終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第五章70 砂塵の試練ⅩⅩⅩⅩⅩⅧ:一次試験の終局

「うぅ……頭が痛い……です……」

「ふわぁ……まぁ、昨日は大変だったからねぇ……」

 魔獣との戦いを終え、戦闘で疲労困憊といった様子だったリエルとカリナは森林の中で簡易的なベッドを作り夜を明かした。朝陽が上るのと同時に目を覚ました二人は、寝ぼけ眼のまま森林を歩いていた。

「また、助けて貰っちゃいました……ありがとうございました」

「いいんだよー、きっとリエルちゃんが居なかったら僕だって危なかった訳だし。元々、回復魔法を扱うのは得意だから、役に立ってよかったよ」

 昨夜の戦闘によってリエルは自らが内包している魔力のほぼ全てを使い果たしてしまった。魔法を使う者として、魔力が枯渇するということは死に直結しかねない重大な事態である。現にリエルは全身が鉛のように重くなる症状に見舞われ、深夜の森林で意識を失ってしまった。

 瑠璃色の髪を揺らす少女が助かったのは、彼女の隣に立つ茶髪と露出が激しい格好が印象的な少女・カリナの存在があったからに他ならない。カリナは風魔法を得意とする魔法使いであり、それ以上に回復魔法の手練れであった。そんな彼女が隣に居たからこそ、迅速な治療が可能となり、リエルは今もこうして生き永らえることができたのだった。

「回復魔法……私も覚えたいです……」

「リエルちゃんほどの才能があれば、少しの鍛錬で回復魔法を使うことができるよ、きっと」

「……本当ですか?」

「間違いないって。あれだけの氷魔法が使えるんだ。絶対にマスターできる」

「…………」

「ふふっ……もし、リエルちゃんが入隊試験に合格したならば、みっちりと僕が鍛錬してあげるよ」

「……頑張りますッ!」

 昨夜の壮絶な戦闘が嘘みたいに森林には穏やかな時間が流れていた。

 心地いい風が髪を撫で、木々の枝には小動物が顔を覗かせる。そこら辺から小鳥たちのさえずりが聞こえてきて、心安らぐ時間にリエルは安寧の時を過ごすことができていた。

「ふわぁ……んー、ちょっとまだ眠いなぁ……」

「わわっ……カリナさん、しっかりしてくださいぃ……」

「んんー、リエルちゃんの髪はふわふわだねぇ……それに、なんかいい匂いがするし……」

「ひゃっ……ちょっと、匂いを嗅がないでくださいぃ……」

「ねぇねぇー、魔法のこと教えてあげるからー、このまま僕を連れて行ってくれないかなー?」

「そ、そんなの無理ですよぉ……」

 寝不足気味なカリナは寝起きといった様子でふらふらと歩くと、リエルの身体に覆い被さってくる。リエルの髪に顔を埋めて全身を脱力させている。

 自分よりも背丈の大きいカリナが寄りかかってくることで、リエルの身体もまたふらふらと真っ直ぐ歩くことが困難になる。

「あっ、カリナさんッ!? 本当にこのまま寝ようとしてないですか!?」

「むにゃむにゃ……」

「カリナさんってばーーッ!」

 早朝の森林。
 小鳥のさえずりに鼓膜を震わせながら、二人の少女は仲睦まじい様子で歩を進めるのであった。

◆◆◆◆◆

「えっと……そろそろ、時間……ですよね……?」

「ふわぁ……そうだねー、もうじき一次試験は終わるよ」

「…………」

 カリナとすったもんだしながら到達したのは、一次試験の開始が告げられたハイラント王国にほど近い草原だった。後ろを振り返れば一夜を過ごした森林が広がっていて、前を見れば凛々しいハイラントの王城が見えてくる。

 昨日はこの場所に王国騎士を目指して無数の人間が集まっていたのだが、もうじき一次試験の終わりも近づこうとする瞬間になっても、草原に見える人間はまばらだった。

「あんなに人が居たのに……」

「んー、あの魔獣が何かしたって可能性は高いだろうけどね」

 まばらにしか存在しない人間を見て、リエルの表情は険しく、そして暗く沈んでいく。
 その様子を見てカリナもまたその顔から笑みを消し、リエルの言葉に飄々とした様子で応える。

「やっぱり……」

「魔獣の爪に血がついてたしね……それに、夜ってこともあったから、油断してやられた人は多いかもしれないね」

「…………」

「まぁ、参加者同士での戦いも許されてたし、あの森だってそんなに広い訳でもないから、正当な理由で脱落した……ってことも考えられるけどね」

 リエルが沈痛な表情で押し黙る中で、カリナは自らが持つ情報を正しく分析する。飄々とした様子で語るカリナを横目に、リエルはこの試験で脱落を余儀なくされた人々に思いを馳せる。

