終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~
第三章13 森林に在りし王国・アステナ
「マジで腕が治ってる……」
「私は人間の姿をしていますが、正しくは人間ではありません。そういうものなのです」
アステナ大森林の奥深くにひっそりと佇む洋館。そこで航大は桃色髪のメイド少女・セレナと出会い、勘違いした彼女との壮絶な戦いを繰り広げることとなった。
圧倒的な力を持ってして、王国騎士であるライガ、シルヴィアを打ち倒したセレナは、航大が所持していた親書を見るなり、態度を急変させる。
「……人間じゃないってどういうこと?」
「う、うーん……私に聞かれても……」
「右に同じく……じゃ」
可愛らしく首を傾げるユイの問いかけに、シルヴィアとリエルは苦笑いを浮かべるだけ。
それはライガ、エレス、レイナの三人も同じであり、全員の視線が表情を殺しているセレナへと注がれていく。
「私は主との契約により人間の姿を持ち、現世に具現化した精霊と呼ばれるものです」
「……精霊?」
「どの大陸にも精霊と呼ばれるものは存在します。しかし、この世界での精霊というものは意志を持つ魔力の集合体を指します」
「……難しくなってきたな」
この異世界での精霊と言われる存在について語りだすセレナ。
しかしそれは、航大たちが理解するにはあまりにも難しい内容なのであった。
「コハナ大陸にて、古くから存在する私たち精霊と接触を図ることが主には出来たのです。そんな主と言葉を交わし、私はあの人に力を貸したいと願った。そして契約を結び、私は人間としての姿を得ることが出来たのです」
「……ふむ、精霊と呼ばれる存在のことを儂たちはあまりにも知らなすぎる。しかし、お主が持つ膨大な魔力の秘密……それが精霊であるということなのじゃな」
「そういうことになりますね。そのようです」
「まぁ、要はすげぇってことだろ?」
「……まぁ、そういうことだな」
ざっくりとまとめるライガに周囲から溜息が聞こえてくる。どうやら、ライガにはセレナの話が欠片も理解することができなかったようである。
「アステナ王国へは、この地竜が連れて行ってくれるでしょう」
「本当にありがとうな」
「……いえ、王国の大切なお客様を傷つけてしまった。本来なら、重罰を科されてもおかしくない状況です。それをこれくらいでお許し頂けるだけで十分です」
屋敷の外に出て言葉を交わす航大たち。
セレナの隣には地竜が立っていて、自分の仕事を理解しているのか航大たちが乗り込むのを今か今かと待ち侘びている様子だった。美しい黒い毛並みと精悍な顔つきが特徴的であり、今までに見てきた地竜とは格が違うことを感じさせる。
「アステナ王国まではこの子が連れて行ってくれるでしょう」
「おぉ……すごい綺麗な地竜だな」
「地竜の中でも頭のいい子です。迷わず最短距離で王国に着くことができますよ」
「本当にありがとうな。みんなの治療から地竜まで」
「いえ、これくらい私がしてしまった無礼に比べたら安いものです」
「今回のことは勝手に入った俺たちも悪いからな。また今度、改めてお礼を言わせてくれ」
「……はい。また、近いうちにお会いすることができれば」
航大の言葉にセレナは言葉少なく深々と頭を下げる。
それを別れの合図として、航大はライガたちが乗り込んでいる客車へと入る。
外見以上に客車の中は広く、それだけでこの地竜はそこらの物とはレベルが違うのだということを理解する。
「皆様、準備はよろしいでしょうか?」
地竜の操者は引き続きエレスが担当することとなった。
全員が客車に乗り込んだのを確認すると、両手に持った縄を引き、それを合図に地竜が走り出す。
コハナ大陸に上陸して数時間。
早速のトラブルはあったものの、航大たち一行は再びアステナ王国を目指す旅路へと戻っていく。
森林の奥で立ち寄った洋館。そこに住まうメイド少女との出逢いと衝突。それぞれが胸の中に複雑な感情を抱えながらも、地竜は静寂が支配する森林に重低音な鳴き声を響かせるのであった。
◆◆◆◆◆
「ユイ、身体の調子は大丈夫か?」
