終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第三章38 寂寥の氷神

「なに、ソレ?」

 魔竜・ギヌスと帝国騎士の女が放ってくる卑劣な攻撃の前に倒れ伏した英霊・アーサー。

 帝国騎士の女が持つグリモワールを前に自我を喪失したプリシラを盾に使うことで、アーサーが放つ攻撃を止めた魔竜たちは、その直後にアーサーの小柄な身体に冒涜の限りを尽くした。

「――この力は?」

 またも大切な人が眼前で傷つく光景を目の当たりにした航大は、自らの内に存在する異形の力を呼び起こす。

 ――その力は魔竜を討ち倒し封じた女神の力。
 ――その力は神谷航大という存在が持つ負の感情が具現化した影の王の力。

 相反する二つの力が同時に具現化することで、航大は完全なる異形の存在として異世界に顕現した。

 右半身を女神の力・氷神。
 左半身を負の力・影の王。

 自身の身体にそれぞれの力を身に纏わせる航大を前にして、魔竜と帝国騎士の女は戸惑いを隠すことができなかった。

「――お前たちは、絶対に許さない」

「――ッ!?」

 明確な殺意を瞳に宿す航大は、一瞬の内に遥か上空まで跳躍すると、眼前で停滞する魔竜へ攻撃を仕掛けていく。

「――無限氷剣エンドレス・ブリザードッ」

 右手を天に突き出し航大が唱える氷魔法。
 それはかつて魔竜と対峙した女神が使役した魔法の一つ。

「アハッ、これが総統の欲しがってた力なんだッ」

 航大が飛翔する上空の一部。晴天だった空に突如として分厚い雲が現れたかと思えば、次の瞬間には猛吹雪が周囲一帯に吹き荒れるようになった。

 それは天候すらも操る禁忌の魔法。

 あまりにも強大な力の本流を前にして、帝国騎士の女は満面の笑みを浮かべるだけ。

「――死ね」

 冷酷に響く航大の声。それを合図にして吹き荒れる吹雪の中から『氷剣』が生成される。虚空に生まれる氷剣は一本ではない。それは魔竜たちの周囲を取り囲むようにして存在しており、その数は計り知れない。

 右手を下ろす航大の動きに合わせて、無限に生成される氷剣が雨のように魔竜・ギヌスの身体へと降り注いでいく。

「――木葬陣壁アンチ・フォレストッ」

 夥しい数の氷剣を前にして、魔竜・ギヌスはたまらずアンチ魔法を唱えていく。
 すると出現した木の壁に氷剣が突き刺さり反射していく。

 しかし、反射した氷剣は別の剣とぶつかることで砕けて消失していく。

「――耐えきれない、かッ」

 永続的に降り続ける氷剣。

 さすがの創世魔法を持ってしても無限に使役できる訳ではない。全ての魔法攻撃を反射する木の壁を生成するだけでも、魔竜には甚大なる負担を強いる。これ以上の使用は危険だと判断した魔竜・ギヌスは木の壁を消失させると、降り注ぐ氷剣をその身に受けていく。

「――――」

 飛翔する氷剣がアーサーの身体を貫く大樹の根を切り裂くと、航大はアーサーを回収することで後方へと飛び退る。

「――――」

 溢れ出る激情に感情を支配される航大は、傷だらけで倒れ伏す愛おしい存在に声をかけることなく、呆然と立ち尽くすリエルの元に預けるようにして横たわらせると、再び前を見て強大な敵と向き合う。

「あ、主様……その姿は……」

「――――」

 リエルに背を向け歩き出す航大。
 その背中に語りかけてくる声。しかし、今の航大にはその言葉に返答することができなかった。

「――絶魔封陣シェル・スキルッ」

 絶え間ない攻撃の連続に業を煮やした魔竜は、膨大な魔力を必要とする絶対の防御魔法を発動させていく。すると曇天が覆っていた空が晴れ、無限に降り注いだ氷剣も一瞬にして消失していく。

 魔竜・ギヌスは全ての攻撃を受け切ることが出来ないと即座に判断することで、自らが持つ魔力の多くを使用することで、全ての魔法を無効化した。

「うーん、これは想像以上だと言わざるを得ないネー、そりゃ総統もこの力を欲しがるよね」

 完全なる復活を果たした魔竜でさえも圧倒する英霊憑依。

 想像を絶する異形の力を前にして、さすがの帝国騎士からも余裕の笑みが消え失せていく。女神の力を完全に使いこなしている航大の背中を見て、女神の妹であるリエルもまた呆然とした様子で立ち尽くすことしかできない。

