終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第五章86 集う者たち

「風の魔力をありったけ凝縮した玉。これが爆発したらどーなるでしょうか?」

 砂塵の壁を抜けた先。

 そこにある魔力を帯びた塔にて、試練を突破したライガたちと女神を自称する少女・カガリの戦いが繰り広げられていた。

 白髪の少女・ユイは異界の英霊・アーサー王とのシンクロが突如として弱まり、結果として戦線を離脱することとなった。その後を引き継いだのは、ハイラント王国の騎士であり、試練では自らの父親と激闘を繰り広げ敗北による成長を遂げたライガ。

 彼もまた新たなる力を使ってカガリと刃を交えるのだが、しかしカガリが見せる底なしの魔力の前に苦戦を強いられる。

 劣勢へと追いやられるライガを助ける形で参入したのは、新たなる時代の剣姫として神竜と心を通わせた少女・シルヴィアだった。白銀の甲冑ドレスを風に靡かせるシルヴィアは、その圧倒的なまでの力を用いてカガリと対抗する。

「光の一閃、全ての悪を葬り去れ――聖なる剣輝シャイニング・ブレイドッ!」
「神剣・ボルカニカ、お前が持つ力を、解き放て――烈風風牙ッ!」

 ライガとシルヴィア。
 次代のハイラント王国を背負って立つ二人の連携によって繰り出される強烈な一撃。

 しかしそれは、底知れぬ力を持つカガリの罠であった。
 カガリが生成する暴風を凝縮させた巨大な風の玉。

 ライガたちはそれを強烈な一撃で破壊しようとしたのだが、爆ぜる風の玉は内に内包した暴風を無数の刃として地面に降り注がせる。

「しまった、これは……ッ!?」
「罠だって言うの……ッ!?」

 凄まじい速度と密度で接近する風の刃。あれに触れればあらゆるものが両断される。

 今のライガとシルヴィアであるならば、躱すことができたかもしれない。しかし、彼らが戦っているのは砂漠の中に存在する塔の中であり、狭い空間での戦いであるからこそ完全に回避することは難しい。

「くそッ……どうするんだ、コレッ!?」
「うるっさいわね、私だけならなんとでもなるけど……ユイがッ」

 シルヴィアの視線は未だに立つことすら難しいユイへ向けられる。

 今からでも全速力で走って塔からの脱出を試みれば助かるかもしれない。しかし、立つことすらできないユイにそれは不可能である。彼女を助けて、なおかつ自分も助かる。それは絶望的な賭けであった。

「ライガ、あんたは早く逃げてッ!」

「あ? なに言ってんだお前ッ?」

「私はユイを助ける。アンタも助けてる暇はない」

「お前、それは……」

「いいから早くッ、時間はないッ!」

「んなこと、出来る訳ねぇだろうが」

 決死の覚悟を見せるシルヴィアの言葉に、しかしライガは従おうとはしない。彼もまた険しい表情を浮かべると、シルヴィアの前に立ち降り注ぐ風の刃と対峙する。

「ライガッ、なにをして――」

「俺に、アイツと同じことをさせるのか?」

「…………」

「俺は何があっても、仲間を見捨てるようなことはしねぇ。絶対にだ」

「あんたねぇ……ここは一人でも多く生き残ることが……」

「うっせぇ、俺がなんとかしてやるッ!」

 最早、時間は残されていない。

 今この瞬間にも動き出さなければ、ライガたちは全員が迫る風刃の餌食になってしまう。極限の選択が迫られ、シルヴィアが唇を強く噛み締めた瞬間だった――。


「この程度で手を焼いておるようでは、まだまだ青いの」


 ライガとシルヴィアの背後。
 唯一、存在している外と繋がる塔の入り口。

 そこに声の主は存在していた。

「ライガ、シルヴィア……お主ら、腕が落ちたのかの?」

「おめぇ……」

「リ、リエル……?」

 また一人が砂漠に存在する塔へと姿を現す。

 肩上まで伸ばした瑠璃色の髪が印象的な少女・リエルは、絶体絶命の場面に立たされるライガたちを見て、その顔に悪戯な笑みを浮かべている。

「ホントに君たちは全員がタイミングよく集まってくるね」

 リエルの登場に目を細めるカガリは、新たなる試練者の登場にも動じることはない。

「……やれやれ、今回は平和な旅になるかと思ったが、そう簡単にことは進まないという訳じゃな」

 虚空に浮遊し、風刃の行方を楽しげに見守るカガリの姿をリエルはしっかりとその目で捉える。

「おい、リエル……お前も逃げろッ!」

「誰に口を利いている、ライガ?」

「馬鹿野郎、状況をよく見て話せッ!」

「女神の加護を受けし氷壁よ、今ここにあらゆる攻撃を防ぐ盾となれ――絶対氷鏡ッ!」

 迫る風刃に対して、リエルは魔法を詠唱するとライガ、シルヴィア、ユイの元に氷の防壁を生成する。

「こ、これは……ッ!?」

「そこでじっとしておれ。そうすれば、その壁が全てを防いでくれる」

 身動きが取れなくなるが、その代わりに絶対の防御を対象に与える氷魔法の中で最も防御力の高い魔法。それが展開されるのと、カガリが放つ風刃がライガたちに到達するのはほぼ同時なのであった。