「……うん。今は何ともない」
森林の中を疾走する客車の中。
ようやく落ち着きを取り戻した中で、航大は隣に座る白髪の少女へ声をかける。
セレナほどではな無いにしても、表情の変化が乏しいユイはそんな航大の問いかけにコクリと小さく頷いた。
「全く、戦闘の最中に倒れるとか心配したんだからねッ!」
「その通りじゃ。相手が悪かったら間違いなく一番最初に命を落としておったぞ」
航大の言葉を皮切りに、シルヴィアとリエルが怒りの表情を浮かべて言葉を紡ぐ。
「……私、倒れたの?」
「やっぱり全然覚えてないのか?」
「……うん。気付いたらお屋敷で寝てた」
森林の中で吐血し、倒れ伏したことをユイは覚えていなかった。
英霊とシンクロを果たしている間のことを、彼女は何も覚えていない。それは英霊をその身に宿すことで、彼女の精神は眠りについているからであった。
「全然覚えてないって、そんなことある?」
「ふむ、全く変な話じゃ……」
「まぁまぁ……急なことだったし、しょうがないんじゃないか?」
ユイがその身に異形の存在を宿していることをリエルたちは知らない。説明すると厄介なことになるのは間違いないので、航大は詳細を伏せてこれ以上の追求を躱そうとする。
「……私、また航大を守れなかった?」
「いや、それは……今回はしょうがないって」
「…………」
悲しげな表情を浮かべるユイ。
露骨に肩を落とす彼女を見て、航大は掛ける言葉が見つからなかった。
彼女は航大を守ることが自分に課せられた使命だと言った。この世界とは違う場所で名を轟かせた英霊をその身に宿すことで、絶大な力を得て数々の困難を乗り越えてきた。
しかし、今回の件でユイの身体に英霊を宿すことのリスクというものを航大は身をもって理解することとなった。
「まぁ、そんなに落ち込まないでよ」
「そうじゃそうじゃ。早く身体を治して、また共に戦えばいいのじゃ」
「……うん」
異世界と現実世界を繋ぐグリモワール。
異形の力は少女の身体を確実に蝕んでいる。それでも航大がこの世界で生きていくにはユイの力が必要不可欠であることも理解している。
「…………」
意気消沈といった様子を見せるユイを、リエルとシルヴィアが慰めている。
木々の隙間から差し込んでくる陽の光を浴びて輝く白髪が印象的な少女・ユイ。彼女をこのまま戦わせていいのか……心地よく揺れる客車の中、航大はそんなことを一人考えるのであった。
◆◆◆◆◆
「そろそろ王国に着くぞッ!」
あれからどれくらいの時間が経過しただろうか。
再び航大の両隣には誰が座るのかでユイ、リエル、シルヴィアの三人による壮絶な戦いが繰り広げられようとしていた客車の中で、そんなレイナ言葉が響き渡った。
「といっても、何も見えてこないぞ?」
「さすがにここまで近づいてくれば、もう地竜なしでも辿り着くことができるぞ」
レイナの言葉に全員が窓の外に広がる光景に視線を移す。
凄まじい速度で流れていく風景は全く代わり映えがしない。それでも、この地に長く住んでいるレイナたちには、見慣れた光景に映っているようであった。
「アステナ王国は急に出てくるぞ……ほら、見てみろッ!」
「おぉ……マジだ……」
客車の中に差し込んでくる陽の光が突如として強くなった。
木々が立ち並ぶ代わり映えのしない風景に変化が現れたと思った矢先、航大たちが進む先に巨大な城門が見えてきた。あらゆる物の侵入を拒むかのような城壁が広がっており、その中に小さな入り口が存在している。
「やっと着いたのか……」
大陸全土を覆う大森林の奥深くに存在する王国・アステナ。
その姿が見えてきて、航大はそんな一言を漏らすのであった。
◆◆◆◆◆
「ここがアステナ王国……」
長い旅路を経て、アステナ王国へと辿り着いた航大たち一行。
入国の手続きを簡単に済ませると、いよいよ城下町へと足を踏み入れることができた。
「どうだッ、これが自然溢れる緑の国・アステナだッ!」
レイナの言う通り、アステナ王国の城下町は自然で溢れていた。
