終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第四章7 【帝国脱出編】目覚めるとそこは……

「んっ……」

 ――目を覚ます。

 見慣れない天井が視界に入ってきて、白髪の少女・ユイはベッドに横たわった状態で静かに首を傾げた。

 ――彼女が持つ最後の記憶。

 それは航大やリエル、プリシラと共に戦ったアステナ王国でのものだった。英霊とシンクロし、その絶大なる力を行使する中で、ユイは帝国騎士が持つグリモワールの前に沈んだのだ。

 英霊とシンクロしている間のことを、ユイはよく覚えてはいない。

 英霊が表に出ている間、ユイの意識は身体の奥底で眠っている状態に近く、その間の記憶は酷く朧気なのである。

「…………」

 身体のあちこちに包帯が巻かれている。

 今でも、少し身体を動かそうとすると全身の至る所にピリッとした痛みが走り、その度にユイの表情は僅かに歪む。血が滲む包帯を見て、ユイは戦いの結末がどうなったのかということに思いを馳せる。

 周囲を見渡してみるが、そこはハイラント王国でもなければアステナ王国でもない。

 目を覚ましたばかりのユイは自分がどこにいるのかも分からず、呆然と状況把握に務めることしかできない。

「……航大」

 胸に手を当てると、そこには自分の物ではない『何か』の存在を感じる。

 それは航大が使うグリモワールの力がまだ有効である証であり、彼女の体内にはまだ英霊・アーサーが眠っているのだ。ひとまず、航大が無事であることに安堵するユイは、一刻も早く航大たちと合流するべきだと考える。

「……いたッ」

 なんとか上半身を起こすところまでは出来たのだが、ベッドから降りようとすると、鋭い痛みが全身を駆け巡り、ユイは思わず苦悶の表情を浮かべてしまう。無理をすれば歩けないこともないが、戦闘を行うのは難しいかもしれない……そんな考えがユイの脳裏を過り、彼女は不甲斐ない自分の状態に表情を暗くさせる。


「やぁ、お目覚めかい?」


「――ッ!?」

 痛む身体に鞭を打ち、なんとか身動きを取ろうとするユイはすぐそこまで接近を果たしていた存在に目を見開き驚愕する。

「重傷だったけど、その様子なら大丈夫そうだね。異常な回復力だ……さすが、僕は興味を持っただけはあるね」

「…………」

 ベッドの縁に腰掛けていた状態のユイは、背後から掛けられた声に慌てた様子で振り返る。

 ――ベッドを挟んだ向かい側。

 そこには憎き帝国騎士の衣服に身を包んだ少年の姿があって、ユイは薄れ行く意識の中で見たその顔に驚きを隠せない。栗色の髪を肩上まで伸ばし、明らかに幼い容姿をした少年は、ユイの顔を見てニコニコと楽しげに笑みを浮かべている。

「あぁ、自己紹介がまだだったかな? 僕は帝国ガリアの騎士をやってるアレグリア・ハイネだよ。よろしくね?」

「…………」

「うーん、僕が自己紹介したんだから、君も自己紹介をして欲しいんだけどな。せめて、名前くらいは教えてよ」

「……ユイ」

「へぇ、ユイって名前なんだ。珍しい名前だね」

「……この名前は、航大が付けてくれた大切な名前」

「…………ふーん、まぁいいか。それで、ユイはこの状況を理解できてるのかな?」

「…………」

 ハイネの問いかけにユイは険しい表情を浮かべて無言を貫く。
 彼女の無言を肯定と受け取ったハイネは、どこか余裕な笑みを浮かべたまま饒舌に語り出す。

「まず、君はアステナ王国で戦ったことを覚えているかい?」

「……なんとなく」

「なんとなく、か。まぁいい。君たちはその戦いに負けたんだよ。僕たち帝国ガリアの騎士たちに敗北を喫したんだ」

「…………」

 アステナ王国で見た最後の記憶がユイの脳裏に蘇ってくる。
 もう少しで帝国騎士にトドメを差すことができた。

 英霊とシンクロしたユイは、赤髪が印象的な帝国騎士が使う権能に惑わされることなく、黄金に輝く剣でその身体を切り裂こうとした。しかし、ユイが放つ剣が帝国騎士に届くことはなく、その直前に姿を現したもう一人の帝国騎士、ハイネによってユイとアーサーは地に沈む結果となるのであった。

「本当なら君たち全員をあの場で殺してもよかったんだけど、僕たちの任務は少年を連れて帰ることだけだったからね。命だけは助けてあげたんだよ」

「……少年? 航大、航大はここにいるのッ!?」

「うーん、さっきから航大、航大、航大ってうるさいなー」

 ハイネの言葉にユイは何よりも大切な存在のことについて言及する。

 今、ユイには帝国騎士であるハイネと会話をしている暇などは存在しないのだ。今はただ、自分に名前をくれた大切な少年の安否だけが大事なのである。

「君さー、自分が置かれている状況っての? そういうのちゃんと理解してるのかなー?」

「…………」

「君の命は僕が握っているといっても過言ではないんだよ? だから君は今、僕の物といっても間違ってはない訳だ」

「……私が貴方の物?」

「そう。そうじゃないのなら、君は今すぐココで死ぬことになるんだよ」

 ハイネの顔に強い嗜虐性が浮かび上がってくる。

 威圧感がヒシヒシと伝わってきて、ユイは額にうっすらと汗を浮かばせその表情を固くしていく。一発触発といった様子を呈してきた部屋の中で、しかしユイは圧倒的に不利であることに間違いはなかった。

