終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~
第五章71 砂塵の試練ⅩⅩⅩⅩⅩⅨ:最終試験の幕開け
「……シャナ?」
深夜の森林で魔獣との壮絶なる戦いを行った一次試験が終了し、リエルとカリナの二人は次なる試験へと駒を進ませることができた。ハイラント王国のほど近くに存在する草原に集まったリエルたちは、少なくなった参加者たちと共に最終試験へと挑むこととなった。
最終試験はランダムに選定された試験参加者との一対一による模擬戦だった。この模擬戦に勝利することで試験合格となり、翌日からハイラント王国の騎士としての名誉を得ることとなるのだ。
「あー、なるほどね」
試験官が発表した最終試験の組み合わせ表。
そこには騎士になる名誉を賭けて戦う相手が発表されると、カリナはその表情を凍らせて僅かな苛立ちを露わにする。
リエルは自分の対戦相手となる人物の名前を見て首を傾げるだけであり、隣に立つカリナが見せる反応の意味を理解することができない。
「もしかして、カリナさんは私の対戦相手のこと何か知ってるんですか?」
「んー? まぁ、知っていると言えば知ってるし、知らないって言えば知らない」
「…………」
「あはっ、ちょっと意地悪だったかな? 一つ確実に言えることは、今の僕からは何も教えることはないってことかな」
怪訝そうな顔を浮かべるリエルを見て、カリナはゆっくりと首を左右に振ってそれ以上の言葉を拒否する。そんな二人に近づいてくる存在があり、それにいち早く気付いたのはカリナだった。
「おっ?」
「えっ?」
カリナが驚きの言葉を漏らし、リエルもまた彼女に釣られて視線を彷徨わせる。
「貴方がリエルさん? 模擬戦ではよろしくお願いしますね」
「あっ、えっと……もしかして、シャナさん……?」
「はい。私がシャナです。まさか、模擬戦の相手が女の子だなんて思わなくてビックリしちゃいました」
リエルとカリナに声をかけてきたのは、艶やかな漆黒の髪を背中まで伸ばし、一切の汚れがない白を基調とした魔法装束に身を包んだ女性だった。彼女の頭上にはこれまた黒のとんがり帽子が乗っており、その姿はどこからどう見ても魔法使いそのものであった。
自らをシャナと名乗った女性は、リエルとは一回りほど年が離れている印象であり、落ち着いていてとても大人びている。彼女は両手に大きな魔法の杖を持っており、リエルはそこから放たれる今までに感じたことのない魔力が気になってしまう。
「いえ、私なんて、その……一次試験を突破できたのもカリナさんのおかげで……」
「あははっ、そんなことはないってー。それよりも、シャナさん……だっけ? お手柔らかにお願いしますよ?」
顔は笑みを浮かべているカリナだが、その瞳に含まれる感情は全く逆のものだった。
彼女がここまで内に秘める怒りを隠そうとしないのは初めてで、リエルは不機嫌な様子を隠そうともしんないカリナに戸惑いを隠せない。
「ふふっ、模擬戦といえど戦うならば私は全力を出しますよ。そうでなければ、こんな試験を実施する意味がありませんしね」
「んー、まぁそうだけどねー」
「それに、手加減をされて騎士になったとしても、リエルさんがそれを許さないのでは?」
「はいッ、私は全力で戦ってちゃんと騎士になりたいです!」
シャナからちらっと視線を受け、リエルは彼女が発する言葉の意味を汲み取って力強く頷く。その様子を見て、カリナはやれやれといった様子でため息を漏らす。
「まぁー、リエルちゃんがやる気ならいいんだけどね」
「それではリエルさん、また後程」
「は、はいッ!」
ニコッと最後に笑みを浮かべてシャナは草原を立ち去っていく。
その後ろ姿を見送るとカリナが動き出す。
「んんー、僕も模擬戦の準備でもしようかなー」
「あれ、でもカリナさんの模擬戦は最後の方じゃ?」
「戦いには入念な準備が必要なの。リエルちゃんは早めに出番がくるんだから、しっかり準備するんだよ?」
「はいッ、分かりました!」
「ふふっ、お互い合格できるように頑張ろうね」
シャナが姿を消し、カリナにいつもの様子が戻ってきた。
楽しげに笑みを浮かべるとカリナは草原を歩き出す。
「そうだ。あのシャナって子……気をつけた方がいいよ?」
「気をつける……?」
「そう。相当できるかもよ?」
「…………」
「じゃ、頑張ってねリエルちゃん」
ちらっと後ろを振り返り、カリナは最後にリエルへ忠告を投げかける。いつもは楽しげに笑っているか、飄々としているのだがこの瞬間だけは真面目で鋭い顔つきに変わっていた。
