終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第三章9 幽霊屋敷に住まうメイド少女

「――これは驚きました。まさか、こんな場所までお客様がお見えになるとは」

 アステナ王国へ向かう大森林を突き進んでいた航大たち一行。一時的とはいえ新たな仲間も加えて順調な旅路に思えたが、それは魔獣たちの襲撃によって瞬時に霧散することとなる。

 森林の奥から無限に飛び出してくる魔獣たちが襲いかかってきて、更にユイが英霊とシンクロした後に苦しみ出した結果倒れ伏してしまった。

 このまま戦っていても埒が明かないと、航大たちは撤退することを選択し森林の中を当てもなく走り出す。そして航大たちが辿り着いた先、そこは森林の中に出来た不思議な空間であり、木々が人工的に伐採されたその中心には洋館がひっそりと佇んでいた。

 魔獣たちの襲撃をやり過ごすため、航大たち一行は洋館へと避難するのであった。

「……しかも、お客様の中には男性がいらっしゃるのですか。そうですか」

「えっと……君は……?」

「私はこの洋館でメイドをしている者です。主が留守の間、お屋敷をお守りするのが私の使命です。そうなのです」

 洋館に避難した航大たちの前に現れたのは、メイド服に身を包み桃色の髪を短く切り揃えた少女であった。

 表情と声音からは一切の感情を読み取ることが出来ず、異様な雰囲気を醸し出すメイド服を着た少女に航大たちは警戒心を強くする。

「す、すまねぇ……人が住んでるとは思ってなくて、魔獣たちから逃げるために勝手に入っちまった……」

 メイド服を着た桃髪の少女は黙って航大たちを観察するだけ。
 なんとも言えない静寂を切り裂いたのは、この旅路においてリーダー的なポジションを担っているライガだった。こちら側の事情を説明し、後頭部に手を置きながら謝罪する。

「そうですか。それなら仕方がないですね。致し方ない理由は理解しましたので、男は話しかけないで貰えますでしょうか? お願いします」

「……へっ?」

「ちょっと、ライガ。こんな小さな女の子にここまで嫌われるって、何したのよ?」

 表情と声音は一切変えず、メイド服の少女はライガに辛辣な言葉を投げかけてくる。突然の事にライガは唖然と表情を固まらせて、少女が吐き捨てるように放った言葉の意味を必死に理解しようとする。

「いやッ、今この瞬間が初対面だわッ!」

「初対面の娘に嫌われるとは……お主は異性に嫌われる天性の才でも持っているのじゃろうか?」

「えッ!? そんな才能なら要らないんだけどッ!?」

「――それ以上は喋らないで貰えますでしょうか? 屋敷が汚れますので。お願いします」

「…………傷つくんだが」

 ジト目のシルヴィアとリエルの二人と言葉を交わし合っていると、再びメイド服の少女が辛辣な言葉を漏らす。それはライガの心を深く抉る結果となり、続けざまの精神攻撃にさすがのライガも肩を落として沈黙する他無かった。

「……今日は魔獣たちの動きが活発だと思っていましたが、貴方たちのせいなのですね。理解しました」

「私たちのせいって言われても……」
「ふむ、儂たちはつい先ほど大陸にやってきたばかりじゃ。森林にだって初めてやってくる」

 メイド服の少女が放つ言葉に女性陣である、シルヴィアとリエルが首を傾げる。

「そもそも魔獣たちは大陸の奥深くに生息していて、こんな場所まではやって来ないはずだぞ?」
「そうですね。一匹、二匹の話なら有り得るかもしれませんが、こんな数は初めてです」

 アステナ大森林について詳しくは知らない航大たちに代わって、この大陸で生活をしているレイナとエレスが一緒になった異常さを説明してくれる。

「そうですか。女性が言うのならば、この森に何かしらの異変が起きているのでしょうね。そうなのでしょうね」

「…………おい、アイツなんか男と女で対応に差があり過ぎじゃないか?」

「あ、あはは……」

 リエル、シルヴィア、レイナの言葉にはしっかりとした対応を見せるメイド服の少女。
 その様子を目の当たりにして、こめかみをピクピクと痙攣させるのは辛辣な言葉を浴びせられたライガだった。

