終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第五章49 砂塵の試練ⅩⅩⅩⅧ:世界崩壊の災い

「聖なる輝きよ、世界を両断せよ――聖輝一刀ッ!」

 腰まで伸びる白銀の髪をポニーテールに結び、華奢な身体を包むのはこれまた白銀に輝きを放つ甲冑ドレス。齢はまだ十代中盤といったところなのだが、彼女の整った顔立ちからは年不相応の大人びた雰囲気が醸し出されている。

 『聖輝の女神』

 それが彼女の女神としての名であり、世界誕生と共に生まれたとされる『聖剣』を手に戦う。彼女が放つのは聖なる斬撃であり、眩い輝きを伴って一筋の光となって飛翔する斬撃は、漆黒の巨体を誇る魔竜の身体を直撃する。

 凄まじい轟音と眩い閃光が周囲に響き渡り、溢れ出す力の奔流を目の当たりにして、女神たち四人は呆然と立ち尽くすことしかできないのであった。

「ふぅ……こんなものかしら?」

「はっはっはッ! さすがは女神の中でも破壊という分野において、我と争い立つ者ッ! その実力、圧倒的、別次元、異次元であるッ!」

「ふんっ……誰が誰と争っているですって?」

「うん? 我とダイアナ……君の話をしているのだ」

「……私は貴方と争っているつもりはないわ。仮に、貴方と争うことになったとしても、私は負けない」

「ほう? それならば、今すぐにでも稽古を始めるとするか?」

「……望むところよ。その生息な口、二度と聞けないようにしてあげるわ」

 粉塵に飲み込まれ沈黙する魔竜をよそに、『聖輝の女神』と『炎獄の女神』が一発触発な雰囲気を醸し出していく。


「はいはーーーーいッ! いつもの喧嘩はそれくらいにして、今は目の前の戦いに集中しないでどうするっての?」


 あと数秒でも誰かが割って入るのが遅れていたら、間違いなく二人の女神は己の武を手加減することなくぶつけ合っていただろう。そんな一発触発な空気を破壊したのは、背中まで伸びる茶髪をサイドポニーの形で結び、表情の変化が豊富で軽快な声音が印象的な少女・カガリだった。

 彼女もまた女神と呼ばれる存在であり、『風』を操る『暴風の女神』として世界を守護するためにアスカ、ダイアナと行動を共にしている存在である。

 何かと衝突しようとするアスカとダイアナの間に入り、その仲を取り持つ役目が多い彼女は、今回もため息混じりに衝突寸前の二人の間に躊躇うことなく割り込んでいく。

「むっ……しかしだな、カガリ。ダイアナは我と戦いたいと言っているのだ。それを受けなければ恥、敗北、恥辱なりだッ!」

「ふんっ、誰が貴方と戦いなんて言ったのよ。本当に戦うことしか頭にない野蛮人の考えることは理解しかねるわね」

「あー、もう……ああ言えば、こう言うッ! 今、私たちは世界を守るために戦う女神ってことを忘れないでよね。そして、守るべき世界を壊そうとする存在が目の前にいる。それならば、私たちが戦うべき相手は一人……分かるよね?」

 カガリが指差す先。
 そこには未だ粉塵の中に姿を消している魔竜が存在しているはずである。

 アスカとダイアナの攻撃によって、あちこちから雪崩が発生している音が木霊しているが、それ以外の音は不気味なくらいに存在せず、世界崩壊を企む魔竜の安否もまだ確認することはできていない。

「魔竜……聞いていたよりは、歯ごたえが無い……期待外れ、落胆、肩透かし」

「……あの程度の力が、魔竜の全てというのならば……全くの期待外れといって間違いないわね。私たちが出る幕ですら無かったわ」

「世界を破滅させようとする魔竜がこの程度な訳がない……そうは思わない?」

 真剣味が増したカガリの言葉に、その場に存在する女神たちの表情が一変する。

「…………」

 聖輝、炎獄、暴風の女神たちに混じって言葉を詰まらせるのは、新たな女神として復活を果たした瑠璃色の髪を持つ少女・シュナ。彼女は他の女神たちの力に圧倒されながらも、世界を守護する女神として存在し続けている。