街の至る所に青々とした木々が立ち並び、そんな木々たちと共存する形で木造の建造物が無数に存在している。少し視線を巡らせれば目に優しい緑の他に、大小様々な小川も見えてくる。
木々だけではなく、城下町・アステナは清流が多い構造をしていた。
街のあちこちを小川が流れており、大きな荷物を積んだ船がいくつも川を下っている。
――緑と清流が融合した街。
それがアステナ王国の城下町へ足を踏み入れた航大が最初に抱いた感想なのであった。
「ここは城下町でも『商業区』と呼ばれる場所だ」
「商業区?」
様々な商店と人で混雑する街を歩く航大は、自慢げに語るレイナの案内で歩を進めていた。
「アステナ王国の城下町は『アステ川』と呼ばれる巨大な川を中心に東西で二つに分かれているのだ」
「へぇ……」
「そして今、私たちが居るのが人で賑わう『商業区』と呼ばれるところで、その名の通り色々なお店で賑わう場所なのだ」
「ほぉ…………ところで、なんで顔を隠してるんだ?」
「まぁ、それには深い理由があるのだよ……」
アステナ王国の城下町に入るなり、オレンジ色の髪が印象的な少女・レイナはフードマントに身を包み、その姿を隠していた。
「ほら、あそこに見えるのがアステ川だッ!」
「マジでデカイな……」
「この川を下ることでしか、アステナ城には入ることができない。更に、重要な流通経路としての役割も果たしているから、いつも船でいっぱいなのだッ!」
「確かに船が多いな……」
「この街では、たくさんの川が街中を流れているからな。足で移動するよりも、船で移動した方が楽ということもある」
「へぇ……」
レイナの案内で街中を歩く航大たちは、真新しい光景の連続に胸を高鳴らせる。
城下町を歩く人々から絶え間なく笑みが溢れており、この王国が大きな幸福に包まれていることが分かる。
「この川を渡った先、そこにあるのが『居住区』。まぁ、街のみんなが生活する場所だな」
「なるほど」
「船を使って川を渡ることも出来るけど、遠くに見える大きな橋・ノドスと使うこともできる」
「あれ、橋だったのか……遠くてよく見えなかった……」
レイナが指差す先。
そこには確かに大きな橋のような建造物が見えた。
「橋は南北に一つずつ設置されていて、今度はあっちに見える橋……あれがニンナと呼ばれている」
「へぇ……大きな橋が二つもあるのか」
「うむ。アステナの街は自然を壊さない。その考えが国民に根付いているからこそ、自然が溢れる街と呼ばれているのだ」
まるで自分の功績だと言わんばかりに胸を張るレイナ。
その様子をフードマントで身を隠すエレスが苦笑いを浮かべて見つめている。
レイナとエレスの二人は揃ってフードマントに身を隠しており、航大は黙っているがかなり怪しい。
「あの大きな壁の奥に見えるやつ……あれがお城なのか?」
「そうだ。アステナ王国は二つの巨大な城壁が設置されている。一つはさっきも通った外と城下町を分ける城壁だ」
森林の中を走る航大たちの眼前に見えてきた巨大な壁を思い返す。
その城壁を通ると、その先にはもう一つ城壁が存在していた。
それは城と城下町を分けるようにして設置されており、内側の城壁の中には巨大な城が見えていた。
「もう一つがお城を取り囲んでいる。アステナ城へは陸路で到達することが出来ないようになっている」
「この川を使うのか?」
「そうだ。川を下ることであの城へ入ることが出来るようになっている。まぁ、過去に魔獣たちの襲撃を受けた結果、このように厳重な守りを敷くようになった訳だ」
「……魔獣たちの襲撃」
「私たちも遭っただろう? コハナ大陸はその全土を大森林が覆っている。この森林の奥深く、そこは魔獣たちの巣窟になっているのだよ」
「……なるほどね」
自然と共存していることは間違いない。その中で巨大な城壁が違和感として映っていたのだが、それにはそれなりの理由が存在していたのだ。
「さて、街の簡単な案内はこんなところだな」
「あぁ、ありがとう。助かったよ」
「本当ならもっとゆっくりこの街を案内したかったのだが……」
「もう行くのか?」
「……はい。そろそろ私たちは戻らねばなりません」
航大の問いかけに答えたのはエレスだった。
