終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~
第五章44 砂塵の試練ⅩⅩⅩⅢ:希望を告げる聖なる輝き
――少女は何もない虚空の中を漂っていた。
つい先程まで、愛する妹と共に魔獣から逃げていたはずの少女は気を失い、そして気づけば右も左も上も下もない『無』が支配する空間へと迷いこんでしまっていた。
瑠璃色の髪を腰付近まで伸ばし、整った顔立ちからは年不相応に大人びた印象を受ける。物心ついた時から両親の存在を知らず、それでも心優しく気弱な妹・リエルを守って生きてきた。
「…………」
シュナ。
それが虚空を漂う少女の名前であり、彼女の将来は輝かしいものであったはずだった。
生まれながら魔法の才能に長けており、大人顔負けの魔法を駆使する才覚を持ち合わせていた。このまま成長していれば間違いなく王国の魔法騎士としての生活が約束され、妹と共に豊かな生活が送れたかもしれない。
「…………」
そんな淡い期待を打ち壊すように、魔獣たちはその牙をシュナたちに向けた。
類まれなる魔法の才を生かし、シュナはなんとか魔獣一匹を撃退することに成功した。これで戦いは終わり、後は妹を連れて避難場所がある氷山へ向かうだけだった。しかし、物事は少女が思うようには進んではくれず、どこまでも悲劇的な結末へと少女たちを誘おうとしていた。
「…………」
先に逃したはずの妹・リエルが戦場へと戻ってきてしまった。
その瞬間、撃退したはずの魔獣が最後の悪足掻きとリエルを狙う。シュナは自分に残された力を使い、妹・リエルを自らの身体を犠牲に守ったのだった。
結果、シュナはその身に重傷を負い、こうして生死の境界線を彷徨うこととなってしまったのであった。
「はぁ……失敗したなぁ……」
何もない空間で、シュナは自分がどこを見ているかも分からないまま、ぼそっと声を漏らした。彼女の口から紡がれる言葉は誰の鼓膜も振るわせることはない。
魔獣たちにやられた傷が痛むことはない。
シュナの身体はすこぶる快調なのであった。
しかし、それこそが彼女が死ぬ間際であることを如実に物語っている事実であり、それを痛いくらいに認識しているからこそ、シュナは無意識のうちに大きなため息が漏れてしまうのだ。
「こんなところで死んじゃうなんて……リエルは大丈夫かな…………うん、あの子なら大丈夫…………かなぁ……?」
全身を脱力させて『無』の空間を漂うシュナの脳内では、様々な考えや想いが錯綜し、誰も聞いていないことを分かっていながらも、こうして独り言が漏れてしまう。
「あの子、私が面倒を見てあげないといけないのに……どうしてこうなっちゃうかなぁ……」
強い後悔の念がシュナを襲う。
今更、何を後悔しても遅いというのは分かっている。
それでも彼女は後悔することをやめられない。
「はぁ……このまま、死んじゃうのかな……」
回避のしようがない最悪の結末を想像すると、それだけでシュナの胸が締め付けられる。
刻一刻とその時を待つだけのシュナ。そんな彼女が滞在する世界に『それ』は現れた。
『――己の無力を呪う、愚かな少女よ』
どこからか声が聞こえる。
この空間には確かにシュナしか存在していないはずだった。
しかし、その声の主は突如として顕現し、そして野太い男の声音でシュナに言葉を投げかけるのであった。
「……誰?」
『我は世界を守護するために生まれた存在。混沌とした世界を救うため、唯一人で行動している』
「世界を守護する……?」
『そう。我は今、我と同じく世界を守護する存在を探している』
「それが私だって言うの?」
『……話が早くて助かる。無力な少女よ、その類まれなる魔法の才を生かし、我と共にこの世界を守ってもらいたい』
「……そんなの、私には無理だよ」
『…………』
「生まれて、育ってきた街を救うこともできない。ずっと一緒に生きてきた大切な妹さえも守ることはできない。貴方の言う通り、私はどこまでも無力。こんな無力な私が世界を守護する? そんなの……無理だよ」
