終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第三章12 幽霊屋敷での和解

「……これは、ハイライト王国の紋章?」

 アステナ大森林の奥深くにひっそりと佇む古びた洋館。

 そこでメイドをしているという桃色髪の少女・セレナは航大たちを排除すべき対象だと決めつけると、外見からは想像も出来ない力を振るってきた。

 手のひらサイズの短刀はその刀身に真空の刃を纏い、それだけではなくセレナは常軌を逸した身体能力をいかんなく発揮することで、王国騎士であるライガ、シルヴィア、リエル、エレスの四人を次々に打ち倒していく。

「くッ……はぁ、はあぁ……」

 それでもライガたちは善戦した。

 ライガ、シルヴィア、リエルはそれぞれの特徴を見せ、見事な連携を見せることでここまで無傷だったセレナの片腕を消失させるという成果を残した。

 白と黒が絶妙なバランスで融合するメイド服を、自身の鮮血で汚しながらもセレナは倒れることなく、己の力を解放するとライガたちを一瞬にして戦闘不能に陥れた。

「……これはなんですか? 何なのでしょう?」

「そ、それはッ……はぁッ、くッ……シャーリーから預かった……大切なものだッ……」

 屋敷を半壊させるほどの力を発揮し、ライガたちを打ち倒したセレナは航大にトドメを刺そうとしていた。身体中を鮮血に染めるライガたちは身動き一つ取ることはない。想像を絶する痛みに全身を蝕まれている航大は、そんなライガたちの傍に向かうこともできない。

「ハイライト王国の紋章が刻まれた手紙……しかも国印付きと来ましたか……」

「そ、それをッ……返せッ……」

「質問に答えて頂けるようでしたら、すぐにでも返しましょう。そうしましょう」

「それはッ……アステナ王国のッ……王女に渡してくれって……ハイライト王国の王女……シャーリーに頼まれた物だッ……」

「…………」

 身体が痛い。あまりにも強い痛みに視界が歪む。
 それでも航大は手を伸ばす。その先には親書を手に持ち、無言を貫くセレナの存在があった。

「……この手紙はお返しします」

「はぁ、はぁッ……」

 しばらくの静寂の後、セレナは航大に手紙を返した。
 その表情は相変わらず変化が無いのだが、それでも航大には彼女が意気消沈しているように感じられた。

「そのまま、ジッとしていてください。そうしていてください」

「な、何をッ……?」

「すぐに終わりますから。安心してください」

 セレナはそう言うと短刀を懐にしまい、残っている右手を航大に差し出してくる。

「――大地を巡りし精霊よ、この者に生命の息吹を」

 ぶつぶつと言葉を紡ぐと、航大の身体に差し出していたセレナの右手が淡い光を帯び始める。その光は航大の身体を優しく包み込み、あれだけ全身を支配していた『痛み』が瞬く間の内に消え失せていくのを感じた。

「なんだ、これ……」

「私はまた間違えてしまったようです。そのようです」

「ま、間違えた……?」

「国印が刻まれた手紙……それは親書で間違いないでしょう。そうなると貴方たちはハイライト王国の使者ということになります。私の主は王国に仕える治癒術師。国同士の大事なお客様を傷つけてしまいました……」