「――全員、気を引き締めなさい」


 一瞬の静寂を破るように鋭い声音を漏らすのは、白銀の髪を持つ聖輝の女神・ダイアナ。
 彼女が放つ殺気がアスカやカガリ、そしてシュナの身体を貫き異様な緊張感が場を支配する。

「すごい魔力が集中してるね……」

「……うむ、今までの比ではない。膨大、絶大、強大」

「…………なんか、すごく嫌な感じがします」

 未だアルジェンテ氷山を覆う粉塵は晴れることがない。魔竜の姿は見えないのだが、確実に膨大な魔力が粉塵の中心へと集まり始めていることを女神たちは認識していた。

「リエル……大丈夫かな……」

 魔竜との戦いはまだ終わっていない。

 カガリの治癒を受けたシュナはダイアナたち女神と戦うために最前線にまでやってきたのだが、後方に残した妹・リエルのことが頭から離れることがない。

 大規模な戦闘が始まれば後方で待機しているとは言っても、リエルだって無事ではない可能性が高い。そのことだけが、シュナの戦うという意思を鈍らせる。

「妹ちゃんのことなら心配いらないよ。私の魔法で風の守護獣を置いてきたから。そこら辺の魔獣なら負けることはないし、いざとなったら妹ちゃんを連れて逃げるように命令もしてある」

「…………」

「だから心配はいらないんだよ。シュナちゃんが心配するべきは、これからの戦いについてだけ……今はそれだけを考えるんだよ」

 心配そうに表情を曇らせるシュナに近づくと、カガリはそんな彼女の迷いを打ち払うかのように優しく声をかける。

「……ありがとうございます」

「いいんだって。シュナちゃんだって今は女神で仲間だからね。この世界を守るため、お互いに助け合うのは当然ってやつだよ」

 ペコリと頭を下げるシュナにカガリはニコッと屈託のない笑みを浮かべてひらひらと手を振る。

「お話はそれくらいにしなさい。いつ来てもおかしくないわ」

「…………」

 シュナとカガリの会話を傍で聞いていたダイアナとアスカ。
 二人は全神経を極限にまで高めると、周囲に何か異変がないかを注意深く観察している。

 一秒。また一秒と時間が経過する度に場を支配する静寂が確かな『重圧』として、女神たちにのしかかってくる。粉塵の中で『何が』起こっているのか。これから何が始まろうとしているのか……世界の命運を左右する戦いはまだ終わらない。

「――来るぞッ!」

 鋭く鼓膜を震わせた声音を発したのは、炎獄の女神・アスカだった。

 彼女の声が発せられた瞬間、ダイアナ、カガリ、シュナの三人は瞬時にその場から退避するための行動を始める。この瞬間が訪れることを理解していたからこそ実現した、極限の反射行動だったのだが、膨大な魔力を内包した魔竜の攻撃はそんな女神たちの予測をあまりにも容易に上回っていく。

「下から来るよッ!」
「いえ、上からもですッ!」

 次に言葉を発するのは暴風の女神・カガリと、氷輪の女神・シュナだった。

 粉塵を切り裂くようにして飛翔してくるのは、眩い輝きを放つ『火球』と『木の根』だった。ここまでなら女神たちも一度は目にしている攻撃のため難なく回避することが可能であったはずだった。しかし、女神たちを驚かせるのはシュナの声によって察知された『頭上』からの新たな攻撃だった。

 満月が照らす晴れた夜空は、いつしか分厚い雲が覆う曇天へとその姿を変えており、下からの攻撃と同時に突如として曇天から稲妻が発生して女神たちを襲う。

「はあああああああああああああああああぁぁぁぁぁーーーーーーッ!」

 驚きに目を見開く女神たちの中で、最も俊敏な反応を見せたのは聖輝の女神・ダイアナだった。彼女は咆哮を上げると頭上へ向けて飛び出し、聖剣を両手に握ると頭上から襲い掛かってくる稲光を切り裂こうとする。

