終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第五章29 砂塵の試練ⅩⅧ:絶望の城下町

「無駄話はここまでだ。そろそろ、君には死んでもらうよ。俺の計画の邪魔は……誰にもさせない」

 ハイラント王国を襲撃したのは、過去に王国を追放された王族の少年だった。

 ルイス・ハイラントと名乗る少年は、かつて世界を滅ぼした魔竜の力を行使することで、自分を追放したハイラント王国を滅ぼそうとしていた。崩壊する城下町において、少年と対峙するのは同じく王族であり、金色と白銀に輝く髪が印象的な少女・リーシアだった。

 彼女もまた金色の髪を持つという理由だけで、王国から存在を隠されてきた悲劇の運命を歩んでいた。本質的に対峙する少年と境遇が似ていたリーシアだが、彼女は王国の地下で世界を守護する存在である神竜と出会い、剣姫としての力を手に入れることで、少年とは違い王国を守るために戦おうとしていた。

「私は死なないッ! 貴方を倒して、王国を守るッ!」

 王族として王位継承権を剥奪されただけではなく、一歩も外に出ることすら禁じられてきたリーシア。そんな過酷な運命を生まれながらにして決定付けられていた少女が何故、自分の命を賭けてまでハイラント王国を守ろうとするのか。

 それは、いつも自分に寄り添って生きて来てくれた大切な人が存在しているからである。

 王国に対して良い印象を抱いていなかったとしても、リーシア・ハイラントと名乗る少女は王国を守ろうとする理由としてはそれだけで十分なのであった。

「――力を貸せ、魔竜エルダ」

 最初に動きを見せたのは、その顔に浮かぶ不快感を隠そうともしない少年・ルイスだった。先ほど、魔竜ギヌスの力を使った時と同じように右手を差し出すと、静かに、しかし周囲にしっかりと響き渡る声音で新たなる魔竜の名を呼ぶ。

「――全てを焼き尽くす業炎よ、立ち塞がるあらゆる物を飲み込めッ」

 それはまるで魔法の詠唱ようでもあった。

 少年の言葉に呼応するように、突き出された右腕から赤く燃え滾る業炎が生成される。時間の経過と共に業炎の渦は大きさを増していく。

「――――ッ!?」

 ルイスとリーシアはそれぞれ十分過ぎるほどの距離を保っていた。

 それであるはずなのに、リーシアの全身を突き刺すような禍々しき魔力が襲っており、ルイスが生成した業炎の危険度をその身体をもって実感する。

「いけ、炎破竜神ッ」

『退けッ、主ッ!』

 ルイスが放った言葉と共に、右腕に生成されていた業炎の渦がリーシア目掛けて射出される。大地を揺らし、周囲に存在する空気を焦がす膨大な業炎が一筋の竜となって、小柄な身体をしているリーシアを飲み込もうとしている。瞬きの間にリーシアとんぼ距離を詰める炎渦に対して、リーシアも黙ってやられる訳にはいかない。

「はああああぁぁぁッ!」

 地面が抉れるほどの跳躍を見せるリーシア。
 次の瞬間、彼女が立っていた場所に炎渦が着弾し、凄まじい轟音が周囲に轟く。

「きゃッ!?」

 リーシアが立っていた場所の大地を飲み込み爆発した炎渦は、広範囲に甚大な影響を与える。大地が爆ぜ、その結果に夥しい数の小石が上空に居るリーシアを襲う。

 目で追うことすら不可能な速度で飛翔する小石が衝突し、リーシアの身体を鈍い痛みが断続的に襲ってくる。

「ほら、そんなに空に逃げてていいのかな?」

『不味いッ、まだ来るぞッ!』

「えっ?」

 ルイスが放った攻撃を、完璧とは言えずともしっかりと躱すことが出来たはずだった。少なくとも、戦闘経験の浅いリーシアはそう考えていた。

 しかし、五大魔竜の力を操り、ハイラント王国をほぼ単独で攻め落とそうとしたルイス・ハイラントはそんな少女の考えの遥か先へと到達していた。炎渦が着弾した場所には巨大な粉塵が立ち上っている。そんな粉塵を切り裂くようにして姿を見せるのは、ルイスが放った業炎であった。

 膨大な力を持つルイスの攻撃はたった一撃で消失するほど脆くはなく、少年が命令を放ち力が残す限りは飛翔を続けるものであったのだ。


「――聖なる剣輝シャイニング・ブレイドッ!」


 それは剣姫である少女が咄嗟に判断しての行動だった。

 生命の危機に本能が反応を示し、小さな自分の身体を飲み込もうとする炎渦に対して、リーシアもまた自身が持つありったけの力を放っていく。眩い輝きを刀身に宿し、聖なる一撃を見舞っていく。

 輝く両手剣を振り下ろせば、聖なる輝きが炎渦に向かって射出していく。

「――――ッ!」

 聖なる輝きと禍々しい業炎が衝突し、ハイラント王国の城下町に強大な衝撃波が駆け抜けていく。鼓膜を突き破らんばかりの轟音と、凄まじい衝撃波がリーシアの身体を吹き飛ばすだけではなく、周囲に存在していた建造物すら跡形もなく吹き飛ばしていく。

「うーん、今の一撃で死なないのか」

「けほっ、けほッ……あ、危なかった――」

 地面へと墜落したリーシア。炎渦の直撃はなかったため、大したダメージを負うことは無いのだが、むくりと立ち上がった少女は眼前に広がる光景に言葉を失ってしまう。

「そ、そんな……町が……」

 リーシアたちが立っていたのは、城下町の中心に存在する小さな広場だった。

 円形に広がる広場の中心には噴水が存在していて、それを取り囲むようにして民家が立ち並んでいたはずだった。しかしそれも、ルイスが放つたった一撃によって全てが破壊され、美しい街並みが消え失せ、荒廃した大地が広がるだけとなっていた。

「わ、私が……私のせいで……?」

『それは違う。主のせいなどではない。とにかく、今は戦いに集中するのだ』

「で、でも……これ以上、戦ったら……また町が……」

「ふん、この程度で動揺しているのか。見た目通りの子供だな」

 動揺を隠せないリーシアに対して、冷めた瞳で周囲を見渡すルイスはなんら感情の変化を見せることはない。むしろ、忌々しい町が消え去ったことに満足感すら覚えている様子であり、破壊するという行為に対してなんら罪悪感はない。

「まぁいい。この後、王国は完全に滅びる。この程度の被害なんて気にならなくなるさ」

「そ、そんな……」

「さぁ、更なる絶望を味わうがいい」

 リーシアに失意から立ち直る暇すら与えず、ルイスは更なる攻撃の準備を整えていく。先ほどと同じように膨大な魔力がルイスへと集中していく。大地が揺れ、かつて世界を滅ぼした魔竜の持つ力が、再びハイラント王国を襲おうとしている。

「ダ、ダメ……」

 また城下町が破壊される。

 広範囲に渡る攻撃が再び襲おうとする現実を前に、リーシアは自分が無力であることを思い知らされていた。このままでは少年を倒すことはおろか、振り下ろされる攻撃を止めることも出来ない。

 絶望渦巻く城下町での戦い。
 それは一人の少女に絶望と現実を突きつけるかのように、最悪な方向へとひたすらに突き進むのであった。

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