「次はこちらから行くぞッ――創世魔法・花陣爆散フラワー・エクスプロージョンッ!」

 後手に回っていてはいけない。

 そう判断した魔竜・ギヌスは航大が沈黙を保つ中で創世魔法を繰り出していく。
 それはアーサーたちを苦しめた花を使う無差別の爆撃攻撃だった。

「先ほどとは威力が違うと思えッ!」

「――――」

 魔竜の重低音な声音が響くのと同時に、航大の周囲を無数の花びらが舞い始める。

 その量は魔竜が言う通り先ほどとは比較にならないほど増量しており、気付けば航大の視界は色とりどりの花びらで包まれる。

「……リエル、危ないから守護魔法を使っておいてくれ」

「……え?」

「――今度のは大きいぞ」

 航大の静かな言葉は背後で傷だらけのアーサーと共に存在している賢者・リエルへと向けられた言葉だった。禍々しい魔力が周囲を取り囲む中、航大の視線は眼前に立つ魔竜と帝国騎士の女へ固定されている。

「――ッ!」

 異形の力を持ち、圧倒的な力を行使することで航大を吹き飛ばそうとする魔竜・ギヌスはどこまでも轟く咆哮を上げる。すると、それを合図にして航大の周囲を舞い散る花びらが一斉に爆発を始めるのであった。

 一枚の花びらが爆ぜると、それと連鎖する形で近くに存在する別の花びらも爆ぜていく。
 無限にも感じられる爆発の連鎖が航大の小さな身体を襲っていく。

 あまりにも強い爆発によるエネルギーは、航大たちが存在しているアステナ王城の封印の塔そのものを破壊していく。足場が大きく傾き、それは次第に大きくなっていく。

 魔竜・ギヌスが放つ創世魔法により、アステナ王城は無残にも崩れ去っていき、気付けば航大の視界は巨大な粉塵に支配されていくのであった。

「うっひゃー、すっごい力だったネー」

 爆発の連鎖が静まりを見せる中、瓦礫の中からそんな声を漏らすのは帝国騎士の女だった。随分と遠くなった空を見上げる彼女は、あれだけの崩壊の中にあっても純白のローブマントには土埃一つつけることなく、相変わらずの無傷な状態で顕在していた。

「……それにしても、君はすごいネ。どんどん興味が湧いてきちゃうよ」

「――絶対氷鏡アイス・ミラーガードッ」

 アステナの王城を包み込む粉塵の中、そんな小さな声音が響いてきた。

 それはつい先日まで全く戦う力を持たなかった少年のもので間違いなく、あれだけの攻撃をその身に受けても健在であることを証明していた。

「この程度か……」

 魔竜が放つ攻撃を凌いだ航大の周囲には氷で出来た『鏡』が無数に存在しており、魔法によって生成された鏡によって、彼は全ての攻撃をシャットダウンすることに成功していた。

 ――絶対氷鏡アイス・ミラーガード

 それは氷系魔法の中で絶対の防御力を誇る魔法であり、使用している間は一切の攻撃行動が制限されるが、その代わりに絶対の防御を得ることが出来るのであった。

「――次はこっちから行くぞ」

 航大の瞳はどこまでも凍りついていた。

 ――怒り。悲しみ。憎悪。

 負の感情に支配され、その半身を『漆黒の影』で覆った航大はただ眼前の敵を殲滅することのみを目的とし異形の力を振るっていく。

「――氷槍龍牙」

 無駄のない動作で軽々と跳躍を果たす航大は右手を天高く突き上げると、その手の先に広がる虚空に超巨大な『氷槍』を生成していく。それは深層世界で影の王と対峙した際も使用した魔法であり、女神だけが使役できる氷系魔法の最高位である。

「アハッ……とってもキレイ……」

 人間の身体を容易に上回り、魔竜の身体と比べても遜色のない大きさを誇る氷槍を見上げるようにして、帝国騎士の女は感嘆の声を漏らしていた。

「散れッ!」

 澄ましていたその表情に怒りに満ちた激情を浮かばせると、航大は右手に召喚した氷槍を魔竜の身体目掛けて投擲していく。

 異様な静寂に包まれた空間を引き裂くと、氷槍は目で追うことが不可能な速度で飛翔すると、魔竜が回避する暇もなくその頑丈な身体をいとも簡単に貫いていく。

「――ッ!?」

「――氷槍連花」

 氷槍が魔竜の身体を貫いたことを確認するなり、航大は間髪入れずにトドメの魔法を繰り出していく。この魔法も女神のみが使うことを許された最上位の氷魔法であり、氷槍龍牙とセットになる魔法であった。

