終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第四章11 【帝国奪還編】マガン大陸への上陸

「さて、大陸に着いたのはいいけど……ここからどうするかだな……」

「そうですね。周りには帝国兵士がぞろぞろと集まってます……」

 ライガたちを乗せた資材船は無事にマガン大陸へと到着した。
 しかし、そこで問題になるのがどうやって船から出るかということだった。

「えー、そんなの力づくで出ちゃえばいいんじゃないの?」

「たわけ。儂らはこれからその帝国に乗り込もうと言うんじゃぞ。こんなところで騒ぎを起こして警戒されたらどうするッ」

 リエルの言う通り、これからライガたちは敵の本丸である帝国ガリアへと向かう。戦力が乏しいライガたちは極力隠密に帝国へ侵入を果たし、航大とユイを安全に連れ出さなければならない。

「そうなんだよなぁ……とりあえず、帝国の奴らが消えるまでここに隠れるか……?」

「それも悪くないですが、この倉庫にも積荷は多いです。この場所へ帝国の兵士がやってきたら、隠れきることは難しく、狭い空間での戦いを余儀なくされます」

「……それじゃ、やっぱり戦うしかないんじゃないの?」

「いや、まだ決めるには早い……なにか道はあるかもしれない……」

「…………あまり、長く考えている時間は無いようじゃぞ」

 時間が経過する度に状況は悪くなっていた。

 積荷を下ろす帝国兵士たちの姿が近くまで接近していることに気付くリエルは、その表情を険しいものに変えると、いつ戦闘が起きてもいいように虎視眈々と準備を整えていく。

「……リエル、少し落ち着け」

 ピリピリとした空気を纏うリエルを制止するのは、ハイラント王国の騎士であるライガだった。

「しかし、もう考えている時間はないぞ……」

「いや、俺に考えがある。お前らは準備しろ」

「準備って、何をすれば……」

「いいから、俺の言う通りに行動しろって……」

 焦燥感を漂わせるリエルとシルヴィアにライガは笑みを浮かべると――二人の身体を持ち上げて巨大な木箱の中へと押し込んでいく。

「きゃッ……ちょっと、触らないでよッ!」
「ふにゃッ……な、なにをするんじゃッ!?」

 突然のことに怒りを露わにするリエルとシルヴィア。しかし、エレスだけはライガの意図を把握したのか、ニッコリと笑みを絶やさずに一つ頷いてみせる。

「ちょっと狭いが、我慢してくれよな」

「ライガさん、お気をつけて……」

 エレスたちが積荷の中に紛れ込んだのを確認するなり、ライガは息を潜めてチャンスを伺う。すると、船底の倉庫に近づいてくる足音が一つあった。今が絶好のチャンスであるとライガは素早い身のこなしで飛び出していく。

「なんだ、お前ッ!?」

「話は後だッ!」

 孤立した帝国兵士は突然のことに反応できず、その隙を見逃さないライガは瞬時に距離を詰めるとその腹部に拳をめり込ませていく。

「あがッ……!?」

「すまねぇな、少し寝ててもらうぜ」

 気を失った帝国兵士の身体を抱きとめると、ライガはその顔に笑みを浮かべて身ぐるみを剥いでいく。そして帝国兵士へと変装したライガは、リエルたちが身を隠す木箱を運び出そうとするのであった。

◆◆◆◆◆

「はぁ……仕事めんどくせぇな……」

「おい、帝国から離れてるからって変なこと言うもんじゃねぇぞ。どこで誰が聞いてるか分からないんだからな」

「分かってるって……おい、そこのお前。見ない顔だな?」

「……最近、入隊しました。この荷物はどこに運べばいいですか?」

 帝国兵士に変装したライガは堂々とした振る舞いで甲板に姿を現すと、なるべく顔を合わせないようにして帝国兵士と言葉を交わしていく。

 見渡す限り、帝国兵士は数十人は存在しており、それはライガたちの想定よりも遥かに多かった。

「あぁ、それはどこにあった奴だ?」

「……地下の倉庫です」

「地下倉庫の奴は……船を出て町の倉庫に運んでくれ」

「……はい」

 なるべく怪しまれず。
 会話もそこそこにライガはそそくさとした動きで荷物を運び出そうとする。

「――おい」

「…………」

 もう少しで船から出ることが出来る。その瞬間、ライガは背後から掛けられる言葉に身体を固くする。

「その荷物……中身を見せてみろ」

「……どうしてですか?」

「…………いいから、見せろ」

 何かを感じたのか、皺が目立つ顔立ちをした帝国兵士は険しい表情を浮かべてライガの元へと近づいてくる。その視線はライガが運ぶ巨大な木箱に固定されており、俯くライガの表情にも緊張感が浮かび上がっていく。

