終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~
第三章18 治癒術師の元へ
「――では、行ってくるがいい。お前たちの帰りを待っているぞ」
アステナ王国の王女・レイナの言葉を背に受けた航大たちは、地竜が引く客車に乗り森林の中を疾走していた。あれだけの大騒動があった森林に、まさかこんな早く戻ることになるとは……と、航大たちの気分はあまり優れたものではなかったが、それでも王女が用意してくれた恩を無碍にすることは出来ないのであった。
「ここから治癒術師が住んでる場所まではどれくらいなんだ?」
「そんなにお時間は掛かりません。一時間もあれば着くかと……」
今、地竜の操者を努めているのは、アステナ王国のメイド服に身を包む少女だった。
年は航大とシルヴィアの二人とさほど変わらず、それでも王国に仕える身であるため、とても礼儀正しい。華奢な身体つきをしていたので、最初は地竜の操者など務まるのか……そんな不安が過ったが、いざ走り出してみれば、巧みに地竜を操ることで複雑に木々が絡み合う森林を走り抜けているのであった。
「一時間くらいか……」
「また魔獣が出なければいいけどな……」
メイド少女の言葉を聞いて頷く航大を見ながら、ライガがため息混じりに呟く。
その言葉に客車の中がピリッとした空気に支配され、そんな重苦しい雰囲気を払拭するように声を上げたのはシルヴィアだった。
「ちょっと、ライガッ! あまり変なこと言わないでよね」
「へ、変なことって……」
「そうじゃぞ。縁起でもないことを軽く言うんじゃない」
「……ライガ、空気読めない人?」
「うぐッ……」
女性陣から総スカンを喰らうライガは、ぐぬぬ……と、小さく声を漏らして身体を小さくする。さすがに三対一の構図で戦いを挑んでいくのは不利だと理解したのだろう。
「アステナ王国の周辺には滅多に魔獣が出ません。なのでご安心ください」
航大たちの話を聞いていたのか、操者を務めるメイド少女がくすくすと微笑を浮かべながら声をかけてくる。
「まぁ、そうらしいんだけどな……普通は……」
「実際に遭遇してみるとな……」
本来だったら、メイド少女の言葉に安堵する場面なのだろうが、実際に魔獣達と遭遇している航大たちはその恐ろしさを実感しているため、その通りだと肯定して笑い飛ばすことはできない。
――木々の間から陽の光が差す森林は、異様なほどの静寂に包まれている。
客車の中で心地いい揺れを感じながら、航大は窓の外に広がる森林風景に目を移す。
どうか、このまま平穏な旅になって欲しい……小さくため息を漏らしながら航大はそんなことを心内で思わずにはいられないのであった。
◆◆◆◆◆
「……なぁ、この道って何か見覚えがないか?」
アステナ王国を出発してからしばらくの時間が経過した。
航大たちはまだ森林の中を疾走している最中であり、客車に取り付けられた窓の向こうには同じような景色がずっと続いている。
航大、ユイ、リエル、シルヴィアの四人がそれぞれ談笑を楽しんでいると、そんなライガの言葉が鼓膜を震わせた。
「……見たことがあるかって言われたら……ちょっと、俺には分からないな……」
ライガの言葉に客車にいる全員が窓の向こうに広がる風景に視線を移す。
目を凝らして風景を観察する航大には、どこにでもある森林が広がっているばかりであり、特別見覚えのある風景ではないと感じられた。
「……そう言われてみれば、見たことあるような気がする」
「え、マジで?」
航大と同じように窓を見つめていたユイは、しばらくの静寂の後にそんな言葉を漏らした。
「……確かに、儂も見覚えがあるような気がするぞ」
「あの木の爪痕……見たことあるような……」
ライガ以外の全員が口々に見覚えがあると漏らす。
その言葉を聞いた後に航大は再び外を観察してみるが、やはり眼前に広がる森林に見覚えはないのであった。
「……そういえばさ、あの屋敷の嬢ちゃんも治癒魔法が得意とか言ってなかったか?」
「……腕、治してたしね」
「ふむ……屋敷の主は王国に出向いているとも言ってたの」
