終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第二章36 氷都市を舞う鮮血の行方

 死が包む街・ミノルアに膨大な魔力が集まろうとしていた。
 それは大地を流れ、北方の土地を巡り世界を構成する力の一部。

 ライガが持つ神剣・ボルガとボルカニカを媒介にすることで、彼は金色に輝く髪を靡かせながら膨大な力を取り込んでいく。

「……そろそろ、終わらせようぜ」

 精神を集中させ、ゆっくりと瞼を開くライガは、身体の至る所から鮮血を零しながらも笑みを浮かべていた。

 対峙するのは自分の父親を模して作られたアンデッドである。

 非情で無情な帝国騎士が作り出した紛い物であり、本来であるなら人々を守るために行使すべき力を、彼は帝国騎士に召喚されたという理由だけで、人々を苦しめるために力を振るうこととなった。

「…………」

 ライガの言葉にアンデッドの男は答えない。
 彼はここまでの間、一言も言葉を発することはなかった。
 常に表情を険しくし、ライガもよく知る英雄が持つべき信念の火を灯した瞳で眼前を睨みつけるだけ。

 彼は右腕の肩から先が存在しなかった。

 それは生ける英雄であるグレオ・ガーランドの技を受けた結果によるものだった。

 大地を切り裂く斬撃を受けても尚、アンデッドの男は倒れることなく、自分の腕を吹き飛ばした英雄の息子であるライガと対峙し、そして圧倒していた。

「……構えろ」

 その身に大地の魔力を取り込んだライガの静かな声音が響く。

 ライガの瞳に迷いはない。

 紛い物であったとしても、対峙する男は間違いなく英雄と呼ばれる自分の父親だった。
 ずっと追い続け、越えたいと願った存在と命を賭けた戦いも終局を迎えようとしていた。

 金髪の髪を揺らす青年は、この時間が永遠に続けばいいと願った。
 命を削る戦いを経ることで、ライガは強くなっていく。

 しかしそれも叶わぬ願いであることは承知していた。ここから先にどんな結末が待っていようとも、ライガは最後の瞬間まで全力を尽くすことを決意する。

「…………」

 ライガの言葉にアンデッドの男が小さく頷く。
 そして左腕に持った大剣をしっかりと握り直すと、その剣先をライガに突きつける。

 ――永遠にも似た静寂が街を支配する。
 ――この場にいる誰もが英雄たちの戦いに口を挟むことができない。

 何かが開始の合図をした訳でもなく、二人の身体は全く同タイミングで動き出す。
 両足に込めた力を一気に解放すると、地面を深く抉って跳躍を開始する。

「うらあああああああああぁぁぁぁッ!」
「――ッ!」

 ライガの咆哮が轟き、挨拶代わりの剣戟を交わし合う。
 剣と剣が全力で衝突することで、周囲に甲高い剣戟音を響かせていく。
 剣が触れ合った箇所を中心に衝撃波が発生し、周囲を散乱する木片を吹き飛ばしていく。

「――ッ!」

 そこから始まる怒涛の連撃に、二人は声を漏らすことすら忘れる。
 目を見開き、唇を噛みしめる。

 一瞬の隙が『死』へと直結する緊張感の中、ライガとアンデッドの男はただ無言で剣を振るい続ける。

 今の二人には言葉なんて物は必要なかった。
 交わすべき言葉は剣戟を持ってして伝える。

「――ッ!」

 絶え間なく金属音が街に響いていく。
 二人の男が交わし合う不器用な会話を見て、航大の拳は無意識の内に強く握りしめられる。瞬きも呼吸すらも忘れてしまいそうになるほど、航大は二人の戦いをその目に焼き付けていく。

「――ッ!」

 ライガは両手に持った剣を振るい、眼前の敵を討とうとする。
 対する男は片手に持った剣を巧みに使うことで、ライガの攻撃を尽く防ぎ、チャンスがあれば一歩前に出て攻勢を強めていく。

 互いが振るう剣は命を断つものであり、それを寸前の所で交わし、防ぐことで反撃へと転じていく。
 目まぐるしく変化する戦況の中、ライガとアンデッドの男は互いの全力をぶつけ合う。

「……ちッ!」

 状況は自分に有利である。
 しかし、どうしてもその刃を相手に届かすことができない。
 心臓の鼓動が早くなり、乱れていく呼吸を感じながらライガは小さく舌打ちを漏らす。

「――ッ!」

 ライガの心が乱れた一瞬を突き、アンデッドの男が鋭く剣を振るっていく。

「うぉッ!?」
「ライガッ!?」

 男が振るう剣先がライガの眼前を通過していく。
 風を切る音が鼓膜を震わせながらも、何とか回避することに成功したライガは、確実に目の前に迫っていた『死』の予感に悪寒を隠しきれない。

「やられてばっかじゃねぇぜ――風牙ッ!」
「…………ッ!?」

 男の攻撃を躱し、まだ自分が生きていることを実感したライガは、歯を食いしばり反撃に転じていく。大剣一本分の距離に接近していた男に目掛けて、右手に持った神剣・ボルカニカから無数の刃を生成していく。
 あらゆる物を切り裂く風の刃が発生すると、音もなく男の身体を切り刻もうと飛翔する。

「――ッ!」

 瞬く間の内に接近を果たしてくる風の刃に、男は回避することを諦める。
 そして瞬時に頭を回転させると、大剣を構えて致命傷だけは防ごうと試みる。

「…………ッ!」

 ライガが放つ風の刃は男の身体を切り刻んでいく。
 腕が裂け、脇腹を切り刻む、更に太腿までもを切り刻んでいく風の刃。しかし、男はそんなダメージにも表情を変えることなく、左手に持った大剣に炎を宿すと、お返しと言わんばかりに業炎をライガに放っていく。