「大地を包み、世界を覆う風の精霊たちよ、我を守り、救い給え――風絶防壁ッ!」

 逃げ場のない広範囲攻撃を前に、下手に行動する方が危険だと瞬時に判断したカガリは女神たち全員を包み込める巨大な防御壁を生成していく。

「ふむ、助かったぞカガリ。相変わらず、素晴らしい危機察知能力と行動の速さだ」

「……そりゃどーも」

「あ、ありがとうございます、カガリさん」

「うんうん、シュナちゃんは礼儀正しい子だねー、そういう素直なところを、アスカとダイアナにも見習って欲しいところだね」

 カガリが展開した防御壁にすかさずアスカとシュナが入り込んでくる。

 ひとまず、自らの安全は確保されたと判断したアスカとシュナ、そしてカガリは次に飛び出して行ったダイアナの姿を探す。

「ダ、ダイアナさんはッ!?」

「…………これはちょっとまずいかもね」

 キョロキョロと周囲を見渡すシュナとは違い、険しい表情を浮かべるカガリはダイアナの姿を瞬時に見つけており、そして彼女に集中する攻撃を目の当たりにして眉を顰める。

「はああああぁぁぁぁーーーーッ!」

 空中を自在に滑空する聖輝の女神・ダイアナ。
 彼女が持つ名も無き聖剣はあらゆるものを切り裂くとされている。

 それは自然現象によって発生した稲妻に対しても有効であり、広範囲に展開される曇天から絶え間なく降り注ぐ稲光の全てを金色に輝く聖剣で斬り伏せ、時に弾き返している。

 しかし、彼女を襲う攻撃は稲妻だけではなく、足元からは火球と木の根による多重攻撃が絶え間なく押し寄せている。

「くッ……小癪なッ!」

 凄まじい反射神経で自らを襲う攻撃の全てに対応するダイアナ。

 順調そうに見えたのも一瞬であり、次第に疲労からかダイアナの動きが鈍ってくる。瞬間的に隙を見せると、稲光たちはその隙を確実に突いてくる。

「ダイアナッ、早く防壁の中に入ってッ!」

 少しずつ、しかし確実にその身体へダメージを負うダイアナを目の当たりにして、思わずカガリが焦った様子で声を張り上げる。

 カガリが展開した防御壁にも魔竜によると思われる攻撃が被弾している。しかし、女神が展開する防御壁を打ち破ることは容易なものではない。

「あ、あれは……」
「ふむ、ふむ……これは中々……」

 シュナとアスカの驚きに満ちた震えた声音が漏れる。

「これが魔竜の……力っていうの……かな?」

 女神たちは全員が頭上を見上げた形で絶句している。
 それもそのはずであり、つい数秒前まで周囲は闇夜に支配されていたはずである。

 それがいつの間にか曇天に支配され、ただでさえ薄暗い闇夜に濃い影を落としていたのだが、それが一転して灼熱の光が世界を照らしていたのだ。

「燃える空……って、表現が正しいのかな?」

「空が……落ちてくる……」

 呆然とする中で言葉を漏らすのはカガリとシュナだった。

 彼女たちは視界を覆い尽くす非常識的な光景を、自らが思いつく言葉で精一杯に表現しようとしていた。

 女神たちが漏らす言葉の通り、彼女たちが存在する一帯の夜空が燃え盛る『業炎の空』へと姿を変えていた。しかもそれがゆっくりと、そして確実にシュナたちを押し潰そうとするかのように落下を始めている。


『我も舐められたものだ』


 その声は女神たちの足元から響いてきた。
 粉塵が晴れたその場には、相変わらずの巨体を誇る魔竜が存在していた。

 アスカとダイアナの攻撃を受けても尚、魔竜は先ほどと変わることなく健在していた。
 妖しく光る紅蓮の瞳が女神たちを捉え、そして荘厳な声音が彼女たちの鼓膜を震わせる。


『世界破滅の魔法……受けてみるがいい』


 世界に差した一筋の光。
 しかしそれは、万物を飲み込む『闇の化身』の前に脆くも崩れ去ろうとしているのであった。

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