終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~
第三章2 船上での熾烈な戦い
「おぉ、異世界にも海ってあるんだな……」
「ん? 海があるのなんて当たり前だろ?」
コハナ大陸にある『アステナ王国』を目指す航大たちは、広大な海の上を船で移動していた。ハイラント王国があるバルベット大陸と、アステナ王国があるコハナ大陸は隣り合う形で存在はしているのだが、大陸間の移動には船を使わなければならなかった。
「まぁ、だよな。それで、どんくらい掛かるんだ?」
「そうだな、天気が良ければ明日にでも着くと思うぞ」
「明日か……もっと時間が掛かると思ったよ」
「俺も一回しかコハナ大陸には行ったことないけど、そんなもんだぜ」
上を見上げれば快晴の空。
前を見ればどこまでも続く水平線。
港町での騒動はどこへやら、ライガと並んで見る海はどこまでも平穏だった。
「コハナ大陸ってのは、どんな場所なんだ?」
「うーん、俺もガキの頃に行ったきりだから、あんま覚えてないんだけど……とにかく自然がすごいとこだ」
「……自然?」
航大たちが向かう先。
そこには何があるのか。
ライガは顎に手を当て、眼前に広がる水平線を見ながら遠い過去を思い出す。
「コハナ大陸ってのは、その全土を大森林に覆われた場所なんだ」
「……大陸全土を?」
「そうそう。で、その森林の中にアステナ王国はあるんだ」
「へぇ……大陸全土が大森林ねぇ……なんか、想像できないな……」
「まぁ、それも明日になれば分かるさ」
今はまだ何も見えては来ない。
しかし、航大はこれから相まみえるであろう新たな大陸に胸を弾ませる。
「へぇー、コハナ大陸ってそんな感じの場所なんだ」
「うわッ、シルヴィアか……」
ライガと話をしていた航大の隣にはいつの間にかシルヴィアが居て、二人の話を聞いていたのかその表情を輝かせて船が進む先をじっと見つめていた。
肩上まで伸びた美しい金髪が太陽の光を受けて輝き、一本一本が優しく吹き付けてくる潮風に揺れている。彼女の髪が靡き、航大の鼻孔を女の子特有の甘い香りが刺激してくる。
「王国の騎士になって、私は自分の世界が広がっていくのが楽しい」
「……そうか。シルヴィアも大陸から出るのは初めてなんだよな」
「そーだよ。だから、私もすっごい楽しみッ」
ニコニコと可愛らしい笑みを浮かべるシルヴィアの顔は、航大の目にとても魅力的に映った。ハイラント王国の城下町で初めて出会ったあの日から、彼女の面影というのは僅かに変化していて、少し大人びた容姿に航大は思わず生唾を飲んでしまう。
「あッ、今おにーさんってば、私の顔見てドキドキしてたでしょ?」
「はぇッ!?」
「だって、ずーっと私の顔見てたし……もしかして、惚れちゃった?」
潮風に髪を揺らし、大人びた笑みを浮かべるシルヴィアの顔に見惚れていたのは事実なのであるが、それを指摘されると航大は慌ててしまう。
「そ、そんなことある訳ないだろッ……ユイたちだってうるさいんだから、あまりからかうなってッ」
「あははッ! だって、おにーさんをからかうの楽しいんだもん」
航大は自分の顔が熱くなっていることを嫌というほど自覚していた。シルヴィアは航大とさほど年は変わらないはずなのだが、少し気を抜けばこうして弄られてしまう。
そのことが面白くないと感じる航大ではあるのだが、気を許して会話をすることができる存在があるということが嬉しくもあった。
「さってと、そろそろ戦いが始まる時間かなー」
「……戦い?」
「そッ、女たちの熱い戦いって奴だよッ」
突如、シルヴィアの口から漏れた穏やかじゃない言葉に、航大の表情に険しいものが浮かぶ。
『戦い』