「………………」

 帝国兵士は有無も言わさない様子で木箱の蓋を開ける。
 するとそこには大量の木くずが存在しているだけで、その他にはなんの異常も見られない。

「……異常なしか。呼び止めてすまなかったな。行っていいぞ」

「……はい」

 心臓が止まる思いだったライガは、努めて冷静な様子で返事すると再び歩き出す。

 こうして、いくつかの困難を乗り越えたライガたちは、なんとか事を荒立てずに船からの脱出に成功するのであった。

◆◆◆◆◆

「ふぅ……一時はどうなるかと思ったぜ……」

 ライガは木箱を運んだ状態で人気のない場所までやってくると、そこでようやく一息つくことができた。木箱を叩き、出てきていいと合図すると、木くずの中からリエルたちが姿を現した。

「ぷはぁッ……マジで死ぬかと思ったんだけどッ!」

「ふん、これくらいで死にはせん……」

「ふぅ……さすがに呼び止められた時は戦うことを覚悟しましたよ」

 全身を木くずまみれにしたリエルたちは木箱から出てくると、それぞれ溜息を漏らすと全身に付着した木くずをはたき落とす。

「さて、無事に出れたのはいいけど……どうやって帝国を目指せばいいんだ?」

「ここはコハナ大陸の港町・シーラと同じような構造をしているみたいですね」

 周囲を見渡すエレスは、すぐそこに広がる小さな町に注目する。

「なるほど。それじゃ、帝国への道のりを聞いて回るか」

「それがいいかと思います」

 それぞれのやることは決まった。
 航大とユイを救い出すため、ライガたちは帝国ガリアへ急がなければならないのだ。


「――貴様たち、何者だ?」


「――ッ!?」

 ライガたちが町へ繰り出そうとした矢先だった。
 背後から掛けられる言葉に全員の身体がピクリと反応する。

「見ない顔、そして不自然な行動……後をつけてみればこれか……」

「ちょっと、ライガ……しくじってるじゃないの」

「いや、これはさすがに……予想外だぜ……」

 背後を振り返れば、そこに立っていたのは変装したライガを呼び止めた皺の目立つ顔が印象的な帝国兵士だった。ライガの行動に違和感を覚えた兵士は、こっそりとライガの後をつけていたのだ。

 変装は完璧だったと油断していたライガは、ジト目で睨んでくるシルヴィアに返す言葉もない。

「コハナ大陸の者か。この地へ何の用だ?」

「…………」

「船の積荷紛れているとは……小癪なことをしてくれる……」

 兵士の顔は険しく、その右手が腰にぶら下げている剣へと伸びていく。

「……ここで捕まれば帝国に行けるんじゃないの?」

「ふむ、その考えも悪くはない。しかしそれは、相手がココで儂らを殺さないという確約があってからの話じゃな」

「いや、捕まったら航大たちを助けるどころの話じゃなくなるだろうが……」

「何をコソコソと話しているッ! 全員、大人しくしてもらおうか?」

 ライガたちが作戦を練っている間にも、状況は最悪な方向へと突き進んでいた。
 周囲を取り囲む兵士の数は一人ではなく、物陰からぞろぞろと無数の兵士たちが姿を現す。

「やべぇな、コレ……」

「やはり、この場で戦うのは得策ではないかと思います」

「どうするの、ライガ?」

「逃げるか戦うか……儂はどっちでも良いぞ?」

「…………」

 様々な選択肢が脳裏に浮かぶ中、ライガは選択を迫られていた。

 帝国兵士たちの力は未知数であるが、ライガたちが本気で戦えば勝つ可能性は十分にある。しかしそれでは、帝国へ要注意人物が居ると告げることにもなり、本来の目的である航大たちを救い出す難易度が上がるのは間違いない。