「え、えっと……それで……ちょっと、俺たちの仲間が緊急事態で……できれば、少しだけこの屋敷で休憩させて欲しいんだけど……」

「……仲間の緊急事態。それは、そこで苦しんでいる女性のことでしょうか? そうでしょうか?」

 ライガの時とは違い、航大とはしっかりと会話してくれるメイド服の少女。

 彼女の視線は玄関口で倒れ伏しているユイに向けられる。やはりその瞳からは感情というものが読み取れず、どういった答えが返ってくるのか航大は静かに少女の反応を待つ。

「……さすがに苦しんでいる人を見捨てるほど、私も冷酷ではありません。きっと」

「……きっと?」

「主がお戻りになられれば、治癒することも可能ですが……残念ながら主は今、アステナ王国へと出向いており、しばらく戻っては来ません。きっと」

「きっとってのが怪しいな……」

 なんともハッキリとしない少女の言葉に苦笑を浮かべる航大。
 しかし、今すぐに屋敷を追い出されることは無いようだと安堵する。

「少しくらいならば、私にも治癒魔法の心得があります。可愛らしい少女が苦しむ姿は、見ていて心が痛みます。そうなのです」

「……え、見てくれるのか?」

「はい。完全に治癒するには主の力が必要ですが、一時の苦しみを排除するくらいなら、お力になれるかと思います。任せてください」

「た、助かるよッ!」

 メイド服に身を纏った少女の協力的な言葉に、航大たち一行は安堵の溜息を漏らす。
 今、彼らが最も優先しなければならないのは、倒れ伏し苦しむユイを救うこと。そしてそれが叶うかもしれない状況に安堵と喜びを表現する。

「……その前に、少しよろしいでしょうか?」
「……へっ?」

 安堵の笑みを浮かべる航大を見て、メイド服の少女はぼそりと小さく呟いた。何を言い出すのかと身構える航大を見ながら、少女は足を踏み出しゆっくりと近づいてくる。

 表情、声音ともに感情といったものが一切読み取れない少女が何をするつもりなのか、それを航大たちは黙って見守ることしかできない。

「貴方からも不思議な力を感じます。男なのに、男の癖に……」

「え、えッ?」

「その力でこの少女たちをたぶらかしたのですね? そうなのですね?」

「た、たぶらかすってッ……なんのことか――ッ!?」

 無感情な様子を保ったまま、少女は航大の眼前まで接近を果たすと、上目遣いで見つめながら言葉を紡ぎ続ける。

 手を伸ばせば触れることが出来る距離。そこで、少女は大きく両手を広げると――航大の胸に飛び込んで来たのであった。

「なあぁッ!?」
「むッ!?」
「うわぁ……大胆だなッ!」

 少女が見せたまさかの行動に、シルヴィア、リエルが驚愕に表情を変え、男女の抱擁を見るレイナは頬を朱に染めて視線を釘付けにしていた。

「男性を見るのも、会話もするのも、触れるのも……貴方が初めてです。そうなのです」

「そ、そうなのか……?」

「普段、男嫌いな主と生活を共にしているため、それもしょうがないこと。仕方ないのです」

「へ、へぇ……でも、抱きつかなくても……」

「――貴方には不思議な力があります。興味深い」

「……不思議な力?」

 航大の胸に耳を当て、少女は目を閉じて静かに言葉を紡ぎ続ける。
 自分の鼓動が早くなっていることを嫌でも自覚している航大は、抱きつく少女にそれがバレてしまうのではないかと気が気でない。

「貴方はとても興味深い対象。しかし、貴方が男性なのが残念。出会った場所が悪かったことも残念でなりません。そうなのです」

「……残念?」

 少女の言葉に不穏なものが混じり始めたのを感じて、航大は戸惑いを表情に浮かべる。
 航大と少女の一挙手一投足を観察していた周囲にも緊張感が伝播していく。

「――ッ!?」

 これまで何の感情も見せなかった少女が発する『殺気』に、航大は思わず身体を突き飛ばしていた。その直後、脇腹に鋭い痛みが走り、航大は思わずその場に片膝をついてしまう。

「――ここは貴方たちが来ていい場所ではありません。死んでください」

 全身から殺気を纏った少女は、無表情、無感情な声で航大に死ぬことを求めてくる。
 彼女の右手には短刀が握られており、その刀身には航大の脇腹から出血した血液が付着していた。

「……まさか、今の一撃を躱すとは思っていませんでした。驚きです」

 刀身に付着した血液を舐め取り、少女は静かに呟くのであった。

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