その言葉は異世界にやってきて、様々な場面を乗り越えた航大にとってあまり良い言葉ではない。眼前で散った命を垣間見たからこそ、今の航大には無視できない言葉なのだ。
「戦いって何があるんだよ」
「もー、おにーさんってば顔が恐いよ? 戦いって言っても、今日の部屋を決める簡単な戦いだってば」
「……部屋を決める?」
「ふふふっ……気になるならおにーさんも来る? 無関係って話でも無いしね」
楽しげで軽やかな足取りで歩き出すシルヴィアは、くるりとその場で回転すると、軽くウィンクをして問いかけてくる。
その様子に大事にはならないのだろうと確信する航大だが、自分に関係する戦いであるとの言葉に結局無視することは出来ず、軽い溜息を漏らしてシルヴィアの後を付いていくのであった。
◆◆◆◆◆
「……遅い」
「全くじゃ。もう少し遅かったら、そのまま負けとなっていたぞ?」
「あははー、ごめんね。ちょっと、おにーさんとお話をしてたら遅くなっちゃったッ」
「……話?」
「ほぅ、それについては、後でじっくりと教えてもらおうかの」
「……やっぱり、こういうことか」
シルヴィアの言葉からある程度の想定はしていたが、彼女とやってきた先に待つ二人の少女の姿を見て、予感は確信へと変わっていた。
場所は船の最後尾付近。
人が少ないこの場所で、彼女たちの戦いが始まろうとしていた。
「で、なんで戦ってるんだ、コレ……?」
「寝る部屋を決めるためだよ」
「……寝る部屋?」
「コハナ大陸には、どうやっても今日は着かないでしょ? だから、この船で夜を過ごさないといけないんだけど、部屋が三つしか取れなかったの」
「……ふむ」
「それで、誰がおにーさんと一緒の部屋で寝るか……それを賭けて戦うんだよッ」
「……なんじゃそれ」
真剣な表情で語るシルヴィアの言葉を聞いても、航大にはどうして戦う羽目になるのかが理解できなかった。
「いや、三部屋しかないんだったら、俺はライガと一緒の部屋でいいよ。男同士だし」
「……ダメ」
「それは認められんッ!」
「そーいうことッ!」
「え、えぇ……」
航大がライガと同じ部屋になる。そして、空いた部屋を女の子同士で分け合うのが、最も争いのない平和な方法のはずだった。しかし、ユイたちはそれを断固として拒否する。
彼女たちは二人きりになれるという状況を利用し、他のライバルたちに差をつけようと目論んでいるのであった。
「おにーさんはそこで見ててッ! 私が華麗にぶっ飛ばしちゃうからッ!」
「ふん、小娘に負けるほど儂は落ちぶれてはおらんぞ?」
「……私だって負けない」
三人の表情が一気に険しくなる。
それぞれが無言になり、その身体を膨大な魔力で覆っていく。
それは氷都市・ミノルアで何度も見た光景であり、そこで航大はこの三人が本気の戦いを始めようとしていることを察する。
「おいおいッ、簡単な戦いなんじゃないのかよッ!?」
「黙ってて、おにーさん。女にだって負けられない戦いがあるのッ」
「そうじゃ。主様はそこでじっとしているがいい。一発で決めてくれるッ」
「……絶対に負けない」
一発触発といった空気が場を支配する。
身体から発せられる魔力はその大きさを増していくばかりで、誰かが動きを見せればそれが開戦の合図となることは間違いない。
もちろん、こんな戦いを認める訳にはいかない。
部屋を決めるだけ。それだけの理由で怪我人が出ることなど、あってはならない。
「はいはいッ! ストップ、ストップッ!」
「あーもぉ、おにーさんってばなんで邪魔するのー?」
「……航大、そこどいて」
「主様よ、儂を信じるんじゃ」
「そうじゃないだろッ! 戦うのはいいけど、魔法とかを使うなって。怪我したらどうするんだよッ!」
三人の間に入り、始まろうとしていた戦いに割って入る航大。
