終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第三章25 英霊憑依・氷神

「――英霊憑依・氷神ひょうしん

 神谷航大の内に存在する深層世界。

 そこで今、世界を守護する女神とかつて世界を滅ぼした魔竜たちによる戦いが繰り広げられていた。深層世界の王として君臨するもう一人の神谷航大は、魔竜・ギヌスと融合を果たしたことによって、異形の力を得ていた。

 かつて世界を滅ぼした創世魔法と呼ばれる強大な魔法を駆使することで、北方の女神であるシュナを窮地に追いやっていた。

「――ッ!?」

 創世魔法・神樹螺旋連撃。

 それは魔竜ギヌスが使役する自然を司る力によって生まれた魔法であった。
 大樹が螺旋状に絡み合い、一つの巨大な球となると膨大な魔力を内に秘めた状態で女神シュナに襲いかかる。

 世界を守護する女神として君臨していたシュナも、タダでやられる訳ではなかった。氷系魔法の中でも最上位のランクに位置する守護魔法を展開するも、魔竜と融合した影の王が使役する創世魔法を前にしては、なんの意味も成さないのであった。

「おいおいおい……聞いてないぜ、これはよ……」

 繰り出された創世魔法の中に姿を消した女神の名を航大は思わず叫んでいた。それをトリガーにして、航大の身体に異変が起きる。

 暴風に身体が吹き飛ばされる中、航大は自分の身体が異様な熱を持ち始めていることに気付く。それは氷都市・ミノルアで帝国騎士を前にした時と同じ感覚であり、流れ込んでくる力を感じながら、航大は英霊をその身に憑依させる言葉を呟く。

「……これは?」

 深層世界に吹き荒れていた暴風が消失すると、創世魔法が炸裂した中心点に航大は存在していた。全身を明るい水色の魔法ローブに身を包み、その右手には氷の結晶をイメージした杖が握られていた。

 短く切り揃えられていた薄茶色の髪が今では美しい水色へと変色しており、その長さも航大の腰にまで届こうとしていた。

「……女神を取り込みやがったか」

 劇的に外見が変化した航大を見て影の王は唇を歪ませる。それは航大が放つ膨大な魔力を感じているからこその変化だった。

「……そうか、俺はまたシュナの力を借りてるんだな」

『……どうやら、そのようですね』

「――えッ!? こ、声が聞こえるッ!?」

 静寂が包む深層世界の中で航大が呟く言葉に女神シュナが答える。それは鼓膜を震わせた訳ではなく、シュナの声は航大の脳裏に直接響いていた。

 この現象は以前に憑依した時にはなかったことであり、まさかの展開に航大は驚きの言葉を禁じ得なかった。

『以前よりも、憑依が完全に近い形で果たされているようです。さすがの私もこれには驚きですよ』

「驚きですよって、それはこっちの台詞だよ……」

『まぁ、積もる話は後にして……今はアレを何とかしましょうか』

「……あぁ、そうだな」

 シュナの言葉に航大の視線が深層世界の上空へと向けられる。

 そこには魔竜の翼を背中から生やした影の王が存在していた。彼は腕を組んだ状態で空で制止すると、つまらなさそうに溜息を漏らしていた。

「ふん、今更どうなろうと関係ねぇ。むしろ、二人一緒に倒すことが出来て手間が省けたくらいだぜ」

「倒すか……それが出来ればの話だけどな」

 影の王が漏らす言葉を航大は真正面で受け止めて売り言葉に買い言葉といった形で返していく。

 今までに対峙したどの敵よりも眼前に立ち塞がる影の王は強大であると断言できる。
 しかし、そんな存在を前にしても航大は気後れすることはなく、自分の体内に存在する女神が持つ力を感じて誰にも負ける気がしないと自信に満ちていた。

「生意気な口を聞けるのも今のうちだぜ……創世魔法・木葬蛇竜もくそうじゃりゅうッ!」

「――ッ!?」

 影の王は両手を大きく広げると、新たな創世魔法を繰り出していく。深層世界に轟く言葉に呼応するかのように、また虚空から大樹が生成されたかと思えば、次の瞬間には大樹は巨大な蛇へと姿を変えていた。

『……航大、気をつけてください。あれは不死身の蛇です』

「……不死身の蛇?」

『蛇を形成している大樹が存在する限り、何度倒しても復活を果たすのです。さらに、あの大蛇が吐く毒に触れればその瞬間に命を落とします』

「……なるほど」

 大樹の蛇は見上げるほどにまで巨大に成長しており、その圧倒的な存在を前にしても航大の心は乱れることがなかった。

 より完璧な状態で女神と融合を果たした今の航大にとって、眼前で猛威を振るう大蛇など恐れる対象ではないのであった。

「さぁ、どうする?」

 再びの創世魔法を成功させた影の王はどこか余裕といった素振りを見せると、卑しく唇を歪ませて航大に問いかけてくる。

「――氷魔法・氷槍龍牙ひょうそうりゅうがッ!」

 右手を突き出すのと同時に、航大は脳裏に思い浮かんだ氷魔法の名を詠唱する。

 すると、膨大な魔力が航大の小さな身体を包み込み、瞬きをした次の瞬間には右手に巨大な氷槍が握られていた。

 これは氷都市・ミノルアでの戦いでも航大が無意識の内に使役していた魔法であり、より完全な状態で融合を果たした今の航大はより完璧に近い形で魔法を使役することが出来ていた。