「残念だが、そういうことなのだ。用事が済んだらぜひお城に遊びに来てくれッ! そこで今回の件についてお礼をしたいッ!」
名残惜しいといった淋しげな表情を浮かべるレイナは、それでも最後には笑みを浮かべると軽い足取りで王国と城下町を結ぶアステ川へと近づいていく。
川には大きな船が停泊しており、レイナとエレスは別れの言葉もそこそこにすると船に乗り込んでいく。
「では、また会おうッ! 私たちは城に居るので、帰る前に必ず寄ってくれたまえよッ!」
「おうッ、分かったよッ!」
レイナとエレスが乗り込むと、船は大きな汽笛を鳴らしながら動き出す。
突然の別れに唖然としながらも、航大はそれでも大きく手を振ってそれを別れの挨拶とした。
「必ずだぞッ! 必ず、お城に来てくれッ!」
「分かってるってッ!」
「黙って帰ったら許さないからなッ、しっかりとお礼をさせるんだぞッ!」
船から身を乗り出すようにして、レイナが航大たちに向けて叫ぶ。
そんな必死な彼女の様子に笑みを浮かべながらも、航大たちは大きく手を振り返す。
その姿が完全に見えなくなるまでの間、航大たちはその場に立ち尽くす。
「変な二人組だったね」
「……うむ、騒がしい小娘じゃったな」
「お城に来てくれって言ってたけど、俺たちも城に用事があるんだしちょうどよかったな」
静かになった川辺で、シルヴィア、リエル、ライガの三人が揃って言葉を漏らす。
「……航大、お城は今日行くの?」
「いや、今日も微妙に遅い時間になっちまったし、明日にしよう」
航大の言葉に全員が頷く。
ハイライト王国を出てコハナ大陸へと上陸し、そこで魔獣たちとの戦いと屋敷での激闘。様々な出来事が立て続けて発生したことで、航大たちの身体には強い疲労感が浮かんでいた。
「よしッ、それじゃまずは宿でも探すかッ!」
「さんせーいッ!」
ライガの言葉にシルヴィアが賛同する。
こうしてアステナ王国へと航大たちは無事に辿り着くことができた。
様々な出会いと別れを経験した彼らは、城下町に存在する宿でその疲れを癒やす。
コハナ大陸を舞台にした物語。
それはまだ、始まったばかりなのであった。
「私は人間の姿をしていますが、正しくは人間ではありません。そういうものなのです」
アステナ大森林の奥深くにひっそりと佇む洋館。そこで航大は桃色髪のメイド少女・セレナと出会い、勘違いした彼女との壮絶な戦いを繰り広げることとなった。
圧倒的な力を持ってして、王国騎士であるライガ、シルヴィアを打ち倒したセレナは、航大が所持していた親書を見るなり、態度を急変させる。
「……人間じゃないってどういうこと?」
「う、うーん……私に聞かれても……」
「右に同じく……じゃ」
可愛らしく首を傾げるユイの問いかけに、シルヴィアとリエルは苦笑いを浮かべるだけ。
それはライガ、エレス、レイナの三人も同じであり、全員の視線が表情を殺しているセレナへと注がれていく。
「私は主との契約により人間の姿を持ち、現世に具現化した精霊と呼ばれるものです」
「……精霊?」
「どの大陸にも精霊と呼ばれるものは存在します。しかし、この世界での精霊というものは意志を持つ魔力の集合体を指します」
「……難しくなってきたな」
この異世界での精霊と言われる存在について語りだすセレナ。
しかしそれは、航大たちが理解するにはあまりにも難しい内容なのであった。
「コハナ大陸にて、古くから存在する私たち精霊と接触を図ることが主には出来たのです。そんな主と言葉を交わし、私はあの人に力を貸したいと願った。そして契約を結び、私は人間としての姿を得ることが出来たのです」
「……ふむ、精霊と呼ばれる存在のことを儂たちはあまりにも知らなすぎる。しかし、お主が持つ膨大な魔力の秘密……それが精霊であるということなのじゃな」
「そういうことになりますね。そのようです」
「まぁ、要はすげぇってことだろ?」
「……まぁ、そういうことだな」
ざっくりとまとめるライガに周囲から溜息が聞こえてくる。どうやら、ライガにはセレナの話が欠片も理解することができなかったようである。
「アステナ王国へは、この地竜が連れて行ってくれるでしょう」