「――――ッ!」

 魔竜の身体を貫いた氷槍は、航大が次なる魔法を唱えた瞬間にその原型を保つことが出来ずに瓦解していく。甲高い音を立てて爆ぜる氷槍は魔竜の身体を瞬時に凍結させながら大輪の花を咲かせていく。

「アハッ、アハハハッ! もうこれ、反則なんじゃないノッ?」

 魔竜・ギヌス。

 アステナ王国に復活した魔竜は本体から切り離された分身である。それでも魔竜としての名に恥じない力を持ち得るギヌスですら、異形の力を纏った航大が持つ力を前にして瞬時に絶命した。

 氷で形成された大輪の花は魔竜の身体と共に崩壊を始めていく。

「あーあ、魔竜ちゃんがやられちゃっタ」

「――次はお前だ」

「……えッ?」

 魔竜の絶命を確認した航大はすぐさま視線を帝国騎士の女に移すと、地面を蹴って跳躍を開始する。

「――氷牙業剣ッ」

「アハッ?」

 次々に魔法を繰り出す航大両手に巨大な氷剣を生成していくと、呑気に立ち尽くしている帝国騎士の女へと振り下ろしていく。触れたものを両断する氷剣を前にして女はどこまでも笑みを浮かべたまま、上半身と下半身を横一閃に切断させていくのであった。

「…………」

 それはあまりにも呆気ない結末だった。

 純白のローブマントと共に、帝国騎士の女は身体を両断され鮮血を噴出させながら瓦礫の中に倒れ伏していく。

「や、やったのか……?」

 静寂に包まれるアステナ王城。
 瓦礫の中から姿を現し、震える声を漏らすのは賢者・リエル。
 彼女は険しい表情を浮かべると、眼前に広がる壮絶な光景を目に焼き付けている。

「ぐッ……がはッ……!」

 魔竜は滅びた。それを操る帝国騎士も死に絶えた。

 魔竜・ギヌスが生成した大樹の根が静かに姿を消していき、アステナ王国の王女・レイナとエレスの身体を縛り付けていた根も姿を消していく。

 全てが終わったことを確認するなり、航大の身体は異形の力を行使した代償に苛まれる。全身を駆け抜ける痛みと、溢れ出る負の激情が航大を襲う。

「はぁッ、はあぁッ……くッ……さすがに負担が大きいかッ……」

 深層世界で封じた己が持つ負の感情が復活を果たし、航大の身体を飲み込もうとしている。

「主様ッ、大丈夫かッ!?」

「あ、あぁッ……大丈夫かって言われると……正直、微妙な感じッ……ぐぅッ……だなッ……」

「くッ……今、ユイの治療に力を使ったおるから……主様までは…………」

 苦しむ航大を見て助けたいと願うリエル。
 しかし、彼女はこの戦いにおいて力を使い過ぎていた。そのため、航大の治療に割く魔力を持ち合わせてはおらず、この場において他に治癒魔法が使えるプリシラの姿を探して絶句していた。

「…………どうして、まだプリシラは正気を取り戻しておらんのじゃ?」

「――ッ!?」

 呆然と漏らすリエルの言葉に航大は目を見開かせると、踵を返して背後を確認しようとする。

「アハッ、案外早くにバレちゃったネ?」

「なッ……ど、どうしてッ……?」

「君が殺した人間なら、あそこで死んでるよ?」

「――――」

 航大が立つすぐ後ろ。
 そこにはニコニコと満面の笑みを浮かべる帝国騎士の女が立っていた。

 女が指差す先。そこには上半身と下半身で分断され、絶命しているアステナ王国の騎士服に身を包んだ男が倒れ伏していた。

「アハハハッ! 君たちが見ていた私は偽物のワタシ。ずーっと、偽物を見てたんだヨ?」

「そ、そんな……」

「アハハッ、君も私が見せる夢の中へ招待してあげるネ?」

「――ッ!?」

 女の瞳に『十字架』が浮かぶと、航大の意識は急速に遠のいていくのであった。

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