「その程度の槍でコイツを倒せると思うなよッ!」

「一撃で十分だッ!」

 影の王が命じるままに大樹で構成された大蛇が咆哮を上げながら航大に突進してくる。

 地面を揺らしながら突進してくる大蛇を前にしても航大の心は乱れない。表情を険しいものに変えると、自分の身長の数倍はある巨大な氷槍を持った状態で、遥か上空へと飛翔する。

「喰らえぇッ!」

 大蛇の突進を高飛びすることで躱すと、航大は右腕を大きく振りかぶり右手に持った氷槍を大蛇の顔面めがけて投擲する。

「――氷魔法・氷槍連花ひょうそうれんか

 航大が投擲した氷槍は大樹で出来た蛇の顔面を貫く。
 凄まじい衝撃が深層世界を包み込む中で、航大は続けざまに魔法を詠唱する。

「――なッ!?」

 一瞬の静寂の後、大樹の身体が瞬間的に凍結する。

 そして瞬きした次の瞬間――大蛇の身体を包み込んでいた氷が大輪の花を咲かせた後に跡形もなく崩壊した。

 大蛇は声を発することも出来ず、塵となって消失する大樹に復活を果たすこともなく完全に消失していく。

 その様子を見て、影の王は驚きの声を禁じ得ない。

「ふざけるなああああぁぁぁぁーーーーーッ!」

 自分が放つ創世魔法がいとも簡単に打ち破られた事実に憤慨した影の王は、怒号を上げると次の魔法を繰り出していく。

「――創世魔法・万里木流波ばんりもくりゅうはッ!」

 影の王が新たな魔法を詠唱した瞬間、再び深層世界の全体が激しく揺れ始める。
 世界が揺れる中、航大の前に姿を現したのはどこまでも巨大な大樹の津波だった。

「…………」

「押し潰されて消えろぉッ!」

 自分の魔法が簡単に打ち破られた事実。影の王は冷静さを欠いており、溢れ出る魔竜の力を最大限に引き出すことで大樹の津波を引き起こした。

「――氷魔法・氷牙業剣」

 迫ってくる大樹の津波を前にして、航大が次に繰り出すのは氷魔法の中でもトップクラスの破壊力を持つものだった。

 両手を天に突き上げ、魔法を詠唱することで膨大な氷の魔力を具現化していく。
 現世に具現化された濃密な氷の魔力は巨大な剣を形成していく。

「うらあああああああああああああああああああぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーッ!」

 尋常ならざる量の魔力が喪失していく感覚を覚えながらも、航大は雄叫びを上げて具現化した氷の剣を振り下ろしていく。

 触れるもの全てを両断し、凍結、崩壊させる氷の刃は見上げるほど巨大な大樹の津波すらも破壊していく。凄まじい轟音が響く中、影の王が放った大樹の津波はいとも簡単に氷牙の前に屈するのであった。

「はぁ、はあぁッ……」

 強大な魔法同士が衝突し、世界全体を包む衝撃波が消える。
 静寂が支配する深層世界において、航大は無傷でしっかりと生存していた。

 航大の眼前にはどこまでも続く地割れが発生しており、それは航大が放った氷魔法・氷牙業剣によって作られたものだった。

「くそがッ……くそがくそがくそがッ……!」

 そんな世界において、悔しげな声を漏らすのは影の王だった。
 彼は航大が放った氷牙によって、右半身を消失しており誰が見てもこれ以上の継戦は不可能であった。

『……まだ、完全ではなかったか』

 どこからともなく、そんな魔竜ギヌスの声が聞こえてきた。

 それは影の王の敗北を意味しているものであり、この瞬間に深層世界を舞台とした壮絶なる戦いに決着が着いたのであった。

「まだだッ……まだ俺はやれるッ……!」

 魔竜ですら敗北を認める中、影の王だけは違った。
 まだ戦えると豪語するなり、自身の体内に存在する魔竜の力を最大限に引き出そうとする。

「――ッ!?」

 しかし、まだ諦めない影の王が見せる意志とは反するように身体は言うことを聞かない。
 更なる力を引き出そうとするも、影の王が持つ身体ではこれ以上の戦いに耐えることが出来ないのであった。

『魔竜たちが弱っている今がチャンスですッ、封印しましょうッ!』

「――封印魔法・四神封印」

 脳裏に浮かんだ封印魔法を唱える航大。
 すると、どこからともなく巨大な氷で出来た十字架が生成され、影の王の身体を貫く。

「がはッ!?」

 宙を飛んでいた影の王は封印魔法によって、深層世界の大地に縛り付けられる。
 封印魔法は対象物を大地に縛り付けるだけでは飽き足らず、氷の十字架は影の王の身体を地中へと埋没させようとする。

「ざっけんなよぉッ……俺は絶対に蘇るッ……この世に闇がある限りッ……お前に闇がある限りッ……絶対にだッ……!」

 自分の身体が地中に埋没していく中、影の王は怨嗟の言葉を吐き続ける。
 鼓膜を震わせる怨嗟の声に耳を傾けながら、航大は静かに目を閉じる。

 こうして、深層世界を舞台にした戦いは完全なる決着を迎えることとなるのであった――。

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