終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~
第四章48 【帝国終結編】それぞれの想い
「ふぅ……ギリギリ間に合ったぜ……」
「全くじゃな。もう少し遅かったら置いていくところじゃったぞ」
「間に合ってよかったです、ライガさん」
「心配させないでよねッ!」
マガン大陸から遠ざかっていく小舟の中。
ライガたち一行は、様々な困難が待ち受けたマガン大陸から、全員が脱出することに成功し、それぞれが安堵にため息を漏らしている。
一行の目的であった、航大とユイの救出。
それは必ずしも望んだ結果を得ることは出来なかったが、それでも全員が生きて異形の大地を脱出することができたのだ。最初は絶望的だと思われたマガン大陸での旅路。短いながらも濃厚な時を過ごした一行は、その身体に無視できない疲労感を抱えているのであった。
「ライガよ。ガリアで何があった?」
安堵のため息を漏らすのもそこそこに、リエルは険しい表情を浮かべると、総統ガリアから一人で残るように命令されたライガに、事の顛末を問いかける。
負の権化たる存在である総統ガリアの命令によって、リエルたちの命と引換えに帝国へ留まったライガ。彼がガリアと対峙した際のことを、リエルたちは知らない。全員が口にはしなかったが、総統ガリアとの対峙によって、ライガの命は絶望的だとさえ感じていた。
あまりにも困難な状況の中で、どのようにしてライガは生還することができたのか。
リエルはそれを問いかけているのであった。
「正直な話、あの男をお主が一人で倒すことは不可能じゃ」
「…………」
「ならば、何があって帝国ガリアから逃げ出すことができたのか。それを教えて欲しい」
北方の賢者・リエルの問いかけに対して、ライガは静かに目を閉じて思案する様子を見せる。彼もまた、何から語ればいいのかを頭の中で整理しているのだ。
「……確かに、俺一人じゃアイツには敵わなかった」
「ふむ、そうじゃろうな。それは儂であっても、シルヴィアであっても同じことじゃ」
「助けてもらったんだよ。あの帝国騎士に……」
「なるほど。そういうことか……」
「また助けてくれたの? あの子は一体、何が目的なんだろう……?」
ライガの言葉にリエルが頷き、シルヴィアが首を傾げる。
この場に居る誰もが同じ考えを持っており、本来、帝国騎士であるナタリはライガたちの敵である。
帝国騎士と言えば、これまでの戦いにおいても異形の力を使うことでライガたち一行を幾度となく絶望に追い込んできた騎士集団である。今まで襲ってきた帝国騎士とナタリは違う……それは理解していても、帝国騎士という立場にある人間に、ライガたちは警戒心を抱かざるを得ない。
しかし、そんな少女が一度ならず二度、三度とライガたちを助けてくれたのだ。
今、こうして航大とユイを帝国から奪還できたのも、彼女の手助けがあってこそなのである。
「別の帝国騎士とは違う意思で動いているとでも言うのでしょうか?」
「確かに今までの戦いで見たことはない……でも、そんなことを帝国が許すとも思えん」
帝国において、総統ガリアは絶対の存在である。目的を達成するためなら、どんな犠牲も厭わない男が、いくら帝国騎士といえど国に害をなす行動を許す訳がなかった。
「俺も詳しくは分からねぇ。だけど、あいつは自分の自由と引き換えに俺を助けてくれたんだ」
「……自由と引き換えに?」
「エレスが言うように、アイツは帝国騎士の中でも特別みたいだ。アイツを自由に出来るって聞いて、ガリアの野郎は俺のことをあっさりと解放しやがった」
「……なるほど」
「……気をつけた方がいいのは、次、アイツに会った時……その時、アイツは敵だってことだ」
「儂らを助けることはもうない……ということか」
「アイツ自身がそう言ってた。これからはガリアの野郎が下す命令に逆らうことはできないってことだろうな」
度重なる危機に手を貸してくれた少女。
彼女と敵対する日は近いうちに必ず訪れる。
その事実に気を重くするライガたち一行であるが、彼女は元々帝国の人間である。その時は全力で戦うしかないのだと自分を納得させるのであった。