「その主って人も治癒魔法がすごいって言ってたよね」
「それって、まさか……」
全員が顔を見合わせる。
それぞれが脳裏に思い浮かんだ可能性を口にしようとした瞬間だった。
「アステナ王国、近衛治癒術師……プリシラ・ネポル様のお屋敷でございます」
森林の中を疾走していた地竜が停止し、そんなメイド少女の声が響き渡るのであった。
◆◆◆◆◆
「……お帰りなさいませ。想像以上に早い再会となり、私も驚いています」
「やっぱりココなのか……」
航大たちが辿り着いた先。
そこは森林の中に作られた人工的な円形の空間が存在していた。
その空間の中心には見覚えのある洋館が佇んでいる。そして、航大たちの到着を出迎えるようにして、一人ぽつんと立ち尽くしているのは、一切の表情と感情を殺したメイド服に身を包んだ少女・セレナだった。
一度は航大たちを敵だと認定し、全員の命を刈り取ろうとした精霊であるセレナは、やっぱり無表情を保ったままで深々と頭を下げるのであった。
「つい先ほど、主が王国よりお戻りになられました」
「……今回は入っても大丈夫なのか?」
「もちろんでございます。アステナ王国の王女より伝令は受け取っております。お客様がお見えになると……」
初めて邂逅した時、セレナは航大たちを侵入者として抹殺しようとしていた。
しかし今回はレイナから先に用件を伝えられているようで、航大たちに襲いかかることなくしっかりとメイドの仕事をこなしていた。
「お客様がお見えになること、既に主にもお伝えしてあります」
「そうなのか……仕事が早いな」
「完全無欠の完璧メイドを目指しておりますので」
「……無表情で言われてもなぁ」
屋敷の中をスタスタと歩くセレナの少し後ろを航大たちは歩いている。
前回逃げ込んだ際は、玄関口にまでしか入ることが出来なかったので、航大たちは改めてこの屋敷がそこそこの広さを持っていることを知る。
内装はどこにでもあるような洋館なのだが、誰かが暮らしている様子は感じ取ることが出来ない。静寂が包む洋館の中を歩くと、そんな物悲しい印象を持ってしまうのであった。
「まもなく主がいらっしゃると思いますので、少々お待ちくださいませ」
しばらく歩いて航大たちが案内されたのは、応接間のような内装をした部屋だった。
ソファーがいくつか並んでいて、セレナはテキパキとお茶などを用意するとペコリと頭を下げて部屋を出て行ってしまう。
「……とりあえず、座るか?」
応接間に放置されている感も否めない状況の中、ライガがぼそりと言葉を呟くのと、部屋の扉が勢い良く開くのはほぼ同時なのであった。
「す、すみませんッ……私ったら、少し準備にお時間が……掛かって……しま……って?」
応接間に入ってきたのは全身をローブで身を包んだ女性であった。
航大よりかはライガに年が近い印象を受ける大人な女性といった外見をしており、長い黒髪は背中にまで届き、僅かに露出された肌は病的なまでに白かった。
息を切らして肩を上下させる女性は、航大とライガに視線を固定するとその場で固まってしまう。
「え、えぇっと……貴方がこの屋敷の主……?」
目を見開き、呆然とした様子で立ち尽くす女性に声をかけるのは航大だった。
「い、いッ……」
「い?」
状況を理解したのか、女性の身体がぷるぷると異常なまでに痙攣を始める。
額には汗が浮かんでいて、気付けば目尻には大粒の涙まで溜まってしまう。
「いやああああああああああああああぁぁぁぁぁーーーーーーッ!」
「ええええええええぇぇぇーーーーーッ!?」
航大が声をかけようと一歩踏み出した瞬間だった。
ローブに身を包んだ少女は屋敷中に響き渡るような絶叫を上げると、航大たちが制止する暇もない速度で応接間を出て行ってしまう。
一瞬にして姿を消した女性に、航大たちはただ呆然と立ち尽くすことしかできない。
「……やはり、こうなってしまいましたか」
「あ、セレナ……」
「……お客様、ここは追いかけた方がいいかと思います。そうでなければ、主はこれから一ヶ月は外に出てきませんよ」
「――はっ!?」
女性が姿を消した後にやってきたセレナは、ため息を漏らしながら航大たちに助言してくる。