それはシュナが漏らした心からの言葉だった。
『――では、全てを諦めるか?』
「…………」
『確かに、何も救うことはできなかった。何も成すことはできなかった。それを嘆いて、このまま死するのか?』
「…………」
『今、この世界は未曾有の危機に晒されている。世界を混沌へと陥れ、そして破壊の限りを尽くす魔竜の動きが急速に活発化している。無数の魔獣を従え、そして世界で唯一の存在となるために暴虐の限りを尽くしている』
「…………」
『このまま、何も手を打たなければ……人類はもちろん、この世界という存在が崩壊するのも時間の問題であることに間違いはない。しかし、それを救うための手段がある。それは選ばれし者が世界を守護する『神』となることだ』
「……神?」
『そう。人間としての存在を捨て、あらゆる事象の頂点に立つ存在となる。世界を構築する『火』『水』『風』『土』の四大元素を操り、支配することでこの世界を守護する』
「…………」
『世界を破壊せし魔竜に対抗するためには、この世界そのものである『神』と呼ばれる存在の力が必要不可欠なのである。その神にふさわしい人物……』
「――それが私だって言うの?」
『そうだ。お前は四大元素の『水』を司る存在としてこの世界で唯一、選ばれたのだ』
「…………」
『さぁ、答えを聞かせてもらおう』
「答えって言われても……」
『時間はない。私の手を取るのならば、お前がこの世界で最も愛する存在を助けることができるだろう』
『無』の空間に突如として光が生まれる。
それはもう人間として戻ることが叶わない慣れ親しんだ世界の映像である。
そこにはシュナが最も愛する存在が、想像を絶する巨体を誇る魔竜と対峙している映像が映し出されているのであった。
◆◆◆◆
「これが……魔竜……?」
愛する姉が『無』の空間を漂う中、その妹であるリエルは危機を迎えていた。
シュナが力なく倒れて意識を失った直後、おろおろと動揺を隠せないリエルを取り囲むように無数の魔獣が姿を現した。誰が見ても分かる絶望的な状況に追い打ちをかけるかのように、幼き少女の前に姿を現すのは、顔を真上に向けざるを得ないほどの巨体を誇る魔竜だった。
「そんな……」
すぐそこに存在する世界最悪の存在・魔竜。
闇夜に紛れるようにな漆黒の体躯をした魔竜は、紅蓮の瞳を輝かせて周囲を観察している。
「――――」
しばしの静寂が場を支配した後、魔竜は人間が欠伸をするイメージで口を大きく開ける。
巨体が震えた次の瞬間、その口から超巨大な火球が放たれる。
「…………」
魔竜の口から吐き出された火球は、真っ直ぐに氷都市・ミノルアへと飛翔し、そして着弾するのと同時に凄まじい轟音と共に街を破壊した。
たった一撃である。魔竜は口から火球を吐き出したその一撃で、バルベット大陸北部で最大の都市であるミノルアを壊滅させたのである。あの街にはまだ避難しきれていない人間が数多く存在していたはずである。
まだ命ある人間は一秒でも長く生きようと抗っていたはずである。僅かな希望を信じて戦う人間を嘲笑うかのように、魔竜はたった一撃で数多の人間を死に追いやったのである。
赤く。紅く。朱く。
闇夜の中で美しく燃え上がる氷都市・ミノルアを、リエルは呆然と見つめることしかできなかった。
「…………」
魔竜の瞳が足元で全身を振るわせるリエルを捉える。
世界を破壊する存在である魔竜からしてみれば、リエルという存在はあまりにも無力で気にするような存在ではなかったはずである。しかし、魔竜は瑠璃色の髪を持つ少女に興味を抱いたのである。
何が魔竜を惹き付けるのかは分からない。
それでも魔竜の瞳は小さな少女を捉えて離さなかった。
見上げるほどの標高を誇るアルジェンテ氷山と同等の大きさを持つ巨体で、魔竜が一歩を踏み出そうとした瞬間であった。瑠璃色の髪を短く切り揃えた少女の隣に横たわる『もう一人の少女』の身体が眩い輝きを放ち始める。
それは世界に希望を告げる聖なる輝き。