「それじゃ、どうやって決着を付けるのじゃ」
「そーそー、おにーさんは何か良い案があるの?」
「……航大」
彼女たちの目は本気だった。
ユイ。リエル。シルヴィア。
三人は本気でと一緒に夜を過ごそうとしていた。自分を見つめる瞳に迷いが無いことを理解して、航大は何とかこの場を上手くやり過ごす方法はないかを模索する。
「……それなら、あみだくじで決めよう」
「「「あみだくじ……?」」」
航大の言葉にユイ、リエル、シルヴィアの三人は同時に小首を傾げるのであった。
◆◆◆◆◆
あみだくじ。
改めて説明するまでも無いだろうが、あみだくじとは縦に引かれた線の先に『当たり』『はずれ』などを書いて隠し、挑戦者が線の場所を選ぶことで、その線の先にある当たりかはずれを決めるというものだ。
「……ふむ、ルールは分かった」
「でも、これって運の要素が強くない?」
「……確かに」
航大があみだくじのルールを説明すると、ユイたちはその概要を把握することは出来たが、この方法で決めることに抵抗があるようだ
「力任せにやるのは俺が認めない。この方法なら、誰が勝っても恨みっこなし。それに、普通に戦ったら賢者とか呼ばれてたリエルと騎士のシルヴィアが有利に決まってるだろ? そんな方法で勝ち取って嬉しいのか?」
「むっ……そう言われると……」
「そうかも……」
航大の言葉にリエルとシルヴィアが納得と言った様子を見せる。
なんとかこれで武力を持っての戦いという最悪な展開は回避できた。
手頃な場所に落ちていた紙と、羽根ペンを持ち、航大は三本の線を書いていく。
「この線の他に、全員が一本ずつ横に線を付け足していくんだ」
「なるほどなるほど、それじゃ……私はここに線を書くよッ」
「ふむ……それなら、儂はここに書くぞッ」
「……私はここ」
航大の説明を聞きながら、ユイ、リエル、シルヴィアの三人がそれぞれ線を書いていく。
先ほどの険悪な空気はどこへやら、ユイたちは真剣な様子であみだくじと向き合っている。
「それじゃ、後は場所を選ぶだけだ」
「……ここが重要な訳じゃな」
「……どこにしよう」
「うーん……確かにこれは迷うね……」
あみだくじの最後。どこの線を選ぶかでユイたちは大いに悩み始める。
そんな真剣な様子のユイたちに微笑を浮かべながら、航大もしっかりと決着の瞬間を見届けようとする。
「……私、これ」
「それならば、儂はこれじゃッ!」
「あッ、出遅れたぁ……じゃあ、私はここだね……」
最初に動きを見せたのはユイだった。
相変わらずの無表情っぷりを発揮し、航大が見て右側の線を選ぶ。
それに続く形でリエルが逆側にある左の線を選ぶ。
一番出遅れる形になったシルヴィアは、余った中央の線を選ぶこととなった。
「くぅ……迷い過ぎたぁ……」
「ま、まぁ……余り物には福があるって言うしな……」
「うぅ……そうなのかなぁ……?」
狙っていた場所でもあったのだろうか、シルヴィアは人一倍落ち込んだ様子で言葉尻を窄める。
「よし、全員決まったな。それじゃ……行くぞ……?」
航大の言葉に無言でユイたちが頷く。
全員が頷いたのを確認して、航大は隠されていたあみだくじの終着点を露わにしていく。
「自分が選んだ線を追っていけば良いんじゃなッ!?」
それぞれが自分が選んだ線を、律儀にしっかりと丁寧に追っていく。
「……これは」
航大も彼女たちと合わせて視線を彷徨わせていく。
あみだくじの先端に書かれた『勝利』の文字。
そこへ到達したのは――。
「やったああああぁぁぁーーーーーッ!」
全員が自分の結果を知り、歓喜の声を上げたのはシルヴィアだった。
こうして、コハナ大陸へ向かう連絡船の上で繰り広げられた乙女たちの熾烈な戦いは、ハイラント王国騎士の新米・シルヴィアに軍配が上がるのであった。
