが、リエルの姿が見えてこない。
「…………主、様」
「うぉッ!?」
「うぅ……儂はどうしたらいいのじゃ……?」
キョロキョロと周囲を見渡している航大の背後から、消え入りそうな声音と共にリエルが姿を現した。
やはり他と比べて露出の多いミニスカメイド服が恥ずかしいのか、リエルは航大の背後でしゃがみこんで少しでも周囲に露出しないように務めている。
「お、お前なぁ……そんなところで隠れてるだけじゃ勝てないぞ?」
「そ、そんなこと言われても……儂だって恥ずかしいんじゃぞッ……」
リエルは目尻に涙をためて小動物のように身体を震わせる。
ユイやシルヴィアと火花を散らすときの勢いはどこへいったのか、今のリエルは完全に牙を剥かれた獣といった状態である。
「でもさ、このままじゃ勝てないんだぞ?」
「…………」
「いいのか? 負けを認めるのか?」
「そ、それは……」
「まぁ、お前がそれでいいってなら、俺は別にいいんだけどな。それにしても惜しいなー、リエルのその格好めっちゃ可愛いのに」
「か、か、可愛いッ……!?」
ぼんっと音がするほどにリエルの頬が休息に赤面化していく。
「あ、主様は……メイド服が……好きなのか……?」
「ん? あぁ、メイド服は好きだぜ。可愛いし」
「そ、それを儂が着ても可愛いのか……?」
「あぁ、めちゃくちゃ可愛いと思うぜ。てか、この店でマイカに勝てる可能性があるのは……リエル、お前だけだと思うぞ?」
「――――」
航大の言葉にリエルの瞳が目一杯に見開かれる。
「……分かった。儂はやるッ!」
「おぉ?」
「そ、そこで見てるんじゃぞ……ご、ご主人様ッ!」
相変わらず頬を染めてはいるが、リエルは再び決意を新たにして立ち上がるとマイカが独占するホールへと歩みを進めていく。
「おっ、きたきたッ!」
「最後に出てきた娘か……俺、あの子が気になってたんだよなぁー」
「うんうん、マイカとはタイプは違うが……ああいう全力で恥ずかしがってる感じが……こう、グッとくるよな」
リエルがホールに姿を見せるなり、マイカの独壇場となっていた現場の空気が変化する。マイカに集められた視線がリエルへと集中し、観客たち全員がリエルの姿を目で追う。
「うぅ……恥ずかしい……けど、やらねば……」
ビシビシと視線が突き刺さるのを感じながらも、リエルは逃げ出さないで戦うことを選択する。自分が慕う男の子が可愛いと言って背中を押してくれたのだ、ここで戦わずして負ける訳にはいかない。
だからこそ、リエルは自分ができることをしっかりとやりきろうと心を決めるのだ。
「え、えっと……お、お帰り……なさいませ……ご、ご、ご主人様……」
「あ、あぁ……」
「えと、えっと……お飲み物、お持ちします、か……?」
潤んだ瞳。
震える声音。
小動物のように小さい身体から伸びる赤みがかった白い肌。
元気いっぱいに接客をして笑顔を振りまくマイカとは真逆をいく接客態度に、客たちはぽかーんと口を開けてしまう。
「い、いい……」
「あぁ……マイカちゃんの元気な感じもいいけど……」
「あんなに初々しいメイド……初めてみた……」
リエルが見せるのは不慣れな手つきで接客する姿だった。
ただ水を運ぶだけでも危ういその姿に、どうしてか客たちの視線は無意識の内に釘付けにされてしまう。それは客だけではなく、共に働く他のメイドたちも同様だった。
全員がリエルの不慣れな接客の一挙手一投足に集中する。
それほどまでに、瑠璃色の髪を揺らす少女の存在はこの喫茶店において異質なのであった。
「ご、ご主人様……お水、おまたせしました……」
「あぁ、ありがとう……」
「あ、あの……次はこっちでッ!」
「いや、次はこっちだッ!」
「いやいや、こっちのテーブルもッ!」
「え、ええぇ……?」
たどたどしい様子をみせるリエルに、客たちの心が確かに動かされている。
仕事に慣れたマイカたちとは違い、メイドとしてまだ未熟であるリエルは客たちに父親にも似た感情を思い出させていた。リエルの動きに釘付けとなっている客たちは、愛娘の成長を見守るかのような様子で、あれこれとリエルを助けようとしている。
マイカ一色に染まっていた喫茶店のホールは、瑠璃色の髪を揺らす少女の登場で大きな変化を見せようとしているのだった。
「ふっ、やるじゃない……あの娘……」
客の視線を独り占めにするリエルを見て、マイカも諦めた訳ではない。
彼女もリエルを自分の地位を揺るがすライバルとして認めて、勝負に勝つために貪欲に行動を開始する。
ハイラント王国の城下町。そこに存在する喫茶店での戦いは、時間の経過と共に白熱していくのであった。
◆◆◆◆◆
「お集まりの皆様、お待たせ致しました。喫茶・ハイラントにて開催させて頂きましたメイド選挙……その結果を発表したいと思います」
「――――ッ!」
メイドたちによる熱き戦いが今、その幕を下ろそうとしていた。
