終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第五章77 砂塵の試練ⅩⅩⅩⅩⅩⅩⅤ:姉と妹

 ライガ、シルヴィア、リエル。
 それぞれが共通の目的を果たすために挑むのは、砂塵が突きつける過酷な試練であった。

 帝国ガリアで傷つき、今も意識を失い倒れ伏す神谷 航大を助け出すために前へ突き進もうとする。そんな彼らの前に立ち塞がったのは、砂塵が見せる試練だった。

「…………」

 過酷な試練に挑む中で彼らは傷つき、苦境に立たされていく。しかし、それを上回る成長を見せることで確実に、そして着実に試練を突破していく。

「…………」

 今、この瞬間にも砂塵の試練に打ち勝とうとする少女が一人存在しており、しかしその顔には安堵の色は浮かんではいない。むしろ、この顔を見れば最悪な結果を想像するものであるのだが、異様な静寂が包む砂塵の中で立ち尽くすのは瑠璃色の髪を短く切り揃えた少女だけなのであった。

「……姉様」

 瑠璃色の少女・リエルの口から紡がれる消え入りそうな声音は、誰の鼓膜も震わせることなく虚空を漂って消失していく。

 リエルに突き付けられた試練。

 それは世界を守護する女神であり、この世界に存在した唯一の家族。いつも背中を追い続け、リエルにとって永遠の憧れでもあり、そして世界を守護する女神・シュナとの戦いだった。

 同じ瑠璃色の髪を揺らすシュナに勝つことがリエルに課された試練であり、しかしそれはリエルにとってあまりにも過酷な試練であることは間違いなかった。

 事実、リエルの前に立ち塞がったシュナは全盛期ほどの力を持ち得ていなかったかもしれないが、それでも賢者と呼ばれたリエルを圧倒することは容易であった。女神が見せる圧倒的なまでの力を前にして、一度はリエルも倒れ伏す事態になってしまった。

 全てを諦めかけたその時、彼女の脳裏に蘇ったのは今のリエルという存在を形作った幼い過去の記憶だった。

 過去の記憶を垣間見ることで、リエルは自らが生きる意味、戦う意味を改めて知ることができた。

 ――守りたいものを守る。

 傷つき、折れそうになる心を支えてくれたのはそんな言葉だった。

 単純明快で少女の強い想いが詰められた言葉によって、リエルは諦めずに最後まで戦うという選択をすることができた。その結果、リエルは己が持つ全ての力を使うことで女神・シュナを退けることに成功したのだ。

「うっ……くッ……」

 砂塵の中に存在する粉塵。そこには先程まで戦っていたはずの姉・シュナが居るはずだ。しかし、未だに彼女の安否については確認することができず、最悪の事態を想定して、リエルは継戦の準備を万全にしておかなければならない。

「ダメ……身体が、言うこと……聞かない……」

 リエルの意思に反して、身体は重くなる一方であった。

 今この瞬間にも油断すれば意識を失ってしまう予感がまとわりついて離れず、リエルの身体は真っ直ぐ立つことすら困難な状態へと追いやられてしまう。

 疲労。ダメージ。魔力の枯渇。

 様々な要因がリエルを襲っており、このままでは試練の結末も確認することができない。それだけは回避しなくてはならないと頭では理解している。しかし、身体は言うことを聞いてはくれない。

「はぁ、はぁ……主様……申し訳、ない……」

 どうしても意識を保っていることができない。

 魔力が枯渇している状況で倒れ伏してしまえば、それはリエルの命に直結する危機である。魔法を使う者にとって、魔力の枯渇はそのまま『死』を意味することになる。

 すぐにでも魔力の充填をしなければならないのだが、この状況ではそうもいかない。

「――――」

 抗えない疲労感が全身を包み、ついにリエルの意識は深井闇の底へと沈殿を始めてしまう。身体から力が抜け落ち、視界が漆黒に染まっていく。

 ダメだ。ダメだ。ダメだ。
 何度、脳内で強く言葉を発しても、一度瓦解してしまった意識は正常な形を取り戻すことができない。

「…………」

 砂が覆う大地に倒れ伏すリエル。
 そんな彼女の元へ歩み寄る存在があった。

「全く……本当にいつまで経っても変わらないんだから……」

 腰まで伸びる瑠璃色の髪。
 大人びた顔つきが印象的な女性は、傷だらけで倒れ伏す少女を見てその顔に慈愛の色を浮かべている。

「この癖だけは直さないと……いつか本当に死んじゃうからね」

 しゃがみ、意識を失う少女の頭を撫でる。
 優しく髪を撫でる女性の手は優しい光に包まれている。

 光は少女の身体を包み、苦しげに歪んでいた少女の顔が徐々に安らかなものへと変わっていく。

「よし、これでいいかな」

 少女から手を離し、自らの役割を全うした女性は名残惜しそうな表情を浮かべつつも立ち上がる。そしてゆっくりとした動きで踵を返すと砂塵の中を歩き出す。

「これから先、貴方にはもっと過酷な戦いが待っている……」

 瑠璃色の髪を揺らし歩く女性は、この世界で唯一の家族である妹の心配を口にする。

 確実に訪れる過酷な戦いに突き進む妹の隣に立つことは叶わず、その変えようのない事実が女性の胸を強く痛めつける。

 心配はある。しかし、妹の成長をその身で感じることができて、その心配は幾分と和らがせることができた。

「でも、貴方なら大丈夫。自分の力もそうだし、きっと貴方を助けてくれる仲間だっている」

 過去、世界を守護するために魔竜と戦い、その力を持って世界と一体化を果たした女神・シュナ。

 今となってはその名を知る者も減ってきており、しかし世界がある限り、女神という存在が完全に消えることはない。

「幻の役割はこれでおしまい。後は今を生きる私に任せるとして、幻は退場するとしますかね」

 少しずつ薄れていく存在。
 その別れはあまりにも静かなものであった。

「さようなら、リエル。今の私に会うことがあったら、よろしく言ってね」

 砂塵の試練は終わった。
 大きな戦いへと巻き込まれる定めにある少年少女たちは、また次なる段階へと歩を進めるのであった。

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