「本当にありがとうな」
「……いえ、王国の大切なお客様を傷つけてしまった。本来なら、重罰を科されてもおかしくない状況です。それをこれくらいでお許し頂けるだけで十分です」
屋敷の外に出て言葉を交わす航大たち。
セレナの隣には地竜が立っていて、自分の仕事を理解しているのか航大たちが乗り込むのを今か今かと待ち侘びている様子だった。美しい黒い毛並みと精悍な顔つきが特徴的であり、今までに見てきた地竜とは格が違うことを感じさせる。
「アステナ王国まではこの子が連れて行ってくれるでしょう」
「おぉ……すごい綺麗な地竜だな」
「地竜の中でも頭のいい子です。迷わず最短距離で王国に着くことができますよ」
「本当にありがとうな。みんなの治療から地竜まで」
「いえ、これくらい私がしてしまった無礼に比べたら安いものです」
「今回のことは勝手に入った俺たちも悪いからな。また今度、改めてお礼を言わせてくれ」
「……はい。また、近いうちにお会いすることができれば」
航大の言葉にセレナは言葉少なく深々と頭を下げる。
それを別れの合図として、航大はライガたちが乗り込んでいる客車へと入る。
外見以上に客車の中は広く、それだけでこの地竜はそこらの物とはレベルが違うのだということを理解する。
「皆様、準備はよろしいでしょうか?」
地竜の操者は引き続きエレスが担当することとなった。
全員が客車に乗り込んだのを確認すると、両手に持った縄を引き、それを合図に地竜が走り出す。
コハナ大陸に上陸して数時間。
早速のトラブルはあったものの、航大たち一行は再びアステナ王国を目指す旅路へと戻っていく。
森林の奥で立ち寄った洋館。そこに住まうメイド少女との出逢いと衝突。それぞれが胸の中に複雑な感情を抱えながらも、地竜は静寂が支配する森林に重低音な鳴き声を響かせるのであった。
◆◆◆◆◆
「ユイ、身体の調子は大丈夫か?」
「……うん。今は何ともない」
森林の中を疾走する客車の中。
ようやく落ち着きを取り戻した中で、航大は隣に座る白髪の少女へ声をかける。
セレナほどではな無いにしても、表情の変化が乏しいユイはそんな航大の問いかけにコクリと小さく頷いた。
「全く、戦闘の最中に倒れるとか心配したんだからねッ!」
「その通りじゃ。相手が悪かったら間違いなく一番最初に命を落としておったぞ」
航大の言葉を皮切りに、シルヴィアとリエルが怒りの表情を浮かべて言葉を紡ぐ。
「……私、倒れたの?」
「やっぱり全然覚えてないのか?」
「……うん。気付いたらお屋敷で寝てた」
森林の中で吐血し、倒れ伏したことをユイは覚えていなかった。
英霊とシンクロを果たしている間のことを、彼女は何も覚えていない。それは英霊をその身に宿すことで、彼女の精神は眠りについているからであった。
「全然覚えてないって、そんなことある?」
「ふむ、全く変な話じゃ……」
「まぁまぁ……急なことだったし、しょうがないんじゃないか?」
ユイがその身に異形の存在を宿していることをリエルたちは知らない。説明すると厄介なことになるのは間違いないので、航大は詳細を伏せてこれ以上の追求を躱そうとする。
「……私、また航大を守れなかった?」
「いや、それは……今回はしょうがないって」
「…………」
悲しげな表情を浮かべるユイ。
露骨に肩を落とす彼女を見て、航大は掛ける言葉が見つからなかった。
彼女は航大を守ることが自分に課せられた使命だと言った。この世界とは違う場所で名を轟かせた英霊をその身に宿すことで、絶大な力を得て数々の困難を乗り越えてきた。
しかし、今回の件でユイの身体に英霊を宿すことのリスクというものを航大は身をもって理解することとなった。
「まぁ、そんなに落ち込まないでよ」
「そうじゃそうじゃ。早く身体を治して、また共に戦えばいいのじゃ」
「……うん」
異世界と現実世界を繋ぐグリモワール。
異形の力は少女の身体を確実に蝕んでいる。それでも航大がこの世界で生きていくにはユイの力が必要不可欠であることも理解している。
「…………」
意気消沈といった様子を見せるユイを、リエルとシルヴィアが慰めている。