喫茶店の店主でもある執事服を着た初老の男性が発する言葉に、メイドたちの働きっぷりを見守ってきた観客たちからも盛大な歓声が上がる。熱き戦いを繰り広げたリエルたちは今、控室に戻って結果発表の時を待っている。
「それではまず、十二票を獲得したメイドから発表したいと思います」
集計された紙を持つ店主は、まず下位から発表を始めていく。
名前が読み上げられると、控室からそのメイドが出てきて割れんばかりの歓声の中で優雅に一礼をする。彼女たちは下位ながらもその表情は晴れやかであり、会場の熱気に当てられて航大もまた、他の客たちと同じように歓声を上げてしまっている。
「続きまして、第三位の発表となります」
「まだだ、まだリエルの名前は出るなよ……」
発表は続く。
一人、また一人と名前を呼ばれていき徐々に上位陣へと近づいていく。
幸い、まだリエルの名前は上がっていない。日々、店でメイドとして働くライバルたちが居る中で、リエルの名前がまだ呼ばれていないのは奇跡といっても過言ではない。
とりあえずここで名前を呼ばれなければ準優勝は確定する状況に、固唾を呑んで状況を見守る航大が握る拳にも力が入る。
「第三位は……喫茶・ハイラントで長年メイド長として務める――サリナッ!」
「――――ッ!」
やや興奮気味な様子で名前を宣言する初老の男性。
僅かに遅れて再びの歓声が店中を包み込む。
「リエルじゃなかった……ということは……最後は一騎打ちか……」
呼ばれた名前がリエルではなかった。
つまり、残すはリエルとマイカの一騎打ちということになる。
まさか飛び入り参加となったリエルが最期まで残るとは思っていなかった航大は、奇跡を願って強く拳を握りしめる。
「さぁさぁ、お集まりの皆様……いよいよ雌雄が決する時がやってまいりましたッ!」
「―――――ッ!」
何度目か分からない歓声が渦巻く中、ついに優勝が決しようとしていた。
気付けば航大もこの戦いに夢中になっている一人であり、初老の男性が読み上げようとする名前を聴き逃してなるものかと全神経を集中させていく。
「第一回、喫茶・ハイラントメイド選挙……熱き戦いを制したのは――」
「…………」
もったいぶる言い方をする男性の声音に、航大は生唾を飲んで運命の瞬間を待つ。
「元気印で皆様に笑顔を届ける、喫茶・ハイラントの看板メイド――マイカッ!」
「――――ッ!!」
この日一番の完成が店の中を包み込む。
今、この瞬間リエルの二位が確定し、そしてマイカとの勝負に破れてしまったことが確定した。愕然とする航大はがっくりと肩を落とし、そして静かに目を閉じようとした――。
「しかし、皆様ッ! 驚くにはまだ早い」
「……えっ?」
勝負は決したかのように思われた。
しかし、凄まじい喧騒は結果発表をする店主の声によって一瞬にして霧散する。
「この結末にはまだ、続きがあります。此度のメイド選挙……第一位はもうひとり存在しますッ!」
「な、なんだってええええぇぇぇッ!?」
航大も混じって結果発表を見守る全員が声を揃える。
「同票、全くの同票にて看板メイド・マイカと共に堂々の一位に名乗り出たのは……本日飛び入り参加の新米メイド――リエル・レイネルッ!」
「――――ッ!!」
初老の男性の声が響き渡り、喫茶・ハイラントは今までにない凄まじい歓声に包まれるのであった。
◆◆◆◆◆
「はぁ……まさか、同じ一位だなんて……さすがに予想外でした……」
「い、いや……儂もまさかあそこまでいくとは……」
喧騒も過ぎ去り、航大とリエルは興奮冷め止まぬ中で喫茶・ハイラントの入口前に存在していた。そろそろ店を出ようとすう航大たちを見送るのは、リエルと壮絶な戦いを繰り広げた看板メイド・マイカだった。
「貴方、中々見どころがありますね。どうですか? この店で私と一緒に働いてみません?」
「い、いや……それは遠慮しておくとしよう……」
「それは残念ですね。まぁ、気が変わったらいつでも来てください。その時は、今日の決着をつけさせて頂きますからッ!」
戦いが終わり、満足げな笑みを共に手を差し出してくるマイカ。
「うむ、もしその時が来たのならば、その時はよろしく頼むぞ」
差し出される手をリエルはガッチリと掴む。
美しき友情の姿を目の当たりにして、航大は思わず涙ぐんでしまう。
「それじゃ、儂らは行くとしよう……あぁ、主様」
「え、あ、おう……」
リエルに手を捕まれ、そうして航大たちは再び城下町の喧騒へと紛れ込んでいく。
「主様、最後にもう一つだけ……行きたいところがあるんじゃ。儂の我儘に付き合ってくれるか?」
「……あぁ、優勝のご褒美だ。どこまでも付き合ってやるよ」
航大の返事にリエルはニコッと笑みを浮かべる。
その笑みは、数百年の時を生きても変わらない彼女の本心からの笑みだと、航大は信じて疑わないのであった。
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