 眉毛をハの字に曲げ、セレナは航大に治癒魔法を掛けながら謝罪の言葉を漏らす。

 彼女の治癒魔法は絶大であった、

 航大の身体を傷つけていた無数の切り傷が跡形もなく癒えていく。気付けば、身体を動かすことすら出来なかったのが嘘のように四肢が軽くなっていく。

「主ほどでは無いにしても、私も治癒魔法には心得があります。お身体の方はどうでしょうか?」

「あ、あぁ……もうなんともないよ……」

「……よかったです。それでは、お連れの方たちもすぐさま治癒致します。そうします」

 自らの暴走が招いた取り返しのつかない事態に、セレナは航大の治療はあっという間に終えると、次にシルヴィアの元へと歩き出そうとする。

「お、おいッ……俺たちの前に自分の治療を先にした方が……」

「……私は大丈夫です。血も止まっていますので。そうなのです」

「た、確かに……」

 セレナに言われて、航大は初めて彼女の腕が治癒されていることに気が付く。メイド服は相変わらず鮮血で汚れているのだが、腕から血液が溢れ出すことはない。

 どれだけ記憶を遡ったとしても、航大は彼女がいつ自分の腕を治癒したのかを思い出すことが出来ないのであった。

◆◆◆◆◆

「……それで、どうなってんだ……コレ?」

「そんなの私が教えて欲しいくらいなんだけど」

「すごい治癒魔法じゃ。あれだけの傷が全て消えておる」

「とにかく、全員無事でよかったですね」

「みんな無事が一番だなッ!」

 セレナが突如として味方側に回ってからしばらくの時間が経過した。

 航大の身体を治癒したセレナは、その次にシルヴィア、ライガ、エレス、レイナと全員に治癒魔法を掛けると、その傷を跡形もなく癒していった。

 目を覚ましたライガたちは、自分の身に起こった事象を理解することが出来ず、首を傾げて周囲の状況把握に努めようとする。

「……皆様。この度は、大切なお客様であることも知らず、大変な無礼を働いてしまい申し訳ありませんでした」

 航大たちの治癒を終えると、セレナは改めて深々と頭を下げる。

 ハイライト王国の使者であることをセレナは理解したが、航大はそれをエレスとレイナには言わないで欲しいとお願いしていた。それは使者であることを不用心に周囲へ漏らさないようにするためであった。

「いや、よく分かんないけど……助かったらいい、のか?」

「だから何でも私に聞かないでよ」

「……お前、本当に俺には厳しいよな」

 まだ完全に状況を把握できていないライガは、頭上に『?』マークを何個も浮かべて首を傾げるばかり。

 シルヴィア、リエルはそれぞれ複雑な表情を浮かべてはいるものの、航大が無事であることを確認するなり、必要以上にセレナへ追求することもなかった。

「えーと……何か、セレナも勘違いしてたみたいなんだよ。俺たちをこの屋敷を荒らしにきた賊かなにかと勘違いしてたらしい」

「賊って……俺たちはそんな風に見えるのか……?」
「それはそれで問題な気がするのじゃが……」

 沈黙してしまったセレナに助け舟を出すようにして、航大が補足の説明を入れる。

 それを聞いても、ライガたちの疑念は晴れることが無かったのだが、とりあえずは全員無事であることに安堵する。

「本当に、本当に重ねて謝罪を申し上げます……」

 ライガとリエルの言葉にセレナはペコリとまた頭を下げる。

 左腕の肩から先を失い、さらにメイド服を鮮血で汚した少女が小動物のように身体を小さくしている姿を見ると、航大たちもそれ以上強く出れないのが事実なのであった。

「まぁ、全員無事ってことで……俺たちも勝手に入っちまったこともある訳だし、傷を癒してくれたってことでチャラにしてくれないか?」

「むー、なんか腑に落ちないけど……おにーさんがそう言うなら……」

「儂は主様の判断に従うだけじゃ」

「まぁ、みんながそれでいいなら、俺もそれでいいぜ」

 メイドということだけあって、教科書通りの完璧なお辞儀体勢を維持するセレナを前にして、ライガたちもひとまずは許してくれるようだった。

「それでセレナ……一つだけお願いがあるんだけどいいか?」

「……私にできることであるならば何なりとお申し付けください」

「それじゃ……そこで寝てるユイを……治療することは出来るか?」

「……ユイ?」

 航大の言葉にセレナの視線が屋敷の玄関口の隅で苦しげな様子で眠りについているユイを見る。

 あれだけの戦闘があったというのに、彼女の周囲だけは何ら変化が無かった。
 そのことについても触れようとする航大だが、今は彼女を治癒することが何よりも優先されることであった。

「魔獣たちとの戦いで倒れちまって……どうしても治療してあげたいんだ」

「……彼女は貴方と同じように何か呪いのような異形の力に蝕まれているようです。そのようです」

「……俺と同じ?」

「私にも詳細は分かりかねます。しかし、何か禍々しい力を感じるのは間違いありません」

 ビー玉のような感情の篭もらないセレナの瞳が航大を見る。その瞳に吸い込まれそうな感覚を感じながら、航大は彼女の言葉を脳裏で反芻させる。

「彼女を完全に癒やすことは私には難しいかもしれません。しかし、一時的で良いのならば私にも出来ることがあると思います」

 セレナはそう言うと、コツコツと足音を響かせて白髪の少女・ユイへ近づいていく。そして、航大たちの身体を癒した時と同じように、右手を差し出して治癒魔法を唱える。

「戦ったり、治癒したり……変なやつだぜ……」

 尋常ならざる力を持って航大たちを打ち倒したり、今度は賢者であるリエルすらも上回る治癒魔法で傷を癒やす。何かと忙しい彼女の様子を見て、ライガはそんな独り言を呟くのであった。