「いいか、お前ら……よく聞けよ……俺がコイツを投げたら、とにかく全力で町へ向けて走り出せ」

「…………」

 ライガの言葉にリエル、シルヴィア、エレスの三人は無言で頷く。

「さぁ、大人しく我々と共に――」

「走れええええええぇぇぇぇぇッ!」

 一番最初にライガたちへ話しかけてきた帝国兵士が言葉を紡いだ瞬間だった。
 ライガは咆哮を上げるのと同時に、片手に持っていた球を地面に思い切り叩きつける。

 すると、凄まじい轟音と共に視界が白煙で満たされていく。

「ぐッ!?」

 突然のことに帝国兵士たちは怯んで、その場から身動きが取れない。
 その隙を突いてライガたちは一目散に軍港の町を目指して走り出す。

「くそッ……逃がすなぁッ!」

 帝国兵士たちが怯むのも一瞬で、すぐさまライガたちの行動が意味するものを察して怒号を上げる。それを合図に帝国兵士たちが一斉に走り出す。

「マジかよ、あいつらッ……もう追ってくるぞッ!?」

「……まぁ、ただの煙幕じゃからな」

 凄まじい足音と共に近づいてくる帝国兵士たちの気配に、ライガたちは必死の形相で町を走り抜けていく。しかし、このままでは地の利がないライガたちが捕まるのも時間の問題……やはり戦うしかないのか、と覚悟を決めたライガたちの前に一人の老人が姿を現す。

「……お前らッ、こっちへ来いッ!」

「な、なんだあのじいさんッ!?」

 ライガたちを導くようにして張り上げられた声に戸惑いを隠せない。

「……あの人からは悪い気を感じません。信じてみてもいいかと」

「マジかよ……相当な賭けだぞ、それ……」

「どうするの、ライガッ!?」
「迷ってる暇はないぞッ!」

 追手はその数を増やしている。瞬時の判断が求められる状況において、ライガは老人の言葉を信じてみることにする。

「とりあえず、あのじいさんに続けッ!」

 住宅街の狭い路地へと姿を消す老人の後を追うようにして、ライガたちも曲がりくねった裏路地へと駆け込んでいく。家と家の間に存在する裏路地を走り抜けると、老人が真剣な表情を浮かべてライガたちの到着を待っていた。

「とにかく、この家で身を隠すんじゃッ!」

「ええい、もうどうにでもなれッ……みんな、行くぞッ!」

 ここまで来て迷っていてもしょうがない。そう判断したライガは、我先にと見るからにオンボロな民家へと駆け込んでいく。リエル、シルヴィア、エレスもそれに続いて民家に入ると、老人は見た目以上に俊敏な動きで扉を閉める。

 しばしの静寂が支配した後、無数の足音が民家の前を通り過ぎていくのが分かった。どうやら、無事に切り抜けたらしいと安堵するライガたちは、自分たちを助けてくれた老人に目を止める。

「……どうして、俺たちを助けてくれたんだ?」

「その前に、質問に答えてもらおう」

 ライガの問いかけを制止して、老人は険しい表情を浮かべたままで問いかけを投げかけてくる。

「お前たちは何者だ? どうして帝国兵士に追われていた?」

「いや、それは……俺たちを侵入者だと怪しんだから……じゃないか?」

「実際はどうなんだ?」

「まぁ、間違ってはないな……」

 老人の真剣な瞳を前に、ライガは思わず素直に答えてしまう。
 すると、老人は目を瞑ると再び問いかけを投げる。

「……この大陸に、何をしに来た?」

「大切な仲間を助けるためだ。仲間は今、帝国に捕まってるんだ」

「…………」

「俺たちはそいつらを助けなくちゃならねぇ。そのためにコハナ大陸から来たんだ」

 無言を貫く老人にライガは自分たちの目的を説明する。どんな反応が帰ってくるのか……全員が息を呑んでいると、老人はゆっくりと目を開き、口を開く。

「……事情は分かった。その目的、助けてやってもいいぞ」

「…………はっ?」

「俺は帝国ガリアが嫌いだ。あいつらに一矢を報いるチャンスがあるのならば、協力しても構わない」

「いや、でも……今、会ったばかりの俺たちを信じるって言うのかよ……?」

「仲間を助けるために無茶をする。それは時に愚かな結果を生むことになるが、チャレンジする勇気を俺は評価する」

 まさかの展開に驚きを隠せないライガたち一行。さすがに警戒を隠せないライガたちに、老人は落ち着いた様子で話を続ける。

「……この家。とても汚いだろう?」

「…………」

「かつて、この家には家族が住んでいた。妻と息子。小さな軍港の町ではあるが、それでも幸せな生活を送っていた」

 老人が見つめる先。そこには小さな絵が飾られていて、そこには幸せそうな笑みを浮かべる家族が描かれていた。

「しかしそれも、帝国ガリアの総統……ガリア・グリシャバルが誕生してから一変した。俺の家族だけじゃない。この町に住まう人間は酷い弾圧を受けた結果、多くが命を落とす結果となった」

