終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第五章1 西方の地・ブリアーナへの旅立ち

「……よし、全員揃ったな?」

「うむ」
「はーいッ!」
「はい」
「…………」

 それぞれの休息を過ごした翌日の早朝。

 ライガ、リエル、シルヴィア、エレス、そしてユイの五人はハイラント王国の正門へと集合を果たしていた。全員がその表情を引き締めており、これから始まる旅路の重要性を強く感じている。

「誰か一人くらい寝坊する阿呆がおると思っていたが、そうはならなかったの」

「あはは、まさかこんな大事な日に寝坊する人なんていませんよ」

「イヤー、全くもってその通りダヨネ」

「……シルヴィア、どうしてこっちを見ない?」

「…………」

「うッ……ユイまでそんな目で……何よッ、ちょーっとだけ遅れただけでしょッ!」

「儂らは時間通りに集合したからの、そこそこの時間を待つことになった訳じゃが?」

「うぅ……久しぶりにゆっくり休めたから、思ったよりも長く寝ちゃって……」

「まぁ、シルヴィアが遅刻したことは後で叱っておくとして、みんな準備は大丈夫だな?」

 航大が不在の今、この旅路のリーダーはアステナ王国へ訪問した際と同じでライガが務める。航大と出会った時は、まだ騎士として満足に戦うことすら出来なかったライガではあるが、航大と共に時を過ごし、数多の戦いを経験することでリーダーとしての素質を確実に養っている。

 絶対の英雄として世界にその名を轟かせた父・グレオのようには行かないが、それでもライガはライガなりの騎士としての有様を示し続けており、ハイラント王国での知名度も高まっている。

「儂は全く問題ないぞ」

 ライガの問いかけに対して、真っ先に堂々とした返事をしたのが北方の賢者・リエルである。

 薄青の髪を肩下まで伸ばし、いつものように白いレースが印象的なドレスに身を包んでおり、悲しくなる幼児体型でドヤ顔と共に胸を張っている。

 その様子を見て、ライガは思わず彼女の成長に関して余計な一言を漏らしそうになるが、そうなった時の怖さを身をもって知っているからこそ、ギリギリの所で飲み込むことができた。

 リエルもまたこの旅路には誰よりも強い想いを抱いて参加する。
 主人である航大を救うため、彼女は自らの命を賭けてでもこの旅の目的を果たす決意を固めている。

「私もだいじょーぶッ!」

 次に声を上げたのは、ライガと同じハイラント王国の騎士である少女・シルヴィア。

 肩上まで伸ばした金髪を揺らし、その表情に自信満々といった笑みを浮かべている。彼女もリエルと同じで今回の旅に強い決意を秘めている。

 自分の運命を大きく変えてくれた恩人である航大を救い出すため、シルヴィアもまた己の全てを賭けて西方への旅に挑む。

「私も問題ありませんよ、ライガさん」

 次に返事をしたのは、アステナ王国の近衛騎士であるエレス。

 航大たちとはアステナ王国で出会い、その後に拉致された航大を救い出すために、ライガたちと行動を共にし、彼を救い出すために帝国ガリアへ乗り込んだ経験を持つ。

 帝国騎士と魔竜・ギヌスの襲撃を受けた結果、アステナ王国は壊滅的な打撃を受け、今現在も復興へ向けて国全体が忙しい日々を送る中で、エレスは母国から離れた土地で活動を続けている。

 それというのも、航大はアステナ王国を滅亡から救ってくれた英雄であり、アステナ王国の王女・レイナの指示によるものである。

 王女の命令で航大を救う。

 それが表向きにエレスへ課された使命であるが、それ以外にも彼には裏の目的があるのだが、それはライガたちには明かせない。

「…………大丈夫」

 最後に返事をしたのが、白髪が印象的であり表情の変化が極端に少ない少女・ユイである。

 今回の旅において、誰よりも航大を救いたいという想いが強い人物であり、その瞳に宿る決意は並大抵のものではない。

 西方への遠征メンバーの中で航大との繋がりが最も長い人物であり、神谷航大への想いに関しても頭一つ抜けているといって間違いない。それほどまでに航大を想っているからこそ、彼が自分の手で倒れてしまった現状に負い目を感じている。