混沌を照らす『女神』の輝きなのであった。
つい先程まで、愛する妹と共に魔獣から逃げていたはずの少女は気を失い、そして気づけば右も左も上も下もない『無』が支配する空間へと迷いこんでしまっていた。
瑠璃色の髪を腰付近まで伸ばし、整った顔立ちからは年不相応に大人びた印象を受ける。物心ついた時から両親の存在を知らず、それでも心優しく気弱な妹・リエルを守って生きてきた。
「…………」
シュナ。
それが虚空を漂う少女の名前であり、彼女の将来は輝かしいものであったはずだった。
生まれながら魔法の才能に長けており、大人顔負けの魔法を駆使する才覚を持ち合わせていた。このまま成長していれば間違いなく王国の魔法騎士としての生活が約束され、妹と共に豊かな生活が送れたかもしれない。
「…………」
そんな淡い期待を打ち壊すように、魔獣たちはその牙をシュナたちに向けた。
類まれなる魔法の才を生かし、シュナはなんとか魔獣一匹を撃退することに成功した。これで戦いは終わり、後は妹を連れて避難場所がある氷山へ向かうだけだった。しかし、物事は少女が思うようには進んではくれず、どこまでも悲劇的な結末へと少女たちを誘おうとしていた。
「…………」
先に逃したはずの妹・リエルが戦場へと戻ってきてしまった。
その瞬間、撃退したはずの魔獣が最後の悪足掻きとリエルを狙う。シュナは自分に残された力を使い、妹・リエルを自らの身体を犠牲に守ったのだった。
結果、シュナはその身に重傷を負い、こうして生死の境界線を彷徨うこととなってしまったのであった。
「はぁ……失敗したなぁ……」
何もない空間で、シュナは自分がどこを見ているかも分からないまま、ぼそっと声を漏らした。彼女の口から紡がれる言葉は誰の鼓膜も振るわせることはない。
魔獣たちにやられた傷が痛むことはない。
シュナの身体はすこぶる快調なのであった。
しかし、それこそが彼女が死ぬ間際であることを如実に物語っている事実であり、それを痛いくらいに認識しているからこそ、シュナは無意識のうちに大きなため息が漏れてしまうのだ。
「こんなところで死んじゃうなんて……リエルは大丈夫かな…………うん、あの子なら大丈夫…………かなぁ……?」
全身を脱力させて『無』の空間を漂うシュナの脳内では、様々な考えや想いが錯綜し、誰も聞いていないことを分かっていながらも、こうして独り言が漏れてしまう。
「あの子、私が面倒を見てあげないといけないのに……どうしてこうなっちゃうかなぁ……」
強い後悔の念がシュナを襲う。
今更、何を後悔しても遅いというのは分かっている。
それでも彼女は後悔することをやめられない。
「はぁ……このまま、死んじゃうのかな……」
回避のしようがない最悪の結末を想像すると、それだけでシュナの胸が締め付けられる。
刻一刻とその時を待つだけのシュナ。そんな彼女が滞在する世界に『それ』は現れた。
『――己の無力を呪う、愚かな少女よ』
どこからか声が聞こえる。
この空間には確かにシュナしか存在していないはずだった。
しかし、その声の主は突如として顕現し、そして野太い男の声音でシュナに言葉を投げかけるのであった。
「……誰?」
『我は世界を守護するために生まれた存在。混沌とした世界を救うため、唯一人で行動している』
「世界を守護する……?」
『そう。我は今、我と同じく世界を守護する存在を探している』
「それが私だって言うの?」
『……話が早くて助かる。無力な少女よ、その類まれなる魔法の才を生かし、我と共にこの世界を守ってもらいたい』
「……そんなの、私には無理だよ」
『…………』
「生まれて、育ってきた街を救うこともできない。ずっと一緒に生きてきた大切な妹さえも守ることはできない。貴方の言う通り、私はどこまでも無力。こんな無力な私が世界を守護する? そんなの……無理だよ」
それはシュナが漏らした心からの言葉だった。
『――では、全てを諦めるか?』
「…………」