状況が全く飲み込めていない航大たちは唖然としながらも、屋敷のメイド少女・セレナの言葉通りに女性の捜索を始めるのであった。
アステナ王国の王女・レイナの言葉を背に受けた航大たちは、地竜が引く客車に乗り森林の中を疾走していた。あれだけの大騒動があった森林に、まさかこんな早く戻ることになるとは……と、航大たちの気分はあまり優れたものではなかったが、それでも王女が用意してくれた恩を無碍にすることは出来ないのであった。
「ここから治癒術師が住んでる場所まではどれくらいなんだ?」
「そんなにお時間は掛かりません。一時間もあれば着くかと……」
今、地竜の操者を努めているのは、アステナ王国のメイド服に身を包む少女だった。
年は航大とシルヴィアの二人とさほど変わらず、それでも王国に仕える身であるため、とても礼儀正しい。華奢な身体つきをしていたので、最初は地竜の操者など務まるのか……そんな不安が過ったが、いざ走り出してみれば、巧みに地竜を操ることで複雑に木々が絡み合う森林を走り抜けているのであった。
「一時間くらいか……」
「また魔獣が出なければいいけどな……」
メイド少女の言葉を聞いて頷く航大を見ながら、ライガがため息混じりに呟く。
その言葉に客車の中がピリッとした空気に支配され、そんな重苦しい雰囲気を払拭するように声を上げたのはシルヴィアだった。
「ちょっと、ライガッ! あまり変なこと言わないでよね」
「へ、変なことって……」
「そうじゃぞ。縁起でもないことを軽く言うんじゃない」
「……ライガ、空気読めない人?」
「うぐッ……」
女性陣から総スカンを喰らうライガは、ぐぬぬ……と、小さく声を漏らして身体を小さくする。さすがに三対一の構図で戦いを挑んでいくのは不利だと理解したのだろう。
「アステナ王国の周辺には滅多に魔獣が出ません。なのでご安心ください」
航大たちの話を聞いていたのか、操者を務めるメイド少女がくすくすと微笑を浮かべながら声をかけてくる。
「まぁ、そうらしいんだけどな……普通は……」
「実際に遭遇してみるとな……」
本来だったら、メイド少女の言葉に安堵する場面なのだろうが、実際に魔獣達と遭遇している航大たちはその恐ろしさを実感しているため、その通りだと肯定して笑い飛ばすことはできない。
――木々の間から陽の光が差す森林は、異様なほどの静寂に包まれている。
客車の中で心地いい揺れを感じながら、航大は窓の外に広がる森林風景に目を移す。
どうか、このまま平穏な旅になって欲しい……小さくため息を漏らしながら航大はそんなことを心内で思わずにはいられないのであった。
◆◆◆◆◆
「……なぁ、この道って何か見覚えがないか?」
アステナ王国を出発してからしばらくの時間が経過した。
航大たちはまだ森林の中を疾走している最中であり、客車に取り付けられた窓の向こうには同じような景色がずっと続いている。
航大、ユイ、リエル、シルヴィアの四人がそれぞれ談笑を楽しんでいると、そんなライガの言葉が鼓膜を震わせた。
「……見たことがあるかって言われたら……ちょっと、俺には分からないな……」
ライガの言葉に客車にいる全員が窓の向こうに広がる風景に視線を移す。
目を凝らして風景を観察する航大には、どこにでもある森林が広がっているばかりであり、特別見覚えのある風景ではないと感じられた。
「……そう言われてみれば、見たことあるような気がする」
「え、マジで?」
航大と同じように窓を見つめていたユイは、しばらくの静寂の後にそんな言葉を漏らした。
「……確かに、儂も見覚えがあるような気がするぞ」
「あの木の爪痕……見たことあるような……」
ライガ以外の全員が口々に見覚えがあると漏らす。
その言葉を聞いた後に航大は再び外を観察してみるが、やはり眼前に広がる森林に見覚えはないのであった。
「……そういえばさ、あの屋敷の嬢ちゃんも治癒魔法が得意とか言ってなかったか?」
「……腕、治してたしね」
「ふむ……屋敷の主は王国に出向いているとも言ってたの」
「その主って人も治癒魔法がすごいって言ってたよね」
「それって、まさか……」
全員が顔を見合わせる。
