終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第四章50 【帝国終結編】覚悟と決意、そして試練

「…………」

 深い闇を彷徨っていた。
 それは一瞬だった気もするし、永遠にも似た時間を過ごしたような気もする。

 脳内には意識を失う直前に見た光景が鮮明に残っている。
 白髪を揺らす少女との命を賭けた戦い。望まぬ戦いの末にあるものは、悲劇的な結果なのであった。

「…………」

 女神と一体化を果たし、異形の力を得た航大は白髪の少女・ユイと激闘を繰り広げ、最後には彼女の身体を傷つけることが出来ず、その身に重傷を負ってしまった。

 最後の瞬間。

 航大はどうしても彼女の身体に攻撃することが出来なかった。放出された魔力と魔力が衝突する瞬間、航大は意図的にその攻撃を外した。しっかりと正面からぶつかることが出来れば、女神の力を持ってして航大が勝利することは容易に想像できた。

「んっ……」

 長い夢から覚めた航大が寝ていたのは、天地が逆転した世界。
 それは過去に一度訪れたことがあり、自分の内に眠る女神と邂逅を果たした場所である。

 仰向けに寝る航大の視界には、逆さまの形で存在する現実世界の住宅街が広がっており、その光景は今では懐かしくなってしまった、航大の生まれ故郷である。この世界は航大の深層に作られし世界である。なので、異世界には存在しない光景が広がっているのであって、この世界の王は無気力に横たわっている神谷 航大なのであった。

「お久しぶりですね、航大さん」

「この声……シュナ、か?」

「はい。航大さんの世界を守護する女神様ですよ」

「女神様って、間違ってはないけど、自分で言うか?」

 本来、この世界を作った主である航大以外の存在が深層世界に立ち入ることができない。しかし、どこからともなく姿を現した存在があり、それは北方の女神であり、賢者・リエルの姉であるシュナと呼ばれる存在だった。

 リエルと同じように美しい蒼の髪を腰まで伸ばし、大人びた表情が印象的な女性である女神・シュナは横たわる航大を見て、ニコニコと満面の笑みを浮かべていた。

「…………」

「えっと……シュナ……?」

「……航大さん?」

「は、はい……」

 女神・シュナの様子がおかしい。

 久しぶりの邂逅を果たした女神は、これ以上はない程に模範的な笑みを顔に貼り付け、しかし、声は全く笑っていない様子で航大に言葉を投げかけてくる。シュナの身体を取り巻くどす黒いオーラを感じて、さすがの航大も異変に気付く。

「ちょっと、そこに座ってくれませんか?」

「え、なんで……?」

「い・い・か・らッ、そこにちゃんと座るッ!」

「はいッ!」

 笑みを顔面に貼り付けたまま、シュナのドスが効いた声音で航大の身体がビクッと跳ねて横たわっていた身体を起き上がらせると、礼儀正しく姿勢を正して正座する。

「航大さん、どうして私が怒っているか分かりますか?」

「……やっぱり怒ってるんだ」

「茶化さないでください。私は真剣に怒ってるんですよ?」

「は、はい……すみません……」

「航大さん、今の貴方がどういう状況にあるか、ご存知ですか?」

「今の俺が……?」

「そうです。帝国ガリアで女神の力を行使し、ユイさんの攻撃を受けた航大さんは、いつ死んでもおかしくない状況です」

「…………」

 シュナはその表情から笑みを消すと、怒りを滲ませながらもどこか悲しげな複雑な表情で静かに航大の現在について語り出す。

 彼女の言葉に航大の脳内には帝国ガリアでの光景が鮮明に思い浮かんでいた。

「女神の力を許容時間以上に使役し、更にあんな怪我までして……もう少し、対応が遅ければ航大さんは間違いなく死んでいたんですよ?」

「…………」

「……航大さん、貴方はもう一人ではありません。貴方の行動によって悲しむ人がいる。その事実をどうか忘れないようにしてください」

「…………はい」

 世界を守護する北方の女神・シュナは、航大が取った無茶な行動に対して怒りを露わにしていた。今にも泣きそうなシュナの表情に、航大は自分が想像している以上に周囲の人間に影響を与えてしまっているのだと理解する。

「……シュナ。俺は、もっと強くなることができるのか?」

「…………」

「大切な人たちを守るための力が欲しいんだ」

「……まぁ、航大さんならそう言うと思ってました」

 航大の言葉に女神・シュナは目を閉じて何かを思案する。
 そんな彼女の様子を、航大は固唾を呑んで見守る。

「航大さんが更に強くなるためには、女神の力を完全にコントロールできるようになる必要があるでしょうね」

「女神の力を完全に……?」

「そうです。今の航大さんは、女神の力を数分程度しか使うことができていませんよね? 力をつけることで、その制限を取っ払ってしまえば……貴方は世界を守護する女神の力をいつでも自由に使えるんです」

 航大は女神・シュナの力を使役していた時のことを思い出す。

 女神の力は絶大であることは言うまでもない。それを自由に使えるのだとしたら、それはただの一般人であった航大にとって、願ってもないことである。

「しかし、女神の力を完全にコントロールする……それは、前例のない試みです。人間である航大さんにとっては、途方もなく辛い試練かもしれません。それでもやりますか?」

 覚悟を問うシュナの言葉と表情に、自然と航大の身と心が引き締まっていく。彼女の言葉を何度も脳裏で反芻し、自分の覚悟というものを整えていく。はなから引き返すつもりはない。最初から航大の心は決まっていた。

「……やるよ。俺はみんなを守るための力を手に入れることができるのなら、何だってやる」

「……そうですか。それならば、時間はありません。早速、第一の試練を始めましょう」

 そう告げるシュナはその瞳から感情を消失させると、静かに右手を深層世界の空に突き上げる。すると、音もなく接近してくる黒い存在があった。

「あれって……もしかして……」

「よぉ、久しぶりだなぁ……もう一人の俺ッ!」

 黒い存在はシュナの隣に降り立つと、聞き慣れた声音を共に人間の形を形成していく。

「女神の力をコントロールする前に、航大さんには支配して貰わないといけない存在があります。もうお分かりだと思いますが、目の前に立つ『闇』を支配してください」

「……女神の力もなしに?」

「そうです。言ったでしょう? 女神の力をコントロールするには、それ相応の試練が必要なのです」

「けッ……女神の力もなく、俺を倒すなんて言ってくれるじゃねぇか。まぁいいか。その覚悟、どれ程のものか見せてもらおうじゃねぇかッ!」

 深層の世界で行われる試練。
 無力だった少年は己が大切な者を守るために、力を欲する。

 試練の先にあるものとは――。

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