木々の隙間から差し込んでくる陽の光を浴びて輝く白髪が印象的な少女・ユイ。彼女をこのまま戦わせていいのか……心地よく揺れる客車の中、航大はそんなことを一人考えるのであった。
◆◆◆◆◆
「そろそろ王国に着くぞッ!」
あれからどれくらいの時間が経過しただろうか。
再び航大の両隣には誰が座るのかでユイ、リエル、シルヴィアの三人による壮絶な戦いが繰り広げられようとしていた客車の中で、そんなレイナ言葉が響き渡った。
「といっても、何も見えてこないぞ?」
「さすがにここまで近づいてくれば、もう地竜なしでも辿り着くことができるぞ」
レイナの言葉に全員が窓の外に広がる光景に視線を移す。
凄まじい速度で流れていく風景は全く代わり映えがしない。それでも、この地に長く住んでいるレイナたちには、見慣れた光景に映っているようであった。
「アステナ王国は急に出てくるぞ……ほら、見てみろッ!」
「おぉ……マジだ……」
客車の中に差し込んでくる陽の光が突如として強くなった。
木々が立ち並ぶ代わり映えのしない風景に変化が現れたと思った矢先、航大たちが進む先に巨大な城門が見えてきた。あらゆる物の侵入を拒むかのような城壁が広がっており、その中に小さな入り口が存在している。
「やっと着いたのか……」
大陸全土を覆う大森林の奥深くに存在する王国・アステナ。
その姿が見えてきて、航大はそんな一言を漏らすのであった。
◆◆◆◆◆
「ここがアステナ王国……」
長い旅路を経て、アステナ王国へと辿り着いた航大たち一行。
入国の手続きを簡単に済ませると、いよいよ城下町へと足を踏み入れることができた。
「どうだッ、これが自然溢れる緑の国・アステナだッ!」
レイナの言う通り、アステナ王国の城下町は自然で溢れていた。
街の至る所に青々とした木々が立ち並び、そんな木々たちと共存する形で木造の建造物が無数に存在している。少し視線を巡らせれば目に優しい緑の他に、大小様々な小川も見えてくる。
木々だけではなく、城下町・アステナは清流が多い構造をしていた。
街のあちこちを小川が流れており、大きな荷物を積んだ船がいくつも川を下っている。
――緑と清流が融合した街。
それがアステナ王国の城下町へ足を踏み入れた航大が最初に抱いた感想なのであった。
「ここは城下町でも『商業区』と呼ばれる場所だ」
「商業区?」
様々な商店と人で混雑する街を歩く航大は、自慢げに語るレイナの案内で歩を進めていた。
「アステナ王国の城下町は『アステ川』と呼ばれる巨大な川を中心に東西で二つに分かれているのだ」
「へぇ……」
「そして今、私たちが居るのが人で賑わう『商業区』と呼ばれるところで、その名の通り色々なお店で賑わう場所なのだ」
「ほぉ…………ところで、なんで顔を隠してるんだ?」
「まぁ、それには深い理由があるのだよ……」
アステナ王国の城下町に入るなり、オレンジ色の髪が印象的な少女・レイナはフードマントに身を包み、その姿を隠していた。
「ほら、あそこに見えるのがアステ川だッ!」
「マジでデカイな……」
「この川を下ることでしか、アステナ城には入ることができない。更に、重要な流通経路としての役割も果たしているから、いつも船でいっぱいなのだッ!」
「確かに船が多いな……」
「この街では、たくさんの川が街中を流れているからな。足で移動するよりも、船で移動した方が楽ということもある」
「へぇ……」
レイナの案内で街中を歩く航大たちは、真新しい光景の連続に胸を高鳴らせる。
城下町を歩く人々から絶え間なく笑みが溢れており、この王国が大きな幸福に包まれていることが分かる。
「この川を渡った先、そこにあるのが『居住区』。まぁ、街のみんなが生活する場所だな」
「なるほど」
「船を使って川を渡ることも出来るけど、遠くに見える大きな橋・ノドスと使うこともできる」
「あれ、橋だったのか……遠くてよく見えなかった……」
レイナが指差す先。
そこには確かに大きな橋のような建造物が見えた。
「橋は南北に一つずつ設置されていて、今度はあっちに見える橋……あれがニンナと呼ばれている」