「ん? 海があるのなんて当たり前だろ?」
コハナ大陸にある『アステナ王国』を目指す航大たちは、広大な海の上を船で移動していた。ハイラント王国があるバルベット大陸と、アステナ王国があるコハナ大陸は隣り合う形で存在はしているのだが、大陸間の移動には船を使わなければならなかった。
「まぁ、だよな。それで、どんくらい掛かるんだ?」
「そうだな、天気が良ければ明日にでも着くと思うぞ」
「明日か……もっと時間が掛かると思ったよ」
「俺も一回しかコハナ大陸には行ったことないけど、そんなもんだぜ」
上を見上げれば快晴の空。
前を見ればどこまでも続く水平線。
港町での騒動はどこへやら、ライガと並んで見る海はどこまでも平穏だった。
「コハナ大陸ってのは、どんな場所なんだ?」
「うーん、俺もガキの頃に行ったきりだから、あんま覚えてないんだけど……とにかく自然がすごいとこだ」
「……自然?」
航大たちが向かう先。
そこには何があるのか。
ライガは顎に手を当て、眼前に広がる水平線を見ながら遠い過去を思い出す。
「コハナ大陸ってのは、その全土を大森林に覆われた場所なんだ」
「……大陸全土を?」
「そうそう。で、その森林の中にアステナ王国はあるんだ」
「へぇ……大陸全土が大森林ねぇ……なんか、想像できないな……」
「まぁ、それも明日になれば分かるさ」
今はまだ何も見えては来ない。
しかし、航大はこれから相まみえるであろう新たな大陸に胸を弾ませる。
「へぇー、コハナ大陸ってそんな感じの場所なんだ」
「うわッ、シルヴィアか……」
ライガと話をしていた航大の隣にはいつの間にかシルヴィアが居て、二人の話を聞いていたのかその表情を輝かせて船が進む先をじっと見つめていた。
肩上まで伸びた美しい金髪が太陽の光を受けて輝き、一本一本が優しく吹き付けてくる潮風に揺れている。彼女の髪が靡き、航大の鼻孔を女の子特有の甘い香りが刺激してくる。
「王国の騎士になって、私は自分の世界が広がっていくのが楽しい」
「……そうか。シルヴィアも大陸から出るのは初めてなんだよな」
「そーだよ。だから、私もすっごい楽しみッ」
ニコニコと可愛らしい笑みを浮かべるシルヴィアの顔は、航大の目にとても魅力的に映った。ハイラント王国の城下町で初めて出会ったあの日から、彼女の面影というのは僅かに変化していて、少し大人びた容姿に航大は思わず生唾を飲んでしまう。
「あッ、今おにーさんってば、私の顔見てドキドキしてたでしょ?」
「はぇッ!?」
「だって、ずーっと私の顔見てたし……もしかして、惚れちゃった?」
潮風に髪を揺らし、大人びた笑みを浮かべるシルヴィアの顔に見惚れていたのは事実なのであるが、それを指摘されると航大は慌ててしまう。
「そ、そんなことある訳ないだろッ……ユイたちだってうるさいんだから、あまりからかうなってッ」
「あははッ! だって、おにーさんをからかうの楽しいんだもん」
航大は自分の顔が熱くなっていることを嫌というほど自覚していた。シルヴィアは航大とさほど年は変わらないはずなのだが、少し気を抜けばこうして弄られてしまう。
そのことが面白くないと感じる航大ではあるのだが、気を許して会話をすることができる存在があるということが嬉しくもあった。
「さってと、そろそろ戦いが始まる時間かなー」
「……戦い?」
「そッ、女たちの熱い戦いって奴だよッ」
突如、シルヴィアの口から漏れた穏やかじゃない言葉に、航大の表情に険しいものが浮かぶ。
『戦い』
その言葉は異世界にやってきて、様々な場面を乗り越えた航大にとってあまり良い言葉ではない。眼前で散った命を垣間見たからこそ、今の航大には無視できない言葉なのだ。
「戦いって何があるんだよ」