『確かに、何も救うことはできなかった。何も成すことはできなかった。それを嘆いて、このまま死するのか?』
「…………」
『今、この世界は未曾有の危機に晒されている。世界を混沌へと陥れ、そして破壊の限りを尽くす魔竜の動きが急速に活発化している。無数の魔獣を従え、そして世界で唯一の存在となるために暴虐の限りを尽くしている』
「…………」
『このまま、何も手を打たなければ……人類はもちろん、この世界という存在が崩壊するのも時間の問題であることに間違いはない。しかし、それを救うための手段がある。それは選ばれし者が世界を守護する『神』となることだ』
「……神?」
『そう。人間としての存在を捨て、あらゆる事象の頂点に立つ存在となる。世界を構築する『火』『水』『風』『土』の四大元素を操り、支配することでこの世界を守護する』
「…………」
『世界を破壊せし魔竜に対抗するためには、この世界そのものである『神』と呼ばれる存在の力が必要不可欠なのである。その神にふさわしい人物……』
「――それが私だって言うの?」
『そうだ。お前は四大元素の『水』を司る存在としてこの世界で唯一、選ばれたのだ』
「…………」
『さぁ、答えを聞かせてもらおう』
「答えって言われても……」
『時間はない。私の手を取るのならば、お前がこの世界で最も愛する存在を助けることができるだろう』
『無』の空間に突如として光が生まれる。
それはもう人間として戻ることが叶わない慣れ親しんだ世界の映像である。
そこにはシュナが最も愛する存在が、想像を絶する巨体を誇る魔竜と対峙している映像が映し出されているのであった。
◆◆◆◆
「これが……魔竜……?」
愛する姉が『無』の空間を漂う中、その妹であるリエルは危機を迎えていた。
シュナが力なく倒れて意識を失った直後、おろおろと動揺を隠せないリエルを取り囲むように無数の魔獣が姿を現した。誰が見ても分かる絶望的な状況に追い打ちをかけるかのように、幼き少女の前に姿を現すのは、顔を真上に向けざるを得ないほどの巨体を誇る魔竜だった。
「そんな……」
すぐそこに存在する世界最悪の存在・魔竜。
闇夜に紛れるようにな漆黒の体躯をした魔竜は、紅蓮の瞳を輝かせて周囲を観察している。
「――――」
しばしの静寂が場を支配した後、魔竜は人間が欠伸をするイメージで口を大きく開ける。
巨体が震えた次の瞬間、その口から超巨大な火球が放たれる。
「…………」
魔竜の口から吐き出された火球は、真っ直ぐに氷都市・ミノルアへと飛翔し、そして着弾するのと同時に凄まじい轟音と共に街を破壊した。
たった一撃である。魔竜は口から火球を吐き出したその一撃で、バルベット大陸北部で最大の都市であるミノルアを壊滅させたのである。あの街にはまだ避難しきれていない人間が数多く存在していたはずである。
まだ命ある人間は一秒でも長く生きようと抗っていたはずである。僅かな希望を信じて戦う人間を嘲笑うかのように、魔竜はたった一撃で数多の人間を死に追いやったのである。
赤く。紅く。朱く。
闇夜の中で美しく燃え上がる氷都市・ミノルアを、リエルは呆然と見つめることしかできなかった。
「…………」
魔竜の瞳が足元で全身を振るわせるリエルを捉える。
世界を破壊する存在である魔竜からしてみれば、リエルという存在はあまりにも無力で気にするような存在ではなかったはずである。しかし、魔竜は瑠璃色の髪を持つ少女に興味を抱いたのである。
何が魔竜を惹き付けるのかは分からない。
それでも魔竜の瞳は小さな少女を捉えて離さなかった。
見上げるほどの標高を誇るアルジェンテ氷山と同等の大きさを持つ巨体で、魔竜が一歩を踏み出そうとした瞬間であった。瑠璃色の髪を短く切り揃えた少女の隣に横たわる『もう一人の少女』の身体が眩い輝きを放ち始める。
それは世界に希望を告げる聖なる輝き。
混沌を照らす『女神』の輝きなのであった。
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