カリナの目が放つ威圧感を前にして、リエルは無意識の内に背筋が伸びてしまう。肌を突き刺すピリピリとした空気を感じて、カリナが放つ言葉が嘘でも何でもないのだと理解する。
「シャナさん……どんな戦いをする人なんだろう……」
カリナが立ち去り、後に残されたリエルはただ一人で立ち尽くす。
久しい静寂が包む中で、リエルはカリナの言葉を脳内で何度も反芻する。
王国騎士の入隊試験。
もうじき最終試験の幕が開けようとしていた。
◆◆◆◆◆
「ふぅ……まさか、アンタも試験に参加してるなんて知らなかったよー」
「…………」
「今回の偵察、これは僕だけで担当するって言わなかったっけ?」
「…………」
「それに最終試験であの子と当たっちゃってるし……どうするつもり?」
「戦うだけ」
「戦うって……いくら守護結界があるって言っても、そこら辺の騎士が施した結界なんてアンタの魔法に耐えられるはずがない。この意味が分かる? もしかしたら、自分の手であの子を……」
「もし、そうなってしまったのなら、あの子はそこまでの存在だったってこと」
「……本気で言ってる?」
「…………」
「その様子じゃ手加減なんてする気はないんだろうけど、知らないからね」
「楽しみにしてて」
「楽しみになんて出来るかッ! 折角、見つけた光る原石が目の前で壊されそうになってるんだけどッ!」
「……あの子はまた強くなった、貴方のおかげでね」
「…………」
「私は信じてる。あの子の力を」
「はぁ……まぁ、あの子は確かに強くなったよ。昔のアンタを見てるようにね」
「それじゃ、そろそろ始まるから」
「…………」
草原からほど近い森林の中。
陽の光が遮られる薄暗い森の中で茶髪を揺らす少女が話を続ける。
その声音には若干の怒気が込められていて、ピリピリとした空気を周囲に撒き散らしている。それをぶつけられる存在は終始、落ち着いた様子で対応を続けている。
「はあぁ……僕は心配だよ」
茶髪の少女は立ち去っていく人物の背中を見ながら重い溜息を漏らす。
「頑張ってね、リエルちゃん」
呟かれた言葉は誰の鼓膜も震わせることはない。
時間は無情に過ぎていくだけであり、もうじき最終試験が始まるのであった。
深夜の森林で魔獣との壮絶なる戦いを行った一次試験が終了し、リエルとカリナの二人は次なる試験へと駒を進ませることができた。ハイラント王国のほど近くに存在する草原に集まったリエルたちは、少なくなった参加者たちと共に最終試験へと挑むこととなった。
最終試験はランダムに選定された試験参加者との一対一による模擬戦だった。この模擬戦に勝利することで試験合格となり、翌日からハイラント王国の騎士としての名誉を得ることとなるのだ。
「あー、なるほどね」
試験官が発表した最終試験の組み合わせ表。
そこには騎士になる名誉を賭けて戦う相手が発表されると、カリナはその表情を凍らせて僅かな苛立ちを露わにする。
リエルは自分の対戦相手となる人物の名前を見て首を傾げるだけであり、隣に立つカリナが見せる反応の意味を理解することができない。
「もしかして、カリナさんは私の対戦相手のこと何か知ってるんですか?」
「んー? まぁ、知っていると言えば知ってるし、知らないって言えば知らない」
「…………」
「あはっ、ちょっと意地悪だったかな? 一つ確実に言えることは、今の僕からは何も教えることはないってことかな」
怪訝そうな顔を浮かべるリエルを見て、カリナはゆっくりと首を左右に振ってそれ以上の言葉を拒否する。そんな二人に近づいてくる存在があり、それにいち早く気付いたのはカリナだった。
「おっ?」
「えっ?」
カリナが驚きの言葉を漏らし、リエルもまた彼女に釣られて視線を彷徨わせる。
「貴方がリエルさん? 模擬戦ではよろしくお願いしますね」
「あっ、えっと……もしかして、シャナさん……?」
「はい。私がシャナです。まさか、模擬戦の相手が女の子だなんて思わなくてビックリしちゃいました」
リエルとカリナに声をかけてきたのは、艶やかな漆黒の髪を背中まで伸ばし、一切の汚れがない白を基調とした魔法装束に身を包んだ女性だった。彼女の頭上にはこれまた黒のとんがり帽子が乗っており、その姿はどこからどう見ても魔法使いそのものであった。
自らをシャナと名乗った女性は、リエルとは一回りほど年が離れている印象であり、落ち着いていてとても大人びている。彼女は両手に大きな魔法の杖を持っており、リエルはそこから放たれる今までに感じたことのない魔力が気になってしまう。