「まぁ、とりあえずはライガが無事で良かった……って、ことで」
どんよりとした空気が小舟を漂う中において、そんな言葉を発したのはシルヴィアだった。
「そうですね。今は帝国よりも先に考えなければならないことがあるはずです」
「……そうじゃな」
エレスの言葉にリエルは表情を僅かに暗くすると、その瞳をユイと航大に向ける。
小舟の隅。
そこには未だに茫然自失とした様子でうずくまる白髪の少女・ユイと、その身体を凍結させかろうじてこの世界に命を繋いでいる航大の姿があった。
帝国を脱出したライガたちの空気が重い元凶がそこにはあるのだ。
「……ユイよ、少しは落ち着いたかの?」
「…………」
「儂たちは、お主らに何があったのかを知りたいのじゃ」
「…………」
リエルは努めて冷静に、ユイから帝国で何があったのかを問いかける。
ユイと航大が帝国で過ごした時間。
それはリエルたちが知り得ぬ情報であり、その時間に何かがあったから、航大とユイが命を賭けて戦う羽目になったのだ。もちろん、何の理由もなく二人が戦うはずがない、それを理解しているからこそ、リエルたちは知らなくてはならない。
二人の身に何が起きたのかを――。
「……分からない。私は小さな部屋に閉じ込められてて……そこに帝国騎士の男の子がやってきて……そして、赤髪の帝国騎士と話しをして……気付いたら航大と戦ってた」
「帝国騎士の男の子……?」
ユイの言葉に眉を顰めるのはライガだった。
リエル、シルヴィア、エレスの三人もそれぞれがユイの言葉に頭を悩ませる。
「帝国騎士で少年……それって、もしかして……」
シルヴィアは何か心当たりがあるのか、表情を険しくさせると、ライガの方を見る。
ライガもまたシルヴィアと同じ人物が浮かんだのか、同じく表情を険しくさせると小さく頷いた。
「間違いないだろうな。アステナで俺たちを襲ったあのガキだな」
「そして赤髪の帝国騎士……それは主様を連れ去った騎士で間違いないじゃろうな」
「帝国騎士の力によって自我を失い、航大さんと戦うことになってしまった……そういうことですかね」
エレスがここまでの話を簡潔にまとめることで、ライガたちは航大とユイを襲った大まかな流れを把握することができた。
ライガたちを救ってくれた帝国騎士・ナタリとは違い、まさしく負の権化たる存在である帝国騎士の卑劣な手によって、航大は地に伏す結果となってしまったのだ。
「くそッ……帝国騎士の野郎……許せねぇ……」
「ふむ、それには同感じゃな。儂の主様をこんな姿にした責任……しっかりと取ってもらわなければならぬ」
静かに怒るライガと同じように、リエルもまた冷静な様子を見せてはいるが内心では怒りによる激情を渦巻かせていた。
「しかし、それよりも先に儂たちにはやらねばならぬことがある」
「……航大さんを助ける、ですよね?」
「それはそうなんだけどよ……航大は大丈夫なのか?」
リエルの言葉にエレスとライガがそれぞれの反応を見せる。
「主様は内に眠る北方の女神・シュナの力によって、眠りについておる。油断はできないが、ひとまずは無事じゃ」
「……本当に?」
「本当じゃ。主様はシュナの力で身体を凍結させて、現在は仮死状態といった形じゃ。今の状態で仮死状態を解いてしまえば、主様は戦いで負った怪我によって瞬く間に命を落とすじゃろう」
「まさしく生死を彷徨う場面……ということですね」
「うむ。すぐに命が危険ということはないが、儂たちが最優先で達成しなければならない目的……それが主様を助けることじゃ」
リエルの言葉にライガ、シルヴィア、エレスの三人が力強く頷く。
「助けるのはもちろんなんだけど……助ける方法はあるの?」
「私たちが使える治癒魔法は全く利かない……どうすればいいのでしょうか?」
「うむ。そこで儂たちが向かう場所……それはベルベット大陸の西方じゃ」
「西方ってことは、ブリアーナ地方ってことか?」
「その通りじゃ。バルベット大陸の西方には、風の女神が眠っておる。風の女神はあらゆる治癒魔法に長けている人物じゃ。その女神が持つ力を使って、主様の傷を癒やす」
バルベット大陸の西方に広がるブリアーナ地方。
