終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第五章27 砂塵の試練ⅩⅥ:最悪の悪神

「そんなに死にたいのなら……今ココで殺してあげるよ」

 魔獣たちの襲撃を受け、壊滅的な打撃を負ったハイラント王国。城下町に放たれた魔獣たちは手当たり次第にあらゆるものを攻撃していった。

 建物は破壊の限りを尽くされ、力なき一般市民は魔獣の前にその命を散らすこととなった。

 王国騎士たちの力を持ってしても魔獣たちを撃退することは叶わず、このままではハイラント王国が存亡の危機に立たされることは間違いなかった。しかし、そんな城下町の形勢は一人の少女の手によって少しずつ変化していた。

「私は死なないッ、貴方を倒してこの国を守るッ!」

 戦火の城下町で対峙するのは金色の髪を持つ少年と、金色と白銀が混じった髪を持つ少女だった。

「ふん、こんな国に守る価値なんて無いよ」

「そんなことないッ! この国は平和だった、幸せに暮らす人がたくさん居たッ……それだけで守る価値があるッ!」

「…………」

 どれだけ自分に過酷な運命を強いた事実があろうと、それでもリーシアはハイラント王国を嫌いになることは出来なかった。美しく、人々の笑顔が溢れるこの国を守るためならば、どんな強敵にも立ち向かう覚悟が出来ていた。

「はああああぁぁぁッッ!」

 城下町の中心部。
 そこに響くのは剣姫・リーシアの咆哮だった。

 剣姫としての絶大なる力を得たリーシアだが、彼女にはまだ戦場による経験が備わってはいなかった。そのため、相手の実力を図るための行動をスキップして突撃することしか出来ない。

「はぁ……何も知らない小娘の相手は疲れるよ」

「――ッ!?」

 輝く聖剣を握り、真正面から金色の髪を揺らす少年へと接近を果たそうとするリーシア。猪突猛進に突っ込んでくるリーシアを見て、少年はため息を漏らすと静かに右手を伸ばすとその小柄な身体に魔力を集中させていく。


「――力を貸せ、魔竜・ギヌス」


『逃げろッ、主ッ!』
「ええぇッ!?」

 猛烈な速度で突進していたリーシアは、突如として脳裏に響いた神竜の言葉に驚きの声を漏らす。急ブレーキを掛けてその場からの離脱を図ろとするリーシアだが、それよりも僅かに早く眼前に立つ少年が力を解放していく。


「――グラン・フォル」


 次の瞬間、ハイラント王国の城下町を巨大な地震が襲ってくる。

「なになにッ、なにが起こるのッ!?」

『間違いない、これは魔竜の力ッ……まさかこんなことが現実に起こるとはッ……』

 地震は断続的に続いており、大地が裂けるとそこから巨大な大樹の根が姿を現す。

「なにこれぇッ!?」

『説明は後だッ、いいから逃げろッ!』

 神竜の言葉が響き、自身の身に迫る危機を察したリーシアは表情を引き締めると後方へと跳躍を開始する。

「ふん、逃げても無駄だ……」

「こっち来るッ!?」

 金色の髪を持つ少年が使う力。

 それは紛れもなく魔竜・ギヌスのものであり、大樹が持つ根を自在に操ることが出来るものだった。周囲を見渡せば、大地の裂け目は至る所に出現しておりその全てから根が姿を現している。

「……くッ!?」

 瞬きの間に接近を果たし、リーシアの身体を貫こうとする大樹の根。自分の身体に殺到する大樹の根を、リーシアは両手で握る聖剣を使うことで切り落とそうとする。

「どこまで耐えられるかな?」

「はぁッ、くッ……うりゃッ!」

 右。左。下。上。

 あらゆる方向から接近してくる大樹の根にリーシアは防戦一方な展開を強いられていた。少年が使うのは、かつて女神と神竜によって封印されたはずの魔竜が持つ力であった。

 それは神竜と女神たちが持てる全ての力を使うことでようやく封印することに成功した力であり、つい先ほどまでただの少女だったリーシアが対抗できるものではない。

「キリがないなぁッ……もぉッ!」

 幾度となく剣を振るうことで大樹の根を切り落としていくリーシア。

 しかし、時間が経てば経つほどにリーシアは着実に追い詰められていた。先端を鋭利に尖らせた大樹の根は、少しずつリーシアの身体に傷をつけていく。

「ほら、次はこっちだよ」

「きゃあああぁぁぁッ!?」

 大樹の根は少しずつ、気付かないレベルでその数を増やしておりリーシアの命を貫こうと殺到し続ける。ここまで完璧に対処していたリーシアも、増え続ける大樹の根に身体へ刻まれる傷が増えていってしまう。

『主ッ、今すぐ逃げるんだッ……今の主が敵う相手ではない』

「それはできないッ……」

『しかしッ!』

「大丈夫ッ……私だって、タダでやられる訳じゃないッ……」

 跳躍を繰り返し大樹の根から距離を取るリーシア。
 大樹の根が殺到するよりも先に、剣姫・リーシアは全身に力を漲らせていく。

「……ん?」

 剣姫・リーシアを中心に膨大な魔力が集中していく様子を感じ取った少年は、その違和感に表情を歪ませる。


「――聖なる剣輝シャイニング・ブレイドッ!」


 鋭く響き渡ったリーシアの声音と共に、眩い輝きを放つ両手剣が振り下ろされていく。

 立ちふさがる全てのものを消し去る聖なる斬撃。一筋の光となって飛翔する斬撃は、リーシアの前に存在していた大樹の根を跡形もなく消し去っていく。

「へぇ……全部消えちゃった。君みたいな子供がそんな力を持ってるなんてね、さすがに予想外だったよ」

「はぁ、はあぁ、はぁ……」

「見たところ、騎士にしては若すぎる外見をしてる。だけど、格好は紛れもない騎士だ。そして、魔竜の力を瞬時に消す力を持っている……君は何者なんだい?」

「はぁ、くッ……はあぁ……私は……リーシア・ハイラント。この国に生まれて、この国にずっと閉じ込められていた……ただの女の子」


「リーシア……ハイラント…………?」


 リーシアの言葉を聞いて、そこで初めて少年の表情に明らかな変化が生まれた。
 気怠そうに開かれていた瞳が見開かる。

「へぇ……そうか……もう、そんなに……時間が経つのか……」

「……なに?」

 リーシアの名を聞きその表情を驚かせた少年は、魔竜の力を行使した右手で自らの顔面を覆うと、次の瞬間にはその顔に笑みを浮かばせていた。

「俺の名前を教えてなかったね。ちゃんと自己紹介をしよう」

「…………」


「俺の名前は――ルイス・ハイラント。ハイラント王国の正統な後継者だった男さ」


「――――」

 ルイス・ハイラント。
 リーシアはその名前を聞いた瞬間に驚きを禁じ得なかった。

 自分と同じ名を持つ者がいる。そして、その人物が王国を転覆させようと攻撃を仕掛けて来ているのだ。

 ハイラント王国を舞台にした壮絶なる戦い。
 それは新たな事実と共に絶望への道を突き進もうとしているのであった。

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