終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第五章8 砂漠の難所

「よーし、全員集まってるな?」

「準備万端ッ!」
「はい、こちらも大丈夫です」

「儂もじゃ」
「…………」

「私も頑張るよーッ!」

 アケロンテ砂漠と隣接する田舎村・デミアーナへ到着した翌日の朝。

 この日は西方の女神が眠る砂漠へと足を踏み入れるため、ライガたち一行はデミアーナの入り口で集まって出発の準備を進めていた。

 ライガの問いかけに対して、シルヴィアとエレスは顔に笑みを浮かべながら準備万端であると返事をする。次に、ユイとリエルもまた準備は出来ていると返事をするのだが、その表情はイマイチ冴えない。

 昨夜、デミアーナで出会った少女・アリーシャが女神の力で眠る航大へと接近を果たした。ユイとリエルはその事実をライガ、シルヴィア、エレスの三人に伝えてはいない。アリーシャ自身の監視を強化することを条件に、ユイとリエルは昨夜のことを自分たちの胸中にだけ留めることとした。

 それというのも、アリーシャが過酷なアケロンテ砂漠を突破するために必要な人物である可能性が高く、怪しい行動を取ったものの、まだ有用なことがあるのではないかというリエルの判断だった。

「ったく、ユイとリエルはテンション低いな。そんなんで、大丈夫か?」

「…………」
「ふんッ……」

 そんなユイとリエルの様子に違和感を感じたライガの再度の問いかけにも、二人は表情を険しくして簡素な返事をするだけ。

「まぁいいか。とりあえず、これから砂漠へと向かう。アリーシャ、案内は頼めるのか?」

「そこら辺の人よりは案内できる自信はあるよ。でも、私だって砂漠の全てを知ってる訳じゃないってことも承知してくれれば」

「なるほど。分かった、それでも何も知らないで入るよりはマシだ」

「それなら、まずはアケロンテ砂漠の難所……砂塵防壁を突破するところから始めようか」

「砂塵防壁……?」

 アリーシャの言葉にライガが首を傾げる。聞き慣れない単語にエレスやシルヴィアたちも目を丸くしてライガと同じように首を傾げるばかりである。

「アケロンテ砂漠を歩くと最初に出てくる難所で、そこを突破したことがある人間は存在しない」

「えっ……最初の難所すら突破できてないの?」

「まぁ、そういうことになるね」

 アケロンテ砂漠は過酷な環境である。

 バルベット大陸の西方に位置する巨大な砂漠地帯。そこはまだ謎が多く残されている場所であり、過去に何度もハイラント王国の騎士隊などが調査に乗り出したことがある。しかし、砂漠へ足を踏み入れた者の大半が生還出来ない現実があり、その原因となるのが砂塵防壁と呼ばれるものであった。

「砂塵防壁ってのは、その名の通り、砂嵐で出来た壁みたいなものだね」

「砂嵐の壁……?」

「これに関しては見てもらうのが一番いいんだけどね。昨日、デミアーナにやってきた砂嵐とは規模も力も圧倒的に違う巨大な壁が西方への道程を塞いでるんだよ」

「なるほど。それを突破する術はあるのでしょうか?」

 アリーシャの言葉を聞いて、エレスが問いかけを投げる。

 誰も突破したことがない砂漠への侵入を阻止する防壁の存在。そこを越えなければ、西方の女神へは到達することができない。

「私もあの防壁を突破したことはない。だけど、一つだけチャンスがあるのを知ってる」

「……チャンス?」

 その言葉に反応するのは、不機嫌な様子を隠そうともしない北方の賢者・リエル。

「満月の夜。防壁の力が一瞬だけ弱くなる瞬間があるのを、長年の観察で発見したんだよ」

「満月の夜に? どうしてそんなことが起こるんだ?」

 アリーシャの言葉にライガは難しい表情で唸る。

「まぁ、ここが一番の問題なんだけどね。砂塵の防壁を突破できないのは、砂嵐が強いから……だけじゃないんだよ」

「もったいぶらないで早く教えてよー」

 今度はしびれを切らした様子でシルヴィアがアリーシャの言葉を待つ。

「防壁が力を失うのは満月の夜。それは、ずっと砂漠を観察してる人なら気付くことで、その隙を突いて突破しようとした人も居るんだよね」

「それでも突破できたことはない……?」

「その通り。防壁が弱くなると、その周辺に夥しい数の魔獣が出現するようになるんだよね。満月の夜に防壁が無くなる訳じゃない。視界が奪われる中で、大量の魔獣に襲われてみんな死んじゃうんだよね」

「大量の魔獣か……防壁が強い時にチャレンジするのは無謀なのか?」

「そんなの聞くまでもないけど、無謀だよ。弱体化してない防壁は誰も近づくことすらできない。ただ風で飛ばされるとかいうレベルじゃないんだよ。あの暴風に触れれば、瞬く間の内に身体が木っ端微塵に切り裂かれちゃうだろうね」

「…………」

 ライガの問いかけに対して、アリーシャは笑みを浮かべていた表情に真剣な色を灯して防壁の危険性についてこれでもかと分かりやすく説明する。

 その瞬間、ライガたちの頭から防壁を無理矢理に突破するという選択肢は消える。

「……分かった。それじゃ、満月の夜に防壁へ挑むとしよう」

「うん。砂漠を突破したいのなら、その判断が妥当だと思うよ」

「でも、満月の夜って次はいつなの? 私たちにはあまり時間が無いと思うんだけど」

 満月の夜に防壁を突破する……ここまでの意思統一は問題なく完了した。
 しかし、次に問題なのは『満月の夜』が次にやってくるのはいつなのか。

「ふふ、君たちは本当に運がいいよね。満月の夜……それは、今日やってくるんだよ」

「……マジかよ?」

 シルヴィアが漏らした疑問。それに対して、アリーシャは満面の笑みを浮かべると両手を広げてチャンスはすぐそこにあることを説明する。

「それなら夜まで待って、防壁にチャレンジする……って、ことですかね?」

「あぁ、そうなるな……シルヴィアが言うように、俺たちには時間がない。航大を助けるためにも今日の夜に防壁へ行く」

「……なんか、事が上手く進みすぎている気もするがの」

「まぁ、いいんじゃない? 魔獣と戦うのは大変だろうけど、アリーシャの話が本当なら今日にチャレンジしないとチャンスがまた遠くなっちゃうし」

 アリーシャの話を聞いて、ライガとエレスは頷き合いながら行動の決定を下す。
 その判断に対して、アリーシャを信用していないリエルとユイは複雑な表情を浮かべる。

「それじゃ、今日の夜に防壁へチャレンジする……それで問題ないかな?」

「あぁ、俺たちはそれでいい」

「うんうん。それじゃ、これから私たちは防壁の近くまで進むよ。そして、夜になったら突撃する」

「分かった。その流れで行こう」

 こうして、ライガたち一行が取るべき行動が決まる。

「そうと決まれば、夜までには防壁まで到達する。全員、出発するぞッ!」

 ライガの声が周囲に木霊する。

 その合図と共にライガたち一行はアケロンテ砂漠、誰も踏破したことのない過酷な環境へと足を踏み入れるのであった。

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