「うおぉッ!? 大丈夫なのか、コレッ!」

「これくらいの攻撃、防げぬ訳がなかろうて」

「……助かったよ、リエル」

「ふん、お主が礼を言うなんて珍しいこともあるもんじゃの」

 リエルの登場により危機を救われたライガとシルヴィア。
 それぞれの反応を見て、リエルはその顔に僅かな笑みを浮かべる。

「――――」

 無数の風刃が降り注ぐ中、ライガたちは身体を強張らせて状況を見守る。
 凄まじい破壊の音が塔の中に響き渡り、塔の内部は何度目か分からない粉塵へと包まれていく。

「……久しぶりだね、リエルちゃん。随分と見ない間に成長したようでなによりだよ」

「暴風の女神・カガリ様。まさか、こんな形で邂逅を果たすとは……驚きですよ」

「あはッ、そうだね。これも定められた運命って奴なのかもね」

 粉塵が晴れると、塔の内部は異様な静寂に包まれる。

 塔の入り口で立ち尽くすリエルは、虚空を漂い続けるカガリを見つめて静かに口を開く。突き刺さる視線に対して、カガリもまた目を細めて昔を懐かしむようにゆっくりと言葉を紡ぐ。

「お、おい……リエル……お前、今……」
「あの人が本当に女神だって言うの……?」

 リエルとカガリの会話。
 それを聞いたライガとシルヴィアは目を見開いて驚きを隠すことができない。

「だから言ったでしょ? 僕は女神だって」

「いや、マジかよ……それ……」

「私たち、本当の女神と戦っていたって訳……?」

 カガリを見て信じられないといった様子を見せるライガとシルヴィア。そんな二人を見て、カガリは心底楽しげに笑みを浮かべる。

「そうだよ。君たちは世界を守護する女神に盾突いた訳だ?」

「「…………」」

 事実を知らなかったとはいえ、本物の女神と対峙していた事実にライガとシルヴィアは言葉を発することができない。何故ならば、ライガたちは航大を助けてもらうために、彼女を探していたのだから。

「カガリ様、この者たちは無知であるが故、数々の無礼な行いを許して頂きたい。そして、儂たちの願いを聞いてはくださらないか?」

「まぁ、そのお願いってのも見当はつくけど……そこの少年を助けて欲しいんだね?」

「……はい」

 カガリが向ける視線の先。そこには、深い眠りについて目を覚まさない異界の少年が横たわっていた。帝国ガリアでユイとの戦いにおいて重傷を負った航大は、女神が持つ治癒力がなければ助け出すことができない。

「うーん、いいよ? 僕なら彼を助けてあげることができる」

「ほ、本当かよッ!」

「当たり前さ。これくらいの傷ならば、余裕って奴だね」

 ゆっくりと虚空から着地するカガリは、眠る航大の様子を観察してそんな声音を漏らす。彼女が何気なく呟いた言葉に、ライガ、シルヴィア、ユイの心が激しく揺さぶられる。

「……でも、助けてあげるには条件がある」

「条件?」

「そう。君たちには大変かもしれない、条件だよ」

「……カガリ様、その条件とは?」

 航大を助けるためにカガリはライガたちに条件を突きつける。シルヴィアとリエルがその言葉に表情を険しくさせ、カガリが放つ言葉の続きを待つ。

「それは簡単なことさ。僕を倒す。たったこれだけ」

「…………」

「何も驚くことはないよ。さっきみたいに、僕を倒そうとすればいい」

「そ、それは……カガリ様……」

「リエルちゃん。君たちが進もうとする未来には、もっと厳しい戦いが待っているんだよ」

 険しい顔を浮かべるリエルたちに、カガリはその顔から笑みを消して真面目な様子で語る。

「僕は見極めなくちゃいけない。来たるべき戦いの時を前に、果たして君たちがその舞台に立つに相応しいのか」

「…………」

「ここで倒れるようであるならば、君たちに先へ進む資格はない。この少年を助けるということは、この世界の未来を背負うということと同義であると考えてもいいんだよ」

 カガリは冗談を言っているのではない。

 少しずつ変わろうとしている世界の未来を、女神であるカガリは敏感に感じ取っている。少しずつ世界を覆う不穏な気配を感じているからこそ、彼女はライガたちに厳しい試練を課そうとしているのだ。

「アンタを倒せばいいんだな?」
「後で泣いたって許してあげないんだからね」
「ライガ、シルヴィア……お主ら……」

 暴風の女神・カガリが突きつける条件に、ライガとシルヴィアは退くことなく一步を踏み出す。

「そいつと出会っちまった時から、俺たちの未来は決まってたんだよ。それを今更、はいそうですかって退く訳にはいかねぇんだ」

「そういうこと。私たちは航大を助ける。そして、その先にまた戦いが待っているというのならば、私たちは航大と共に戦うだけ」

 強い決意と覚悟を灯す二人の言葉がカガリの鼓膜をしっかりと震わせる。

「……君はどうする?」

「…………」

 カガリの視線が白髪の少女・ユイを捉える。
 彼女にもカガリは同様の覚悟と決意があるのかを問う。

「……私も、航大が進む未来を……この目で見たい」

 投げかける問いかけに対して、ユイもしっかりと応える。そして残された力を振り絞り、しっかりと立ち上がる。

「うんうん。それでいいんだよ。じゃあ、楽しい戦いを再開しようか?」

 今までが嘘みたいに、カガリはその身に圧倒的なまでの魔力を纏う。
 彼女の小さな身体から溢れる濃厚な魔力を、ライガたちはこれまでの人生で感じたことがない。

「……険しい道じゃぞ?」

 ライガ、シルヴィア、ユイの隣に立つリエルがやれやれといった様子で言葉を発する。

「今までも十分、険しかったさ」
「それでも、私たちは進んできた」
「……航大が行く道。それが私たちの道だから」

 リエルの問いかけにライガたちがそれぞれ応える。
 これで彼らの行く末は決まった。後は、襲いかかる脅威に対して全力で挑むだけ。

 砂塵の先に存在する異形の塔。
 そこでの試練は最終局面を迎えようとしているのであった。

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