 あの夜。

 パートナーがカリナではなかったら、リエルもまた参加者たちに襲われていたかもしれない。魔獣の襲撃を受け、最悪の場合は命を落としていたかもしれない。

 自分が助かった幸運に安堵しつつ、犠牲になった人々のことを考えると素直に喜べない自分を感じてしまう。

「リエルちゃんが気にすることじゃないよ。運を味方にするのも実力だからね」

「……はい」

「それにリエルちゃんは今、他に考えないといけないことがあるでしょ?」

「他に考えないといけないこと……?」

「一次試験が終われば、二次試験が始まる。内容は分からないけど、次の試験では僕たちが敵同士になるかもしれないからね?」

「うっ……」

「人のことを考えられるのは、リエルちゃんの良いところだから忘れないで欲しいけど、戦場ではそういった甘えが命取りになる……それを忘れないでね?」

 真剣な眼差しを向けられ、リエルは無意識の内に背筋を伸ばして緊張の表情を浮かべる。そして心内でもやもやと燻っていた感情を払拭すると、彼女の意識は二次試験へと向けられる。

「……時間だ」

 そう声音を漏らしたのは試験参加者が集まる草原の中心に立つ人物、一次試験の説明もしていたハイラント王国の騎士服に身を包んだ試験官の男だった。

 想像以上に脱落した現状を見てなのか、それとも昨夜に起こった魔獣の襲撃を知っているからなのかは不明だが、試験官の男は先日とはまた違う険しい表情を浮かべているのであった。

「以上で一次試験を終了とする。こちらが想定していない事態が発生したことは把握している。把握していてこそ、私たちは介入することをしなかった……このことをまずは伝えておこう」

 試験官の言葉にリエルの周囲がざわつき始める。

 一部は昨夜の魔獣襲撃を知らない参加者なのか、試験官の言葉に怪訝そうな表情を浮かべている。残る一部の人間は昨夜の事件を知っているのか、その表情を驚きに変えた後に不愉快だという感情を剥き出しにしている。

 ちなみにリエルはそのどちらでもなく、ただただ試験官の言葉に困惑を隠せない。

「知ってたって……どうして、助けに来てくれなかったの……?」

 リエルの口をついて出た言葉。
 その言葉に返答できるのは、全員の視線を一点に集める試験官だけだ。

「これはハイラント王国の騎士を選定する試験である。騎士となれば王国のため、民のため……そして、世界のために自らの命を賭けて戦場に出なければならない。騎士が相手するのは人間だけではない。人々の生活、命を脅かす魔獣もまた討伐の対象である。だからこそ、諸君には魔獣と戦う必要があった」

「…………」

「しかし、勘違いはしてほしくない。昨夜、数多の試験参加者を葬り去った魔獣は我々が用意したものではない。完全に不測の事態であることに間違いはなく、それでいて静観するという判断を我々は行った」

「…………」

「厳しいことを言えば、この程度の戦闘で脱落するようでは、騎士になったとしてもその命は長くないであろう。厳しい判断であり、厳しい結果となったが生き残った諸君には騎士になるために必要なものをしっかりと認識して欲しい」

 草原全土に響き渡るような声音で試験官は話を続け、その言葉を遮ろうとする者もいない。

「では、二次試験の説明をする。今回の入隊試験は想像以上に参加者が脱落したこともあり、この二次試験を最終試験とすることを通達する」

「次が最終試験……」

 試験官の言葉に再び場がざわつき始める。

 この試験を乗り越えることができたのならば、その人物は翌日からハイラント王国の騎士としての名誉と地位を得ることができるのだ。リエルもまた感情が昂ぶっている人物の一人であり、自分が果たすべき目的のゴールがすぐそこにまで迫っているのを確かに感じていた。

「最終試験のルールは単純明快である。残った参加者同士で一対一での模擬戦を実施してもらう。その勝者は即合格である」

「い、一対一の模擬戦……」

「対戦相手はこちらが完全ランダムで選定する。勝負はどちらかが戦闘不能になるまで続行される。我々は最終の判断を下すだけであり、どんな一方的な戦闘になったとしても、妨害することはない」

「…………」

「一次試験同様、参加者には我々の守護結界を施す。守護結界がある限り、参加者の命は保障されることを改めて言っておこう」

「…………」

「では、最終試験の組み合わせを発表するッ!」

 試験官は最後に強くそう言い放つと、片手で小さな杖の先端を虚空に向けると魔力で文字を描いていく。

「え、えっと……私の名前は……」

「ふふっ、よかったねリエルちゃん。どうやら僕たちが戦うことはないらしい」

「えっ、カリナさん自分の名前を見つけたんですか?」

「まぁね。僕と戦うことはないけど、どうやらこれはすごく楽しい模擬戦になりそうだ」

「うぅ……私の名前……私の名前……あった」

 虚空に視線を彷徨わせるリエルは自分の名前を見つけたことに安堵する。
 そして対戦相手となる人物の名前を確認する。

「……シャナ?」

 リエルの対戦相手。
 その人物の名は『シャナ』というのであった。

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