終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第四章33 【帝国終結編】氷が支配するセカイ

「――英霊憑依・絶氷神」

 帝国ガリア王城に設置された闘技場。
 そこで航大は助けるべき相手である、白髪の少女・ユイと対峙していた。

「…………」

 彼女はいつも寡黙だった。

 異世界にやってきて、航大が初めて出会った少女。彼女は航大が召喚する英霊をその身に宿し、異形の力を行使することで航大とその仲間たちの窮地を救ってきた。

 ――そんな彼女が航大にとって、この異世界において最も大切な人間となっていた。

 彼女が命を賭けて航大を守ってきたと言うのなら、航大も同じ覚悟と決意を持って眼前に立つ少女を救わねばならなかった。

「……ユイ、俺は必ずお前を助ける」

「…………」

 触れるものを凍てつかせる絶対零度の魔力を身に纏い、青白く輝くローブマントを羽織る航大は、精神を集中させて静かに声音を漏らした。

 周囲に存在するあらゆるものを凍らせる航大の力は、帝国ガリアの闘技場を氷の世界へと豹変させていく。それほどまでに今の航大が持つ力が強い証拠であり、それと対峙しているからこそ、ユイの表情は険しく歪んでいるのであった。

『……航大さん、この力は本当に長時間の稼働ができません』

「…………」

『多分、持って五分ほどかと……』

「……分かった」

 これで本当に航大へ残された時間は短くなった。
 内から無限に溢れる力の本流を感じる。
 しかし、それ以上に自分の身体を蝕んでいく死の感覚を強く感じてしまうのであった。

「――――」

 異様な静寂が包む世界において、先に動きを見せたのは禍々しき力の支配された、ユイだった。漆黒の邪剣・エクスカリバーを両手に持つと凄まじい速さで航大へと接近してくる。

「――氷獄剣」

 邪剣を持つ相手に立ち向かうため、航大は溢れ出る力を収束させて氷の剣を生成していく。その場から一歩も動くことなく、立ち向かってくるユイを真正面から受け止めていく。

「はあああああああああぁぁぁぁッ!」

「――――ッ!」

 静寂が支配した後、闘技場に響き渡るのは剣戟の甲高い音だった。
 衝撃が周囲に伝播し、闘技場を包み込む氷の一部を瓦解させていく。

「くッ、はあああぁッ……!」

「…………」

「くッ……なんでッ……」

「――遅いッ」

「きゃあああぁぁぁッ!?」

 凄まじい剣戟の音が無数に響き渡る。

 それは少年と少女が命を賭けてぶつかり合っている証拠であり、お互いが一瞬でも隙を見せれば命を落とすという極限状態の中で、思う存分に己の武をぶつけ合っていく。

 肌のギリギリを刀身が通過していく感覚。
 互いの視線が交わり、ただ純粋に勝利を求める渇望。

 剣と剣が交わる度に、航大とユイはお互いが胸に秘める感情の一部を垣間見ていく。

「……ユイ、どうしてッ」

「……私は負けちゃダメだからッ、勝たなくちゃいけないッ!」

「…………」

「――邪剣・絶対なるエクスカリバーッ」
「――氷神・無限螺旋氷壁ッ」

 漆黒の邪剣から放たれる、強烈な斬撃。

 しかしそれを航大は避けることなく、自分の周囲に氷の壁を生み出すことで全てを受け止めようとする。氷系防御魔法の最上位に位置する『絶対氷鏡』の上位互換であるこの魔法は、女神だけが使役できるものであった。

「……そんなッ!?」

「次はこっちの番だッ――氷神・一刀氷斬ッ!」

 片手に持った氷剣にありったけの力を込めると、航大は反撃の一撃を最も愛する少女へと解き放っていく。航大が放つ斬撃は闘技場を瞬く間の内に半壊させ、その力は帝国全土を揺るがすものだった。

 航大たちが戦いの場として選んだ闘技場は、その全てを真っ白な粉塵で包まれており、未だ誰も勝負の行方を知ることができない。闘技場に吹く風が粉塵を掻き消すと、静かに立ち尽くす二つの人影が姿を現す。

「はぁッ、はああぁッ……はぁッ……」

「…………」

 黒く染まった甲冑ドレスの大部分を消失したユイ。誰が見ても大きなダメージを負っていることは間違いないのだが、彼女はそれでもまだ邪剣を手に継戦の意思を見せていた。

 対する氷神・神谷航大はその身体に傷一つ負うことなく、その場に立ち尽くしている。

『……あれで倒れないなんて』

「…………」

 大陸を震わせる斬撃を受け、それでも彼女は倒れなかった。

 その事実に驚きを隠せない北方の女神・シュナは、自分が宿る身体の主である航大にだけ聞こえる声で驚きを伝えてくる。

「くッ……」

『――航大さんッ!?』

「ごほッ、こほッ……ぐッ……」

 先ほどの一撃。
 あれで決着が付かなかったがために、航大の身体は明確な終焉を迎えようとしていた。

 世界を守護する女神の一人・シュナが持つ力を最大限に引き出す『絶氷神』。通常の氷神ですら長時間の使役が困難な状況で、航大が絶氷神の力を使う。それは自らの寿命を急速に縮める結果を生むだけだった。

『まさか、もう限界が……ッ!?』

「ぐぁッ、はぁッ……ぐッ……」

『航大さんッ、今すぐに憑依を解きますッ』

「――ダメだッ!」

 航大は自分でも今の現状をしっかりと理解していた。

 全身が鉛のように重くなり、意識が混濁としていく感覚。これは神谷航大という身体が出す警告であり、今すぐに女神の力を解除しなければ死ぬという明確な警告。

 しかしそれでも、航大は今の状況で女神の力を手放す訳にはいかなかった。

『――でもッ!』

「……次だ。次の一撃で決着をつける」

『…………』

 航大の右手は吐き出された鮮血で汚れている。

 鮮血が氷剣を伝い地面に垂れ落ちていく。次の一撃で勝負を付けるため、航大は今までにないレベルで精神を統一させていく。

「……貴方を殺す」
「……お前を助ける」

 相反する二つの感情が静かに燃え滾り、決着の瞬間を待つ。

「…………」
「…………」

 決着の時は近い。
 それぞれが満身創痍の中、次の一撃に全てを賭けるために精神を統一させていく。

 崩壊する闘技場の中心。
 何の合図も前触れもなく、二つの人影が同時に動き出す。

「――――ッ!」

 次の瞬間。
 闘技場にはこの日最大の衝撃が走る。

 望まぬ戦いは瞬時に決着がつき、粉塵が晴れるとそこには静かに立ち尽くす一つの影があるのであった。

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