「もー、おにーさんってば顔が恐いよ? 戦いって言っても、今日の部屋を決める簡単な戦いだってば」
「……部屋を決める?」
「ふふふっ……気になるならおにーさんも来る? 無関係って話でも無いしね」
楽しげで軽やかな足取りで歩き出すシルヴィアは、くるりとその場で回転すると、軽くウィンクをして問いかけてくる。
その様子に大事にはならないのだろうと確信する航大だが、自分に関係する戦いであるとの言葉に結局無視することは出来ず、軽い溜息を漏らしてシルヴィアの後を付いていくのであった。
◆◆◆◆◆
「……遅い」
「全くじゃ。もう少し遅かったら、そのまま負けとなっていたぞ?」
「あははー、ごめんね。ちょっと、おにーさんとお話をしてたら遅くなっちゃったッ」
「……話?」
「ほぅ、それについては、後でじっくりと教えてもらおうかの」
「……やっぱり、こういうことか」
シルヴィアの言葉からある程度の想定はしていたが、彼女とやってきた先に待つ二人の少女の姿を見て、予感は確信へと変わっていた。
場所は船の最後尾付近。
人が少ないこの場所で、彼女たちの戦いが始まろうとしていた。
「で、なんで戦ってるんだ、コレ……?」
「寝る部屋を決めるためだよ」
「……寝る部屋?」
「コハナ大陸には、どうやっても今日は着かないでしょ? だから、この船で夜を過ごさないといけないんだけど、部屋が三つしか取れなかったの」
「……ふむ」
「それで、誰がおにーさんと一緒の部屋で寝るか……それを賭けて戦うんだよッ」
「……なんじゃそれ」
真剣な表情で語るシルヴィアの言葉を聞いても、航大にはどうして戦う羽目になるのかが理解できなかった。
「いや、三部屋しかないんだったら、俺はライガと一緒の部屋でいいよ。男同士だし」
「……ダメ」
「それは認められんッ!」
「そーいうことッ!」
「え、えぇ……」
航大がライガと同じ部屋になる。そして、空いた部屋を女の子同士で分け合うのが、最も争いのない平和な方法のはずだった。しかし、ユイたちはそれを断固として拒否する。
彼女たちは二人きりになれるという状況を利用し、他のライバルたちに差をつけようと目論んでいるのであった。
「おにーさんはそこで見ててッ! 私が華麗にぶっ飛ばしちゃうからッ!」
「ふん、小娘に負けるほど儂は落ちぶれてはおらんぞ?」
「……私だって負けない」
三人の表情が一気に険しくなる。
それぞれが無言になり、その身体を膨大な魔力で覆っていく。
それは氷都市・ミノルアで何度も見た光景であり、そこで航大はこの三人が本気の戦いを始めようとしていることを察する。
「おいおいッ、簡単な戦いなんじゃないのかよッ!?」
「黙ってて、おにーさん。女にだって負けられない戦いがあるのッ」
「そうじゃ。主様はそこでじっとしているがいい。一発で決めてくれるッ」
「……絶対に負けない」
一発触発といった空気が場を支配する。
身体から発せられる魔力はその大きさを増していくばかりで、誰かが動きを見せればそれが開戦の合図となることは間違いない。
もちろん、こんな戦いを認める訳にはいかない。
部屋を決めるだけ。それだけの理由で怪我人が出ることなど、あってはならない。
「はいはいッ! ストップ、ストップッ!」
「あーもぉ、おにーさんってばなんで邪魔するのー?」
「……航大、そこどいて」
「主様よ、儂を信じるんじゃ」
「そうじゃないだろッ! 戦うのはいいけど、魔法とかを使うなって。怪我したらどうするんだよッ!」
三人の間に入り、始まろうとしていた戦いに割って入る航大。
「それじゃ、どうやって決着を付けるのじゃ」
「そーそー、おにーさんは何か良い案があるの?」
「……航大」
彼女たちの目は本気だった。
ユイ。リエル。シルヴィア。