「いえ、私なんて、その……一次試験を突破できたのもカリナさんのおかげで……」
「あははっ、そんなことはないってー。それよりも、シャナさん……だっけ? お手柔らかにお願いしますよ?」
顔は笑みを浮かべているカリナだが、その瞳に含まれる感情は全く逆のものだった。
彼女がここまで内に秘める怒りを隠そうとしないのは初めてで、リエルは不機嫌な様子を隠そうともしんないカリナに戸惑いを隠せない。
「ふふっ、模擬戦といえど戦うならば私は全力を出しますよ。そうでなければ、こんな試験を実施する意味がありませんしね」
「んー、まぁそうだけどねー」
「それに、手加減をされて騎士になったとしても、リエルさんがそれを許さないのでは?」
「はいッ、私は全力で戦ってちゃんと騎士になりたいです!」
シャナからちらっと視線を受け、リエルは彼女が発する言葉の意味を汲み取って力強く頷く。その様子を見て、カリナはやれやれといった様子でため息を漏らす。
「まぁー、リエルちゃんがやる気ならいいんだけどね」
「それではリエルさん、また後程」
「は、はいッ!」
ニコッと最後に笑みを浮かべてシャナは草原を立ち去っていく。
その後ろ姿を見送るとカリナが動き出す。
「んんー、僕も模擬戦の準備でもしようかなー」
「あれ、でもカリナさんの模擬戦は最後の方じゃ?」
「戦いには入念な準備が必要なの。リエルちゃんは早めに出番がくるんだから、しっかり準備するんだよ?」
「はいッ、分かりました!」
「ふふっ、お互い合格できるように頑張ろうね」
シャナが姿を消し、カリナにいつもの様子が戻ってきた。
楽しげに笑みを浮かべるとカリナは草原を歩き出す。
「そうだ。あのシャナって子……気をつけた方がいいよ?」
「気をつける……?」
「そう。相当できるかもよ?」
「…………」
「じゃ、頑張ってねリエルちゃん」
ちらっと後ろを振り返り、カリナは最後にリエルへ忠告を投げかける。いつもは楽しげに笑っているか、飄々としているのだがこの瞬間だけは真面目で鋭い顔つきに変わっていた。
カリナの目が放つ威圧感を前にして、リエルは無意識の内に背筋が伸びてしまう。肌を突き刺すピリピリとした空気を感じて、カリナが放つ言葉が嘘でも何でもないのだと理解する。
「シャナさん……どんな戦いをする人なんだろう……」
カリナが立ち去り、後に残されたリエルはただ一人で立ち尽くす。
久しい静寂が包む中で、リエルはカリナの言葉を脳内で何度も反芻する。
王国騎士の入隊試験。
もうじき最終試験の幕が開けようとしていた。
◆◆◆◆◆
「ふぅ……まさか、アンタも試験に参加してるなんて知らなかったよー」
「…………」
「今回の偵察、これは僕だけで担当するって言わなかったっけ?」
「…………」
「それに最終試験であの子と当たっちゃってるし……どうするつもり?」
「戦うだけ」
「戦うって……いくら守護結界があるって言っても、そこら辺の騎士が施した結界なんてアンタの魔法に耐えられるはずがない。この意味が分かる? もしかしたら、自分の手であの子を……」
「もし、そうなってしまったのなら、あの子はそこまでの存在だったってこと」
「……本気で言ってる?」
「…………」
「その様子じゃ手加減なんてする気はないんだろうけど、知らないからね」
「楽しみにしてて」
「楽しみになんて出来るかッ! 折角、見つけた光る原石が目の前で壊されそうになってるんだけどッ!」
「……あの子はまた強くなった、貴方のおかげでね」
「…………」
「私は信じてる。あの子の力を」
「はぁ……まぁ、あの子は確かに強くなったよ。昔のアンタを見てるようにね」
「それじゃ、そろそろ始まるから」
「…………」
草原からほど近い森林の中。
陽の光が遮られる薄暗い森の中で茶髪を揺らす少女が話を続ける。
その声音には若干の怒気が込められていて、ピリピリとした空気を周囲に撒き散らしている。それをぶつけられる存在は終始、落ち着いた様子で対応を続けている。
「はあぁ……僕は心配だよ」
茶髪の少女は立ち去っていく人物の背中を見ながら重い溜息を漏らす。
「頑張ってね、リエルちゃん」
呟かれた言葉は誰の鼓膜も震わせることはない。
時間は無情に過ぎていくだけであり、もうじき最終試験が始まるのであった。
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