そこは年間を通して突風が吹き荒れる環境であることが特徴的であり、アケロンテ砂漠と呼ばれる広大な砂漠が広がっていることでも有名である。吹き荒れる突風と広大な砂漠のせいで、人類もまだ完全にその地域を解明することが出来ておらず、基本的には人間が近寄ることはないとされている。
人間の手が及ばないため、砂漠には無数の魔獣が生息している。
そんな砂漠を抜けた先に、風の女神は眠っているのだ。
「アケロンテ砂漠。人間の長い歴史において、その砂漠を越えた者は存在しないと言われておる」
「…………」
「しかし、儂たちは越えなければならない」
「うん。お兄さんを助けるために必要なら、私も行く」
「俺だって行くぜ」
ライガとシルヴィアは握り拳を作って、前人未到の砂漠へ挑戦することを表明する。
「……私も同行させて貰えればと思いますが大丈夫でしょうか?」
「儂たちは構わないが、アステナ王国はよいのか?」
「もちろん、アステナ王国のことは心配です。しかし、王国を救ってくれた英雄が目の前で苦しんでいるというのであれば、それを助けるべきだと私は考えます」
アステナ王国の近衛騎士であるエレスは、ニコッと爽やかな笑みを浮かべるとリエルたちに同行する意向を表明してくる。彼の存在がリエルたちにとって頼もしいことは言うまでもなく、一人の人間を救うためにこれだけの仲間が手を貸してくれる状況に、リエルは心が温まる感覚を覚える。
「よし。一旦、儂らはこのままハイラント王国を目指す。そして準備を整えた後に西方へ向けて出発する」
「おうよッ!」
「うんッ!」
「承知しました」
リエルの言葉にライガ、シルヴィア、エレスの三人が首を縦に振る。
「……ユイよ、お主はどうする?」
「わ、私は……」
「来るか来ないか……それはお主が決めるんじゃ」
「…………」
ユイの心は強く揺らいでいる。
自分の手で守るべき人を傷つけてしまった。
「儂らが出発する時までに返事をくれれば良い」
押し黙ってしまうユイに、リエルはその言葉だけを掛けると小舟の隅で身体を休める。
頭上には快晴の空。
太陽の陽を受けて白髪を輝かせる少女は、唇を強く噛みしめると己の心と向き合おうとするのであった。
「全くじゃな。もう少し遅かったら置いていくところじゃったぞ」
「間に合ってよかったです、ライガさん」
「心配させないでよねッ!」
マガン大陸から遠ざかっていく小舟の中。
ライガたち一行は、様々な困難が待ち受けたマガン大陸から、全員が脱出することに成功し、それぞれが安堵にため息を漏らしている。
一行の目的であった、航大とユイの救出。
それは必ずしも望んだ結果を得ることは出来なかったが、それでも全員が生きて異形の大地を脱出することができたのだ。最初は絶望的だと思われたマガン大陸での旅路。短いながらも濃厚な時を過ごした一行は、その身体に無視できない疲労感を抱えているのであった。
「ライガよ。ガリアで何があった?」
安堵のため息を漏らすのもそこそこに、リエルは険しい表情を浮かべると、総統ガリアから一人で残るように命令されたライガに、事の顛末を問いかける。
負の権化たる存在である総統ガリアの命令によって、リエルたちの命と引換えに帝国へ留まったライガ。彼がガリアと対峙した際のことを、リエルたちは知らない。全員が口にはしなかったが、総統ガリアとの対峙によって、ライガの命は絶望的だとさえ感じていた。
あまりにも困難な状況の中で、どのようにしてライガは生還することができたのか。
リエルはそれを問いかけているのであった。
「正直な話、あの男をお主が一人で倒すことは不可能じゃ」
「…………」
「ならば、何があって帝国ガリアから逃げ出すことができたのか。それを教えて欲しい」
北方の賢者・リエルの問いかけに対して、ライガは静かに目を閉じて思案する様子を見せる。彼もまた、何から語ればいいのかを頭の中で整理しているのだ。
「……確かに、俺一人じゃアイツには敵わなかった」
「ふむ、そうじゃろうな。それは儂であっても、シルヴィアであっても同じことじゃ」
「助けてもらったんだよ。あの帝国騎士に……」
「なるほど。そういうことか……」
「また助けてくれたの? あの子は一体、何が目的なんだろう……?」
