終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第四章1 【帝国脱出編】異形の大地・マガン

「いやー、いい天気だネ?」

「はぁ……」

 アステナ王国での壮絶な戦いが幕を閉じ、仲間たちに手を出さない条件で帝国ガリアへと向かうことになった航大は、帝国騎士で大罪のグリモワールを使う赤髪と黒瞳が印象的な女性・アリアと共に小舟に揺られていた。

 航大の両手には手枷が存在していて、とてもじゃないが人間の力で壊せるような代物ではなかった。異世界で魔力を込めて作られた手枷には触れる人間の魔力を吸収し、無力化させる力があり、航大は一切の抵抗を取ることができない。

「あれー、元気ないネ?」

「いや、元気になれる訳がないでしょ……」

 眼前には航大と同じグリモワールによる異形の力を持つ帝国騎士の女が存在している。神谷航大にとって、帝国ガリアの騎士には浅からぬ憎しみが存在していた。

 冷酷で非情な帝国騎士が眼前で無防備な状態を晒している。

 自分の状況を理解しているからこそ、航大は冷静な様子を見せてはいるが、その内心では様々な負の感情が静かに燃え滾っていた。

「……帝国ガリアってどんな場所なんだ?」

「んー、どんな場所ねー」

 燃え滾る感情を理性で押さえ込み、これから向かう帝国について少しでも情報を得ようと航大は小舟の中でだらしない様子でくつろいでいるアリアに問いかけを投げる。

 ――帝国ガリア。

 その悪名を異世界にやってきてから何度も聞いてきた航大ではあるが、帝国がどんな場所なのかは聞いたことがなかった。帝国に捕らわれたとは言っても、そのまま黙って捕まっている航大ではない。必ず帝国から抜け出し、仲間たちが待っているハイラント王国へ帰らなければならないのだ。

「アハッ、すっごく良い所だヨ? みーんなが帝国のために、総統のために命を賭けて毎日を送っている。帝国ガリアでは総統だけが全て。あの人の決定が国民の意思。だから誰も上には逆らわない平和な国だヨ」

「…………」

「総統の言う通りにしていればいいの。そうすれば、安寧の生活が約束されるのだから……もし、今が苦しいと思っても、それは今だけ……総統のために、帝国のために命を賭けられない人間には真の安寧はやってこないんだヨ」

「なんだよそれ……そんなので、本当に国民が幸せだって言えるのかよ」

「アハッ、きっと下々の者たちは幸せだって思ってるヨ? 幸せじゃない、総統の考えは間違っているというのなら、戦えばいいんだヨ。行動を起こさない者には、現状に文句を垂れる資格はないんじゃないかナ」

「……それは力で抑圧してるからだろッ、そんなもの、幸せなんかじゃないッ!」

「アハハハッ、随分と怒ってるんだネ? 自分とは関係のない人間のために怒れるなんて、君は良い人なんだネー」

 帝国に忠誠を誓い、総統と呼ばれる人物のために異形の力を行使する帝国騎士。

 その口から語られる歪んだ現実に何ら疑問を持たず、目的のためなら一つの街を、一つの国を崩壊させても良しと考える、まさに悪の権化たる存在。

 腐敗しきった帝国の現状を言葉だけで推測することができ、航大は決して相容れない存在を前にして怒りが込み上げてくることを禁じ得ないのであった。

「はぁ……まぁいい。これ以上は総統って奴に直接言うしかないな」

「アハッ、それが良いと思うヨ」

 これ以上、身動きの取れない状況で喚き散らしても意味がないと判断し、航大は深呼吸を繰り返して新たな質問を投げかけてみる。

「お前たちみたいなグリモワールを持つ人間は、帝国に何人いるんだ?」

「グリモワール?」

「黒い本のことだよ。お前たちだって使ってるだろ?」

「あー、これのことネ」

 航大の問いかけにアリアは自分が所持するグリモワールを取り出してみせる。

 ――異世界と現実世界を結ぶ異形の力を有した本。

 この異世界において、航大と帝国騎士たちだけが持ち得るグリモワール。敵の戦力把握のためにも、どれだけの人間が持っているのかを確認したかった航大は、答えが返ってこないことも承知でアリアに問いかけてみる。