◆◆◆◆◆

「……航大、大丈夫?」
「はぁ……それはこっちの台詞だ」

 セレナの治癒魔法を受けたユイは、目を覚ますなり航大の身体に抱きついてくる。

 明らかに戦闘が起こった後の様子を見せる屋敷を見て、ユイはまた自分が居ないところで航大が危険な目に遭ったのではないかと、気が気でないようだ。

 ユイに説明すると長いので、屋敷の中で起こった戦いについては伝えなかった。

 ライガたちもそれが良いという考えは一緒であるようで、誰もセレナとの戦いについて口にすることはなかった。

「主は今、アステナ王国へと出向いています。世界でも有数の治癒術師である主の力を持ってすれば、貴方たちの身体を蝕む禍々しき力を浄化出来るかもしれません」

 ユイが目を覚ましたことで、全員の治療が完了した。

 度重なる治癒魔法を行使した後でも、セレナは息一つ乱すことなく背筋を伸ばした直立不動の体勢を保っていた。

「アステナ王国か。俺たちも向かってるところだから、ちょうどいいな」

「主は少々人見知りが激しいところがございますが、困っている人を見捨てることが出来ない性格をしています。お力になってくれると思います。きっと」

「……何か不安だけど、その言葉を信じよう」

 ちらッと航大から視線を外したセレナの様子にどこか嫌な予感を感じつつも、今は彼女の言葉を信じるしかない。

「アステナ王国へ向かうのはいいんだけど……問題はどうやって行くか、だな」

「そうですね。魔獣たちの襲撃で地竜は失ってしまいました」

 航大の言葉に反応を見せたのは港町・シーラで出会い、ここまで行動を共にしている中性的な外見をした青年・エレスだった。

「地竜がないと森林を抜けるのは無理だぞ」

 そんな航大たちの会話に入ってきたのは、明るいオレンジの髪が印象的な少女・レイナ。

 コハナ大陸全土を覆っている大森林。迷わず森林を走るには、道を熟知した地竜の助けが必要不可欠。しかし、航大たちは森林の中で受けた魔獣たちの襲撃によって、最も大切な足を失ってしまったのだ。

「それなら問題ございません。当屋敷で所有している地竜を一匹お貸し致します」

「えっ、いいのか?」

「はい。主には後ほど私の方から説明しておきますので、なんら問題はございません」

「マジで助かるよ、それッ!」

 航大たちの正体を知ってからというものの、セレナからは至れり尽くせりの対応を受けている。そんな彼女の様子にまだ疑いを持つシルヴィアとリエルだったが、素直に手を貸してくれるという相手に食って掛かることはない。

「地竜の準備はすぐに完了するかと思います」

「それじゃ、俺たちも出発の準備が整ったら行くとしよう」

「あぁ、日が暮れる前には王国に入っておきたいしな」

 航大の言葉にライガが頷く。その言葉にリエル、シルヴィア、レイナ、エレスの四人も頷く。

「……主がお戻りになる前にこの屋敷を出た方がいいのは本当です。主に何も伝えず、部外者がこの屋敷に入ることは厳禁であることには間違いありませんので」

「分かった。セレナが怒られないようにこっちも協力するよ」

 航大の言葉にセレナは小さく頷く。

「それじゃ、準備が出来たら出発しよう」

「おうよッ!」
「はーい」
「うむ」
「分かりました」
「私も早く帰りたいぞッ!」
「……分かった」

 航大の言葉にライガ、シルヴィア、リエル、エレス、レイナ、そしてユイがそれぞれ返事をする。今回の森林で経験した一連の出来事について、全員が何かしら思うところはあるが、今はそれを胸にしまって一行は王国を目指す旅路を続けるのであった。

「終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く