終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第三章14 異形の夢

「ふぅ……今日も疲れた……」

 夜。アステナ王国へと辿り着いた航大たちは、レイナに街を案内してもらった後に城下町で営業している宿屋へと立ち寄っていた。

 港町・シーラを出発し王国へと着いた時には既に夕暮れとなっており、魔獣たちとの戦い、精霊であるメイド少女との戦いなどを経た後であった航大たちは、この日は身体を休めることを決めたのであった。

「今日も色んなことがあったな……」

 今回の宿では一人一人に部屋が割り当てられたこともあり、女性陣の不毛な争いが起きることがない平和な夜を迎えることが出来ていた。

 窓から差し込む月明かりに照らされながら、 航大はこれまでの旅路を振り返っていた。

「はぁ……」

 コハナ大陸へとやってきた航大たち一行。

 そこまでの旅路は拍子抜けするくらいに平和だった。だからこそ、航大たちは油断していたのだ。親書を届ける。ただそれだけのことで戦闘が起こるはずない。そんな当たり前の慢心が油断となり、森林の中で対峙した魔獣たちに遅れを取る結果となった。

「……異形の力」

 小さく呟いた航大は部屋に設置されている机の上に置かれたグリモワールを手に取る。
 表紙を捲ってみると、そこには小さく文字が刻まれていた。

 それは異世界の文字で記されたものであり、今の航大には何が書かれているのかを理解することはできなかった。

 ――異世界と現実世界を繋ぐグリモワール。

 航大が力を使役する度、このグリモワールには文字が刻まれていく。そして、航大の内に眠る禍々しい力の本流は存在感を増す一方であり、それを航大は嫌というほど自覚することとなる。

「……全く、分からないことだらけだ」

 航大にとって異世界と呼べるこの世界のことも。
 この世界に住まう人間も知らない異形の力を秘めたグリモワールのことも。
 英霊と呼ばれる存在をその身に宿すことが出来る少女のことも。

「……この力を使っていいのか」

 昼間。森林の中で魔獣たちと戦った時のことを思い出す。

 力を行使することの代償について、考えもしなかった航大はいつものように白髪が印象的な少女・ユイに英霊をシンクロさせた。

 ――円卓の騎士・ガウェイン。

 異形の力をもる英霊は、圧倒的な力を持ってして戦場を支配していた。
 しかし、異変はその直後に起きたのだ。

「…………」

 戦闘の最中、突如として苦しみだしたユイ。彼女は身動きが取れなくなると、その口から鮮血を零して倒れ伏してしまう。

 あの時の光景は、しばらくの時間が経過した今も航大の脳裏から消えてはくれない。

「どうすればいいんだか……」

 航大という存在の深層世界には、異形の力が眠っている。

 それはバルベット大陸を守護していた北方の女神・シュナの物が一つ。
 その他に負の力が具現化した禍々しい力が一つ。

 そんな力が眠っていることを航大は知っているのだが、今はそれを行使することが出来ない。異世界にやってきてからこの瞬間まで、航大はずっと誰かに守られているのだ。

「……何とかしたいんだけどな」

 拳を握りしめる。
 守られてばかりではなく、今度は自分が誰かを守りたい。
 異世界で非日常的な毎日を過ごす中、航大はそんなことを思うようになっていた。

「はぁ……とりあえず、今日は寝よう……」

 突然、睡魔が強くなってきた。大きく口を開けて欠伸する航大は、いくら悩んでも答えの出ない問題に向き合うことを諦める。今はとにかく、全身を包み込む倦怠感と眠気に抗うことが出来ないのであった。

「……おやすみ」

 部屋には航大が一人。

 小さく呟かれた言葉に返事がないのが当たり前なのだが、それでもここ数日の慌ただしい毎日が嘘のように静寂が包む現状に、航大は心の何処かで物足りなさを感じていた。

 最後に小さくため息を漏らすと、航大はベッドの中へと身体を潜り込ませ、夢の世界へと誘われていくのであった。

◆◆◆◆◆

「…………ん?」

 頬を撫でる風を感じて、航大は目を覚ました。

 眩い陽の光が差し込んできて、その眩しさに表情を歪める航大は、まだ自分が夢の中にいるのだと理解する。

「さっき寝たばっかりだし、こんな場所に居る訳がないんだよなぁ……」

 夢か現かを迷う必要すらない。

 航大はどこか森林の中で眠っていたらしく、周囲を見渡せば風邪に靡く木々から陽の光が絶え間なく差し込んでいる。

「さて、ここはどこなのか……起きてた時のことを考えれば、アステナ森林っぽいのは分かるんだけど……」

 自分がどうしてこの場所にいるのか。
 どうしてこんな夢を見ているのか。
 航大は眼前に突きつけられる謎に対して、再び頭を悩ませることとなった。

『――異形の力を持ちし者よ』

 その声は何の前触れもなく、航大の脳裏に響いた。
 鼓膜を震わせた訳ではない。それは航大の脳内に直接語りかけていた。

「……何だ?」

 周囲を見渡す。航大が立っているのは森林の中で、何か声を発するような存在を発見することは出来ない。

『――何をしている。こちらへ来い』
「――はッ?」

 再び航大の脳裏に声が響いたその瞬間だった。

 しっかりと地面を踏みしめていたはずの航大は、全身が謎の浮遊感に包まれたのを感じていた。どうして自分の身体が浮遊感に包まれているのか、その答えは簡単である。

「う、うわあああああああああああああぁぁぁぁぁッ!?」

 芝生の上に立っていたはずの航大の身体は、ぽっかりと口を開けた穴の中へと落下を開始していた。あまりにも唐突過ぎる事態に、航大は驚きの声を漏らしながらどこまでも深い穴へと落ちていく。

 光すらも通さない漆黒の闇に飲み込まれていく航大。

 夢の中でも散々な目に遭っている事実に絶望しながら、航大の意識はゆっくりと落ちていくのであった。

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