それぞれが脳裏に思い浮かんだ可能性を口にしようとした瞬間だった。
「アステナ王国、近衛治癒術師……プリシラ・ネポル様のお屋敷でございます」
森林の中を疾走していた地竜が停止し、そんなメイド少女の声が響き渡るのであった。
◆◆◆◆◆
「……お帰りなさいませ。想像以上に早い再会となり、私も驚いています」
「やっぱりココなのか……」
航大たちが辿り着いた先。
そこは森林の中に作られた人工的な円形の空間が存在していた。
その空間の中心には見覚えのある洋館が佇んでいる。そして、航大たちの到着を出迎えるようにして、一人ぽつんと立ち尽くしているのは、一切の表情と感情を殺したメイド服に身を包んだ少女・セレナだった。
一度は航大たちを敵だと認定し、全員の命を刈り取ろうとした精霊であるセレナは、やっぱり無表情を保ったままで深々と頭を下げるのであった。
「つい先ほど、主が王国よりお戻りになられました」
「……今回は入っても大丈夫なのか?」
「もちろんでございます。アステナ王国の王女より伝令は受け取っております。お客様がお見えになると……」
初めて邂逅した時、セレナは航大たちを侵入者として抹殺しようとしていた。
しかし今回はレイナから先に用件を伝えられているようで、航大たちに襲いかかることなくしっかりとメイドの仕事をこなしていた。
「お客様がお見えになること、既に主にもお伝えしてあります」
「そうなのか……仕事が早いな」
「完全無欠の完璧メイドを目指しておりますので」
「……無表情で言われてもなぁ」
屋敷の中をスタスタと歩くセレナの少し後ろを航大たちは歩いている。
前回逃げ込んだ際は、玄関口にまでしか入ることが出来なかったので、航大たちは改めてこの屋敷がそこそこの広さを持っていることを知る。
内装はどこにでもあるような洋館なのだが、誰かが暮らしている様子は感じ取ることが出来ない。静寂が包む洋館の中を歩くと、そんな物悲しい印象を持ってしまうのであった。
「まもなく主がいらっしゃると思いますので、少々お待ちくださいませ」
しばらく歩いて航大たちが案内されたのは、応接間のような内装をした部屋だった。
ソファーがいくつか並んでいて、セレナはテキパキとお茶などを用意するとペコリと頭を下げて部屋を出て行ってしまう。
「……とりあえず、座るか?」
応接間に放置されている感も否めない状況の中、ライガがぼそりと言葉を呟くのと、部屋の扉が勢い良く開くのはほぼ同時なのであった。
「す、すみませんッ……私ったら、少し準備にお時間が……掛かって……しま……って?」
応接間に入ってきたのは全身をローブで身を包んだ女性であった。
航大よりかはライガに年が近い印象を受ける大人な女性といった外見をしており、長い黒髪は背中にまで届き、僅かに露出された肌は病的なまでに白かった。
息を切らして肩を上下させる女性は、航大とライガに視線を固定するとその場で固まってしまう。
「え、えぇっと……貴方がこの屋敷の主……?」
目を見開き、呆然とした様子で立ち尽くす女性に声をかけるのは航大だった。
「い、いッ……」
「い?」
状況を理解したのか、女性の身体がぷるぷると異常なまでに痙攣を始める。
額には汗が浮かんでいて、気付けば目尻には大粒の涙まで溜まってしまう。
「いやああああああああああああああぁぁぁぁぁーーーーーーッ!」
「ええええええええぇぇぇーーーーーッ!?」
航大が声をかけようと一歩踏み出した瞬間だった。
ローブに身を包んだ少女は屋敷中に響き渡るような絶叫を上げると、航大たちが制止する暇もない速度で応接間を出て行ってしまう。
一瞬にして姿を消した女性に、航大たちはただ呆然と立ち尽くすことしかできない。
「……やはり、こうなってしまいましたか」
「あ、セレナ……」
「……お客様、ここは追いかけた方がいいかと思います。そうでなければ、主はこれから一ヶ月は外に出てきませんよ」
「――はっ!?」
女性が姿を消した後にやってきたセレナは、ため息を漏らしながら航大たちに助言してくる。
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