闇夜の世界と消滅者

三浦涼桜

三十二話 阿賀崎黑葉 4

 その日は、とても澄み切った青い空が広がっていた。
 戀はその日は訓練するのをやめ、屋敷から少し離れた河原に腰かけていた。
 風が気持ちいい。戀は寝転がり、やがて眠り始めた。

 戀が眠って1時間ほど。
 眠っている戀に近づく影があった。
 その影は戀のそばに立つと、手に持った短剣をゆっくりと振りかぶり、戀の頭に振り下ろした。
 瞬間―――――

「いくら標的ターゲットが気を抜いているからといって、そんなに気配を漏らしていれば殺れるものも殺れない」

 戀は影の後ろに立ち首に小刀を据える。
 戀がわざわざ河原に来た理由。
 それは影に近づくためであった。

 本来、戀は睡眠を必要としない。
 戀に必要なのはエネルギーの摂取、つまり食事のみである。
 睡眠など、化け物になってからはしていない。
「…………まさかあなたのような子供に、後ろをとられるなど、思ってもみませんでした」

 そいつは影を消していき自分の姿を現した。
 そいつは誰もが目を引くであろう、美しいメイドであった。
 銀髪の髪に青色の目。
 その美しい姿に、戀は惹かれることもなく、余計小刀を首に押し付ける。

「あんまり時間をかけたくはない。依頼者クライアントは誰だ」
 戀の問いに、女は微笑む。
「そう殺気立たないでくださいまし。もうそろそろ依頼者クライアントも到着する頃でしょう」
 そう言った直後、大きな影が横切った。
 見上げると、黒塗りにされたヘリが屋敷の上に止まっていた。

「ECC665ティーガーだと?なぜここに……」
「よくご存じですね。あれはユーロコプター社から買いとった戦闘ヘリですわ」
「そんなことは知っている。俺が聞いているのはなぜあれが今ここにあるかということだ」
 戀の脅しにも似た言葉にも微笑みを崩さず
「ならば確認してみてはいかがでしょう? あなたも近衛として心配でしょう?」

 戀はしばらく考えたが、ここでメイドを殺すよりも先に朱雀院家の安全の確保が優先だと判断し、首に押し当てていた小刀を下ろす。
 ただし、体は拘束したままだが。

「拘束は解いていただけませんか?」
「あんたらがまた何をするかわからんからな。人質として扱わせてもらう」
「残念ですが私は大勢いる中の一人であるメイド。私を人質にしたところで意味などありません」
 メイドのその言葉に、戀は凍えるような目を向ける。

「確かにメイドなら人質にならないかもしれない。だがあんたは違う。あんたが俺のところに来たのはほかのメイドでは処理しきれない人間だってわかっていたからだろう? 俺を殺すか捕獲するかして朱雀院家を脅すつもりだった。違うか?」
 戀がペラペラと推理していくのを黙って聞いているメイド。

 戀がじっと見つめていると、やがてメイドはため息を漏らし、白状した。
「はぁ、あなたにはかないませんわ。その通り、私は所謂メイド長をしております」
「メイド長ね……つまりアンタが人質になるというのは本当だったみたいだな」
 戀はそう言って拘束した体をさらにきつく締め直し、メイド長と共に屋敷に戻った。

 ◇ ◇ ◇

「これはこれは。噂聞く死狩者デスリーパー様ではございませんか」
 朱雀院当主である朱雀院一真は、突然の来訪者に驚きながらも、笑顔で歓迎した。

 死狩者デスリーパー
 メルガリアの最高司令官であり、最強の異能力者である。
 その力は誰にも知られていないため、どういった力を持っているのかがわからない。
 だからこそ、敵対してはいけないと一真は判断した。

 それにしても、なぜこのような大物がこの家に現れたのだろうか。
 少しばかり考えてみるが理由が見当たらない。
 何故だ?

「そう気構える必要はない。今日よらせてもらったのは頼みがあるからだ」
「あなたのようなお方が一端の私に頼みとは……いったい何でしょうか?」
「なに、大したものではない。ただ、貴公が預かっているという子供。名前は確か……」
「三觜島戀、でしょうか?」
「そう、確かそんな名前だったな」

 一真は心の中で愚痴る。なぜあの子がこの化け物に知られたのだと。
 確かに異能力者という意味においては、彼は無類の力を誇るだろう。
 まだ力の一端しか見せてもらったことはないが、それでも強力な力であろうことは理解できた。 
 だがそれでも、死狩者の目に留まるほどのことはしていないはずだ。

 いったい、彼の何がこの人物を引き寄せたのだ?
 ガチャリ…………
「三觜島戀、ただいま戻りました」
 玄関から聞こえてきた声に、一真は内心舌打ちする。
 それも仕方がないだろう。得体のしれない最強の化け物が欲している人物が、自分からノコノコとやってきたのだから。

 そして、扉を開け入ってきた戀をみて驚いた。
 戀は見たこともないメイドの体を拘束し、首筋に小刀を据えながらこちらに歩み寄ってきた。
 いったい何がどうなっているのだ?

 戀はメイドを拘束したまま、死狩者に目を向ける。
「アンタが俺を襲うように指示したのか?」
 戀はそう切り出した。一真は首を傾げる。襲われただと? なぜだ?
「そうだ。私が指示した」
「何のためにこんなことをする必要がある?」

 戀の質問に、死狩者は不敵な笑みを浮かべた。
「簡単な話だ。勧誘だよ」
「勧誘…………?」
 戀は訝し気な視線を送る。

「そう、勧誘だ。史上最強最悪の異能力者である、三觜島戀君のね」

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