「……くッ!?」

 攻勢から一転しての劣勢。

 視界を覆い尽くし、肌を焦がす炎の渦に、ライガは苦悶の表情を浮かべながら、今度は左手に持った神剣・ボルガを振るうことで攻撃を相殺しようとする。

 男が放つ炎と同じものを生成し、それをライガも放っていく。

「ぐあああぁッ!?」

 目の前でぶつかり、そして爆ぜる炎。
 激しい衝撃波が生まれ、ライガと男の身体を包み込んでいく。

 全身を焦がす炎に包まれ、ライガは思わず苦しげな声を漏らしながら後退を余儀なくされる。
 しかしそれは、アンデッドの男も同じであり、表情を歪ませながら彼も凄まじい衝撃の中で後方へと飛び退る。

「はあぁ、はぁ……くっそ、あっちぃ……」
「…………」

 身体の至る所に火傷を負ったライガは、肩を大きく上下させながら前方を睨みつける。
 眼前には自分と同じように、全身に重度の火傷を負った男が一人。
 英雄の姿をした男は息一つ切らすことなく、倒すべき相手であるライガだけを見ている。

 腕を失っても尚、異次元の力を見せつけてくる若き日の英雄と剣を交え、英雄が英雄たる所以を見せつけられたライガ。
 悔しいが、このまま剣を交えたとしてもライガに勝ち目はない。

「……次で、終わらせる」

 乱れる呼吸を正し、ライガは自分が持ち得る全ての力を次の一撃に込める。
 そんなライガの決意を感じ取ったのか、対峙する男もまたその剣を構え、全身に力を漲らせていく。

「…………」
「…………」

 ミノルアの街を再びの静寂が支配していく。
 ライガとアンデッドの男。二人を中心に膨大な魔力が集まっては具現化していく。

「……親父、俺はあんたを超える」
「…………」

 自分を中心に暴風が吹き荒れ、避けられない終局の時が間近に迫っていることを察したライガが言葉を漏らす。

 アンデッドの男もまた、その身に力を宿し、やはり表情を変えることなく眼前の青年を睨みつけるだけ。

 永きに渡った戦いにも終止符が打たれる。
 どちらに軍配が上がるのか、次の一撃を見舞った後に待ち受けるのはどのような運命なのか。この時間が終わってしまうという事実に、ライガは一抹の寂寥感を感じずにはいられなかった。

 もしかしたら、次の瞬間には自分は死んでいるかもしれない。過去の英雄を超えることが出来ずに北方の大地に沈むかもしれない。

 しかし、ライガに恐怖はなかった。

 どんな結末であろうとも、彼は最後の瞬間には笑みを浮かべているだろう。
 どんな運命も受け入れる。

 そう決意することで、ライガの身体は驚くほど軽くなっていく。緊張していた筋肉が躍動し、最後の瞬間を待ち侘びる。

「――俺に力を貸してくれ」

 それは誰に向けた言葉だったのか。

 両手に持つ剣なのか、それとも自分の背後で倒れ伏している父親になのか。
 その答えはライガの心だけが知っている。

 自分を鼓舞する言葉を漏らし、それがトリガーとなる。

「「――ッ!」」

 動き出しは全くの同時だった。
 跳躍した二人が持つ剣には、魔力が込められることはなかった。

 大地から吸収した力は己の身体能力を引き上げることにのみ費やし、手に持つ剣はただの刃物としての力しか有していない。
 一陣の風と化した二人の男は、真正面から己の武を叩きつけることしか考えていない。

「はああああああああああああああぁぁぁぁッ!」

 ライガの咆哮が響き渡り、それと同時に甲高い剣戟の音が響き渡った。

 勝負は一瞬で着いていた。

 アンデッドの男は姿勢を低くすると、左腕に持った剣を瞬速の速さで突き出していく。
 それはライガの喉元を狙った一閃であり、目を見開いたライガは咄嗟に右手に持った神剣・ボルカニカを振るっていく。

 しかし、圧倒的な力を持ってして突き出された男の剣を前に、ライガ右手に持った神剣・ボルカニカは弾かれてしまう。

「――ッ!?」

 無情にもライガが持つ神剣・ボルカニカは月明かりに照らされるミノルアの街を吹き飛んでいく。そして、次の瞬間にはライガの身体から鮮血が噴き出していた。

「ごほッ……!?」

 男が繰り出した一閃は、ライガの脇腹を切り裂いていく。
 咄嗟に振るったライガの剣によって、男が当初狙っていた位置からは大きく逸れていた。しかし、それが勝負を決する最大の要因となった。

「……ようやく、捕まえた」
「…………」

 刀身の半分が脇腹を切り裂く中、ライガの右手はしっかりとその剣を握りしめていた。
 男が持つ剣を握る手からは、夥しい量の血液が絶え間なく溢れ出してくる。想像を絶する痛みが全身を支配する中、それでもライガは笑みを崩すことはなかった。

「――これで、終わりだ」

 ライガの右手は男が持つ剣をしっかりと掴んでいた。
 左手に持つ剣は自由である。
 ライガは左手に持った剣を大きく振り上げると、それを男の身体に目掛けて振り下ろしていく。

「――ッ!?」

 巨大な大剣が男の身体を切り裂いていく。
 肉体を切断する生々しい音が響き渡り、次の瞬間には無敵だと思われていた男の身体から鮮血が噴出するのであった。

 永きに渡るミノルアでの死闘。

 あまりにも多くのものを失った戦いは、一瞬の内に、そして静寂に包まれていく中で終局を迎えるのであった。

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