「へぇ……大きな橋が二つもあるのか」
「うむ。アステナの街は自然を壊さない。その考えが国民に根付いているからこそ、自然が溢れる街と呼ばれているのだ」
まるで自分の功績だと言わんばかりに胸を張るレイナ。
その様子をフードマントで身を隠すエレスが苦笑いを浮かべて見つめている。
レイナとエレスの二人は揃ってフードマントに身を隠しており、航大は黙っているがかなり怪しい。
「あの大きな壁の奥に見えるやつ……あれがお城なのか?」
「そうだ。アステナ王国は二つの巨大な城壁が設置されている。一つはさっきも通った外と城下町を分ける城壁だ」
森林の中を走る航大たちの眼前に見えてきた巨大な壁を思い返す。
その城壁を通ると、その先にはもう一つ城壁が存在していた。
それは城と城下町を分けるようにして設置されており、内側の城壁の中には巨大な城が見えていた。
「もう一つがお城を取り囲んでいる。アステナ城へは陸路で到達することが出来ないようになっている」
「この川を使うのか?」
「そうだ。川を下ることであの城へ入ることが出来るようになっている。まぁ、過去に魔獣たちの襲撃を受けた結果、このように厳重な守りを敷くようになった訳だ」
「……魔獣たちの襲撃」
「私たちも遭っただろう? コハナ大陸はその全土を大森林が覆っている。この森林の奥深く、そこは魔獣たちの巣窟になっているのだよ」
「……なるほどね」
自然と共存していることは間違いない。その中で巨大な城壁が違和感として映っていたのだが、それにはそれなりの理由が存在していたのだ。
「さて、街の簡単な案内はこんなところだな」
「あぁ、ありがとう。助かったよ」
「本当ならもっとゆっくりこの街を案内したかったのだが……」
「もう行くのか?」
「……はい。そろそろ私たちは戻らねばなりません」
航大の問いかけに答えたのはエレスだった。
「残念だが、そういうことなのだ。用事が済んだらぜひお城に遊びに来てくれッ! そこで今回の件についてお礼をしたいッ!」
名残惜しいといった淋しげな表情を浮かべるレイナは、それでも最後には笑みを浮かべると軽い足取りで王国と城下町を結ぶアステ川へと近づいていく。
川には大きな船が停泊しており、レイナとエレスは別れの言葉もそこそこにすると船に乗り込んでいく。
「では、また会おうッ! 私たちは城に居るので、帰る前に必ず寄ってくれたまえよッ!」
「おうッ、分かったよッ!」
レイナとエレスが乗り込むと、船は大きな汽笛を鳴らしながら動き出す。
突然の別れに唖然としながらも、航大はそれでも大きく手を振ってそれを別れの挨拶とした。
「必ずだぞッ! 必ず、お城に来てくれッ!」
「分かってるってッ!」
「黙って帰ったら許さないからなッ、しっかりとお礼をさせるんだぞッ!」
船から身を乗り出すようにして、レイナが航大たちに向けて叫ぶ。
そんな必死な彼女の様子に笑みを浮かべながらも、航大たちは大きく手を振り返す。
その姿が完全に見えなくなるまでの間、航大たちはその場に立ち尽くす。
「変な二人組だったね」
「……うむ、騒がしい小娘じゃったな」
「お城に来てくれって言ってたけど、俺たちも城に用事があるんだしちょうどよかったな」
静かになった川辺で、シルヴィア、リエル、ライガの三人が揃って言葉を漏らす。
「……航大、お城は今日行くの?」
「いや、今日も微妙に遅い時間になっちまったし、明日にしよう」
航大の言葉に全員が頷く。
ハイライト王国を出てコハナ大陸へと上陸し、そこで魔獣たちとの戦いと屋敷での激闘。様々な出来事が立て続けて発生したことで、航大たちの身体には強い疲労感が浮かんでいた。
「よしッ、それじゃまずは宿でも探すかッ!」
「さんせーいッ!」
ライガの言葉にシルヴィアが賛同する。
こうしてアステナ王国へと航大たちは無事に辿り着くことができた。
様々な出会いと別れを経験した彼らは、城下町に存在する宿でその疲れを癒やす。
コハナ大陸を舞台にした物語。
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