ライガの言葉にリエルが頷き、シルヴィアが首を傾げる。
この場に居る誰もが同じ考えを持っており、本来、帝国騎士であるナタリはライガたちの敵である。
帝国騎士と言えば、これまでの戦いにおいても異形の力を使うことでライガたち一行を幾度となく絶望に追い込んできた騎士集団である。今まで襲ってきた帝国騎士とナタリは違う……それは理解していても、帝国騎士という立場にある人間に、ライガたちは警戒心を抱かざるを得ない。
しかし、そんな少女が一度ならず二度、三度とライガたちを助けてくれたのだ。
今、こうして航大とユイを帝国から奪還できたのも、彼女の手助けがあってこそなのである。
「別の帝国騎士とは違う意思で動いているとでも言うのでしょうか?」
「確かに今までの戦いで見たことはない……でも、そんなことを帝国が許すとも思えん」
帝国において、総統ガリアは絶対の存在である。目的を達成するためなら、どんな犠牲も厭わない男が、いくら帝国騎士といえど国に害をなす行動を許す訳がなかった。
「俺も詳しくは分からねぇ。だけど、あいつは自分の自由と引き換えに俺を助けてくれたんだ」
「……自由と引き換えに?」
「エレスが言うように、アイツは帝国騎士の中でも特別みたいだ。アイツを自由に出来るって聞いて、ガリアの野郎は俺のことをあっさりと解放しやがった」
「……なるほど」
「……気をつけた方がいいのは、次、アイツに会った時……その時、アイツは敵だってことだ」
「儂らを助けることはもうない……ということか」
「アイツ自身がそう言ってた。これからはガリアの野郎が下す命令に逆らうことはできないってことだろうな」
度重なる危機に手を貸してくれた少女。
彼女と敵対する日は近いうちに必ず訪れる。
その事実に気を重くするライガたち一行であるが、彼女は元々帝国の人間である。その時は全力で戦うしかないのだと自分を納得させるのであった。
「まぁ、とりあえずはライガが無事で良かった……って、ことで」
どんよりとした空気が小舟を漂う中において、そんな言葉を発したのはシルヴィアだった。
「そうですね。今は帝国よりも先に考えなければならないことがあるはずです」
「……そうじゃな」
エレスの言葉にリエルは表情を僅かに暗くすると、その瞳をユイと航大に向ける。
小舟の隅。
そこには未だに茫然自失とした様子でうずくまる白髪の少女・ユイと、その身体を凍結させかろうじてこの世界に命を繋いでいる航大の姿があった。
帝国を脱出したライガたちの空気が重い元凶がそこにはあるのだ。
「……ユイよ、少しは落ち着いたかの?」
「…………」
「儂たちは、お主らに何があったのかを知りたいのじゃ」
「…………」
リエルは努めて冷静に、ユイから帝国で何があったのかを問いかける。
ユイと航大が帝国で過ごした時間。
それはリエルたちが知り得ぬ情報であり、その時間に何かがあったから、航大とユイが命を賭けて戦う羽目になったのだ。もちろん、何の理由もなく二人が戦うはずがない、それを理解しているからこそ、リエルたちは知らなくてはならない。
二人の身に何が起きたのかを――。
「……分からない。私は小さな部屋に閉じ込められてて……そこに帝国騎士の男の子がやってきて……そして、赤髪の帝国騎士と話しをして……気付いたら航大と戦ってた」
「帝国騎士の男の子……?」
ユイの言葉に眉を顰めるのはライガだった。
リエル、シルヴィア、エレスの三人もそれぞれがユイの言葉に頭を悩ませる。
「帝国騎士で少年……それって、もしかして……」
シルヴィアは何か心当たりがあるのか、表情を険しくさせると、ライガの方を見る。
ライガもまたシルヴィアと同じ人物が浮かんだのか、同じく表情を険しくさせると小さく頷いた。
「間違いないだろうな。アステナで俺たちを襲ったあのガキだな」
「そして赤髪の帝国騎士……それは主様を連れ去った騎士で間違いないじゃろうな」
「帝国騎士の力によって自我を失い、航大さんと戦うことになってしまった……そういうことですかね」
エレスがここまでの話を簡潔にまとめることで、ライガたちは航大とユイを襲った大まかな流れを把握することができた。