 必ず航大を救う。
 それが彼女が今、何よりも優先して果たすべきことなのであった。

「よーし、それじゃ出発するぞッ!」

 そんな言葉と共にライガが歩く先、そこには二匹の地竜と客車が存在していた。

「ハイラント王国から地竜と客車を貸してもらったから、西方へはコイツを使っていくぞ」

「ふむ、地竜が二匹いるということは、誰が操縦するんじゃ?」

「そこは俺とエレスが担当しようと思ってる。女性陣は客車の中でゆっくりしててくれ」

「へぇ、ライガにしては気が利くじゃない」

「……まぁ、さすがにこれくらいの配慮はできるぞ。西方って言っても、同じ大陸にある訳だからそんなに遠くないんだよ」

「ふーん、それじゃ早速する出発するとするかの」

「そーだね、あまりゆっくりもしてられないしッ!」

 ライガの説明を軽く聞き流すと、シルヴィアとリエルの二人はそそくさと客車へと乗り込んでいく。

「ユイ、お前も早く乗れ。全員が乗ったら出発だ」

「……うん」

 静かにしているユイへ声をかけ、彼女もスタスタと歩くと客車の中へと乗り込む。これで全員の準備が完了した。ライガは最後に空気を大きく吸い込み吐き出していく。

 怒涛の日々から解放されたのも一瞬。
 新たな旅路が始まろうとしていた。

 これからの時間において、ライガたちの前にどれだけの壁が待ち受けているのかは分からない。しかし、全員の目的は完全に一致しており、今はただその目的を果たすたことだけを考えていればいい。

「行くぞッ!」

 ライガの怒号が響き渡り、それに少し遅れて地竜の咆哮が周囲に響き渡る。
 航大を救うための西方への旅立ち。
 長い旅路が今、始まるのであった。

◆◆◆◆◆

「ねぇ、ライガー」

「……なんだよ?」

「あとどれくらいの時間が掛かるのー?」

「どれくらいって言われてもなぁ……今日中には着かないことは確実ってことだけは言えるな」

「うへぇ……ってことは、野宿しないといけないのかぁ……」

「まぁ、お前たちは客車で寝てればいいぞ。地竜の運転はこっちで最後までやるし、なるべく休憩なしで進む予定だ」

「ふむ、それで大丈夫なのか?」

 ライガとシルヴィアの会話に入ってきたのはリエルだった。
 休息なしで進むというライガの言葉を聞いて、彼の身体を案じての言葉であった。

「順調に進めば、明日にでも休憩ポイントの村に到着するだろうし、今は一秒でも早く航大を助けなくちゃいけねぇ。これくらい頑張るさ」

「お主が大丈夫というのならいいんじゃが……厳しくなったら言うんじゃぞ?」

 リエルの言葉にライガは軽く手を上げて応えると、地竜の走る速度を上げていく。

「ライガさん、私たちが向かう場所の詳細をお聞きしてもいいですか?」

 次に話しかけてきたのは、ライガと同じく地竜を操っている騎士・エレスだった。彼はコハナ大陸の出身であるが故、バルベット大陸の地理に詳しくはなかった。

「俺も西方へは初めて行くからあまり詳しくはないけど、聞いた話ではこのまま進むと広大な砂漠があるらしい」

「砂漠、ですか……」

「そもそも西方の地って奴は、毎日のように暴風が吹き荒れる過酷な場所だ。それは砂漠でも同じで、砂漠には絶え間なく砂嵐が発生してるって話だ」

「砂漠で砂嵐ですか……それだけでかなり厄介だってことがわかりますね」

「その通りだ。今まで、ハイラント王国も何度か砂漠へ調査団を派遣したんだが、その全てが失敗している」

「失敗……?」

「あぁ……砂漠へと踏み入った調査団の人間は誰一人として帰還を果たしていない」

「…………」

 ライガの言葉にエレスは険しい表情を浮かべて絶句する。

「この情報をリエルさんたちに伝えなくても?」

「まぁ、伝えたところで行くってことは変わらないだろうし、今から変にプレッシャーを掛けなくてもいいだろ」

「そうですね……西の砂漠……今回の旅も楽ではないみたいですね」

「楽な旅があるなら教えて欲しいくらいだ。誰も到達したことがない砂漠を越えた先……そこに西方の女神が封印されている祠があるって話だ」

「なんとか近道をすることが出来ないものですかね?」

「……そんなことが出来るのなら、誰も苦労しねぇよ」

「そうですねぇ……」

 ライガたちが向かうのは、バルベット大陸の西方・ブリアーナ地方。
 そこには広大な砂漠が広がっており、立ち入ろうとする侵入者を迷わせる。

 始まったばかりの新たなる旅路。
 近づく困難にライガたちの気は引き締まっていくばかりなのであった。

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