「…………」

「それでも、生きていくためには憎い帝国兵士に従うしかない。古くからこの港町・ズイガンに住まう人々は全員が帝国へ激しい憎悪の感情を持っている。その帝国に抗おうとするのならば、それは俺たちと意志を共にする者だ」

「でも、俺たちに協力したことがバレたら……」

「ふんッ……どうせ老い先短い命。最後は盛大に咲かせて見せるさ」

 老人は強い決意が篭った瞳で虚空を見つめている。
 白髪が目立ち、露出される肌にも皺が目立つ老人を前にして、ライガたちは言葉を失う。

「さぁ、どうする。俺の協力を受けるか受けないか。選択するのは自由だ」

「…………」

「……私は受けていいと思うよ。このおじいさん、嘘はついてない」
「うむ、儂も小娘と同感じゃ」

「そうですね。どちらにしても、ここから帝国へ向かうために情報を集めなくてはならなかったのですし、差し出された手は握ってもいいかと」

 シルヴィア、リエル、エレスの三人は老人の言葉と様子から信じるに値すると判断する。それならば、ライガに与えられた選択肢は一つしかない。

「俺たちは帝国ガリアへ行きたい。そのための道と方法を教えてくれるか?」

「ふっ、それくらいならお安い御用だ。ついてこい」

 ライガの言葉に老人は笑みを浮かべると、民家の地下へと続く階段を降りていく。
 その後に続くようにして、ライガたちも歩を進めるのであった。

◆◆◆◆◆

「……じいさんの家、こんな長い地下道があるのかよ」

「いざというときのために、避難用として作った地下道だ。この道を使えば、安全に町の外へ出られる」

 老人が歩くのは自らが掘ったという地下道だった。薄暗い道をライガたちは老人が持つ灯りだけを頼りに進んでいく。

「帝国ガリアへは、二つのルートから向かうことができる」

「……二つ?」

 老人の言葉に反応するのはライガだった。

「一つは翼竜を使う空路。もう一つは地竜を使う陸路だ」

「…………」

「本来ならば、翼竜を使って空路を選ぶのが正解だ。しかし、翼竜は帝国兵士たちのみが使うことを許されており、一般市民の足は決まって地竜だ」

「……なるほど」

「何故、空路が正解なのか。それはこの大陸が持つ環境にある。この大陸はとても過酷な環境で構築されている。不定期に噴き出す間欠泉、地割れ、魔獣……陸路にはその全てが障害物として襲い掛かってくる」

「ず、随分と盛りだくさんだね……」

「うむ……」

 物騒な単語が続いたことで、シルヴィアとリエルも苦々しい表情を浮かべる。

「翼竜を持たない俺たちは、陸路を選択するしかないのか……」

「そうなるな。しかし、それ以外の方法で帝国へ向かうことはできない……それでも、お前たちは帝国へ行きたいのだろう?」

「あぁ、もちろんだ」

「――ならば、私の相棒である地竜を貸してやろう」

 前方に扉が見えてくる。老人はそれをゆっくりと開け放っていく。
 すると、灯りが差し込んできて生暖かい空気がライガたちの身体を包み込む。

「外に出たのか――」

 地下道を歩いた先。その向こうに広がる光景を見て、ライガたちは言葉を失う。

 荒れ果てた大地が続いている。それだけならよくある光景だったのだが、ライガたちが驚く本当の理由、それは遥か前方に広がる壮絶な光景だった。

「なんだあれ……」

「大地が燃えてる……」

「あっちは氷がたくさんじゃな……」

「巨大な魔獣の姿も見えますね」

 ライガたちが見る遙か先。そこにある『地獄』に絶句する。

 右を見れば大地を炎が包む灼熱の地獄。
 左を見れば大地を包み込む一面氷の世界。

 そのどちらにも、シルエットだけしか判別できないが巨大な魔獣の姿が見える。

「コイツはマガン大陸で生まれ、育った地竜だ。あの環境の中でもお前たちを導いてくれるだろう。後はお前たちの選択次第だ」

 老人が漏らす言葉は、しかしライガたちの耳には届いておらず……しばしの間、ライガたちの周囲には静寂が支配するのであった。

「終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く