終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第五章39 砂塵の試練ⅩⅩⅧ:賢者が見る過去の夢

 それは剣姫が誕生した時代よりも遥か昔。
 四匹の魔竜によって世界の平穏が著しく乱され、混沌した闇が人々の生活を脅かしていた時代。

 魔竜の影響をまだ受けていないバルベット大陸の北部、そこに存在するのは一年中を氷と雪で支配された都市・ミノルア。首都からも遠く、過酷な環境にあるため氷都市と呼ばれるミノルアは街の面積も小さく人口も少ない。

 貧しい生活を送ることも多い街の人々だが、魔竜の影響を受けていない現実から平穏な時間が流れている。

「ほら、リエルッ! 泣かないのッ!」

「ひっく……ひくッ……だ、だってぇ……」

「ちょっと転んだだけでしょ? それくらいで泣かないの!」

「でも……痛いし……」

「こんなの全然痛くないって…ここを、こうすれば……えいっ!」

「あっ……痛くなくなった……」

「痛くなくなったでしょ? もうこれで泣く必要はないの!」

「お姉ちゃん……すごいッ……!」

「ふふっ……これが魔法の力。なんでも出来る魔法の力は、いつかきっと……世界を平和にするの!」

 平穏なミノルアに美しい瑠璃色の髪を揺らした姉妹が暮らしていた。
 一人はその青髪を腰まで伸ばし、もう一人は同じ髪色を肩上で切り揃えていた。

 髪を腰まで伸ばし、年不相応に大人びた様子を見せる少女は『シュナ』という名を持っていた。
 もう一人の背丈が低く、髪を短く切り揃えている少女は『リエル』と名乗っていた。

 二人ともミノルアでは数少ない子供ということもあり、街の人々から愛されて生きていた。こうして街中を歩いているだけでも声をかけられることは多く、両親がいない二人の寂しさを街の人たちが補っている。

「お、シュナにリエルじゃないか。今日もいつものかい?」

「うん、そうだよー! おじさんも見に来てね!」

「よ、よろしく……お願いします……」

 元気に街中を駆け回るシュナとリエルに街の人たちが声をかける。その人たち全員にシュナが街の中央広場に集まるようお願いしている。人見知りが激しいリエルも顔を真っ赤にしながらも姉と同じように街の人々へお願いをしている。

 シュナとリエルの言葉に嫌な顔をする人は存在せず、声をかけられた全員が優しく笑みを浮かべると軽い足取りで二人の後を追うのであった。二人のこうした行動はミノルアでは恒例行事の一つであると認識されており、毎日のように繰り返される光景なのだが見学に来る人の数は減ることがない。

「お、お姉ちゃん……がんばって……!」

「うん。リエルは特等席で見てていいからね。でも、いつかはリエルも出来るようにならないとダメだよ?」

「えっ……私は……恥ずかしくて、できないよ……魔法の才能だってないし……」

「もぉ……またそんなこと言ってる。私にできるんだから、絶対にリエルにだってできる。やる前から諦めてたら、何も成すことはできないんだよ?」

「うぅ……分かってる、けど……」

 氷都市・ミノルアの中心部に存在する広場。そこには小さなステージがあり、それを取り囲むようにして街の人たちが集まっている。そんなステージの袖にはシュナとリエルの姿があり、彼女たちが何かを始めようとしているのは間違いない。

 ニコニコと笑みを浮かべるシュナは綺羅びやかな魔法ローブに身を包み、その小さな頭の上にはトンガリ帽子が乗っていた。かなり派手な魔法衣装に身を包んだシュナがこの日の主役であり、ステージの前に存在する人々も彼女の登場を待ち侘びているのであった。

「それじゃ、行ってくるね」

「うん……!」

 心配そうに見守るリエルの頭を優しく撫でると、シュナは軽い足取りでステージへと駆け出していく。

 何も出来ないと引っ込み思案なリエルはいつも姉・シュナの背中を見送るばかりであり、しかし全幅の信頼を寄せる姉の凛々しい姿に心が踊ってしまう。

「みんなーッ、おまたせーーーッ!」

 ぴょんぴょんと軽やかに飛び跳ねるようにしてステージへと出てきたシュナを、街の人たちは割れんばかりの歓声をもって歓迎した。

「それじゃ、ミノルアのアイドルッ……シュナの魔法ショーが始まるよーッ!」

 自分の背丈以上の長さを誇る魔法の杖をもったシュナは、表情に笑顔の花を咲かせ、弾むような声で言い放つと、己の中に存在する魔力を最大限にまで放出していく。

「輝く紺碧の花……みんなに笑顔を届けてッ!」

 天高く突き上げられた魔法の杖が神々しく輝くと、杖の先端から巨大な氷の花が出現する。その花は一回り、また一回りと成長していくと、気づけばシュナの身体の数倍以上の大きさへと変貌を遂げた。

 そして眩い輝きと共に音もなく砕け散ると、キラキラと輝く氷の粒子となって観客たちの頭上へと降り注いでいく。

 触れると消えてしまう、しかし一瞬の冷たさをくれる氷の粒子を前に、ステージに集まった観客たちがより一層大きな歓声を上げる。

「よーし、次はこれッ!」

 再び魔法の杖に魔力を充填し、シュナは次なる魔法を繰り出していく。

 杖から光が迸った後、氷で作られた小鳥や妖精が生成され、楽しげに空中を飛び回り始める。それに続くようにシュナも杖の上に立つとふわふわと宙を舞い、観客たちを少しでも楽しませようと魔法を使っていく。

「いいぞー、シュナッ!」
「かっこいいーッ!」
「こっちにも氷をくれーッ!」

 生き生きと飛び跳ねるシュナに対して、観客たちも歓声をもってステージを盛り上げていく。
 これがシュナの日課でもある氷都市・ミノルアの魔法ショーなのであった。

 彼女たち姉妹は定期的に魔法ショーを開催することで、明るい話題の少ない混迷を極めた時代に生きる人々に笑顔を届けていた。街の人々もそんな姉妹の想いを理解しているからこそ、こうして集まって歓声を上げている。

「次がラストッ! とっておきの魔法を――」

 ここからフィナーレだとシュナの言葉が響き渡った瞬間だった。

 突如として立っていることすら困難な巨大地震がミノルアを襲う。

「な、なにッ!?」

 遠くから木霊してくるのは、大地を震わせる魔物の咆哮。
 それは世界を混沌に陥れる魔竜の咆哮。

 人々の悲鳴が街に木霊する中、シュナとリエルは呆然と立ち尽くすことしかできないのであった。

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