「この本は帝国ガリアにおいて、総統の近衛騎士となるために必要なもの。帝国にはこの本を持った人間が全部で六人存在してる」

「……六人、か」

「帝国ではこの六人のことを、帝国ガリア六天衆って呼んでるかナ」

「…………」

 これまで航大が出会ってきたグリモワールを持つ帝国騎士は全部で五人。

 全員が滅茶苦茶な力を持ち合わせている中で、まだ帝国には姿や能力も知らないグリモワール所有者が一人存在している。異形の力を持つ騎士が集う帝国ガリア。話を聞けば聞くほどにそこからの脱出が厳しいものだと痛感する。

「ねぇねぇー」

「……なんだよ」

「そっちの質問に答えたんだから、こっちの質問にも答えてもらっていいかナ?」

 航大が一人で絶望している中で、美しい情熱的な赤髪と、好奇心を滾らせた黒瞳が印象的な帝国騎士・アリアが身を乗り出して航大に問いかけを投げかけてくる。

「君はその本をどこで手に入れたのかナ?」

「……この本を?」

「うん。すっごく興味があるんだよネ」

 ググイッと顔を近づけてくるアリア。二人の呼吸が感じられるくらいに接近したことに航大は驚きを禁じ得ず、憎き帝国騎士であるアリアの顔は思ったよりも整っていて、航大の心臓は不覚にも早鐘を打ってしまう。

「これは……なんて言えばいいんだろうな……俺の故郷で手に入れたんだよ」

「へぇ、故郷ってドコ?」

「…………こことは違う世界の話だ」

「違う、世界……?」

 異世界の人間に航大が生まれ育った世界のことを説明するのは難しく、話がこんがらがること間違いなしなので、航大は意図的に詳細部分の説明を省いていた。

「ふーん……」

「なんでそんなこと聞くんだよ?」

「私たち、グリモワールを持つ帝国騎士たちは、みんな性格も力もバラバラなんだけど、一つだけ共通していることがあるんだよネ」

「……共通していること?」

「――それは、みんなグリモワールを手に入れる前のことを何も覚えていないってコト」

 無表情なのだが、どこか悲哀の込められた声に航大は唖然とする。

「記憶がない?」

「そう。私たちは気づいた時から総統の騎士として育てられた。このグリモワールを初めて手にした以前の記憶が一切存在しない」

「全員が……?」

「うん、そうなるカナ。だから、同じグリモワールを持ってる君はどうなのかなって気になったノ」

 聞きたいことは聞けたのか、航大の答えに何度か頷くと、それ以上は質問してこなくなる。再びの静寂が場を包み込み、なんとも言えない気まずさの中、航大たちは帝国ガリアを目指して着実に進んでいく。

◆◆◆◆◆

「それにしても、仲間の騎士は置いてきてよかったのか?」

「あぁー、まぁいいんじゃない? 帝国騎士って奴は基本的にみんな自由だからネ」

「なるほど……なんとなく理解した気がするよ……」

 これまでの帝国騎士たちを見ても、一切の連携がないことは認識済みであった。

 その事実は航大にとって優位に働く時が絶対にくる。そう信じながら船に揺られていると、前方に巨大な大陸が見えてきた。

「さぁ、見えてきたよ。あれがマガン大陸」

「……マガン大陸」

 少しずつ、そして確実に近づいてくる大陸に唖然とする航大。

 何故なら遠目からみても分かるくらいに、マガン大陸と名の付いた大地には極端に自然が少なかった。直前まで大陸全土を大自然が覆っていたコハナ大陸に居たからこそ、その異様さに目を奪われてしまう。

 海の上から見えるマガン大陸はどこまでも荒廃とした大地が続いており、至る所から黒炎と白煙が立ち込める異様な雰囲気に包まれている。

 大地から吹き出される白煙と黒煙が空を覆い尽くしており、マガン大陸は分厚い雲に覆われる。今まで見てきたどの大陸とも違う、異質な空気が肌を焦がし、これから待ち受ける過酷な戦いの予感に航大は息を呑むのであった。

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