 いざとなれば戦う覚悟でいるユイだが、その全身に刻まれた傷は癒えていない。少し身体を動かすだけで鈍い痛みが全身を駆け巡る中で、異形の力を行使する帝国騎士を一人で相手にするのは無謀の一言である。

「……私を自分の物にするって、どうして?」

「どうして、か。それは理由を聞いてるってことでいいんだよね。そうだなー、君を連れてきた理由…………僕って、お姉ちゃんが欲しかったんだよね」

「……………………お姉ちゃん?」

「そうッ! 姉だよッ、姉ッ! お姉ちゃんッ! お姉さまッ! 実姉、義姉ッ! その全てにそれぞれの個性があると思うんだよねッ!?」

「……はぁ」

「姉の良いところってなんだと思う? それはね――一言では言い表せないんだよッ!」

「………………」

「姉は姉でも、それぞれタイプによって良いところってのは変わるんだよ。例えば、朝早くに弟を起こしにくるパターンッ! これってタイプによって起こし方に差がすごく出るんだよね。例えば、しっかり者で気の強い猫タイプのお姉ちゃんならば掛け布団を思い切り引き剥がしてくるんだよね、そして腰に手を当てて厳しい声で叱責してくるんだけど、それでも可愛い弟には弱くて、寝顔を観察しちゃったりするんだよ、きっとッ! じゃあ、温厚でほんわかな犬タイプのお姉ちゃんならどうなるかって言うとね――弟と一緒に寝ちゃうんだよッ! 起こしにきたんだけど、気持ちよく寝てる弟を見て自分も眠くなっちゃって、一緒のベッドで寝ちゃうんんだよねッ、決まってその時はお姉ちゃんの服装は無防備全開でさ、大きな胸が弟の背中に当たったり、顔に当たったりしちゃうんだよッ! まだまだ語りたいことはあるんだけど、弟を起こしに来るってシチュエーションだけで、タイプ別に様々な様子を見せてくれる、それがお姉ちゃんの良いところなんだよねッ、分かるッ?」

「…………分からない」

 興奮気味に語るハイネに、ユイは呆れた様子でただ一言を返す。

 背丈も小さく、童顔といった容姿をしているハイネは『姉』と呼ばれる存在に強く憧れていた。そして、自分が理想とする姉にユイを選定したのであった。

「まぁ、そういうことだからさ……君には僕のお姉ちゃんになってもらいたいんだよね、いいよね?」

「…………」

 ユイの返答を聞く前に、ハイネは一人で何度か頷くと満面の笑みを浮かべて勝手に決定づけてしまう。

「……私は貴方のお姉ちゃんにはなれない。私には会わなくちゃいけない人がいるから」

「…………なにそれ、さっき言ってた航大とかいう奴のこと?」

「……そう。貴方のお姉ちゃんになる以上に、私は航大の隣に立っていたい。だから、貴方のお姉ちゃんにはなれない」

「はぁ……困るんだよなぁ、そういうの。君はもう僕の物なんだからさ、僕の言う通りにしてくれないと困るんだよ」

 ユイの頑なな意思を聞き、ハイネの表情から笑みが消える。
 再び部屋を異様な空気が包むようになり、威圧的なオーラを感じながらユイは再び身構える。

 英霊・アーサーの力が体内の奥底で眠っていることは感じている。その力の大部分を使うことはできないが、一部であるなら短い時間という制限はあるがユイにも引っ張り出して使うことは可能だった。

 ――時間にして僅か数秒。

 その間にユイは眼前に立つ帝国騎士を倒さなければならない。

「――ッ!?」

 ユイが覚悟を決め、その足を一歩踏み出した瞬間だった。

 気付けば、ユイの身体は部屋の隅へと吹き飛ばされており、瞬時に立ち上がろうとするユイの眼前には現実世界でも猛威を振るう幾つものの重火器が突き付けられていた。

「あのさー、あまり僕を舐めないで貰いたいんだよね。あの変な力さえ使えない今の君に負けるほど――落ちぶれちゃいないんだよ」

「くッ……」

「一歩でも動いてみろ? その脳天をコイツで撃ち抜くぞ?」

「――――」

 さっきとは人格が変わったかのように、ハイネの声はどこまでも冷酷で凍てついたものだった。その声にユイの目は見開かれ、呼吸すら忘れて身動きを取ることができない。

「はぁ……しょうがない。アリアの力を借りるとしよう」

 ハイネの唇が歪に歪んでいく。

 ユイとハイネ。二人がいる部屋の窓から先に広がる空には、どこまでも続く曇天が広がっている。

 こうして帝国ガリアでの時間は刻一刻と過ぎていくのであった。

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