ライガたちを救ってくれた帝国騎士・ナタリとは違い、まさしく負の権化たる存在である帝国騎士の卑劣な手によって、航大は地に伏す結果となってしまったのだ。
「くそッ……帝国騎士の野郎……許せねぇ……」
「ふむ、それには同感じゃな。儂の主様をこんな姿にした責任……しっかりと取ってもらわなければならぬ」
静かに怒るライガと同じように、リエルもまた冷静な様子を見せてはいるが内心では怒りによる激情を渦巻かせていた。
「しかし、それよりも先に儂たちにはやらねばならぬことがある」
「……航大さんを助ける、ですよね?」
「それはそうなんだけどよ……航大は大丈夫なのか?」
リエルの言葉にエレスとライガがそれぞれの反応を見せる。
「主様は内に眠る北方の女神・シュナの力によって、眠りについておる。油断はできないが、ひとまずは無事じゃ」
「……本当に?」
「本当じゃ。主様はシュナの力で身体を凍結させて、現在は仮死状態といった形じゃ。今の状態で仮死状態を解いてしまえば、主様は戦いで負った怪我によって瞬く間に命を落とすじゃろう」
「まさしく生死を彷徨う場面……ということですね」
「うむ。すぐに命が危険ということはないが、儂たちが最優先で達成しなければならない目的……それが主様を助けることじゃ」
リエルの言葉にライガ、シルヴィア、エレスの三人が力強く頷く。
「助けるのはもちろんなんだけど……助ける方法はあるの?」
「私たちが使える治癒魔法は全く利かない……どうすればいいのでしょうか?」
「うむ。そこで儂たちが向かう場所……それはベルベット大陸の西方じゃ」
「西方ってことは、ブリアーナ地方ってことか?」
「その通りじゃ。バルベット大陸の西方には、風の女神が眠っておる。風の女神はあらゆる治癒魔法に長けている人物じゃ。その女神が持つ力を使って、主様の傷を癒やす」
バルベット大陸の西方に広がるブリアーナ地方。
そこは年間を通して突風が吹き荒れる環境であることが特徴的であり、アケロンテ砂漠と呼ばれる広大な砂漠が広がっていることでも有名である。吹き荒れる突風と広大な砂漠のせいで、人類もまだ完全にその地域を解明することが出来ておらず、基本的には人間が近寄ることはないとされている。
人間の手が及ばないため、砂漠には無数の魔獣が生息している。
そんな砂漠を抜けた先に、風の女神は眠っているのだ。
「アケロンテ砂漠。人間の長い歴史において、その砂漠を越えた者は存在しないと言われておる」
「…………」
「しかし、儂たちは越えなければならない」
「うん。お兄さんを助けるために必要なら、私も行く」
「俺だって行くぜ」
ライガとシルヴィアは握り拳を作って、前人未到の砂漠へ挑戦することを表明する。
「……私も同行させて貰えればと思いますが大丈夫でしょうか?」
「儂たちは構わないが、アステナ王国はよいのか?」
「もちろん、アステナ王国のことは心配です。しかし、王国を救ってくれた英雄が目の前で苦しんでいるというのであれば、それを助けるべきだと私は考えます」
アステナ王国の近衛騎士であるエレスは、ニコッと爽やかな笑みを浮かべるとリエルたちに同行する意向を表明してくる。彼の存在がリエルたちにとって頼もしいことは言うまでもなく、一人の人間を救うためにこれだけの仲間が手を貸してくれる状況に、リエルは心が温まる感覚を覚える。
「よし。一旦、儂らはこのままハイラント王国を目指す。そして準備を整えた後に西方へ向けて出発する」
「おうよッ!」
「うんッ!」
「承知しました」
リエルの言葉にライガ、シルヴィア、エレスの三人が首を縦に振る。
「……ユイよ、お主はどうする?」
「わ、私は……」
「来るか来ないか……それはお主が決めるんじゃ」
「…………」
ユイの心は強く揺らいでいる。
自分の手で守るべき人を傷つけてしまった。
「儂らが出発する時までに返事をくれれば良い」
押し黙ってしまうユイに、リエルはその言葉だけを掛けると小舟の隅で身体を休める。
頭上には快晴の空。
太陽の陽を受けて白髪を輝かせる少女は、唇を強く噛みしめると己の心と向き合おうとするのであった。
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