三人は本気でと一緒に夜を過ごそうとしていた。自分を見つめる瞳に迷いが無いことを理解して、航大は何とかこの場を上手くやり過ごす方法はないかを模索する。
「……それなら、あみだくじで決めよう」
「「「あみだくじ……?」」」
航大の言葉にユイ、リエル、シルヴィアの三人は同時に小首を傾げるのであった。
◆◆◆◆◆
あみだくじ。
改めて説明するまでも無いだろうが、あみだくじとは縦に引かれた線の先に『当たり』『はずれ』などを書いて隠し、挑戦者が線の場所を選ぶことで、その線の先にある当たりかはずれを決めるというものだ。
「……ふむ、ルールは分かった」
「でも、これって運の要素が強くない?」
「……確かに」
航大があみだくじのルールを説明すると、ユイたちはその概要を把握することは出来たが、この方法で決めることに抵抗があるようだ
「力任せにやるのは俺が認めない。この方法なら、誰が勝っても恨みっこなし。それに、普通に戦ったら賢者とか呼ばれてたリエルと騎士のシルヴィアが有利に決まってるだろ? そんな方法で勝ち取って嬉しいのか?」
「むっ……そう言われると……」
「そうかも……」
航大の言葉にリエルとシルヴィアが納得と言った様子を見せる。
なんとかこれで武力を持っての戦いという最悪な展開は回避できた。
手頃な場所に落ちていた紙と、羽根ペンを持ち、航大は三本の線を書いていく。
「この線の他に、全員が一本ずつ横に線を付け足していくんだ」
「なるほどなるほど、それじゃ……私はここに線を書くよッ」
「ふむ……それなら、儂はここに書くぞッ」
「……私はここ」
航大の説明を聞きながら、ユイ、リエル、シルヴィアの三人がそれぞれ線を書いていく。
先ほどの険悪な空気はどこへやら、ユイたちは真剣な様子であみだくじと向き合っている。
「それじゃ、後は場所を選ぶだけだ」
「……ここが重要な訳じゃな」
「……どこにしよう」
「うーん……確かにこれは迷うね……」
あみだくじの最後。どこの線を選ぶかでユイたちは大いに悩み始める。
そんな真剣な様子のユイたちに微笑を浮かべながら、航大もしっかりと決着の瞬間を見届けようとする。
「……私、これ」
「それならば、儂はこれじゃッ!」
「あッ、出遅れたぁ……じゃあ、私はここだね……」
最初に動きを見せたのはユイだった。
相変わらずの無表情っぷりを発揮し、航大が見て右側の線を選ぶ。
それに続く形でリエルが逆側にある左の線を選ぶ。
一番出遅れる形になったシルヴィアは、余った中央の線を選ぶこととなった。
「くぅ……迷い過ぎたぁ……」
「ま、まぁ……余り物には福があるって言うしな……」
「うぅ……そうなのかなぁ……?」
狙っていた場所でもあったのだろうか、シルヴィアは人一倍落ち込んだ様子で言葉尻を窄める。
「よし、全員決まったな。それじゃ……行くぞ……?」
航大の言葉に無言でユイたちが頷く。
全員が頷いたのを確認して、航大は隠されていたあみだくじの終着点を露わにしていく。
「自分が選んだ線を追っていけば良いんじゃなッ!?」
それぞれが自分が選んだ線を、律儀にしっかりと丁寧に追っていく。
「……これは」
航大も彼女たちと合わせて視線を彷徨わせていく。
あみだくじの先端に書かれた『勝利』の文字。
そこへ到達したのは――。
「やったああああぁぁぁーーーーーッ!」
全員が自分の結果を知り、歓喜の声を上げたのはシルヴィアだった。
こうして、コハナ大陸へ向かう連絡船の上で繰り広げられた乙女たちの熾烈な戦いは、ハイラント王国騎士の新米・シルヴィアに軍配が上がるのであった。
「ファンタジー」の人気作品
書籍化作品
-
-
1
-
-
111
-
-
125
-
-
1168
-
-
768
-
-
29
-
-
35
-
-
2265
-
-
15254
コメント